はじめに
2023年11月19日に、イランが支援するイエメンの反政府武装勢力フーシ派[1]がハマスへの支持を表明し、紅海を航行中の日本郵船が運航する貨物船ギャラクシー号(以下、G号)を拿捕した[2]。G号の拿捕後もフーシ派は、イスラエルに向かう船を標的にすると主張しつつも、紅海、バブ・アル・マンダブ海峡を通過する外国船舶に対して、無人機や対艦弾道ミサイルなどによる無差別な商船攻撃を繰り返している[3]。
昨年10月に起きたイスラエルとハマスの紛争は、当初、地域紛争の様に見えていたが、フーシ派の無差別商船攻撃は、世界経済への深刻な脅威となっている。この海域は、欧州からスエズ運河を経由してインド洋に繋がる国際海運の大動脈だからだ。すでに2022年2月のロシアのウクライナ侵攻に伴うロシアの黒海の封鎖により、主要な穀物輸出国であるウクライナの穀物輸出が滞り、食料コストが急上昇して世界経済は大打撃を受けているが[4]、今回のフーシ派の攻撃は、ロシアの黒海封鎖以上に世界のサプライチェーンに打撃を与え、国際経済に大きな損失をもたらしている。このフーシ派による無差別商船攻撃という蛮行に、国際社会はどう立ち向かっているのか。そのなかで、日本はどのように対応すべきなのか。
本稿においては、先ず、前篇において現在起きている事態の概要を整理したうえで、米英を中心とした国際社会の対応を分析する。それを踏まえて、後篇においては、貿易に占める海上輸送の割合が99.6%を占め[5]、また、「より大きな国際社会への貢献」[6]を標榜する日本が、国際航路の保護のためにどう対応すべきかを検討する。
1. 紅海の遮断で国際海運が受ける影響
1) スエズ航路回避の影響
スエズ運河は、アジアとヨーロッパを結ぶ最速の海上ルートであり、スエズ運河を通過してインド洋を往来する船は、紅海、バブ・アル・マンダブ海峡からアデン湾を経由しなければならない。アナリストの分析によると、2023年上半期には日量約900万バレルの石油がスエズ運河を経由して輸送されている。さらに、欧州、中東、北アフリカに輸入される商品の約15%は、アジアや湾岸諸国から海路で輸送されている。これには、精製油の21.5%、原油の13%以上が含まれるほか、家電製品や衣類などあらゆる種類の消費財がコンテナ船によって運ばれている[7]。したがって、この航路が遮断されると船舶はアフリカ大陸を大回りして喜望峰経由でインド洋に抜けなければならない。この航程になると輸送時間が10日ほど長くなり、企業は何百万ドルもの損失を被ることになる[8]。
2) 海運会社への影響
フーシ派による無差別商船攻撃の状況を受けて、商船攻撃前には船舶の価値に対し推定0.03%であった戦争リスク保険料率は、1月4日以降は0.05%~0.1%に上昇し、7日間の航行換算で数十万ドルの追加費用が生じることになる[9]。さらに、船員たちは賃金の倍増を要求しているため、船会社は、世界の海上貿易の12%を担っているこの航路を避ける事態が続いている[10]。2023年12月には世界ランキング1位から3位までの大手海運会社や石油メジャーは揃って紅海航路の運航を停止した[11]。海外の海運会社だけでなく、日本の海運3社が共同出資するコンテナ船事業会社オーシャン・ネットワーク・エクスプレス(ONE)も、12月19日にアジアと欧州を結ぶ全ての船舶について紅海の航行を停止することを決めた[12]。
この結果、1月19日時点で、欧米とアジアを結ぶ500隻以上のコンテナ船が紅海を避けて航行しており、紅海からインド洋への出口となるバブ・アル・マンデル海峡を通航する船舶は3月4日までの7日移動平均で前年同時期と比べ、通過数が75隻から32隻に、積載量で4,885,562トンから1,714,683トンと40%以下に激減し、スエズ運河を通航する船舶も、同基準で通過数が65隻から35隻に、積載量は4,441,116トンから1,818,790トンと半減した。逆に、代替ルートとなった喜望峰の通過する船舶は、同基準で通過数が40隻から81隻、積載量は3,491,918トンから7,634,180トンと2倍近く増加した[13]。
3) 海運の顧客への影響
