中ロが接する地、中央アジア

 ベラルーシでの反体制運動や、コーカサスのナゴルノ・カラバフでの紛争、キルギスでの政変など、昨年、旧ソ連圏で相次いだ動乱は、独立後30年が経過した現在でも、国家建設や地域レベルでの安定化が困難であることを示唆した。

 日本では比較的関心が持たれにくい旧ソ連圏であるが、その中でも日本政府は中央アジア諸国(図参照)に対し、2004年から「中央アジアプラス日本」対話枠組みを開始するなど、支援を行ってきた。この地域は「シルクロード」に位置していることから、比較的イメージがもたれやすいといえよう。

 近年中央アジアで注目を浴びつつあるテーマが、中ロ関係である[1]。中国は中央アジアと国境を共有し[2]、「一帯一路(以下BRI: Belt and Road Initiative)」において重要な位置を占めていることもあり、経済面でプレゼンスを強めている。一方、中央アジア諸国のロシアへの経済的、軍事的依存度は依然として高い。旧ソ連諸国を自国の「影響圏」[3]とみなすロシアにとって、中央アジアは自国の「影響圏」の下にあることは自明であるといえよう。

図出典:外務省HP

図出典:外務省HP

 中ロ関係の趨勢は、日本にとっても安全保障上重要である。中央アジアは日本にとって、両国の関係性を理解する上でも、またこの地域にいかに関与するかにおいても、戦略的意義を有するといえよう。

 本稿では統計資料などを基に中央アジアにおける中ロの共存の現状について分析するとともに、日本のこの地域への関与について考察を試みる。なお、統計資料などの公開情報が極めて少ないトルクメニスタンについては一部議論の俎上から外すものとする。

経済―拡大しているが一様ではない中国のプレゼンス

 中央アジアにおける中国の影響力に関する言説でしばしば指摘されるのが、中央アジア各国の対外貿易および対外債務に占める中国のシェアである。以下のグラフは各国の統計資料や政府機関のデータを基に作成したものであるが、これを見る限りにおいては、中国のシェアの大きさは必ずしも一様ではないことがうかがえる[4]。

グラフ1:対外債務の国別内訳[5]

グラフ1:対外債務の国別内訳

グラフ2:輸出入の国別割合
ウズベキスタン(2020年)[6]

グラフ2:輸出入の国別割合 ウズベキスタン(2020年)

カザフスタン(2019年)[7]

グラフ2:輸出入の国別割合 カザフスタン(2019年)

タジキスタン(2017年)[8]

グラフ2:輸出入の国別割合 タジキスタン(2017年)

キルギス(2019年)[9]

グラフ2:輸出入の国別割合 キルギス(2019年)

 対外債務および対外貿易において中国のシェアが大きいのは、地域内でも経済水準が低いタジキスタンおよびキルギスである。カザフスタンの対外債務においてオランダのシェアが最も大きいのは、エネルギー分野での関与によるものと思われる[10]。一方、ウズベキスタンについては、国際機関のシェアが大きいが、これは同国で実施された開発援助について、有償援助が大きいことを反映していると思われる[11]。

 対外貿易については、いずれの国も特に輸入における中ロのシェアが大きい。カザフスタンの輸出額のうちイタリアのシェアが最も大きいのは、エネルギー資源の輸出先であるためとみられ[12]、統計資料で確認できる限りでは、少なくとも2007年から一貫してイタリアは第1位である。またキルギスの輸出先がイギリスであることは、キルギスの最も重要な輸出品の金の買い手であるためで、どこの国が金を購入するかによってその年の最大輸出先は入れ替わる[13]。(グラフ2参照)

 なお、キルギスは2016年までは、対ロシアが輸入額に占めるシェアで1位であった。油価の下落により、対ロ輸入の多くを占める石油製品の価格が下がったことが中ロの逆転につながったものと考えられる[14]。(グラフ2参照)

 以上、対外債務と対外貿易の二つからは、資源国であり高い経済水準にあるカザフスタンと、国の規模が比較的大きいウズベキスタンは依存度が低い一方、キルギスとタジキスタンは依存度が高いと大まかにいうことができる。

 中央アジアの国家経済における外部要素への依存については、海外送金についても触れるべきであろう。中央アジアではソ連崩壊後の産業振興の不振およびそれによる限定的な雇用機会のため、多数の労働人口が主にロシアに出稼ぎに出ている。以下のグラフ3で示されるとおり、ロシアも送金を通じて中央アジアに経済的影響力を持っているといえる。

グラフ3:海外送金の国別データ[15]

