2023年6月の民間軍事会社ワグネルによるモスクワ郊外での反乱からおよそ一年後の2024年7月28日、マリ北部でワグネルの残党50名以上が反政府組織の襲撃を受け死亡した[1]。ワグネルは創立者プリゴジンの指揮下でシリア・ウクライナからアフリカへ版図を広げ、軍事支援から情報操作、選挙介入、鉱石採掘、そして飲食産業までと多岐に活動を展開してきた[2]。このハイブリッド戦の代表的な存在は、プリゴジン亡き後アフリカでどのように変革してきたのか。そしてそれは今後のアフリカの情勢にどのような影響を及ぼしていくのか。本稿は2023年後半以降の情報をもとにロシアのアフリカ介入の今後を読み解く。

ワグネルから「アフリカ部隊」へ

 ロシア政府にとって、ワグネルのような民間軍事会社は、人権侵害など国際法に触れる行為を犯しても公的責任を逃れられる利便性があった。しかしワグネルの活動が拡大し、その扱いをめぐって軍部とプリゴジンが対立、後者の反乱に至った経緯から、クレムリンによる民間軍事会社の掌握が進むことは明白かつ必須だった。対ウクライナ戦については他の民間軍事会社や国営大手企業ガスプロムなどがロシア国内で徴兵を続け、これらの傭兵部隊をそれぞれ特定の軍組織傘下に組み込むことで分割支配し、かつ民間出資者と切り離している[3]。

 しかしロシアの国益上ウクライナや中東に比べて優先度が低かったサハラ以南のアフリカでは、そもそもワグネルと国防省の連携が希薄だった。よってアフリカ各国との交渉はプリゴジンの独自裁量によるところが大きかった。それを引き継ぐ形で2023年11月に国防省の下で「アフリカ部隊(Africa Corps)」が設立され、ワグネルの残党と他の傭兵部隊(クリミアで編成されたBear Unitなど)が約半々の割合で吸収されたと言われている[4]。

 スーダンや中央アフリカ、マリなどでワグネルと共に進出していた鉱石採掘などのプリゴジン関連会社とその利権はアフリカ部隊の資金源として国防省の管轄下に入ったようである[5]。しかし実際にアフリカ部隊の活動を統括することになったのは国防省ではなく、GRU(ロシア連邦軍参謀本部情報総局)で、特に海外潜入や暗殺などの機密工作を行うアンドレイ・アヴェリャノフ少将の「29155部隊」の指揮下に入ったと考えられている[6]。さらに非軍事作戦、すなわちプロパガンダなど情報操作活動はFSB(ロシア連邦保安庁)、そして親ロシア世論を誘導するための文化戦略はSVR(ロシア対外情報庁)が担当するという三分割体制になっているようだ[7]。他にプリゴジンが関わっていた不動産、ケータリング、投資ビジネスなどの企業資産はロシア国内の競争者によって既に搾取されたと言われている。

アフリカ各国の状況

 一見するとワグネルは名称を変えただけの様に見えるが、プリゴジン体制の最大の特徴であったコングロマリット的構造からGRU・国防省主導のアフリカ部隊に移行するにあたり、ロシアのアフリカ展開も多少の変容を見せている。スーダンでは2023年4月の内戦勃発当初ワグネルは迅速支援部隊(RSF)を支援してきたが、2024年に入って内戦が泥沼化してからはその活動を縮小し、逆にロシア政府はスーダン国軍の暫定政権を正式承認している[8]。

 内紛の続く貧困国中央アフリカ共和国では、引き続き1,500から2,000人のロシア兵が駐屯し、脆弱なトゥアデラ政権の生命線として北部反政府地域の制圧を支援している[9]。情報・文化戦略も健在で、現地のロシア大使館には新たにSVRからも諜報員が到着している[10]。中央アフリカ共和国は米国の民間軍事会社Bancroft Global Developmentとも2024年9月に契約を結んでいるが[11]、30名弱のアメリカ人軍事専門家の派遣に対し親ロ寄りの世論から批判が出ている[12]。

