はじめに

 本稿は「フーシ派による商船攻撃と国際社会の対応(前篇)」[1]に続くものである。前篇では、フーシ派による無差別商船攻撃による海運の破壊が国際社会の経済活動に与える影響を概観した。また、別稿「ウクライナとガサにも繋がる第三の戦場-紅海・アデン湾-商船攻撃を続けるフーシ派 vs 商船保護作戦で対抗する多国籍海上部隊」[2]において、無差別攻撃に一丸となって対応する各国海軍部隊の活動状況を分析した。

 本稿では、別稿で分析した連合部隊をはじめとする諸外国の海軍部隊による活動の現状を踏まえ、貿易量のほとんどを海運が占める日本が、現在も連合部隊の保護作戦への参加はもとより独自の保護行動をも見合わせ、情報収集に留まっている背景を分析したうえで、日本の今後の対応のあり方を検討する。

図1:海賊対処行動で商船を先導する護衛艦「あけぼの」

出典:海上自衛隊Facebookページ(2013年7月28日)

1.中東海域における自衛隊の活動

1) 海賊対処行動

 日本の刑法では、国際法の内容を自動的に国内法に取り込むことはできない。このため国際法上の犯罪である海賊についても、法制度が整う2009年7月以前は被害船か加害船が日本籍船の場合以外は日本の犯罪とはならないため取り締まれなかった。そのなかで、2008年からソマリア沖・アデン湾において日本の企業が関係する船舶12隻が襲撃され、うち5隻がハイジャックされるなど日本に関係する船舶が海賊被害に直面した[3]。この事態を受けて、すべての海賊を日本の法律の対象として取締りができるように海賊対処法の整備に向けた検討が進められていた[4]。しかし2009年1月、事態を深刻視する日本船主協会と全日本海員組合は、法整備を待たず「まずは現行法の枠組みの中で海上自衛隊艦船の派遣」を強く要望した[5]。この要請を受けた政府は、検討中の海賊対処法案の成立を待たず2009年3月、海上警備行動(以下、「海警行動」)により海上自衛隊をソマリア沖・アデン湾に派遣することとした[6]。

 他方で従前から政府は、海警行動によって守ることができる船舶は日本国籍の船舶に限られるという解釈を採用していた[7]。しかし、2009年当時、日本に重要な海運を担う日本商船隊[8]の総数2,535隻のうち日本籍船は107隻(4.2%)にすぎず、ほとんどを外国籍船が占めていた[9]。したがって、この解釈では大半の外国籍船を保護できない。そこで政府は解釈を変更して、これらの日本に関係する外国籍船を含めて日本関係船舶[10](以下、「関係船」)として海警行動による保護の対象に加えることとした[11]。その後、7月24日の海賊対処法の施行によって、ほぼすべての海賊行為を国内法上の犯罪類型に取り込み、関係船以外の外国籍船を含むすべての商船の保護が可能となった。

2) 中東海域における情報収集

 海賊対処が続けられるなか、2019年6月13日にオマーン湾でイランの革命防衛隊(IRGC)[12]の関与が強く疑われる吸着式機雷による爆破により関係船を含む2隻に被害が発生して以降[13]、9月までのホルムズ海峡付近でイランによる拿捕4件と5件の航行妨害が発生した[14]。この6月以降のイランによる航行妨害は、2018年5月8日にトランプ政権が一方的にイラン核合意から離脱し、対イラン制裁を再開したことに起因していると見ることができる。同年11月5日、米国は対イラン経済制裁を復活させ、さらに2019年5月に石油輸出や銀行部門に対する規制を強化した[15]。一連の制裁を受けたイラン経済は急激に衰退し、年間インフレ率は4倍に上昇し抗議活動も発生した[16]。一方、イランの航行妨害に対して、米国は11月に国際海上安全保障構成体(IMSC)を結成し[17]、欧州でも2020年2月からホルムズ海峡における欧州による海洋監視ミッション(EMASoH)の運用を開始した[18]。

 他方、日本では2019年10月から始めた中東地域における情報収集の具体的な検討を経て[19]、政府は12月27日、「中東地域における日本関係船舶の安全確保に関する政府の取組」として、自衛隊による中東地域における情報収集を決定した[20]。そこでは、「イランとの関係といった点も踏まえつつ」⽶国主導のIMSCには参加せず独自の取組としている。こうした判断は日本に限らず、欧州諸国が米国の強硬策との距離を置きISMCに参加せず独自にEMASoHの運用に至ったことや[21]、紅海・アデン湾においてイエメン領域への攻撃を行った米英への反発から、米国主導の商船護衛活動(繁栄の守護者作戦:OPG)への参加を撤回して独自の活動(アスピデス作戦:OA)を創設したEUの態度と軌を一にするものである[22]。