国際貿易の当事者はこの数十年で最大の転換を迫られ、輸送の遅延と停滞さらに運賃の高騰は海運の荷主に大きな影響を与えている。自動車メーカーのスウェーデンのボルボとアメリカのテスラはアジアのサプライヤーからの部品が入手できないとして、欧州工場での生産の一時停止を発表した。また、英小売りのテスコ(Tesco)とマークス・アンド・スペンサー(Marks & Spencer:M&S)はコスト増のリスクに言及した。国際貨物輸送の電子市場を運営するフレイトス(Freightos Limited)によれば、中国から地中海へのコンテナ船の運航コストは今年1月の時点で、昨年11月から4倍以上に上昇している[14]。また、複雑な物流プロセスの代行等のサービスを行う企業である「フレックスポート」(Flexport Inc.)は、スエズ運河を通航して往来する予定だった船舶500隻余りがアフリカ大陸最南端の喜望峰を迂回し、輸送に要する日数が2週間長くなっている。衣料品や玩具、自動車部品など幅広い積荷を積載するこれらの商船は、世界全体のコンテナ輸送能力の約4分の1に相当すると報告している[15]。
2. 国際社会の対応
1) 商船の保護のためにフーシ派に向けた声明の発出
こうした事態に国際社会が連携して対応に動いている。昨年12月1日、国連安全保障理事会が「最近の紅海の商船に対するフーシ派の攻撃を「最も強い言葉で非難」し、「すべての攻撃と行動を直ちに停止するよう要求」するとともに、拿捕されたG号と乗組員の即時解放を求める」とともに、「安保理決議第2722号に沿って、自国の船舶を国際法に沿って攻撃から守る権利を行使する国への支持」を改めて強調する声明を発表した[16]。さらに今年1月3日、紅海でのフーシ派による継続的な攻撃について、初めて開催された公開会合における協議を経て、10日には、12月1日の声明と同趣旨の安保理決議を採択した[17]。
国連の動きと連動する形で、アメリカ、EU、NATOをはじめ日本を含む44の同盟国及びパートナー国を代表するグループは、12月19日に国連と同趣旨の合同声明を発表した[18]。さらにG7も、2024年2月20日にオンライン形式で開催されたG7交通大臣会合において、「紅海での高まる危機に関するG7交通大臣宣言」を発出した。この宣言では、安保理決議と同様の内容に加えて、後述の「EUの『アスピデス』海洋作戦の立ち上げ、及び英国と共に米国が主導する『繁栄の守護者』作戦の継続的な取組を歓迎する」とともに、紅海での航行の混乱が輸送料金の大幅な上昇につながり、世界のサプライチェーンと価格に影響を及ぼしていることを強調している[19]。
2) 多国籍連合護衛部隊の創設
激化するフーシ派による商船攻撃に対して、オースチン(Lloyd J. Austin III)米国防長官は、2023年12月18日、紅海の安全保障を担任する海上連合軍とその司令部である連合任務部隊(Combined Task Force)153(CTF153)[20]の傘下に、新たな多国間安全保障の取り組みとして「繁栄の守護者作戦(Operation Prosperity Guardian)」を設立することを発表した。この枠組みには、米英を中心にフランス、カナダ、イタリア、オランダなどNATOの有志国のほかセーシェルなどの複数の国が参加することとなった[21]。
さらに2024年2月19日に、EU理事会もEU共通安全保障政策(Common Security and Defence Policy:CSDP)の下に、EUの防衛的な海上安全保障活動として紅海の商船を守るための海軍任務を担う、欧州連合海軍部隊(EUNAVFOR)の「アスピデス作戦(Operation Aspides)」を正式に立ち上げた。その任務は純粋な防衛任務の範囲内での海上または上空からの攻撃対象となる船舶の保護に限定し、米英が行っているフーシ派の拠点であるイエメン領域内の陸上攻撃は行わないとしている[22]。
3) 多国籍連合護衛部隊の活動状況
現地海域における商船の保護は、CTF153傘下の「繁栄の守護者作戦」とEUNAVFORの「アスピデス作戦」が創設されてから始まったわけではない。例えば、G号の拿捕事件後の最初の攻撃であった1週間後の11月26日のアデン湾を航行中のイスラエル関係船の小型ケミカル・タンカー(19,998トン)「セントラルパーク号」が武装した5人組に乗船された事件では、同船の救難信号を受けた米海軍の駆逐艦と連合海賊対処任務部隊(CTF 151)の艦艇と航空機が急行し、同号を解放するとともに、下船して小型ボートで逃走を図った襲撃者を追跡し降伏させている[23]。これは、2022年にCTF153が創設される前の2009年1月に、すでに海賊対処の連合任務部隊(CTF151)が設置されており、両作戦の開始前は海賊対処の任務として商船の保護活動が行われたことによる。米中央軍のプレス・リリースでは、引き続きCTF151の任務として海賊対処の枠組みで船舶の保護が継続されているほか、イエメン領域内のフーシの攻撃施設・拠点に対する攻撃の場合には、連合護衛部隊の船舶保護とは別個の「自衛権」の文脈で報告されている(この攻撃については、後篇で詳述する)[24]。
おわりに
