中央アジア諸国の指導者の言動に対する注目

 2022年9月にウズベキスタン・サマルカンドで上海協力機構(SCO)首脳会合が開催されたのに続き、10月にはカザフスタン・アスタナで独立国家共同体(CIS)首脳会合が開催され、いずれにもプーチン・露大統領が参加した。コロナ禍とウクライナ戦争が続く中での例外的な外遊先として、中央アジアを選んだことになる。

 プーチンは6月にもタジキスタンとトルクメニスタンを訪問している。ロシアが国際的に孤立を深める中で中央アジアは、プーチンにとって例外的に「友好的な土」[1]を踏める地域としてみなされているようである。実際、中央アジアは経済や軍事など様々な面でロシアとの紐帯が強いことは、拙稿でも以前指摘した通りである[2]。

 そのような中央アジア地域だが、最近「ロシア離れ」が指摘されるようになってきている。トカエフ・カザフスタン大統領は開戦直後からウクライナ東部2州の「独立宣言」を認めない旨、プーチンに「面と向かって」発言した[3]。そして冒頭のアスタナでの会合における、ラフモン・タジキスタン大統領による、プーチンを「たしなめる」かのような発言は[4]、タジキスタンが中央アジア地域の中でもとりわけ対露依存度が高いことから、日本のメディアでも特に報じられており[5]、当該地域におけるロシアの「盟主」としての地位が揺らいでいるかのように受け止められている。

 しかし筆者は、この発言の経緯や背景を踏まえ、今回の顛末について単純な「ロシア離れ」とは少し異なる見方を示したい。本稿ではまず、今回のラフモンの発言について、最近の地域動向を踏まえて解説しその背景を明らかにする。そのうえで今回の一連の動きから中央アジアとロシアの関係のありようについて指摘を行うことにより、プーチンの「同盟観」について考察を試みる。

ラフモンの発言内容とその背景:国境紛争に対するプーチンの態度への不満?

 今回のラフモンの発言は、タジキスタンのメディア「アジアプラス(AsiaPlus)」が内容を報じている[6]。要点を箇条書きにすると以下の通りとなる。

  • ソ連崩壊時、小規模な民族集団や小さな共和国は、伝統や慣習について配慮されることがなく、開発・発展へ向けた支援もなかった。
  • (筆者注:プーチンは)ロシアにタジキスタンからの200万人の出稼ぎ移民がいると述べたが、彼らは留学や治療などの目的でもロシアに渡っている。
  • (同:具体的な場について言及はないが)外交交渉において大臣レベルでなく次官レベルで実施されている。
  • 我々は尊敬されることを欲している。
  • 中央アジアに対し、「旧ソ連」に対する、というような政策をとらないことを求める。各国にはそれぞれの課題や伝統、慣習がある(同:「ひとまとめにするな」、という意味合いと推察)[7]。

 上記の内容からは、「小国であっても敬意を払うべき」というニュアンスが強調されていることがうかがえ、これは日本のメディアでも報道されているとおりである。しかしこの発言の真意を理解するにはその背景をおさえる必要がある。

 この首脳会合の1か月前、9月にタジキスタンは隣国のキルギスとの間で軍事衝突を起こしている。場所はキルギス・バトケン州沿いの、国境未画定地域や飛び地が多数存在する地域であり[8]、ソ連崩壊前後からたびたび住民間や両国国境警備隊の間で衝突や武力紛争が発生している。9月の紛争でも、タジキスタンとキルギス双方にそれぞれ数十人の死者が出、タジキスタン側は火砲や装甲車両を動員するなどしてキルギス側の集落を一時的に占領するなどした。昨年4月にも大規模な紛争が発生しており、その際には西側資本のメディアから、1994年より大統領の座にあるラフモンが、自身の政権の正統性を強化するため、対外的な脅威を演出し国内の引き締めに利用しようとした、との指摘がでている[9]。今年9月の紛争では、一度停戦協定が結ばれた直後に再度銃撃が発生するなど、もはやこの紛争を当事国のみで解決することは困難であることは明らかであった。

