現在、イスラエルと周辺諸国間、ロシアとウクライナ間で交戦状態が続いているが、いずれも収束の見通しが立っていない。スーダン国内の軍事衝突も1年半が経ち、1,200万人以上が国内外に避難し、国民の半数を超える2,560万人が食料危機に直面する深刻な人道危機が発生しているが、なおも戦闘は続いている[1]。世界各地でイスラム過激派などの暴力的過激主義が活性化し、難民・避難民の数は過去最大となる一方、難民・避難民の受入先ではポピュリズムが台頭し、難民・避難民の排斥運動が広がっている。我々は、第二次世界大戦以来、最悪の危機の時代にいる。原因は何か、また解決の道はあるのか。本稿では、これまで国際社会で主導的役割を果たしてきた西側諸国、いわゆるグローバルノースと、それ以外の国々、いわゆるグローバルサウスの関係に着目し、今後の対応について論じることとする。
我々はなぜ現在の危機を止められないのか?
(1)グローバルノースの凋落
第一の理由として、グローバルノースの国際社会における影響力が低下し、一極支配(unipolar)から多極支配(multipolar)の時代に移行したことが指摘できる。中国は、経済成長を原動力に、アフリカや中東諸国に積極的に進出し、独自のネットワーク作りを進めている[2]。今や、中国は120カ国で貿易相手国トップの座を占め、140カ国で一帯一路協定を締結している[3]。ロシアも、傭兵ビジネスや軍事支援により、アフリカや中東地域で影響力拡張を図っている。さらに、経済力をつけたサウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、トルコ、インド等の国々が、各地で積極的な関係構築を進め、影響力を高めている。G7の世界のGDPシェアは現在、80年代の65%から40%にまで低下し[4]、BRICsをはじめ、グローバルサウスの存在感が高まっている。90年代や2000年代初頭であれば、米国をはじめとするグローバルノースは、世界各地で多大な影響力を行使することが出来たが、今やグローバルノースが単独で国際社会の諸問題を解決することは、ほぼ不可能である。
二点目は、グローバルノースが「ダブルスタンダード」と揶揄される行動を止められなくなっている点が指摘できる。ウクライナとロシアの紛争では、ウクライナからの避難民に対し、グローバルノースは手厚い人道支援を提供する一方、イスラエルのガザへの攻撃では、国際司法裁判所(ICJ)の勧告を受け入れないイスラエルに対し、米国をはじめとするグローバルノースの対応は不十分であると、グローバルサウスから批判されている[5]。スーダンでは、深刻な人権侵害を行っている準軍事組織RSFをUAEが軍事支援していると批判される中、米国はUAEと「戦略的パートナーシップ」を締結しUAEを擁護していると非難されている[6]。
グローバルノースは、国際社会での影響力が低下する中、自国の利益にかなうと考える国々と積極的に同盟関係、協力関係を構築するようになった。関係構築の基準が、民主主義や人権擁護などの価値の共有ではなくなったため、専制的な国であっても関係構築を優先してきた。また同盟関係、協力関係の破綻を憂えるあまり、相手国の横暴を止められなくなり、それが「黙認」と受け取られ、相手国の横暴性をさらに強める結果を招いている。CNNのアナリストのスティーブン・コリンソンは、ICJ勧告に取り合わないイスラエルに対し、「米国は無力」と批判した[7]。米国外交問題評議会名誉会長のリチャード・ハースは、「同盟国、友好国との対話のあり方を見直すべき」と指摘する[8]。
(2)「力による支配」が席巻する国際社会
かかる状況下で、「力による支配」が世界の趨勢となりつつある点が指摘できる。グローバルノースによる、価値の共有ではなく自己利益を優先する協力・同盟関係の構築、および同盟国・協力国の権威主義的な行動や人権侵害に寛容な姿勢は、各国で模倣され、人権の抑圧や国家の権威主義化を助長する状況を生み出している。国際人道法やICJなど、「国際的に合意された法・システムによる統治」が形骸化し、専制的、独善的な政治運営、クーデターの発生、暴力的過激主義の伸張など、「力による支配」が、国際社会の秩序維持の原則となりつつある。
また、秩序維持の道具として軍事が多用され、世界全体で軍事費が大幅に伸びる状況が生まれている。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によれば、世界の軍事費は9年間連続で最高額を更新している[9]。軍事費の増強は、各国政府の経済成長や社会福祉に関する予算を圧迫し、貧困対策、弱者救済、格差是正等の公共サービスが劣後する状況を生み出し、それが社会不安を助長し、ポピュリズム台頭の原因となっている。この傾向はグローバルノースのみならず、グローバルサウスも同様であり、経済の低迷や社会不安が、紛争や難民・避難民の発生を促進している。また難民・避難民の流入は、グローバルノースに新たな緊張を生み出す要因ともなっている。
