2023年4月、政府は昨年末に策定された国家安全保障戦略に基づき、他国の国防当局などに対する無償資金協力のスキーム「政府安全保障能力強化支援(OSA)」を立ち上げた。OSAは装備品の供与やインフラ整備などを通じて、相手国軍の能力向上を図り、地域の安定を確保することを目的とした新たな外交ツールだ。対象分野は、領域内の警戒監視や治安維持、人道および国際平和活動など、国際紛争に直接関連しないものに限られる[1]。7月には外務省内にOSAを担当する安全保障協力室も設けられた。

 筆者らは、安全保障協力を通じた防衛外交をより戦略的に実施することのできるよう体制整備の必要性を主張してきた[2]。また、政府開発援助(ODA)とは別に、安全保障上の目的に対応した「非ODAの経済協力の仕組み」の設立を喚起してきたところである[3]。その観点においてOSAの設立は喜ばしいものの、装備品供与には積み残された課題もある。また、インフラ整備はその活用について議論されることも多くない。そこで、本稿ではOSAの戦略的活用に向けてそれらの課題や可能性について考察する。

OSAは「対外援助スキームの穴」を埋めるのか‐積み残した課題

 今年の防衛白書で浜田靖一防衛大臣(当時)が「近年、防衛の分野においても、外交的な取組の重要性が増して」いると指摘するように、日本は過去10年強の間、日米同盟の強化に加えてオーストラリアや欧州の同志国などとの軍事的連携を深めてきた[4]。また、東南アジアなどの発展途上にある国に対しては、相手国軍に対する能力構築支援を軸に軍事的な協力を拡充している。これは、中国の拡張主義的な対外姿勢を念頭に、軍事領域においても日本の対外影響力を確保する必要があったことに起因する[5]。米中の大国間競争の狭間において、日本が行う安全保障協力は各国から概ね歓迎されている。他方で、これまで日本には他国の防衛当局に対する新規装備品の供与枠組みが存在していなかった[6]。また、相手国の社会経済発展を目的とするODAでは軍事目的の支援は行うことができず、このことが日本の「対外援助スキームの穴」となっていた[7]。OSAはこの穴を埋めるべく設立されたものと理解するのが妥当だろう。

 では、装備品の提供という観点で、OSAは本当に解決策となるのであろうか。OSAに対する内外の期待は高い。筆者のもとにも諸外国の政府関係者や研究者からOSAで日本の先端装備品が提供されるのかといった問合せがある。また、国内でも装備品輸出の観点から一定の期待が存在する。筆者の考えは、限定的なイエスであり、積み残された課題がある。その第1は予算規模だ。初年度となる2023年度に20億円が措置されたOSAの予算は、来年度には必要額が明示されない「事項要求」を含め約50億円に増額されると報じられている[8]。以降は数年をかけて3桁台に伸張することが見込まれ、日本の軍事援助として一定の存在感と実効性を占めることになるだろう。例えば、2020年にフィリピンが調達契約をした警戒管制レーダーは4基で1億ドル(約140億円)である[9]。この規模であれば将来的には無償で提供することも可能となるのかもしれない。

 他方で、例えば海外移転案件として話題に上ることが多い海上自衛隊の飛行艇US-2では、1機あたりの価格は約120億円を下らないとされる。輸出と併せて複数機発注ということにもなれば量産効果による価格低下も期待できるかもしれないが、推定されるOSAの予算規模からすると、このような高額の完成装備品については単独による無償供与は現実的ではない。このため、先ずは政府が今年度のOSA案件形成で検討している通信機材や、防衛省が二国間あるいは国連を通じて実施する能力構築支援事業にて用いる機材(例えば施設分野であればドーザなど重機や関連機材)など、OSAの予算内にて比較的調達しやすい装備品を移転し実績を重ねていくことが求められる。それらを通じて得た知見や反省を踏まえ、将来的には、相手国による購入に対する補助金的な使い方を可能にすることや有償スキームの検討、国際協力銀行(JBIC)を通じた輸出金融の活用と併せた案件などを構想しより大型の装備品移転につなげていくことが求められる[10]。