 冒頭に述べたアスタナでの政治イベントでは、プーチン、ラフモン及びジャパロフ・キルギス大統領による、国境紛争解決のための三者会談が別途行われた。首脳間の握手も挨拶もない異様な雰囲気で開始されたこの会談は、内容は公開されていないものの、紛争当事国首脳を満足させられなかった模様である。プーチンは「専門家(experts)レベルによる協議の継続」を提案した[10]が、腰の引けた提案と言わざるを得ない。

 タジキスタンが安全保障面でも経済面でもロシアに大きく依存していることは拙稿[11]でも以前に述べた通りである。プーチン大統領の誕生日に合わせて10月7日にロシア・サンクトペテルブルグ市でCIS非公式首脳会合が開催された際、ラフモンが会場に中央アジア名物のメロンを積み上げてプーチンへの「贈り物」としたことが報道されている[12]。なお、キルギスのジャパロフ大統領はこの非公式会合を欠席しており、プーチンと誕生日が2日違いであるラフモンと同席することを忌避したものと報道されている[13]。また、本稿冒頭で中央アジア地域はプーチンにとっての「友好的な土」と形容したが、キルギスはタジキスタン同様に対露依存度が高くまた域内にロシア軍基地を抱えている[14]にも関わらず、中央アジア地域内で唯一、公式訪問・実務訪問いずれにおいても、ウクライナ開戦後プーチンが足を踏み入れていない国である[15]。2020年10月の民衆運動による政変で発足したジャパロフ現政権は、民衆運動による政権移行という誕生の経緯に加え、ガバナンスの面で不安があることもあってか、プーチンから軽んじられている感がある。ラフモンが武力の行使に踏み切ったのは、それと類似の軽侮の念が武力行使へのハードルを下げたことによるものと考えられ、だからこそアスタナでのプーチンの消極的な態度に対し、前述のような強い調子の発言が飛び出したのではないか。

 さらに踏み込んでいえば、今回の一連の経緯は、キルギスやタジキスタンにとって紛争の仲介にロシアが必要であるにも関わらず軽んじられ、しかしそれでも地域の大国として「責任をとって」関与を求めるという、「ロシア離れ」というよりはむしろ「離れたくとも離れられない」小国と大国の関係の現状を浮き彫りにした、ともいえる。アスタナでの首脳会談後、キルギスが集団安全保障条約機構(CSTO)平和維持軍の派遣を求めていることも、こうした見方を裏付けている。

 上記のような背景・事情があることから、ラフモン発言をもって、単純に「(ウクライナ戦争後の趨勢として)ロシア離れが進んでいる」という結論に至るのは、ややポイントを外しているように思われる。

濃淡があるプーチンの「同盟観」:単純な「ロシア離れ」とは違う視点から

 今回の一連の経緯からは、もう少し広い文脈、すなわちロシアが旧ソ連地域をどうとらえているか、ないしプーチンの「同盟観」の明確化、という、別の視点が浮かび上がってくる。

 西側にとってイメージしやすい同盟といえば、北大西洋条約機構(NATO)であろう。これには同盟国が攻撃を受ければ他の同盟国が反撃に加わる参戦条項があり、この点はロシア主導のCSTOも同様である[16]。

 ただし、これまでのロシアによる対外的軍事関与を見ると、その関与の度合いは同盟圏内においてグラデーションがあるように思われる。2022年1月、カザフスタンで大規模な反政府騒擾が発生したとき、プーチンはウクライナ危機が深刻化し軍事力を欧州正面に集中させていた時期であったにも関わらず、ロシア軍の中でも精鋭の空挺部隊数千人を基幹とするCSTO平和維持軍をカザフスタンに派遣し、騒擾の鎮圧を支援した[17]。この時は騒擾の背景にはテロリストが存在するとし、「加盟国の安定が脅かされている」として介入の論理が構成されたが、明らかに無理筋であった。中国とロシアに挟まれた資源大国であり、ソ連時代から存在感のあったカザフスタンの安定を優先したことは明らかであった[18]。

 例えばNATOの場合なら、たとえ侵略された加盟国が小国であっても、米国をはじめとした他の加盟国が軍事力を提供し介入することは、当然のものとして了解されている[19]。これと比較すると、欧米ないし西側の「同盟観」と、同盟国によって重要度に差をつけるプーチンの「同盟観」は異なっているといえる。プーチンのそのような「同盟観」には、プーチンの「我々」とは異なる国際社会の理解ないし認識が反映されている、といえるのではないか。