BBCは米国防省の情報として、連合護衛部隊の立ち上げ発表後の11月以降、2023年末までに、フーシ派はドローンや弾道ミサイルによる攻撃を100回以上行っており、35カ国以上に関連する10隻の商船を標的にしたと伝えている[25]。米中央軍が毎日の生起事象を伝えているプレス・リリースを閲覧すると、ほぼ毎日フーシ派の攻撃が行われていることがわかる[26]。こうしたなかで連合護衛部隊は、多くの商船をフーシ派の拿捕の試みやUAV、対艦弾道ミサイルなどの攻撃から護っているほか、イエメン領域内のフーシ派の攻撃拠点や確認されたミサイル攻撃準備地点に攻撃を行うなど、商船保護の貢献をしている。そうしたなかで自らへの攻撃も少なくなく、自己防護にも気を抜けない状況にある。このように、現地の状況はすでに戦場と化しており、これまで日本が想定していたソマリア沖・アデン湾の海賊対処とは全く異なる次元の状況にある。しかし、自衛隊は現在もこの海域において、変わることのない任務と権限での範囲で海賊対処行動と情報収集活動を継続している。
はたして、国民の生活基盤を国際海運に依存する日本が、「海賊対処行動」、「中東地域における情報収集」という現在の自衛隊の任務を継続したままで、連合任務部隊の様に一般的に外国商船の不測事態に対応できるのか。また、任務中の自衛隊の部隊は自身の安全を確保できるのだろうか。後編で検討する。
(2024/03/29)
脚注
- 1 フーシ派は、イエメンのシーア派イスラム教徒や少数派ザイディ教徒を擁護する武装した政治的・宗教的集団で、イランの支援を受けているとされ、首都サヌアを含む北西部を実効支配している。ハマスやレバノンのヒズボラ運動などの武装集団とともに、イスラエル、米国をはじめ西側に対するイラン主導の「抵抗枢軸」の一部であると宣言している。
“Who are the Houthis and why are they attacking Red Sea ships?” BBC, March 15, 2024; アメリカは、2021年にフーシ派を特別指定国際テロリストリスト(SDGT)から外したが、2024年1月17日に「国際テロ組織」に再指定すると発表した。Antony J. Blinken, “Terrorist Designation of the Houthis,” U.S. Department of State, Press Statement, January 17, 2024. - 2 ロンドン証券取引所グループ (London Stock Exchange Group; LSEG)のデータによると、拿捕されたギャラクシー・リーダー号は、バハマ船籍であるが、テルアビブ法人のレイ・シッピングの一部門のマン島に本社を置くレイ・キャリアーズの傘下に登録された会社が所有している。Dan Williams and Chang-Ran Kim, “Houthis seize ship in Red Sea with link to Israeli company,” Reuters, November 20, 2023. 拿捕された件について、松野博一官房長官は11月20日午前の記者会見において「このような行為を断固非難する」としたうえで、「関係国と連携し、船舶と船員の解放に取り組んでいる」と述べた。「内閣官房長官記者会見」首相官邸、2023年11月20日。
- 3 Michael Race, “What do Red Sea assaults mean for global trade?” BBC, January 12, 2023.
- 4 Alfred Kammer, et al,. “How War in Ukraine Is Reverberating Across World’s Regions,” IMF, Regional economics, March 15, 2022.
- 5 国土交通省海事局『海事レポート2023』29頁、2023年7月。
- 6 政府は、平和安保法制成立後の国家安全保障会議及び閣議決定において、「国際協調主義に基づく『積極的平和主義』の下、国際社会の平和と安全にこれまで以上に積極的に貢献する」ことを強調している(強調は筆者)。「平和安全法制の成立を踏まえた政府の取組について」国家安全保障会議決定、閣議決定、2015年9月19日。
- 7 註3に同じ。
- 8 Alex Longley, Aine Quinn, and Jack Wittels, “Red Sea Chaos Has Shippers Bracing for Weeks Without Key Trade Route,” Bloomberg, December 20, 2023.