図2:中東地域における行動海域のイメージ(筆者作成)

出典:著者作成[23]

2. 日本の商船保護

1) 法制度から見た日本の特徴

 CENTCOMの公表を見るかぎり、諸外国は数件生起した有人船による拿捕の試みについては「海賊」としているが、フーシ派の無人兵器による攻撃に対しては「自衛」を根拠として反撃している[24]。この「自衛」は国連憲章第51に基づく「自衛権」ではなく、1986年に国際司法裁判所が判示した「武力攻撃に至らない武力行使」に対する「均衡のとれた措置」としての「武力行使」と解される[25]。一方、日本の憲法解釈のもとでは、「武力行使」は自衛隊の防衛出動に限られることから、国際法上の「均衡のとれた措置」としての「武力行使」を「自衛」ではなく国内法上は警察権と整理している。このため、平時の自衛隊は自衛隊や米軍等の部隊を防護できても、海賊対処行動や海警行動などの命令による警察権の付与が無ければ自国の船舶すら防護できないという不合理な状況にある。このことは、現在の自衛隊の商船保護の大きな制約となっている。また、UNCLOS第101条は、海賊行為を「私有の船舶又は航空機の乗組員又は旅客が私的目的のために行うすべての不法な暴力行為、抑留又は略奪行為」と定義しており、海賊対処法第2条もこの規定を踏襲し、ほぼ同様に定義している[26]。この規定からイエメン領域や無人水上艦からのドローンやミサイル及び無人の水上・水中船による攻撃に対して、海賊対処法を根拠とする防護はできない。一方、海警行動であれば弾道ミサイルを除き[27]ミサイルやドローン等による攻撃の排除が可能である。

2) 日本の商船保護の現状

 欧米の取組みに対して、2019年当時の日本は、ホルムズ海峡付近が「直ちに日本の船舶が防護を必要としているという状況」にはないとして、防護は不測事態が生起した場合には海警行動の発令により対応することで、商船防護を見送った[28]。この背景には、国家または国家に準ずる組織と間での武器の使用は、憲法上禁止される武力の行使に該当するおそれがあるという公式見解がある[29]。これを忖度すれば、妨害行為の主体であるIRGCが国家の軍隊である以上、IRGCとの抗争の可能性はできるだけ避けなければならないという判断が窺え、当時の妨害の態様や他国の対応例[30]からも一見妥当な判断であったようにも見える。

 しかし、現在の紅海・アデン湾における状況は、2019年当時の対象であったホルムズ海峡付近の状況とは大きく異なっている。ホルムズ海峡付近では、イランの国家機関であるIRGCによる拿捕が脅威の中心であった。一方、紅海・アデン湾における脅威は、国家の組織ではないフーシ派の航空・水上の無人機やミサイル等による艦船に対する無差別攻撃であり、諸外国は武力でこれを排除している。こうして見れば、2019年にホルムズ海峡を念頭に「今、直ちに日本の船舶が防護を必要としているという状況にはない」という当初の判断が、現在の紅海・アデン湾にも妥当する合理性は見いだせない。

 さらに、海警行動による関係船の保護措置に関する政府見解にも疑問が残る。政府は、関係船が海警行動による保護の対象であるとする見解を維持しながらも、武器の使用が可能な防護対象を拡大した2009年の政府見解に重大な解釈変更を加えている。2020年2月27日の質問主意書[31]に対する答弁書において、関係船の防護に際しては旗国主義に基づく対処を基本としたうえで「一般に、公海上の外国籍船の旗国の同意があれば、当該旗国以外の第三国が、当該外国籍船への武力攻撃に至らない侵害を排除するために、当該侵害を行う船舶に対して、実力を行使することが可能となるといった考え方が国際法上確立されているとは、承知していない」[32]として、2009年当時に保護対象を拡大させた際には俎上に挙がることがなかった「旗国主義」を根拠に、襲撃に対する武器の使用は日本籍船に限られ、外国籍の関係船は他の外国籍船と同様に実力行使を伴わない措置に留まるという見解を示した(図3参照)[33]。

 先の質問主意書では、「国際法上の旗国主義の原則において問題となるのは、被害船舶の国籍ではなく、侵害行為等を行う船舶の国籍ではないのか」[34]と質しているが、この点について政府は明確な見解を示していない[35]。