 カザフスタン騒擾へのCSTO介入から、今回のアスタナでの首脳会合においてプーチンが消極的な態度を示したという一連の経緯は、中央アジア地域の小国の対露不信を強めた可能性がある。前項で解説したラフモンの「小国に対しても敬意を払うべき」というニュアンスの発言は、そのようなプーチンの「同盟観」に対する批判ともとることができる。「アスタナでの首脳会合に前後して発生した国境紛争」、「それ以前から存在し、カザフスタンでの騒乱から現在に至るまでの間に露呈したプーチンの「同盟観」」といった背景をおさえることで、このラフモン発言という「事件」を立体的にとらえることができるのではないか。

とはいえ強まる地域内の対露遠心力と、日本の関与

 以下、補足的な内容を含むが、中央アジア諸国の動向と、外部アクターの関与について考察する。

 ウクライナ戦争が中央アジアにおける対露遠心力を一定程度強めたのは事実である。例えば2022年8月10日から20日にかけて、タジキスタン他6か国と米国中央軍はタジキスタンにて、「地域協力-22」と呼称する軍事演習を実施している[20]。この演習を念頭に、パトゥルシェフ・露安全保障会議書記は、かかる軍事演習は米国が潜在的な軍事活動地域を熟知するためのものである旨コメントしている[21]。これに対しマフムゾダ・タジキスタン安全保障会議書記は「タジキスタンとロシアの関係を脅かすものは何もない」とコメントしているが[22]、このタイミングでこの演習が行われたことの意味は大きい。また、キルギスでは長年実現が疑問視されていた「中国・キルギス・ウズベキスタン」国際鉄道事業に前進の動きがみられ、現地ではこの事業に関し「対クレムリンの地政学的タブーを破った」「イラン大使がイラン南部のチャーバハール港との接続を提案」といった報道が飛び交い、対外関係の多様化への期待が高まっている。とはいえ、対露関係が地域内各国の対外政策における最重要の位置を他に譲ることは、一朝一夕には考えにくい。引き続き地域内各国はバランシングに注力することになるだろう。

 最後に、現状を踏まえての日本を含む西側諸国の関与について述べたい。

 2022年4月から5月にかけて、林外務大臣はウズベキスタン、カザフスタンおよびモンゴルを歴訪した。カザフスタンおよびウズベキスタンにおいて林外相は、アフガン情勢についての懸念およびウクライナ情勢に係る対露批判を伝達している[23]。

 ウクライナ戦争に伴い旧ソ連中央アジア諸国がどのような動向を見せるかについては関心を向ける向きもメディアやシンクタンクを中心にみられた。しかしコロナ禍もあってか実際には西側との要人往来は活発ではなく、ウズベキスタンにおいてはマリサ・ラゴ米国商務省次官の来訪が「コロナ禍以降の米国からの初めてのハイランク来訪」と報じられるほどである[24]。このような状況下で、西側主要国の中でいち早く外務大臣を送り込んだことは、「中央アジア+日本」[25]をはじめとした日本の対中央アジア外交の蓄積が活きたといって差し支えないだろう。

 ただし、では日本がプレゼンスを示したのち具体的にどうするか、については、依然として見通しが立っていない。拙稿でも以前に指摘したように、日本は「中央アジア+ワン(one)」という、米欧露中が模倣するような外交枠組みを設定しこの点において先駆的な役割を果たしてはいるものの、具体的な成果の結実が見えない 。地域に対露遠心力が強まりつつあり、対外関係の多様化への需要が現地で高まりつつある今こそ、精密な情勢把握に基づいた対中央アジア協力のさらなる具体化を検討するべきではないか。

(2022/11/02)

