2024年8月3日、ベトナム共産党中央委員会は、トー・ラム国家主席を新書記長に選出した。ベトナム政治における今回のトップ交代は、前書記長の任期中の死去にともなうものであり、内政と外交両面で前政権のレガシーが色濃く残る中、新政権は発足した。本短評は、特に対外面で、前政権の政策の継承を明言しているラム新政権の展望を探る。

新書記長誕生の経緯

 グエン・フー・チョン書記長率いる政治指導部は、2011年の第11回党大会で発足して以来13年に及ぶ長期政権であったが、その末期には「かまどに火をくべる戦役」と呼ばれた反汚職キャンペーンに力を注いだ。キャンペーンは激しさを増し、2022年末から2024年半ばにかけて、副首相2人、国家主席2人、国会議長1人が重大な汚職事件の管轄責任をとって辞任した。彼らを含め、2021年の第13回党大会で選出された政治局員18人のうち3分の1にあたる6人が辞任するなど「辞任の嵐」が吹き荒れた[1]。

 反汚職キャンペーンは、党の綱紀を粛正し、国民の党への信頼を保つ目的ではあったが、同時にチョン書記長の後継をめぐる権力闘争でもあった。ボー・バン・トゥオン国家主席やブオン・ディン・フエ国会議長といった有力な後継候補者が辞任に追い込まれる中、キャンペーンで急浮上したのが、当時公安相であったトー・ラムであった。2024年5月、トゥオンの後任として、ラムは国家主席に就任した。ラムは、反汚職キャンペーンでチョン書記長の右腕として辣腕を振るい、大型の汚職案件を次々と摘発してきた。その実績がチョンに評価され、国家主席へ抜擢されたと考えられる。

 7月18日、党政治局はチョン書記長が病状悪化のため治療に専念することとなり、ラム国家主席が書記長の職務を代行することを発表した。翌19日、チョン書記長死去が報じられた。ラムは25~26日の国葬を葬儀委員長として取り仕切り、その1週間後には新書記長に選出された。素早い交代劇は、チョンからラムへの政権移行は既定路線であり、チョンの病状を見すえつつ、書記長交代の手はずが入念かつ秘密裏に準備されてきたことを物語っている。なお、以来ラムは書記長と国家主席を兼任している。

「竹外交」の継承

 チョン前書記長は、内政面で反汚職キャンペーンを展開すると同時に、対外政策では「竹外交」を推進した。この政策は、米中対立の激化、ウクライナ侵攻によるロシアへの国際的な非難の高まりを背景に、対外環境に応じて柔軟に対応し、特定の国に与することなく、戦略的自律性を維持する外交姿勢を意味する。ベトナムは、米中ロそれぞれと2国間で関係維持を図るバランス外交を展開した[2]。ラムも国家主席就任時の演説で「対外関係の多方面化、多様化の外交路線を効果的に堅持、展開し、『ベトナムの竹』の外交の特色を保持し、国際関係に主体的かつ積極的に参入する」と述べ、チョン路線の継承を明言した[3]。

 ラム国家主席は就任早々に中国大使、次いで米国大使と面会し、両国との関係の重要性を強調した後、国際的に物議を醸したプーチン大統領のベトナム訪問でホスト役を務めた。その後7月11~13日にベトナムが「特別な関係」として重視する2つの隣国、ラオスとカンボジアを訪問した。ベトナム政治指導部の中で国家主席は対外関係において国を代表する役目を担っており、ラム国家主席は新たな「ベトナムの顔」として重要な国々へ顔見世興行を打ったわけである。

早速の訪中

 書記長就任から2週間後、ラムは早くも中国を訪問した。通例、新書記長は就任から数カ月の準備期間を経て最初の外遊を行う。今回ラム書記長が就任から異例の速さで訪中した理由について、米アジア太平洋安全保障研究センター(APCSS)のアレクサンダー・ブビン教授(ベトナム外交・安全保障が専門)は、「米国トップに会う前に中国トップに会う」というベトナム外交の大原則に言及する。恐らく9月の国連総会に合わせてラム書記長兼国家主席は訪米し、バイデン大統領と会談すると思われ、その前に習近平国家主席にトップ就任のあいさつを行う必要があった、と解釈する[4]。

 ベトナム竹外交の大原則は、すべての国々と友好協力関係を強化するよう努めるものの、特に対米関係との関連で、中国がベトナムにとって最も重要であることを大事な節目で明示する必要がある、というものである。ブビン教授の推測通りであれば、ラム書記長の竹外交継承の姿勢は改めて明確になったといえる。実際、習近平国家主席との会談でラム書記長は「ベトナムは常に中国との友好善隣関係、包括的な戦略的パートナーシップ、戦略的意義を有する未来を共有する共同体を重視し、最優先にしている」と強調した[5]。

対外政策の展望

 ベトナム共産党は、2026年に第14回党大会の開催を控える。ラム書記長は再任に向け、権力基盤の強化に余念がない。国家主席との兼任はしばらく続ける模様であり、ルオン・タム・クアン公安相が政治局員に任命されるなど、周りを味方で固めようとしている。反汚職キャンペーンの継続には、チョン前政権のレガシーを自らの正統性強化に役立てようとする目的もある[6]。

 権力基盤の強化の目的をもって国内政治に集中するため、対外関係の大胆な動きは鳴りを潜めるだろう。実際、チョン前政権の反汚職キャンペーン展開中、国内政治の変動を背景に、ベトナムの対外関係は「保守化」ともいえる傾向を示した。中国には専ら恭順姿勢を示し、米国との包括的な戦略的パートナーシップは締結されたものの、安全保障面での協力で目立った動きはなかった。さらに、プーチン訪越に示されたように、ロシアとの伝統的な友好協力関係を維持する姿勢を示した。ベトナムの竹外交は今後、その揺れぶりに一層の慎重さが加わるだろう。

※本稿の見解は筆者個人のものであり、筆者の所属組織の公式見解ではない。

(2024/09/18)