 UNCLOS第98条第1項も、「自国を旗国とする船舶の船長に対し、…海上において生命の危険にさらされている者を発見したときは、その者に援助を与えること」として、他者の存在が希薄な海上における互助の必要を規定しており、国際社会においては、緊急事態に際して船長の要請等に基づき乗船して援助を与えることは一般に行われている[36]。こうして見れば、旗国主義を理由に外国籍の関係船の防護措置から武器使用を除外した変更には疑問が残る。

図3:保護対象に関する解釈の変化

出典:筆者作成

おわりに

 紅海・アデン湾における諸外国海軍は、それぞれの国の政策に従い行動するが、一般に被害船の船籍に関わらず脅威となる攻撃自体を排除するという対応である。これに対して日本の自衛隊による防護は、命令において侵害の種別や保護対象を分別して侵害を排除するというものである。このため平時にすべての船舶を防護するためには、海賊対処法と同様に新たな立法措置が必要となるが、現在の日本の立法環境の下では極めて難しいと言わざるを得ない。他方で、関係船の保護ついて外国籍の関係船に対する防護措置において武器使用を除外した解釈変更については、中東地域に限られる問題ではなく、海警行動の武器使用権限全体にかかわる問題である。これは関係船の保護全般に影響することから、早急な見直しが求められる。さらには、不測事態に際してではなく、2009年の海警行動による海賊対処の例に倣い、常時海警行動の権限を付与することも必要ではないだろうか。

(2024/08/30)

(前篇はこちら)

