2022年12月の第1回中国・湾岸協力会議(GCC)サミットの開催をはじめ、このところ、サウジは近隣外交に力を入れている。2023年に入り、3月には中国の仲介で対立関係にあったイランと国交正常化で合意、5月にはアラブ連盟首脳会議でシリアの連盟復帰を実現、7月にはGCC諸国と中央アジア5カ国の初の首脳レベル会合を開催している。さらに、イスラエルとの国交正常化について、アメリカのバイデン政権と協議を行っているとの報道もある[1]。

 一方、8月に入り、同国は国際的に注目される外交も展開している。8月3日には、7月からはじめた日量100万バレルの原油の自主減産を9月も継続することを発表し、原油価格の下支えを図った。また、8月5日、6日にはジェッダでウクライナ和平会議を主催し、5月のアラブ連盟首脳会議に続き、ロシア・ウクライナ戦争の調停に関与する姿勢を示した[2]。

 以下、本稿では、こうしたサウジの地域レベル、国際レベルの外交政策が国際関係に何をもたらすかについて考察する。具体的な分析の対象としては、地域レベルでは、地域の国家関係を大きく変える可能性があるイスラエルとの国交正常化の動きを、国際レベルではウクライナ和平会議を取り上げ、これら2つに関与しているアメリカ、そして中国と中東地域とのかかわりの行方を検討したい。

アメリカが進めるサウジ・イスラエル国交正常化

 サウジが地域レベルの外交を活発化させる中、バイデン政権はサウジとの接触を密にとりはじめた。2023年5月と7月には、サリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)、6月にブリンケン国務長官がサウジを訪問し、ムハンマド皇太子と会談を行った。会談では、米国がサウジにイスラエルとの国交正常化を働き掛けており、7月27日のジェッダでのムハンマド皇太子とサリバン補佐官の会談で、イスラエル承認の条件について大枠で合意した。その合意条件は、①米国によるサウジの安全保障の強化、②サウジの民生用核開発への米国の支援、③イスラエルの対パレスチナ政策での譲歩だと報じられている[3]。

 これらの合意条件を実現するには、安全保障と核開発についてアメリカ議会の承認を、パレスチナ政策での譲歩についてはイスラエルのみならずパレスチナ側と協議し、賛同を得る必要がある。いずれも高いハードルで、とりわけ後者は難題である。サウジは中東和平問題の解決では2002年3月のアラブ首脳会議で採択された「アラブ和平イニシアティブ」を基本としている。これに従えば、イスラエルに求める「譲歩」はパレスチナ国家を創設し、二国家解決に向かうものとなるだろう。しかし、極右政党と連立している現在のイスラエル政府はパレスチナ国家の創設には反対である。このイスラエル政府が提示する譲歩としては、パレスチナ国家創設の「可能性を維持」する姿勢の表明にとどまると考えられる。

 サウジのムハンマド皇太子は、こうした曖昧なイスラエルの譲歩を飲む可能性がある。それは、イスラエルを承認することで、サウジは、アメリカからは民間用核開発への協力、先進的なアメリカ製兵器の購入、安全保障協定の締結まで期待できるからである。それだけではない。2020年に「アブラハム合意」と呼ばれるイスラエルとの国交正常化に踏み切ったUAE、バーレーンのように、イスラエルとの協力で産業振興の機会も手に入れることができる[4]。また、米国もサウジとの緩みかけている同盟関係を強化し、安全保障だけでなく、エネルギー、金融、軍事産業などの分野で経済関係を深化させることができる。しかし、仮に、サウジがアブラハム合意に加われば、困窮の中にあるパレスチナの人びとの国家創設という未来は断たれ、中東地域では親イスラエルと反イスラエルの分断がさらに深まることになるだろう。

サウジのウクライナ和平会議で注目された中国

 2023年に入り、サウジはウクライナ紛争への関与を強めていった。2月にファイサル外相がウクライナを訪問して経済援助を約束した。その後、5月にジェッダで主催したアラブ連盟首脳会議にゼレンスキー大統領を招待し、ウクライナの10項目和平案の説明機会を与えた上、議長であるムハンマド皇太子はロシア・ウクライナ間の調停役を務めると述べ、和平に尽力する政治指導者像をアピールした。8月のウクライナ和平会議の開催は、その延長線上にあるといえる。

 今回の和平会議は、6月にデンマークで15カ国が参加し開催された会議に続くもので、欧米諸国に加えロシアを除くBRICS諸国などグローバル・サウスの国々約40カ国が参加した。会議での声明のとりまとめには至らなかったものの、ウクライナ大統領府のイェルマーク大統領府長官は会議後、「極めて正直でオープンな対話だった」「非常に生産的な協議を行えた」と評価した[5]。