 2022年のクーデターで軍事政権が誕生していたブルキナファソでは、2023年1月にフランスとの防衛協定が破棄される一方で、同年10月にロシアの支援で原子力発電所が建設されることが決定され[13]、2024年1月にアフリカ部隊100名が到着し大統領警護や訓練の任務についた[14]。同じくニジェールでも2023年6月のクーデター後、フランス軍1,500名と米軍1,000名が軍事協力協定の破棄によって撤退を余儀なくされ、代わって2024年4月にアフリカ部隊100名が派遣されている。ロシアはニジェールにおけるフランスのウラン採掘権を狙っていると言われ[15]、さらにロシアはウラン加工品に関するニジェールとイランとの秘密裏の交渉を仲介しているとも言われている[16]。また2024年9月にロシア連邦宇宙局がブルキナファソとニジェールの空域で衛星を打ち上げる提携を結んでいる[17]。

 マリも2022年5月にフランスとの防衛協定を破棄し、また国連平和維持活動も2023年内に撤退させた後、約2,000名のワグネル兵に反乱制圧の支援を委託した。マリ軍・ワグネルによる軍事行動で一般市民の犠牲が増える中、2023年11月に北部の反乱拠点キダルの制圧に成功したが、前述の通り2024年7月に反政府勢力による攻撃でロシア兵も多大な被害を被っている。この反撃にはウクライナ軍諜報局(GUR)から情報提供やドローン操作などを含む軍事訓練が提供されていたと報じられているが、真偽の程は不明である[18]。

今後の展望

 2年前の拙稿で、フランス軍などに比べて人員数でも装備でも劣るロシアの民間軍事会社が、アフリカでの対テロ作戦に成功するとは考えにくいと論じたが、マリ北部での敗北はその現れと言えるだろう。アフリカにおけるワグネル・アフリカ部隊の戦功は決して高くはない。内戦の激化しているスーダンでは活動を縮小し、多少の成果をあげている中央アフリカ共和国ではそもそも反政府組織に統率・戦闘能力が欠けている。アフリカの軍事政権から見れば、国連やフランス軍と違い反政府組織弾圧のために手段を選ばないロシアの支援は歓迎だが、100名程度の展開ではブルキナファソでもニジェールでも要人保護や首都の世論操作以上は難しいだろう。よって現地政府にとってアフリカ部隊の主眼はクーデターの抑止・政権維持と考えられる。その意味では民間会社ではなく国防省・GRU下にある準国家組織としてのアフリカ部隊の位置付けはアフリカ諸国にとっても有益だろう。

 西欧諸国もアフリカの親ロ路線を懸念している。フランス防衛省は2021年7月にデータサイエンスや地政学など学際的な専門家を集めデジタル情報解析部署を設け、中央アフリカ共和国やコンゴ民主共和国でのロシアによる偽情報・誤情報に対応しているが[19]、アフリカの脱西欧・主権奪回の国民感情は根強い。米国に至っては来たるトランプ政権でアフリカにおける求心力はますます減るだろう。

 アフリカにおけるロシアの次のターゲットはコンゴ民主共和国と言われている。2024年3月に二国間軍事協力協定交渉が進行中と発表され、また同時に国連平和維持活動の撤退が決定との偽情報も流れ始めた[20]。また注目すべきは西アフリカのギニアビサウ共和国で、2018年にロシアと軍事協力協定が既に結ばれているのに加えて、2024年5月にロシアによるボーキサイトと石油の採掘契約が提携した[21]。ギニアビサウは南米からヨーロッパに向かう麻薬ルートの中継点でもある[22]。アフリカ部隊を通じてGRUのアフリカにおける諜報活動が活発化すると予測される中、ロシアのマフィアが西アフリカで麻薬密輸やマネーロンダリングなどの組織的犯罪に関与していく可能性もある。

 アフリカの強権政治、行政の弱体化、反乱や過激派組織の浸透は今後もしばらく続くだろう。日本のアフリカに対する開発援助・投資も、技術支援や能力構築に加えて偽情報・誤情報や組織犯罪に対するリスク削減など、新たな視野が求められる。

(2024/12/2)