グラフ3:海外送金の国別データ

安全保障―基地を保持し圧倒的なプレゼンスを示すロシア

 安全保障分野については、カザフスタン、キルギスおよびタジキスタンは、ロシアが主導する集団防衛を目的とする集団安全保障機構(CSTO)に加盟している(ウズベキスタンは一時期のみ加盟)。また上海協力機構(SCO)[16]でも分離主義や過激主義への対抗が宣明されている。

 ロシアは直接的なプレゼンスとして、中央アジア地域内に基地を保持している。代表的なものはキルギスのカント空軍基地およびタジキスタンの第201軍事基地である[17]。

 カント空軍基地は2003年に設置され、CSTO加盟国の防空がその任務とされている。SU25攻撃機やMi8-MTVヘリが配備されているほか[18]、無人機を配備する動きがある旨の報道があり[19]、装備の充実が図られている。なおキルギスには2001年から2014年にかけて、アフガニスタンでの多国籍軍の活動を支援するための米軍拠点が首都ビシュケク近郊のマナス国際空港に設立されており、米露の軍事基地が併存していた。

 一方の第201軍事基地は、ソビエト連邦軍第201自動車化狙撃師団が1945年にタジキスタンへ移駐したのが起源であり、1979年にはアフガニスタンへ派遣されるなど、歴史は長い。ソ連崩壊後もロシア軍部隊として駐留を続け、1992年に発生したタジキスタン内戦では平和維持部隊の中核をなした[20]。2005年に航空部隊などを加え現行のとおり改称した。公称で6000人を超える人員が所属しており、タジキスタン軍の総兵力が8800人[21]であることを考えると、タジキスタンにおいて大きな軍事的役割を担っているといえよう[22]。

 一方、中国が安全保障上中央アジアに抱く関心は、新疆ウイグル自治区との関係であり、国防よりも治安上の意味合いが強い。中央アジアの軍事や安全保障に関する研究実績を有する米・国防大学のエリカ・マラット准教授はウェビナー「China's Military and Security Diplomacy in Central Asia(中央アジアにおける中国の軍事・安全保障外交)」において、中国が中央アジア各国の治安機関を対象とした支援について述べつつ、安全保障分野でも中国が関与を強めていると指摘している[23]。治安分野での中国のプレゼンスについては注視に値するが、ロシアの軍事的プレゼンスの優位性は少なくとも短期的には揺るがないだろう[24]。

 米国政府は今年9月11日までにアフガニスタンから軍部隊を撤退する方針を示した。アフガン情勢が悪化すれば過激派の伸長や麻薬流通など中央アジアを通じてロシアにも影響が及ぶ。5月20-21日にヴァルダイ・クラブ[25]が開催した中央アジア会議においてもこのテーマが取り上げられており[26]、また、プーチン露大統領はラフモン・タジキスタン大統領との会談において、外国軍撤退後のアフガン情勢について懸念を表明するとともに、タジキスタン国軍および駐留ロシア軍の強化について言及するなど[27]、関心を示している。

中ロの圧倒的存在感と狭まる第三アクターの関与の余地

 中ロの影響力比較については、ロシア語の存在感[28]や直接投資、コロナ禍の影響などについても検討するべきであろうが、紙幅の制限もあり、本稿ではここまでにとどめる。

 中央アジアにおける中ロのプレゼンスについて以下のように総括したい。

  • 中国の経済分野でのプレゼンスは一様ではない。ロシアからの海外送金はキルギスおよびタジキスタンにおいて見過ごせない要素である。
  • タジキスタンとキルギスは外部要因への依存度が比較的高い。
  • 安全保障分野に対する中国のプレゼンスは限定的。今後この分野で関与を強化するとしても、治安分野による間接的な支援に限られる可能性がある。

 中央アジア各国には、旧ソ連崩壊後、外交の多角化を模索する動きもあった。しかし、対外関係における選択肢が限られてしまったのが現状といえよう。

 アフガニスタンからの米軍撤退後に関連して、米ウォールストリート・ジャーナル紙(以下WSJ)が、アフガン政府に対する支援およびタリバンの動向の監視のため、中央アジア、特にウズベキスタンとタジキスタンに米軍部隊を配置する可能性を米国政府が検討していると報じた[29]。これに対しウズベキスタン国防省が、自国の国防ドクトリンにおいて自国領内への外国軍基地設置を認めていないと声明を発表した[30]。また、中国は、5月11日に開催された「中国プラス中央アジア5か国」外相会談にて、王毅外相が「外国の駐留軍は段階的で責任ある形でアフガニスタンから撤退すべき」「ウズベキスタンやタジキスタンなどアフガン近隣諸国は速やかに足並みを揃え、一致した声を発し、アフガン和平プロセスが困難を克服して引き続き前進するよう全力で支持する必要がある」と述べている[31]。WSJの報道を受けてとすれば、中国が中央アジアへの西側の関与について反応を示した点は興味深い。