脚注

  1. 1 拙稿「日本は国際航路の保護にどう向き合うのか(前篇)―フーシ派による商船攻撃と国際社会の対応」国際情報ネットワーク分析 IINA、2024年3月29日。
  2. 2 拙稿「ウクライナとガザにも繋がる第三の戦場-紅海・アデン湾―商船攻撃を続けるフーシ派 vs 商船保護作戦で対抗する諸外国海軍部隊」国際情報ネットワーク分析 IINA、2024年6月19日。
  3. 3 「ソマリア沖・アデン湾における海賊問題」日本船主協会、2010年4月1日、1頁。
  4. 4 金子国交大臣『第171回国会衆議院予算委員会議録』第15号、2009年2月18日、6頁。
  5. 5 「アデン湾の海賊問題に関する全日本海員組合との共同声明について」日本船主協会・全日本海員組合、2009年1月9日。
  6. 6 防衛省『平成24年版 防衛白書』2012年、292頁。
  7. 7 徳地防衛省運用企画局長『第171回国会衆議院安全保障委員会議録』第2号、2009年3月13日、3頁。
  8. 8 国交省はじめ船主協会などの海運関係では、日本籍船と外国企業から用船し日本の海運会社が運航する外国船籍船で構成される外航商船群を「日本商船隊」と呼称している。「日本商船隊」日本船主協会『海運用語集』2017年4月1日。
  9. 9 「【図表1-23】日本商船隊の構成の変化」国土交通省『数字で見る海事2023』2023年、16頁。
  10. 10 政府は、①日本籍船、②日本人が乗船する外国籍船、③我が国の船舶運航事業者が運航する外国籍船、④我が国の積荷を輸送している外国籍船であって我が国国民の安定的な経済活動にとって重要な船舶の4類型を「日本関係船舶」と定義している。「中東地域における日本関係船舶の安全確保に関する政府の取組について」国家安全保障会議決定・閣議決定、 2019年12月27日。
  11. 11 註7を参照。
  12. 12 2018年4月8日、米国政府は、他国政府の一部を外国テロ組織(FTO)に指定する初めてのケースとなるイスラム革命防衛隊(IRGC)とその支流であるコッズ部隊(IRGC-QF)をFTOに指定した。“Statement from the President on the Designation of the Islamic Revolutionary Guard Corps as a Foreign Terrorist Organization,” The White House, April 8, 2019.
  13. 13 2019年6月13日、ポンペオ米国務長官(当時)は「本日オマーン湾で発生した攻撃はイランに責任があるというのが米国政府の評価である」とイランの関与を強く示唆した。“U.S.-Iran Tensions and Implications for U.S. Policy Updated,” Congressional Research Service Report(R45795), September 17, 2019, p.3.
  14. 14 資源エネルギー庁「新・国際資源戦略の策定に向けた論点」2019年10月4日、28頁。
  15. 15 2019年5月の制裁では、日本を含むイラン産石油の主要輸入8カ国に米国の二次制裁(米国市場からの排除など)の免除を認めていたが、11月の制裁で免除を終了した。“Six charts that show how hard US sanctions have hit Iran,” BBC, December 9, 2019.
  16. 16 “Iran oil: US to end sanctions exemptions for major importers,” BBC, April 23, 2019.
  17. 17 IMSCは、イランの脅威を監視する連合体として設立され、2023年11⽉現在、⽶国、英国など12か国が参加している。“United States Central Command,” Congressional Research Service, February 13, 2020, p.3; 「中東地域における⽇本関係船舶の安全確保に関する政府の取組」防衛省、2023年11月14日。
  18. 18 フランス、ドイツ、イタリアなど9カ国が参加。“About EMASoH/ Agenor,” European Maritime Awareness in the Strait of Hormuz, accessed in August 24, 2024.
  19. 19 内閣官房長官記者会見「中東地域の平和と安定について」2019年10月18。
  20. 20 政府は派遣の根拠を、防衛省設置法第4条第1項第18号の「所掌事務の遂行に必要な調査及び研究を行うこと」としている。註10を参照。
  21. 21 Geir Ulfstein, “How International Law Restricts the Use of Military Force in Hormuz,” EJIL Talk!, August 27, 2019.
  22. 22 前掲「ウクライナとガザにも繋がる第三の戦場-紅海・アデン湾―商船攻撃を続けるフーシ派 vs 商船保護作戦で対抗する諸外国海軍部隊」を参照。
  23. 23 日本は従前から海賊対処の一環として情報収集活動を行っていたが、その海域はソマリア沖・アデン湾までである。このため、政府はホルムズ海峡・オマーン湾をカバーするために、新たに「中東地域における情報収集」を決定した。当初、護衛艦を新規に1隻遣し、海賊対処行動の哨戒機とともに情報収集を行ったが、現在は海賊対処行動の護衛艦1隻と哨戒機1機が情報収集活動を兼務している。前掲「中東地域における日本関係船舶の安全確保に関する政府の取組について」を参照。
  24. 24 例えば、CENTCOMの公表文では「この地域の商船と米海軍艦艇に差し迫った脅威をもたらした2発の対艦巡航ミサイルに対する自衛攻撃を実施した。」としていたが、現在は海上における迎撃を「自衛」とした一連のサイトは削除されている。イエメン領域内攻撃の「自衛権行使」との混同されること避けたものと思われる。“March 4 Red Sea Update,” USCENTCOM, March 4, 2024.
  25. 25 “Nicaragua v. United States of America,” ICJ. Reports, June 27, 1986, para. 191, para.249; なお判決は、「対抗措置」に「武力の行使」が含まれるか否かについて沈黙しているが、国際社会では一般に含まれるとの認識されており、日本の外務省もこの解釈を支持している。『衆議院外務委員会議録』第4号、1998年9月18日、14頁。
  26. 26 海賊対処法では、実態がないとして航空機を除外している。
  27. 27 「イエメン沖 ミサイル情報で海自護衛艦 最大近い速度で現場離脱」NHK、2023年11月29日。
  28. 28 『第200回国会衆議院安全保障委員会議録』第2号、2019年10月24日、3頁。
  29. 29 「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」国家安全保障会議・閣議決定、2017年7月1日。
  30. 30 例えば英海軍は、2019年7月10日と7月22にはIRGCによる英国籍石油タンカーの拿捕の試みに対応したが、いずれも一切の実力行使は行わず警告のみにより排除を試みており、10日は間に割り込み阻止できたが、22日には遠距離であったため拿捕を阻止できなかった。“Strait of Hormuz: Iranian boats 'tried to intercept British tanker',” BBC, July 12, 2019; “Iran tanker seizure: UK 'didn't take eye off ball', Hammond says,” BBC, July 22, 2019.
  31. 31 「中東地域における日本関係船舶の防護と国際法上の旗国主義に関する質問主意書」2020年2月27日 。
  32. 32 「参議院議員白眞勲君提出中東地域における日本関係船舶の防護と国際法上の旗国主義に関する質問に対する答弁書」、2020年3月10日。
  33. 33 河野防衛大臣『第201回国会参議院予算委員会会議録』第12号、2020年3月17日、13頁。
  34. 34 註29を参照。
  35. 35 註28を参照。
  36. 36 例えば、2024年1月26日、フーシ派の対艦弾道ミサイル攻撃を受け大規模な火災が発生した石油タンカーに対して、インド海軍が乗船して消火活動を行っている。インド海軍X上での投稿(2024年1月28日)。