脚注

  1. 1 タジキスタンを訪問した際のプーチンの発言。「プーチン氏、侵攻後初の外遊…タジキスタン訪問し「友好的な土を踏めうれしく思う」」『読売新聞』2022年6月29日。
  2. 2 拙稿「中央アジアにおける中国とロシアのプレゼンス 両大国がせめぎあう中、日本・西側はいかに関与すべきか」笹川平和財団『国際情報ネットワーク分析IINA』2021年7月21日。
  3. 3 「ウクライナ東部の親ロ派承認せず カザフ大統領」『共同通信』2022年6月18日。
  4. 4 正確には、当該発言はCIS首脳会合の枠内において実施された「中央アジアプラスロシア」第1回首脳会合でのことであった。
  5. 5 「タジク大統領「属国扱いやめよ」異例のロシア批判」『産経新聞』2022年10月15日。
  6. 6 2022年10月18日現在、タジキスタン大統領府HP上に掲載されているラフモン大統領の演説全文には該当する内容は含まれていないhttp://president.tj/ru。しかし、「アジアプラス」が報道した内容の発言は動画でも出回っている。
  7. 7 “Эмомали Рахмон -Путину: Прошу не относиться к странам Центральной Азии, как к бышему СССР”, AsiaPlus, 14 October 2022.
  8. 8 同地域の状況については、以下の記事が詳しい。二瓶直樹「中央アジア:フェルガナ盆地における現状と課題-キルギスの視点を中心に」『The Povertist』2019年10月1日。
  9. 9 “Deadly Border Conflict Promises to Change How Kyrgyz, Tajiks See One Another And Their Leaders”, Radio Free Europe Radio Liberty, May4, 2021.
  10. 10 “Таджикистан и Кыргызстан снова договорились активизировать делимитации и демаркацию госграниц”, AsiaPlus, October 13, 2022.なお、ロシア語で「expert(эксперт)」は省庁では担当者レベルの肩書に用いられるなど、ランクとしては低い位置づけのことが多い。このこともプーチンの提案に対するラフモンの心象を悪くした可能性がある。
  11. 11 註2を参照。
  12. 12 「トラクター、メロンの山…プーチン大統領への誕生日プレゼント」『BBC NEWS JAPAN』2022年10月8日。
  13. 13 “Садыр Жапаров не примет участие в неформальное саммите СНГ в Санкт-Петербурге, -источники”, Akipress, Otcober 6, 2022(会員記事).
  14. 14 カント空軍基地。なお、ロシア軍はタジキスタンにも要員数6000人(公称)を擁する「第201基地」部隊を駐留させている。
  15. 15 なお、6月にプーチンがタジキスタンと併せて訪問したトルクメニスタンは、永世中立国を宣言しており(1995年12月、国連総会にてその地位が承認された)、CSTOやユーラシア経済同盟など、ロシア主導の地域枠組みにも参加していない。このことからも、現状はキルギスが半ば「放置」されていることがうかがえる。
  16. 16 NATOの場合の条約第5条、CSTOの場合の条約第4条。
  17. 17 ただしこの時、直接鎮圧に携わったのはカザフスタン当局であり、CSTO平和維持軍は空港などの重要施設の警備にあたったとされる。
  18. 18 CSTO加盟国圏内ではほかにも、2010年にキルギス南部で発生した民族間紛争、2020年にコーカサスのナゴルノ・カラバフで発生した軍事衝突でも、ロシアは当事国から介入を求められたが、プーチンはいずれにおいても介入を見送っている。拙稿「2022年カザフスタン騒擾-国際関係の視点から見えてくる「プーチンが引いた境界線」」日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所『世界を見る眼』2022年4月5日。
  19. 19 なお、中小国の視点からの、NATOをはじめとした同盟に対する見方や同盟の枠内における動向については、「「研究報告書-同盟国のバランスシート:アジアとヨーロッパの対米同盟比較報告書シリーズ」の発行」公益財団法人笹川平和財団、2021年9月8日を参照。
  20. 20 “В Таджикистане стартовали учения, организованные Центральным командованием США”, AsiaPlus, August 11, 2022.
  21. 21 “Патрушев предупредил коллег ШОС о рисках совнестных военных учений с США”, AsiaPlus, August 23, 2022.
  22. 22 “Душанбе отреагировал на заявление секретаря Совбеза России”, AsiaPlus, August 24, 2022.
  23. 23 外務省「林外務大臣のカザフスタン、ウズベキスタン及びモンゴル訪問(令和4年4月28日~5月2日)」2022年5月2日。
  24. 24 “Представители Минторговли США посетят Узбекистан”, gazeta.uz, Octobert 11, 2022.
  25. 25 2004年、当時の川口外相が始動させた日本政府の対中央アジア外交枠組み。詳しくは外務省HPを参照。
  26. 26 註2を参照。