 多国間枠組みの視点からは、印パのSCO加盟も指摘したい。SCOはロシアおよび中央アジア諸国と中国との間での国境画定および国境地帯の兵力制限を目的とした「上海ファイブ」を前身としている。安全保障以外にもSCOの役割が拡大したとはいえ、設立経緯を考えると意外ともいえる印パの加盟は、ロシアが中国との均衡や多極化を狙って後押ししたとの指摘がある[32]。

 これらを踏まえると、中央アジアにおける中国のプレゼンス拡大に対し、ロシアは決して無警戒というわけでないといえよう。今後、安全保障分野において、中国が果たしてどこまで影響力を拡大するかが、中ロの関係性を推し測るうえでの一つの観測点になるのではないか。加えて、西側など第三のアクターが中央アジアへの関与を深めようとする場合、中ロが圧倒的なプレゼンスを示す中、アプローチが限られることも示唆されている。

日本は中ロの支援が及ばない分野で存在感発揮を

 最後に、日本の関与について述べたい。

 日本にとって、ロシアのような軍事的プレゼンスは参考になりえず、中国のような経済的プレゼンスの発揮も難しい。現地に雇用をもたらす産業の育成や、これを支えるための、市場経済化、民主化へ向けたビジネス人材や行政官の育成などといった社会経済分野に、日本が果たすべき役割があると考える。

 ODAは日本が中央アジアに関わる重要なツールとなっている。先述した「中央アジアプラス日本」においては、観光や農業、エネルギーなど、中央アジアの開発課題について専門家会合が実施されてきたが、具体的な開発プロジェクトに結実していない。このような中央アジア5か国プラス1(C5+1)枠組みは、EU、韓国、米国などが対中央アジア外交の手法として参考にしているが、いずれの西側アクターもC5+1の「先」へと発展させた対中央アジア外交を構築できていない。中央アジアにおける有力ドナーである日本が、具体的な中央アジア支援策を策定・遂行することで、中央アジア諸国に対して中ロ以外の外交的選択肢を提供し西側への窓口の役割を果たすとともに、西側から中央アジアへの関与において再度モデルケースを示すことができるのではないか。外交の多様化を求める中央アジア諸国にとっても、平和主義を掲げ、中央アジアに対して領土的野心も持たない日本は、有望な選択肢となりうるだろう。

(2021/07/12)

脚注

  1. 1 管見の限りでは、2014年のウクライナ危機以降、活発な議論が交わされるようになったようである。
    Dmitri Trenin, “From Greater Europe to Greater Eurasia? : The Sino-Russian entente,” April, 2015, Carnegie Endowment for International Peace.