すなわち、グローバルノースの影響力の低下とダブルスタンダードな行動が、「力による支配」の風潮を高め、それが世界全体の安定的発展と平和の促進を阻害する負の連鎖を生み出しているのである。
(3)急落するグローバルノースヘの支持
かかる状況下で、グローバルノースに対するグローバルサウスの支持・評価は急落している。カタールにある調査・政策研究アラブセンター(Arab Center for Research & Policy Affairs)がアラブ諸国で行った調査では、イスラエルのガザ攻撃以降、「アラブ地域の平和と安定に脅威となる国」の第1位は、イスラエルではなく米国であった[10]。南アフリカのイチコウィッツファミリー財団(Ichikowitz Family Foundation)がアフリカ16カ国の若者に行った調査では、「良い影響を与える国・地域」として中国が、米国やEUより高い結果が出ている[11]。深刻に捉えるべきは、グローバルノースの評価が下がっていることだけでなく、グローバルノース自身がこの事実を自覚できていないと思われるところにある。
グローバルノースは何をすべきか?
中国やロシアとの緊張が高まるに伴い、グローバルノースは、「デカップリング(分離)」と呼ばれる、中国やロシアに依存しないサプライチェーン・社会システム構築を進めようとしている[12]。しかし、デカップリングで、グローバルノースは生きていけるのだろうか?グローバルサウスのグローバルノースに対する評価は下がっている。また中国、ロシアをはじめ、新たに経済力をつけた諸国が、各国と積極的に関係構築を進めており、グローバルサウスの国々は、最も自国の利益に適う国との協力を深めたり、あるいは複数のオファーを受け入れる行動を取っている。今のままでは、グローバルノースそのものが、世界のマイノリティとなり、国際社会のシステムから取り残される可能性がある[13]。
第一に、こうした状況を立て直す必要がある。そのためには、まず「国際的に合意された法・システム」の遵守と堅持が必要である。ここで明確にすべきことは、「法に基づく秩序」と「国際的に合意された法・システムの遵守」は異なることである。カーネギー・ヨーロッパのシニアフェローを務めるステファン・レーネは、「米国は国際刑事裁判所(ICC)のローマ規程は批准しないなど、米国の国際ルールに関する行動は選択的であり、「法に基づく秩序」を国際法に代わるものとして推進しようとしている」と指摘している[14]。堅持すべきは「国際的に合意された法・システム」であり、その代表が国連システムである。現在の危機の下で、国連をはじめとする国際社会のシステムが機能不全となる中[15]、これまで築き上げてきた国際社会のシステムを擁護し、強化することが必要である。国際社会には、国際社会を統括する軍や警察などの法の執行機関がない。そのため、国際社会で合意されたシステムを守り抜く強い覚悟が必要である。
第二に既存の国際システムの改革に積極的に取り組むことが必要である。現存するシステムのいくつかは、時代の変化に対応できなくなっている。例えば国連安保理における常任理事5カ国のみが保有する「拒否権」は、国連創設から約80年が経過した今も不変であるが、主要国の経済力、影響力が大きく変化した今、合理的な根拠を持つものではなくなっている[16]。グローバルサウスの国々は、グローバルノースが既得権益を擁護するため国連システムの改革に消極的であると批判する[17]。時代のニーズに対応した公正な国際社会のシステムを作るため、積極的に改革を進める必要がある。
第三に、「力による支配」を放棄し、「対話、信頼醸成による問題解決」を推進することである。「力による支配」は、「力による挑戦」を受け、終わりなき軍事力拡大が続くだけである。ハマスやヒズボラのリーダーを殺害しても、憎しみは再生産され、新たなリーダーが生まれる。軍事力に依存する風潮の陰で、存在感が薄くなっている対話、信頼醸成を推進し、紛争を止め、また未然に防ぐ努力を進めるべきである。
第四として、グローバルサウスが抱える諸課題ヘの理解とその問題解決への支援が必要である。グローバルサウスの多くの国々は、20世紀に誕生し、植民地時代の国境線による民族の分断・統合などの負の遺産を抱えるとともに、国家のガバナンス運営で様々な課題に直面している。また現在、国際社会が抱える課題は、気候変動や人の移動など、一カ国だけでは対処できず、国際社会全体での取り組みが必要なものが多く存在する。ODAや官民を挙げた支援を通じ、グローバルサウスが抱える課題に、ともに取り組むことが必要である。
結びにかえて:日本は何をすべきか?
