インド太平洋地域のディスインフォメーション研究シリーズ掲載のお知らせ

 この度、IINA(国際情報ネットワーク分析)では、笹川平和財団プロジェクト「インド太平洋地域の偽情報研究会」(2021年度~)において同地域のディスインフォメーション情勢について進めてきた調査研究と議論の成果を「インド太平洋地域のディスインフォメーション研究シリーズ」として連載いたします。IINA読者のご理解のお役にたてば幸甚です。


4.フェイクニュースに関連する韓国法

 本編では、韓国の表現の自由の保障およびフェイクニュースに対応する法制度を概観する。まず大韓民国憲法21条は、1項で国民に「言論及び報道の自由、並びに集会及び結社の自由」を保障し、2項で出版や集会などの「許可制または検閲」を禁じている。そのうえで、3項で「報道機関、放送設備の基準及び新聞の機能を確保するために必要な事項は、法律で定める」として、報道機関等を例外的(制度的なプレスの保障)に扱っている。また特徴的なことに、その4項は、言論・報道による他人の権利侵害等を禁じ、それによって生じた損害賠償を請求することを認めている。このような考え方はドイツに近く、報道の自由を保障するために必要な規制も認められる(国家による自由[1])。

 韓国においては、(日本と同様)刑法・民法等による名誉毀損を中心に、①刑法上の名誉毀損、➁情報通信網法上の名誉毀損、③民法上の不法行為、④公職選挙法、⑤言論仲裁法といったフェイクニュースに関連する制度が存在している[2]。これらの諸制度は、日本法とよく似ている部分もあるが、異なる部分も多い。

(1)刑法上の名誉棄損

 まず刑法上の名誉毀損がある[3]。韓国法の場合、日本法と異なり、名誉毀損の成立要件として、①「公然と事実を摘事」した場合(307条1項)と、②「公然と虚偽の事実を摘事」した場合(同2項)を区別しており、後者の方が罪が重く設定されている[4]。加えて、これ以外の特徴として、誹謗目的で①の罪を「新聞、雑誌、ラジオまたはその他の出版物」で犯した場合(309条1項)と、同じく誹謗目的で②の罪を同様の物で犯した場合(同2項)には刑罰が加重されることとなっている[5]。なおこれらの罪は、反意思不罰罪(312条2項)となっている。これ以外にも、死者に対する「虚偽の事実の摘事」の場合の名誉毀損(308条)、侮辱罪(311条)が定められているが、こちらは親告罪である(312条1項)。

(2)インターネット上での名誉棄損

 次にインターネット(情報通信網)上での名誉毀損については、別途「情報通信網利用促進及び情報保護等に関する法律(以下、情報通信網法)」で定められている点も特徴的であると言える[6]。同法は、刑法と同じく、①誹謗目的で「公然と事実を摘示」した場合(70条1項)と、②「虚偽の事実を摘示」した場合(同2項)とに分けられ、刑法同様、後者の方が罪が重く設定されている[7]。上記の罪は親告罪である(同3項)。さらに同法では、「公然と他人の名誉を毀損する目的で、事実または虚偽の情報を漏らし、他人の名誉を毀損する内容の情報」の流通が禁じられ(44条の7の2号)、韓国通信委員会(KCC)が、通信基準委員会(CSC)による審議を経たうえで、情報通信サービスプロバイダー等に対し、そうした情報の拒絶、停止等を命ずることができる(同2項)。

 以上の二点を踏まえると、韓国の刑法上の名誉毀損については、違法性において事実の摘示よりも、虚偽の事実の摘示の方が違法性が強いものと捉えられ、さらに通常の表現活動よりも、出版物によるもの、さらにはインターネット(情報通信網)を利用したものの方が被害が深刻であるという考えを前提としているように見受けられる[8]。