- 9 Jonathan Saul, “Red Sea war insurance rises with more ships in firing line,” Reuters, January 17, 2024.
- 10 Enda Curran, Jana Randow, and Alex Longley, “How Yemen’s Houthi Attacks Are Hurting the Global Supply Chain,” Bloomberg, January 25, 2024.
- 11 2024年1月のランキングでは、1位がスイスのMSC、2位がデンマークのA.P. Moller–Maersk、3位がドイツのCMA CGCとなっている。“Top 10 International Container Shipping Companies, MoverDB.com, January 23, 2024; Lora Jones, “BP pauses all Red Sea shipments after rebel attacks,” BBC, December 18, 2023.
- 12 「コンテナ大手ONE、フーシ攻撃の紅海回避 物流遅延も」『日本経済新聞』、2023年12月19日。
- 13 “Bab el-Mandeb Strait, ”IMF/Port Watch, Port Monitor; “Suez Canal,” IMF/Port Watch, Port Monitor; “Cape of Good Hope,” IMF/Port Watch, Port Monitor.
- 14 註10に同じ。
- 15 同上。
- 16 “Security Council Press Statement on Houthi Threats to Security at Sea: SC/15513” U.N. Security Council, Press Releases, December 1, 2023.
- 17 “Resolution 2722: Adopted by the Security Council at its 9527th meeting, on 10 January 2024,” The Security Council, January 10, 2024. 決議は、賛成11票、反対0票で可決され、中国、ロシア、アルジェリア、モザンビークの4カ国が棄権した。“Security Council strongly condemns Houthi attacks on Red Sea shipping,” UN Security council, January 10, 2024.
- 18 “Joint Statement on Houthi Attacks in the Red Sea,” U.S, Department of State, Media Note, December 19, 2023.
- 19 “Declaration issued by the G7 Transport Ministers on the Red Sea escalating crisis – 20 February 2024,” G7 Italia 2024.
- 20 “CTF153: Red Sea Maritime Security,” Combined Maritime Forces (CMF), accessed on March 26, 2024.
- 21 “Statement from Secretary of Defense Lloyd J. Austin III on Ensuring Freedom of Navigation in the Red Sea,” U.S. Department of Defense, Immediate Release , December 18, 2023. しかし、その後1月12日に初めて行われた米英によるイエメン領域内のフーシ派軍事施設への攻撃を機に、当初参加が見込まれていたイタリア、スペイン、フランスは、エスカレーションの拡大を恐れて、署名も参加もしないことを選んだ。Phil Stewart, Idrees Ali and Mohammed Ghobari, “US and Britain strike Yemen in reprisal for Houthi attacks on shipping,” Reuters, January 13, 2024.
- 22 アスピデスとは、ギリシャ語で「盾」を意味する。“EU NAVFOR Operation Aspides,” EU, Action Strategic Compass, February, 2024; Mared Gwyn Jones, “EU launches mission Aspides to protect Red Sea vessels from Houthi attacks,” Euro News, February 19, 2024.
- 23 “U.S. Coalition Reacts to Distress Call.” U.S. Central Command, Press Release, November 26, 2023; Patrick Wintour, “US warship rescues Israeli-linked tanker Central Park after attack in Gulf of Aden,” Bloomberg, November 27, 2023.
- 24 例えば、1月17日のイエメンのフーシ派支配地域で搭載されていたミサイル14発を攻撃した事例で、CENTCOMはプレスリリースにおいて「米軍は自衛のための固有の権利と義務の行使」と表現している。“Strikes Houthi Terrorist Missile Launchers,” U.S. Central Command, Press Release, January 17, 2024; 一方、アメリカ政府高官は、2024年1月4日の年初の電話記者会見において、G号の乗っ取りを「海賊行為」(pirated a commercial vessel)としている、“Background Press Call on Recent Attacks by the Houthis,” The White House, Press Briefings, Via Teleconference, January 4, 2024.
- 25 Adam Durbin, “US Navy helicopters destroy Houthi boats in Red Sea after attempted hijack,” BBC, December 31, 2023.
- 26 U.S. Central Command, Press Releases, accessed on March 21, 2024.