日本はこれまで米国と強力な友好関係を構築し、米国とともに発展してきた。今後も、米国との関係は重要である。しかし、米国の考えに追従していくだけでは不十分である。今、米国は様々な局面でグローバルサウスから批判を受けている。米国の良きパートナーとして、日本は米国に必要な助言と対話を行い、日米ともに世界の国々から信頼され続けることができるよう努力すべきである。
加えて、日本はグローバルサウスとの関係強化、信頼関係強化を進めるべきである。日本はこれまで、独自の平和外交やODAにより、グローバルサウスの国々の信頼を勝ち得てきた。しかし、現状に満足している状況ではない。各国がグローバルサウスの国々と積極的に関係強化を図る中、日本も今まで以上に積極的にグローバルサウスの国々と信頼関係を構築し、協力を推進していく必要がある。それが今後も、日本が国際社会の重要な一員としてあり続けるために必要不可欠である。
※本稿は、2024年10月10日時点の情報に基づき作成された。本稿で示された見解は筆者個人のものであり、筆者の所属組織の公式見解ではない。
(2024/10/17)
*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
Eroding International Order: The Global North Falls Behind and the Need for Confidence-Building with the Global South
脚注
- 1 スーダンに近年の状況については、拙稿「過去40年で最も深刻な人道危機に直面するスーダン――停戦と支援再開への道はあるのか?」国際情報ネットワーク分析IINA、2024年8月5日。
- 2 Laura Chen and Joe Cash, “China offers Africa $51billion in fresh funding, promises a million jobs,” Reuters, September 5, 2024.
- 3 Robert M. Gates, “The Dysfunctional Superpower: Can a Divided America Deter China and Russia?”, Foreign Affairs, November/December 2023.
- 4 Stefan Lehne, “The Rules-Based Order vs. the Defense of Democracy,” Carnegie Europe, September 18, 2024.
- 5 Azmi Bishara, “Gaza: Moral Matters in Hard Times,” Al-Muntaqa, Vol 7 Issue 15, February 2024.
- 6 Robbie Gramer and Jonathan Lemire, “It became our foreign policy priority whether we liked it or not,” Politico, October 7, 2024.
- 7 Stephen Collinson, “What Israel’s ground operation into Lebanon drives home about America,” CNN, October 1, 2024.
- 8 Richard Haass, “The Trouble With Allies: America Needs a Playbook for Difficult Friends,” Foreign Affairs, August 19, 2024.
- 9 Nan Tian et al, “Trends in World Military Expenditure, 2023,” SIPRI, April 2024.
- 10 “Arab Public Opinion about the Israel War on Gaza,” Arab Center for Research & Public Studies, January 10, 2024, p.17.
- 11 “African Youth Survey 2024,” Ichikowitz Family Foundation, 2024, pp. 32-40.
同報告書によれば、「良い影響を与える」との回答は、中国が82%、米国が79%、EUが73%である。 - 12 Roland Benedikter, “The World Isn’t Deglobalizing. It’s Reglobalizing,” World Politics Review, June 4, 2024.
- 13 世界の大多数の人々は、グローバルサウスに属しているとして「グローバル・マジュリティ」という用語も使われるようになっている。「グローバル・マジョリティ」に関しては以下参照。
Nadine White, “What is ’Global majority’ and why is it replacing ‘BAME’,” The Independent, May 17, 2024. - 14 脚注4参照
- 15 この点については、拙稿「機能不全に陥るグローバルシステム――平和構築の危機、人道援助の危機をいかに克服するか?」国際情報ネットワーク分析IINA、2024年4月9日を参照のこと。
- 16 Kishore Mahbubani, “UN credibility depends on adjusting veto rights to match shift in global power,” Financial Times, August 11, 2024.
- 17 脚注4参照