(3)民法上の名誉棄損

 第三に、民法上の名誉毀損がある[9]。これについては、韓国民法も日本民法と同じく、名誉毀損の成立要件の明文規定はないものの、「故意または過失による違法行為」で「他人に損害を与えた者」への損害賠償責任を認めている(750条)他、「他人の身体、自由もしくは名声を害した者、または他人に精神的苦痛を与えた者」に対しても損害賠償責任を認めている(751条1項)。また日本法と同じく、名誉回復処分も認められている(764条)が、日本とは異なり、謝罪広告に関しては憲法裁判所により1991年4月1日に違憲判決が下されている(他方で取消広告は可とされる)。なお「民事上の名誉毀損責任は故意のみならず、過失による事実の公然摘示も対象となるため、名誉毀損罪よりやや対象が広い」とされ、さらに刑法上の出版物に関する名誉毀損罪等で必要となる誹謗目的も必要とされないとの指摘がある[10]。また刑事、民事問わず、日本法でいうところの「誤信相当性」は判例上も正面から認められている[11]。

(4)公職選挙法の虚偽事項公表罪

 次に、韓国の公職選挙法にも、日本法と同じく、虚偽事項公表罪が定められている[12]。それによれば、「当選を得させる目的」で、「候補者」やその「家族」に関する虚偽事項を公表すると、「5年以下の懲役、または3000万ウォン以下の罰金」となる(250条1項)。さらに「候補者の当選を阻止する目的」の場合は、「7年以下の懲役、または500万ウォン以上3000万ウォン以下の罰金」となる(250条2項)。なお2017年には、実際にFacebook上で虚偽情報を流した人物が同法違反で起訴され、500万ウォンの罰金が科せられている[13]。

 ちなみに中央選挙管理委員会には、「サイバー選挙犯罪対応センター」が2014年に設置されており、ここが選挙犯罪としてのフェイクニュースの監視・取り締まりを担っているとされる[14]。センター内に2017年に設置された「誹謗・中傷宣伝担当タスクフォース」と中央選管及び地方選管に設置された「サイバー公正選挙支援団」が対応しているとされる。支援団は選挙期間中、「24時間の緊急体制に入り、職員は監視などを通して一日数百件の偽ニュースなどを見つけて削除要求をしたり、警告などの是正措置を行っている。重大性によっては、捜査機関への捜査依頼、告発措置も並行して行う」とされ、同センターは、①サイバー自動検索システムと②サイバー証拠分析システムにより偽情報の監視を行っている[15]。

(5)報道被害救済のための反論権

 最後に、韓国法のひとつの特徴ともいえるのが、報道被害救済のための反論権の存在がある[16]。もともと1980年12月当時の全斗煥政権時に、既存法を統一した「言論基本法」がベースとなっている。この中で報道被害救済のための反論権制度が定められていた。ここで認められていた反論権(訂正報道請求権)とは、「原報道の不法行為の成否を前提とせず反論・反駁の内容を掲載・放送するよう請求できる権利、いわゆる広義の反論権」であった[17]。この制度における際立った特徴が、「言論仲裁委員会」の設置であり、当初は委員長1名、副委員長2名、30~60人の委員で構成された法定の第三者機関であり、またいわゆるADR(裁判外紛争解決手続)による紛争解決手続を定めていた。このような反論権制度自体は、「ドイツのバーデン・ヴュルテンベルク州出版法をモデルとして」いたが、上記のようなADR手続きを訂正報道請求訴訟に対する「必要的前置主義」(訴訟の前にADR手続きを踏まねばならず、一足飛びに訴訟を行うことができない)として採用しており、これは「ドイツでは見られないユニークな仕組み」であるとされている[18]。

 その後、2005年に個別の法令で定められていた報道被害救済の制度を統一した「言論仲裁及び被害救済等に関する法律」が制定された。同法は、被害者に報道機関に対して報道被害への損害賠償を請求する権利を認め、さらに権利侵害の予防や停止を請求する権利(30条)を認め、また裁判所が名誉回復処分(31条)をとることも認めている。それに加えて、同法は、「事実に反する報道等により損害を受けた者」に対して、報道機関への訂正報道請求権を保障している(14条、15条)。同法では、放送や新聞等の事業者に報道被害を予防・救済するためのオンブズマンの設置を義務付けている(6条1項)。他方で、メディアの自律性との間で緊張関係から、その職務権限は勧告や諮問といった拘束力を持たないものに限られるとされる。さらに言論仲裁委員会の機能が、以前の言論基本法から強化されており、仲裁委員は、40~90人に拡大されている(7条3項)。こうした訂正報道請求のみならず、損害賠償請求についてもその範囲に含めるようになったほか、訴訟への必要的前置主義は撤廃され、救済手続きなども被害者に配慮して緩和されている[19]。