出典:陸上自衛隊(移動式対空レーダー装置)

 今一つの課題は、装備移転の案件形成とその体制整備である[11]。OSAの協力分野は、法の支配の確保に向けた活動(警戒監視、テロ対策、海賊対策等)、人道目的活動(災害対処、捜索救難・救命、医療、援助物資の輸送等)、国際平和活動(PKO参加への能力強化等)と幅広く設定されている。ただし、留意事項として防衛装備移転三原則および同運用指針が適用されることになっており、実質的には同指針で示される5類型の後方支援(救難、輸送、警戒、監視、掃海)に限られた協力のみが可能となる[12]。限られた分野で最大限の成果を得るには、ヒアリングを通じて相手国のニーズを把握するだけでなく、相手国の国防当局に食い込む戦略的な用法を検討する案件形成の過程が極めて重要になる。

 防衛外交的な観点から物資の移転を考察する際には、相手国との強固で持続的な信頼関係の構築が重要になる。日本からしか供給を受けることのできない装備品や部品の移転、日本での定期整備や運用・保守人材の育成といった関係を意識的に構築することも念頭に置く必要がある。この点は相手国の自立を促す開発協力と大きく異なるものであり、対象装備品の選定や供与の際には、当該分野における相手国の能力強化および地域の安定への貢献といった名目だけでなく、当局間の人的関係の強化、更なる二国間案件の形成促進、案件を通じた情報取得など具体的な政策目標を明らかにすることが必要だ。自衛隊による運用や保守に係る能力構築支援や供与後のサポート体制など、他政策ツールとの相乗効果を最大化させる方法を常に編み出していくことも求められるだろう。制度的にはOSAでは既に国家安全保障局‐外務省‐防衛省の連携が実施体制に組み込まれていることになっているが、密度の高い省庁間連携とツール横断的で計画的な案件形成が必須となる[13]。

OSAインフラ支援の戦略的な案件の形成に向けて‐今後の可能性

 装備品移転の陰に隠れて現時点ではあまり注目されていないが、OSAのもう一つの柱は相手国の軍事インフラ支援である。ODAではこれまで支援するのが困難であった軍民両用の空港や港湾整備、あるいは相手国軍が使用する設備や隊舎の補修や建築も可能となる。案件によっては自衛隊の艦船や航空機の寄港を促すものとなり、またインド太平洋地域へのアクセスポイントを確保することにも繋がる。様々な制約が課せられている装備品移転よりもむしろ重要な役割を果たし得る可能性がある。その際たる例がフィリピンだ。

 2023年2月9日、岸田首相とフィリピンのマルコス大統領の首脳会談に際して、防衛当局間で「フィリピンにおける自衛隊の人道支援・災害救援活動に関するTOR(取決め)」の署名が行われた[14]。これは、フィリピンでの大規模災害の発生時およびそのような想定の共同訓練・共同演習の際の手続きの円滑化を意味し、地域への自衛隊のアクセスを容易するという点で注目に値する。

 マルコス政権は同盟国である米国による基地使用についても前政権の方針を見直し、比米防衛協力強化協定(EDCA)を通じて米軍が使用できる拠点整備を再開している。これに基づき、米国はフィリピン北部や南シナ海に面する西部を含む計9ヵ所の拠点に物資や装備品を事前に配備させ、南シナ海の巡回警備にあたることが可能となる[15]。災害対応に加え、中国への抑止と対応力強化が図られる見込みだ。日本と米国、フィリピンは「トライアングル防衛協力」を構想しており、2023年6月には日米比の安全保障担当高官による初となるハイレベル協議が行われた。共同声明では米比EDCAや日比TORの強化連携やOSAの活用も明示されている[16]。また、各自衛隊も単独あるいは米軍などとともにフィリピン軍との連携を強化しつつある。特に陸上自衛隊の水陸機動団では、2021度末に第二水陸機動連隊の戦力化が完成し2連隊による常時可動態勢が確立している[17]。米国海兵隊およびフィリピン海兵隊とも共同訓練を重ねてきており、2022年12月には初となる陸軍種ハイレベル懇談も実施している[18]。