脚注

  1. 1 Filipp Lebedev, Felix Light, and Jessica Donati, “Exclusive: The identities of Wagner mercenaries lost in a Mali ambush revealed,” Reuters, September 12, 2024.
  2. 2 中谷純江「安全保障のハイブリッド化(1)注目されるワグネルのアフリカ版図拡大」国際情報ネットワーク分析IINA、 2022年6月30日; 小林周「露ワグネルのアフリカにおける動向 ―「プリゴジンの反乱」はどのような変化をもたらすか―」国際情報ネットワーク分析IINA、2023年7月27日。
  3. 3 Sergey Sukhankin, “After Prigozhin: The Anatomy of Russia’s Evolving Private Military and Mercenary Industry,” The Jamestown Foundation, March 3, 2024.
  4. 4 Frédéric Bobin and Morgane Le Cam, “'Africa Corps': Russia's Sahel presence rebranded”, Le Monde, December 17, 2023; David Brennan, “Russia Launches 'Africa Corps' as Putin Looks to Hurt US,” Newsweek, November 21, 2023.
  5. 5 Elian Peltier, “Year After Failed Mutiny, Russia Tightens Grip on Wagner Units in Africa,” The New York Times, June 25, 2024.
  6. 6 Joe Inwood and Jake Tacchi, “Wagner in Africa: How the Russian mercenary group has rebranded,” BBC, February 20, 2024.
  7. 7 Antonio Graceffo, “Wagner Group Post-Prigozhin: New Name, Business as Usual,” Geopolitical Monitor, April 10, 2024; “The Kremlin’s Efforts to Spread Deadly Disinformation in Africa,” United States Department of State, February 12, 2024.
  8. 8 “Russian Envoy Meets Sudan’s Army Commander in Show of Support,” Reuters, April 29, 2024.
  9. 9 Christophe Châtelot, “In Central African Republic, Wagner Continues to Prosper,” Le Monde, June 16, 2024.
  10. 10 “Denis Pavlov, the man in Bangui”, All Eyes on Wagner, December 7, 2023.
  11. 11 Sam Mednick, “Takeaways from AP’s Report on Russian and U.S. Influence in Central African Republic,” AP News, September 11, 2024.
  12. 12 Martina Schwikowski, “Is Russian Influence in Bangui Disguised as Culture?,” Deutsche Welle, October 28, 2024.
  13. 13 “Burkina Faso Signs Fresh Nuclear-Focused MoUs with Russia,” World Nuclear News, June 6, 2024.
  14. 14 “Russian troops deploy to Burkina Faso,” Reuters, January 26, 2024.
  15. 15 Martina Schwikowski and Philipp Sandner, “Are Niger's uranium supplies to France under scrutiny?”, Deutsche Welle, September 28, 2023.
  16. 16 武内進一「ニジェールのロシア、イランへの接近」現代アフリカ地域研究センター、2024年5月12日。
  17. 17 “How Wagner Survived Yevgeny Prigozhin’s Death,” The Economist, October 17, 2024; “Niger Embraces Russia for Uranium Production Leaving France out in the Cold,” RFI, November 13, 2024.
  18. 18 武内進一「マリ分離主義勢力をウクライナが支援」現代アフリカ地域研究センター、2024年8月4日。
  19. 19 “Statement by Ms Catherine Colonna - Foreign digital interference – France’s detection of an information manipulation campaign,” Ministry for Europe and Foreign Affairs, June 13, 2023; John Irish, Elizabeth Pineau and Bate Felix, “France targets Russian and Wagner disinformation in Africa”, The Reuters, June 21, 2023.
  20. 20 Margherita Rigoli, “DR Congo-Russia: Military Cooperation in the Making?,” Nato Defense College Foundation, May 10, 2024; “DRC: Disinfo Claims about Russian Military Intervention,” African Digital Democracy Observatory, September 27, 2024.
  21. 21 Anne Laure Klein, “Guinea-Bissau, Russia to Collaborate on Oil Exploration and Bauxite Mining,” Energy Capital & Power, May 27, 2024; Antonio Cascais, “How Does Portuguese-Speaking Africa Stand on Russia?,” Deutsche Welle, May 21, 2024.
  22. 22 Antonio Cascais, “Guinea Bissau: Mafia, Drugs and a Former President’s Son,” Deutsche Welle, July 11, 2023.