 なお情報通信網法は、名誉毀損による被害者が、情報通信サービスプロバイダー等に対して、「当該情報の削除を請求し、または違反の疑いを裏付ける説明資料を提示して反論可能な声明を公表する」ことができる(44条の2の1項)。これに対して、情報通信サービスプロバイダー等は、この要請に対して必要な措置を講じなければならず(同2項)、「情報が権利を侵害しているか否かを判断することが困難である場合、または利害関係者間で紛争が生じる可能性が高いと予想される場合」には、30日を超えない範囲で、当該アクセスの一時遮断措置をとることができる(同3項)。

5.フェイクニュース対策の動き

 さて以上のような諸制度を前提とし、韓国においては2018年7月までの間にフェイクニュース対策の法案が、22件発議されている。そのほとんどは、先に紹介した公選法、情報通信網法、言論仲裁法の改正案として提示されている[20]。例えば、情報通信網法については、2017年4月11日、同月25日、5月30日、2018年4月23日など複数回にわたって改正案が提出されている。こうした情報通信サービスプロバイダーに対するフェイクニュース対応の義務付け等は、同時期にドイツで成立したネットワーク執行法(SNS対策法とも呼ばれる)を意識しているようにも思われる。さらに公職選挙法も2017年4月など複数回にわたって改正案が提出されて、さらに2018年の春には、40人以上の国会議員が、「フェイクニュース流通防止法案」を提出している。このように1年足らずの間にこれだけの大量の対策法案が出された背景には、韓国国内や海外におけるホットイシューとしてのフェイクニュース対策に対する、「議員たちの過剰な熱意(those lawmakers‘ overly enthusiastic desire)」によるものと考えられる[21]。

 そして、最近でいえば、言論仲裁法改正案の頓挫があげられる[22]。これは2021年8月に文政権下で、与党の共に民主党が来年5月の大統領任期満了前に、改正法案を提出したものである法案は、「故意または重大な過失」によって個人の権利等を侵害した場合に、当該虚偽のニュースを掲載したメディアに対し、懲罰的損害賠償を可能にするものであり、最大で、生じた損害額の5倍を上限としていた。これに対して、IFJ(国際ジャーナリスト連盟)やKAJ(韓国ジャーナリスト)協会による反対声明が挙げられている[23]。さらにHRW(ヒューマンライツ・ウォッチ)による声明では、「特にこの法案がメディアだけに懲罰的損害賠償を課そうとしていることは問題である。韓国の法律では現在、特定の限定された種類の事件で懲罰的損害賠償を認めているが、一般的な懲罰的損害賠償法はない」と指摘されている[24]。

(2023/5/31)

