ベトナム外交の基本方針――党書記長の演説

 近頃、ベトナムは自らの外交スタイルを、もっぱら「ベトナムの竹のような」と形容している。この「竹外交」の考え方は、2016年8月に開催されたベトナム外務省主催第29回外交会議において、グエン・フー・チョン・ベトナム共産党書記長が提唱したものである。同会議で基調演説を行ったチョン書記長は、「(独立から――筆者注)70年を経て、ベトナム外交は多くの輝かしい成果を収め、『ベトナムの竹』の特性を色濃く有する、独自の外交の流儀を確立し、ベトナム民族の魂と活力を体現した」と高らかに宣言した[1]。

 その5年後、2021年12月に行われた党政治局主催の全国対外政策会議における演説で、チョン書記長は再び「竹外交」に言及した。書記長は「竹外交」を、「根はしっかりと、身は固く、枝はしなやかな」ベトナムの竹のように、「穏和で機知に富むが、大変堅強で決意が固く、試練や困難を前に柔軟で創造的だが、勇敢で筋を通し、肝の据わった」外交である、と説明した[2]。

 ベトナムでは、重要な対外政策の決定は党政治局で行われる[3]。上記会議では、党、というよりはベトナム政治のトップに君臨するチョン書記長のイニシアチブの下、党がベトナムの対外政策を主導する姿勢が改めて示されたといえる。その基本方針が「竹外交」である。

「竹外交」とは――全方位外交の効用を改めて確認

 チョン書記長による上の説明は漠としてつかみどころのないものであるが、つまり「竹外交」は、対外環境や国内状況に応じて柔軟な政策をとることにより、国益の増進を図りつつ、特定の国に与することなく、戦略的自律性を維持することを意味する。

 「竹外交」の考え方は、チョン書記長による新たな外交方針の提唱というよりは、ドイモイ(刷新)以来のベトナム外交の効用を再確認したものである。ドイモイ以降ベトナムは、イデオロギーを主軸とする外交から、経済発展を目的とする実際的な対外政策へと転換し、全方位外交を推進してきた。東南アジア諸国連合(ASEAN)に加盟し、あらゆる域外国と協力関係を構築することで、自らの対外環境を安定させ、経済発展を果たした。こうした成功体験により、全方位外交は今日でも、対外環境がもたらす制約条件下で国益を最大化するために最も有効な方策とみなされている。外交の全方位性は、特定の国に与しないことと同義であり、すべての国と柔軟に付き合っていく、ベトナム外交の特性を示している。

 特に「竹外交」の今日的な含意としては、米中対立が先鋭化する中、他のASEAN諸国同様、「アメリカか中国か」の二者択一を回避するロジックを提供する。また、ロシアのウクライナ侵攻後、親ロか反ロかで国内世論は二分され、主権と領土の一体性の尊重という国際法の原則を支持する一方で対ロ非難を回避するベトナムは、国際社会の批判にさらされている。こうした状況下、「竹外交」はウクライナ情勢をめぐるベトナムの立場を下支えしている[4]。

 ベトナムのメディアは、恐らく政府の指示により、海外の識者にインタビューし、ベトナムの外交姿勢に対する積極的な評価を紹介する「『竹外交』キャンペーン」を展開中である[5]。インタビューを紹介することにより、海外の識者たちがベトナムの外交スタイルを支持するさまを、海外、そして国内にアピールしている。

「竹外交」の実践

 実際、ベトナムは要人訪問を軸に精力的に「竹外交」を実践している。2022年10月末から11月初めにかけて、チョン書記長は中国を公式訪問した。これは、チョン書記長にとって就任以来4回目の訪中であり、かつ自らの3期目において初の外遊であった。さらに中国共産党第20回党大会後、初の国家指導者レベルの訪中となり、ベトナムは中国に対して「忠誠心」を示す形となった。習近平国家主席との会談でチョン書記長は「ホー・チ・ミン主席と毛沢東主席をはじめとする両国の革命の先駆者たちがコツコツと築き上げたベトナムと中国の伝統的な友情は、両党、両国、そして両人民共通の貴重な財産である」と述べ、ベトナムにとっての対中関係の重要性を強調した[6]。

 また2023年6月、ファム・ミン・チン首相は中国を公式訪問し、天津で開催された世界経済フォーラム主催夏季ダボス会議に出席したほか、北京では李強首相と会談し、習近平国家主席を表敬した。会談でチン首相は、中国との関係はベトナムの対外政策において最優先であると強調した上で、ベトナム産農水産物に対する中国市場の一層の開放を求めた。これに対し中国側は、ベトナム産品に対する市場開放の促進、インフラ開発協力、中国企業の対ベトナム投資の促進といった協力項目を提示した[7]。ベトナムにとって、コロナでダメージを受けた経済を回復軌道に乗せるためにも中国との経済協力を進める必要があり、中国側もベトナムからのリクエストに積極的に応じる姿勢を示した。

 一方ベトナムは、アメリカとの関係強化にも余念がない。2021年にはロイド・オースティン国防長官やカマラ・ハリス副大統領の訪越を歓迎し、安全保障を中心とする協力強化を確認したほか、2023年4月にアントニー・ブリンケン国務長官がベトナムを訪れた際には、チョン書記長への表敬がセッティングされた[8]。またチン首相は、2022年5月に米ASEAN特別首脳会議に出席するためワシントンを訪れた際、ブリンケン国務長官らアメリカ政府要人と会談したほか、戦略国際問題研究所(CSIS)で講演を行った[9]。さらに、2023年9月にはジョー・バイデン大統領がベトナムを訪問する予定となっており、その際両国の関係が「包括的パートナーシップ」から「戦略的パートナーシップ」へ格上げされるのではないかと言われている[10]。