出典:海上自衛隊(日米比艦隊司令官懇談、2023年8月27日)

 このような動向において、日本が次のステップとして検討すべきなのは、フィリピン政府内における連絡要員の配置や部隊の定期的訪問を通じた、平素からの情報収集および警戒監視の実施、現地における日米比連携体制の確保、自然災害など事態への即応を物理的に可能とするハードウェアの構築である。OSAはこのような目的のもと積極的に活用されるべきであり、今後、フィリピン国内で自衛隊が災害救援活動などを行うことを念頭においたインフラ整備や関連装備品の備蓄、米軍がEDCAで行っている拠点整備を補完する形でのフィリピン軍への支援提供も十分考えられる。更に、整備作業については業者に任すのではなく、フィリピン軍と自衛隊が共同で行う、あるいは自衛隊による能力構築支援として実施し部隊レベルで汗を流し一体感を醸成することも一案である。将来的には、それらの施設に陸上自衛隊の部隊などが巡回し活動するということも構想できよう。

 以上は安全保障協力が急速に進展するフィリピンを例としたOSAの活用案であるが、他の重点国との連携強化、同盟国・同志国との協力深化、それ以外の国の国防当局との関係構築など多面的に用いることができる手段として今後の発展が期待される。

結びに代えて

 以上に概観した通り、「対外援助スキームの穴」を埋めるべく誕生したOSAをより戦略的に活用するためにはさらなる検討を要する事項も多い。装備移転においては輸出金融をはじめ有償スキームや補助金制度の検討はいずれ必要となる。また、ODAの戦略的活用、防衛省による能力構築支援や用途廃止した装備品(中古の完成装備品および部品)の移転・貸与といった他ツールとの調整を含め横断的な政策取組が必要となる。新設されたばかりの安全保障協力室は早々に課に置換え、自衛隊の幹部を室長や上席の企画要員として配属すべきだろう。

 また、現在は装備品移転が主眼だが、OSAのインフラ支援は、相手国の能力強化と関係強化、地域へのアクセス確保、米軍の活動補完など複数の戦略目的に即して用いることができる。戦略的なコミュニケーションを併用することで、OSAは南シナ海における抑止体制の強化と安定の確保にも直接的に貢献できる手段であり、今後の展開に注視していく必要がある。

 *2023年11月3日、岸田文雄総理大臣のフィリピン訪問時に、OSAの初適用案件となる沿岸監視レーダーシステム供与の交換文書の署名が行われた。また、両国政府はフィリピン軍と自衛隊の相互訪問を容易にする部隊間協力円滑化協定(RAA)の交渉に着手した旨を発表した[19]。

(2023/09/28)

*この論考は英語でもお読みいただけます。
Outstanding Issues for Official Security Assistance (OSA) and its Strategic Utilization