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脚注

  1. 1 憲法という法規範は、原則として、国家権力の行使を統制する法として理解される。そのため、憲法上の各種権利についても、基本的には、政府が法律等を通じて私人の行為の「自由」を制限しようとしてきた場合に、私人が対抗するための手段として機能する。こうした形式の自由は「国家からの自由」と表現される。他方で、憲法が保障する権利の中には、国家の協力なくして成立しないものも存在する。日本国憲法でいえば、「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」の保障を謳った「生存権」である。生存権を保障するためには、富の再配分を促すための財源確保はもちろん、保障の基準を決める具体的な法律(生活保護法)等の施策を政府が実施する必要がある。そのためこうした形式の自由は「国家による自由」と呼び表される。表現の自由も、基本的には、法律等を通じて表現活動を封じようとする「国家からの自由」を保障したものであるが、それにとどまらず、民主政システムを維持するために不可欠な情報の「多様性」を確保するために「国家による自由」が必要となる場合がある。例えば、有限稀少な電波周波数帯の利活用を前提にした「放送の自由」については、放送法等による施策を通じて一定の規律を事業者に課すことによって、豊かな情報空間の形成に寄与していると言える。
  2. 2 韓永學「韓国・文在寅政権下で脅かされる表現の自由」『北海学園大学法学研究』第57巻第1号、2021年、24頁。
  3. 3 韓国刑法の英語版条文については、Korea Law Translation Center “Criminal Act”を参照。
  4. 4 ①は「2年以下の懲役もしくは禁錮または500万ウォン以下の罰金」だが、②は「5年以下の懲役、10年以下の資格停止、または1000万ウォン以下の罰金」となっている。
  5. 5 前者は「3年以下の懲役もしくは禁錮または700万ウォン以下の罰金」、後者は「7年以下の懲役、10年以下の資格停止、または1500万ウォン以下の罰金」とされる。
  6. 6 情報通信網法の英語版については、Korea Law Translation Center “Act On Promotion of Information and Communications Network Utilization and Information Protection”を参照。
  7. 7 ①の場合は、「3年以下の懲役もしくは禁錮、または3000万ウォン以下の罰金」、②の場合は、「7年以下の懲役、10年以下の資格停止、または5000万ウォン以下の罰金」となっている。
  8. 8 韓永學『韓国の言論法』日本評論社、2010年、189頁。
  9. 9 韓国民法の英語版条文については、Korea Law Translation Center “Civil Act”を参照。
  10. 10 韓永學前掲、184頁。
  11. 11 韓永學前掲、222頁以下を参照。名誉毀損は、表現の自由との間でのバランスをとることが必要となるため、いくつかの条件を満たせば名誉毀損を成立させない仕組み(違法性阻却事由)が設けられている。日本では、刑法にせよ民法にせよ、⑴内容の公共性、⑵目的の公益性、⑶摘事された事実の真実性が要件となる。「誤信(または真実)相当性」とは、⑶真実性の要件を結果的に満たせない(真実であることの証明ができない)場合であっても、情報の発信者が「事実を真実であると誤信」してしまった「確実な資料、根拠に照らし相当の理由があるとき」には、名誉毀損は成立しないとする判例法理である(最大判昭和44年6月25日刑集 第23巻7号975頁)。
  12. 12 韓国公職選挙法の英語版条文については、Korea Law Translation Center “Public Official Election Act”を参照。
  13. 13 Ahran Park & Kyu Ho Youm, “Fake News from a Legal Perspective: The United States and South Korea Compared,” Southwestern Journal of International Law, No.25, 2019, p.111.
  14. 14 自治体国際化協会ソウル事務所「韓国における選挙運動について ~ インターネット 選挙運動を中心に」Clair Report No.467、2018年6月14日、25頁。なお中央選挙管理委員会の独立性などが憲法上も担保されており、地方選管も束ねており、フェイクニュース対策を担っているという。
  15. 15 自治体国際化協会ソウル事務所前掲、26頁。
  16. 16 言論仲裁法の英語版条文については、Korea Law Translation Center “Act on Press Arbitration and Damage Remedies”を参照。
  17. 17 韓永學前掲、52頁。
  18. 18 韓永學前掲、53-54頁。
  19. 19 韓永學前掲、166頁。
  20. 20 李洪千「韓国におけるフェイクニュースの規制の動き」清原聖子編著『フェイクニュースに震撼する民主主義 日米韓の国際比較研究』大学教育出版、2019年、108-109頁。
  21. 21 Ahran Park & Kyu Ho Youm, op.cit., p.118.
  22. 22 Choe Sang-Hun, “South Korea Shelves ‘Fake News’ Bill Amid International Outcry,” The New York Times, October 1, 2021.
  23. 23 IFJ, “South Korea: Concerns over media law amendment,” August 20, 2021.
  24. 24 Human Rights Watch, “Statement by Human Rights Watch on the Proposed Amendments to the Press Arbitration Act,” September 23, 2021.