    Alexander Cooley, “Russia and China in Central Asia,” Policy Brief, 2015, Norwegian Institute of International Affairs.
  2. 2 カザフスタンとは1765キロ、キルギスとは1063キロ、タジキスタンとは477キロの国境を共有している。
    “China,” CIA, The World Fact Book.
  3. 3 ロシアからみた旧ソ連諸国に対してしばしば用いられる表現。
  4. 4 90年代には中央アジアの対外貿易において対ロ貿易は80%を占めていたとの指摘がある。
    Aleksey Asiryan and Yiming He, “The Dynamics of Sino-Russian Relations in Central Asia,” October 25, 2020, E-International Relations, p3.
  5. 5 対外債務については、各国財務省のHPを参照した。
    ウズベキスタン
    Ministry of Finance of the Republic of Uzbekistan, News Letter #20, April 2020
    ;
    カザフスタン: Министерство финансов Республики Казахстан, “Внешний долг Казахстана по странам (на 01.04.2020) ,”April 1, 2020;
    タジキスタン: Каххорзода Ф.С. Министр финансов Республики Таджикистан, Министерство финансов Республики Таджикистан Отчет о состоянии государственного долга за 2018 год, 2018;
    キルギス: Министерство финансов Кыргызской Республики, Структура государственного внешнего долга КР по состоянию на 31.12.2019 года — Новости ведомства, February 12, 2020.
  6. 6 ただし中国の数値には香港およびマカオは含まれない。
    Внешнеэкономическая деятельность, Государственный комитет Республики Узбекистан по Статистике (на 08 06 2021).
  7. 7 Внешняя торговля Республики Казахстан: Статистический сборник, Агентство по стратегическому планированию и реформам Республики Казахстан, 2020.
  8. 8 Таджикистан в Цифрах 2018, Агентство по cтатистике при Президенте Республики Таджикистан, August 2018.
  9. 9 Внешнеэкономическая деятельность, Национальный статистический комитет Кыргызской Республики.
  10. 10 Embassy of the Republic of Kazakhstan in the Kingdom of Netherlands, “Trade and economic cooperation between the Republic of Kazakhstan and the Netherlands.”
  11. 11 中央アジア諸国に対して実施された2018年までのODAの合計のうち、ウズベキスタンは有償が53%を占める一方、ほかの国は8割から9割が無償である。以下記事によると、対ウズベキスタン支援において、日本が累計拠出額において最大となっている。
    Arsen Omuraliev, “Donor Activity in Central Asian Countries since 1991,” Central Asian Bureau for Analytical Reporting : The Institute for War & Peace Reporting, April 30, 2020.
  12. 12 “Казахстан экспортировал в Италию нефти на $8.2 млрд,”КАПИТАЛ центр деловой информации, February 24, 2020.
  13. 13 主に欧州がキルギスにとって主要な金の輸出先となっている。
  14. 14 なお、2020年の速報値では再度ロシアが輸入先第1位になった。対中国境のトルガルト峠がコロナ禍により一時期閉鎖されたことが影響したと思われる。
  15. 15 Personal remittances, received (% of GDP), The World Bank.
  16. 16 SCOの加盟国は、中ロ、トルクメニスタンを除く中央アジア諸国に加え、2017年には印パも加わった。
  17. 17 なお、軍事基地ではないが、カザフスタンのバイコヌール宇宙基地もロシアが租借している。
  18. 18 Минобороны России, “Авиабаза «Кант».”
  19. 19 “На авиабазе в Канте будут размещены военные беспилотники — 2 «Форпоста» и 4 «Орлана». Что это за дроны?” АКИ Press, February 28,2020.(有料記事)
  20. 20 湯浅剛『現代中央アジアの国際政治 ロシア・米欧・中国の介入と新独立国家の自立』明石書店、2015年、101頁。
  21. 21 外務省、「タジキスタン共和国(Republic of Tajikistan)基礎データ」、2021年6月8日。
  22. 22 Минобороны России, “201-я Гатчинская ордена Жукова дважды Краснознаменная военная база.”
  23. 23 “China's Military and Security Diplomacy in Central Asia,” The Harriman Institute at Columbia University, April 15, 2021.
  24. 24 なお、キルギス軍では高級将校の多くがロシアの軍や治安機関の教育機関を卒業している。例えば、現国防大臣のオムラリエフ・タアライベックはロシア連邦軍統合兵科アカデミーと同参謀本部軍事アカデミーを、前参謀総長のドゥイシェンビエフ・ライムベルディはロシア連邦保安庁(FSB)国境警備アカデミーを卒業している。このことからロシアは軍の人材育成においても影響力を示しているといえよう。
    出典:キルギス・「ウェブ人名データベース」кто есть кто [АКИ Press](有料記事)
    キルギス国防大臣:“Омуралиев Таалайбек Барыктабасович: министр обороны КР,”кто есть кто.
    ; キルギス軍前参謀総長:“Дуйшенбиев Райимберди Сейдакматович: экс-начальник Генерального штаба Вооруженных сил КР,”кто есть кто. 中国の直接的な軍事的プレゼンスについては、タジキスタンのパミール高原の、アフガニスタンと中国との国境に近い地域に中国が軍事基地を設置したという報道があるが、詳細についてはいまだ不明である。“Tajikistan: Secret Chinese base becomes slightly less secret,” Eurasianet, September 23, 2020.
  25. 25 ロシア主導の知識人を中心とした国際交流プラットフォーム。
  26. 26 "От России хотелось бы большей последовательности и определенности," Коммерсантъ, May 21, 2021.
  27. 27 “Владимир Путин поблагодарил Эмомали Рахмона за приезд в Москву. О чем говорили президенты?” Asia Plus, May 8, 2021.
  28. 28 中央アジアでは、カザフスタンとキルギスがロシア語を公用語と定めている(それぞれ、カザフ語、キルギス語を「国家語」と定めている)。
  29. 29 “Afghan Pullout Leaves U.S. Looking for Other Places to Station Its Troops,” The Wall Street Journal, May 8, 2021.
  30. 30 “В Минобороны прокомментировали информацию о перебазировании войск США на территорию Узбекистана,”KUN.UZ, May 10, 2021.
  31. 31 「王毅外交部長がアフガン情勢における中国の立場を表明」『中国網日本語版』2021年5月12日。
  32. 32 Marcin Kaczmarski, “Russia-China Relations in Central Asia: Where Is There a Surprising Absence of Rivalry?” The Asan Forum, 2019, p5.
    Paul Stronski, Nicole Ng, “Cooperation and Competition: Russia and China in Central Asia, the Russian Far East, and the Arctic,” Carnegie Endowment for International Peace, 2018, pp14-15.