脚注

  1. 1 OSAの概要や2023年度の案件については各報道機関の記事に譲るが、本稿執筆時点では概ね外務省の発表内容に準じたものが多い。外務省「政府安全保障能力強化支援(OSA:Official Security Assistance)」2023年4月5日。
    なお、次の記事ではODAなど他の協力枠組みとの相違について整理している。鈴木拓海「政府安全保障能力強化支援(OSA)とは何か?戦略的な対外協力の連携可能性を探る」三菱総合研究所、2023年7月28日。
  2. 2 「日本の防衛外交強化に向けて」笹川平和財団 安全保障研究グループ、2021年10月。
  3. 3 拙稿「『開発協力大綱』の改定が示す日本の課題―ODAと安全保障」国際情報ネットワーク分析IINA、2022年6月27日。
  4. 4 浜田靖一「令和5年版防衛白書の刊行に寄せて」『令和5年版 防衛白書』防衛省、2023年7月。
  5. 5 筆者らはこれらの活動を「防衛外交(Defense Diplomacy)」と概念化して捉えている。渡部恒雄・西田一平太『防衛外交とは何か」筑摩書房、2019年。
  6. 6 日本は、装備品の貸与(例:2017年3月に海上自衛隊TC90練習機をフィリピンに貸与)のほか、2017年5月の自衛隊法の改正(116の3「開発途上地域の政府に対する不用装備品等の譲渡に係る財政法の特例」)により中古装備品や不要部品の贈与を行うことができるようになった。しかし、これらは新規装備品の無償贈与や政府貸付(借款)による移転を対象としていない。
  7. 7 前掲「『開発協力大綱』の改定が示す日本の課題―ODAと安全保障」。
  8. 8 高橋杏璃「対中抑止で『同志国』の軍支援 来年度は6カ国候補、予算倍増めざす」朝日新聞、2023年8月28日。
    実際の概算要求書は以下にて確認できる。外務省「令和6年度歳出概算要求書」、2023年8月31日。
  9. 9 防衛省「(お知らせ)フィリピンへの警戒管制レーダーの移転について」、2020年8月28日。
  10. 10 浜田靖一防衛大臣の次の国会答弁からは、新規装備品の貸与や無償提供の可能性などを政府が検討している様子が窺われる。浜田靖一、衆議院会議録安全保障委員会(第211回国会)、2023年4月27日。
    「US2の有効性というか、これは大変各国でも評価が高いわけでありますので、こういったものをやはり積極的に何とか、貸し出すなり無償提供するなりというようなことが考えられれば、またこういった点も理解が得られるのかなと思いますので、どれが一番有益なのか、有効なのかを、是非我々も検討しながら、これは前に進めていきたいというふうに思っているところであります」。
  11. 11 殺傷能力を有する装備品の移転や他国との共同開発する装備品の第三国への移転については、本稿執筆時点において与党間で協議が行われている段階であり本稿の考察の対象とはしない。
  12. 12 同類型について、与党内では地雷除去と教育訓練を追加する方向で議論がされている。
    「地雷除去・教育訓練の追加検討 防衛装備の輸出拡大、運用指針改定へ―与党協議」時事ドットコム、2023年06月19日。
  13. 13 次のように統合的な政策指針や集中的な体制をとっている国もある。たとえばイギリスの場合、政府全体の対外政策指針のもと省庁を横断した「全政府的アプローチ」における連携を通じて防衛関与が実施されている。フランスでは、外務省の安全保障防衛協力局(DCSD)において、軍事省から出向する将官を局長として、外務省、軍、国家憲兵隊、警察、民間専門家など約400名が任務にあたっている。オーストラリアは「防衛協力計画(DCP)」に基づき、各国軍との交流や訓練、演習やアセット提供を行っている。中国では習近平国家主席による軍隊改革により中央軍事委員会の直下に国際軍事合作弁公室が置かれ「軍事外交」を展開している。前掲書『防衛外交とは何か」の各国事例より。
  14. 14 外務省「日フィリピン首脳会談」2023年2月9日。
  15. 15 Karen Lema, “Philippines reveals locations of 4 new strategic sites for U.S. military pact,” April 3, 2023.
  16. 16 White House, “Joint Readout of Trilateral Meeting Between the National Security Advisors of the United States, Japan, and the Philippines,” June 16, 2023; Jesse Johnson, “U.S. and Philippine leaders look to craft closer trilateral security ties with Japan,” the Japan Times, May 1, 2023; Mari Yamaguchi, “US, Japan, Philippines Agree to Strengthen Security Ties Amid Tensions Over China, North Korea,” Associated Press, June 16, 2023.
  17. 17 筆者の水陸機動団創隊5周年記念式典参列時の関係者との意見交換より(2023年4月15日、陸上自衛隊相浦駐屯地にて)。
  18. 18 防衛省「第1回日米比陸軍種ハイレベル懇談」2022年12月11日。
  19. 19 外務省「岸田総理大臣のフィリピン共和国訪問(11月3日)」2023年11月3日。