 ベトナムは、ウクライナ侵攻後もロシアとの伝統的な友好関係を維持しており、国連の場では対ロ非難決議で棄権を繰り返した[11]。2023年5月、ドミートリー・メドベージェフ安全保障会議副議長がベトナムを訪問し、チョン書記長を表敬するなど、両国の友好関係を確認したほか、翌6月にはバチェスラフ・レベデフ最高裁判所長官が訪越し、ボー・バン・トゥオン国家主席にプーチン大統領の親書を手渡した[12]。このようにベトナムはロシアからの要人を積極的に受け入れてはいるが、ベトナムの国家指導者レベルの要人がロシアを訪問することは、注意深く避けられている。

竹は折れずに済むか?

 こうしてベトナムは、大国から吹き下ろす風にしなやかにその身をなびかせ、中国、アメリカ、ロシアとそれぞれ2国間の付き合いを続けている。今のところベトナムの竹は折れる様子もなく、バランスの良い対外関係を保っている。だが、あまりに強い風が吹いたとき、折れてしまう心配はないのだろうか。米中間の緊張と、ウクライナをめぐるロシアと欧米の対立が複合し、欧米と中ロの対立が深まっている。両者の対立が一層深まった場合、ベトナムが八方美人な対応をとることは徐々に難しくなってくるだろう。ただ二者択一は、ベトナムが最も回避したい選択肢である。そのため、大国間対立が激化した場合でも、あらゆる手段を駆使してバランスの維持を追求するだろう。ベトナムとの外交関係樹立50周年を迎える日本としては、様々な方向から吹き付ける風に揺れ動くベトナムを支えるパートナーシップを築くことが、ベトナムのみならず日本にとっての利益ともなろう。

 (本稿の見解は筆者個人のものであり、筆者の所属組織の公式見解ではない)

(2023/08/31)

脚注

  1. 1 Báo điện tử Đảng Cộng sản Việt Nam, “Tổng bí thư Nguyễn Phú Trọng dự và phát biểu chỉ đạo tại Hội nghị Ngoại giao lần thứ 29,” August 22, 2016.(グエン・フー・チョン書記長が第29回外交会議に出席し、基調演説を行う)
  2. 2 Phương Linh, “Tổng Bí thư Nguyễn Phú Trọng: Xây dựng trường phái ngoại giao mang đậm bản sắc ‘cây tre Việt Nam’,” Quân đội Nhân dân, December 14, 2021.(グエン・フー・チョン書記長「『ベトナムの竹』の特性を色濃く有する外交の流儀を確立」)
  3. 3 Le Hong Hiep, “Introduction: The Making of Vietnam’s Foreign Policy under Doi Moi,” Le Hong Hiep and Anton Tsvetov eds., Vietnam’s Foreign Policy under Doi Moi, ISEAS Yusof Ishak Institute, 2018, p. 5.
  4. 4 Phan Xuan Dung and To Minh Son, “What’s Behind Vietnam’s ‘Bamboo Diplomacy’ Discourse?” Fulcrum (ISEAS Yusof Ishak Institute), July 22, 2022.
  5. 5 Hoàng Đình, “Ngoại giao cây tre Việt Nam giữa biến động toàn cầu,” Thanh niên, June 29, 2023.(グローバルな変動の只中にあるベトナム竹外交)
  6. 6 Bắc Văn, “Tổng Bí thư Nguyễn Phú Trọng hội đàm với Tổng Bí thư, Chủ tịch Trung Quốc Tập Cận Bình,” Nhân dân, October 31, 2022.(グエン・フー・チョン書記長が中国の習近平国家主席と会談)
  7. 7 Thanh Giang, “Đi sâu hợp tác thực chất, không ngừng làm phong phú nội hàm quan hệ Đối tác hợp tác chiến lược toàn diện Việt–Trung,” Nhân dân, June 26, 2023.(実質的な協力を深化させ、ベトナムと中国の包括的な戦略的協力パートナーシップの内容を不断に豊かにする)
  8. 8 Đình Phúc, “Tổng Bí thư Nguyễn Phú Trọng tiếp Bộ trưởng Ngoại giao Hoa Kỳ Antony Blinken,” Nhân dân, April 15, 2023.(グエン・フー・チョン書記長がアントニー・ブリンケンアメリカ務長官と会見)
  9. 9 Le Hong Hiep, “PM Chinh Goes to Washington: Equal Importance of Foreign and Domestic Goals,” Fulcrum, May 17, 2022.
  10. 10 Nandita Bose, “Biden says he will visit Vietnam ‘shortly’,” Reuters, Augusut 9, 2023.
  11. 11 詳細は庄司智孝「ベトナムとロシア――ウクライナ情勢から浮かび上がる関係性」NIDSコメンタリー第228号、2022年6月14日を参照。
  12. 12 Vũ Anh, “Tổng bí thư Nguyễn Phú Trọng hội đàm với ông Medvedev,” VNExpress, May 22, 2023.(グエン・フー・チョン書記長がメドベージェフ氏と会談)
    Song Linh, “Hợp tác ngày càng chặt chẽ giữa Tòa án tối cao của Việt Nam và Liên bang Nga,” Nhân dân, June 19, 2023.(ベトナムとロシア連邦の最高裁判所間の協力は日増しに緊密となる)