 和平会議で注目されたのは、ロシアと緊密な戦略的連携を維持している中国の参加であり、ウクライナもこれを歓迎した。会議後、李輝ユーラシア事務特別代表が、あらゆる当事者と広範な接触と意思疎通をはかり、国際的合意をさらに固めたとの声明を出した[6]。中国は2023年2月に独自の和平提案を発表しており、政治的解決に意欲を示している。一方、アメリカからは、今回の会議が具体的成果を生み出すとは考えていないが、多くの国にとってウクライナから直接ロシアの侵攻による恐怖について聞く機会になったとの発言が出ている[7]。

 ウクライナとNATO諸国にとって、ロシア軍のウクライナからの撤退とウクライナの領土の一体性は譲れない。しかし、今回のように和平会議に多様な立場の国が参加すれば合意形成は難しく、声明のとりまとめは困難になる。その一方、和平会議の継続という点で一致したことは、NATOとグローバル・サウスの国々が国際平和のあり方について、現実に即して意見を述べ合うプラットフォームが生まれたといえる。

サウジの独自外交が生んだアメリカ・中国の綱引き

 サウジのムハンマド皇太子は、バイデン政権や欧州諸国などから人権問題で批判を受けたこともあり、積極的に独自外交を展開したことで、現在、中東地域の重要な政治指導者のひとりとして認識されはじめている。中国とも貿易、デジタル通信(5G)技術、原油取引とそれにともなう人民元取引などの分野で関係を深めている。サウジ主催のウクライナ和平会議では、その中国やグローバル・サウスの国々の参加を評価する声が上がった。

 また、サウジはBRICSの地位を高めることにも一役買った。BRICSは、8月22日から南アフリカのヨハネスブルクで首脳会議を開催し、24日にサウジを含む新規加盟国6カ国を発表した。中国は、BRICSや上海協力機構においてエネルギー、金融、貿易などの経済関係を強化しており、産油国であるサウジ、UAE、イラン、そしてスエズ運河を所有するエジプトがBRICSに同時加盟したことが注目される[8]。

 一方、バイデン政権のサウジ・イスラエル国交正常化への仲介は、サウジの潜在的な「イラン脅威」意識を糸口に中東地域での安全保障への継続的関与を示唆する政策といえる。そこには、中東地域に積極的に関与しはじめている中国への牽制という目的もあると考えられる。経済を中心に関係強化を図ろうとする中国と、安全保障分野に主軸をおくアメリカの中東地域での綱引きは、サウジをはじめ中東各国にとって利益をもたらすものといえる。ただ、グローバル・サウスの実利を掲げる中国の政策の方が幾分か牽引力が強そうだ。

(2023/09/04)

*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
Saudi Arabia’s Diplomatic Initiatives and Impact on US, Chinese Middle East Policy

脚注

  1. 1 Dion Nissenbaum, “Saudis Agree with U.S. on Path to Normalize Kingdom’s Ties with Israel,” The Wall Street Journal, August 9, 2023.
  2. 2 第32回アラブ連盟首脳会議の主催国サウジがウクライナのゼレンスキー大統領を同会議に招待したことについては、拙稿「ゼレンスキー大統領の参加で注目を集めた第32回アラブ連盟首脳会議:問題解決に向けた『アラブの団結』に対する見通し」国際情報ネットワーク分析IINA、2023年6月16日で分析している。
  3. 3 Dion Nissenbaum, “Saudis Agree With U.S. on Path to Normalize Kingdom’s Ties with Israel,” The Wall Street Journal, August 9, 2023. なお、この報道について、同日、国家安全保障会議(NSC)のカービー戦略広報調査官は、まだ多くの協議が必要であり、地域の正常化や安全保障に関して成文化するための合意はないと述べている。“White House: No framework agreed yet for an Israel-Saudi deal,” Reuters, August 10, 2023.
  4. 4 2020年にUAEとバハレーンは、アメリカのトランプ前政権の仲介でイスラエルと国交を正常化した。この「アブラハム合意」により、両国は経済的利益を得ている。高尾賢一郎「UAE・バハレーン:アブラハム合意二周年を迎えた動向」中東調査会『中東かわら版』No.87、2022年9月15日などを参照。
  5. 5 Abdulhadi Habtor, “Ukrainian Presidency: Jeddah Peace Consultations Were Very Productive,” Asharq Al-Awsat, August 7, 2023.
  6. 6 なお、招待されなかったロシアは、会議は「失敗する運命」と非難する一方、リャゴフ外務副大臣はBRICS諸国が参加すれば欧米に常識を説くことも期待できるとも指摘している。Nadeen Ebrahim, “China praises Ukraine talks in Saudi that Russia said were ‘doomed to fail’,” CNN, August 7, 2023.
  7. 7 国務省のミラー報道官の記者会見での発言。Alexander Smith and Larissa Gao, “China reassures Russia it's still impartial after Ukraine war talks in Saudi Arabia,” NBC News, August 8, 2023.
  8. 8 会議に参加した中国の習近平首席は、加盟国の拡大について、新興市場と途上国の共通の利益に資すると述べている。Ethan Wang and Liz Lee, “Expansion will bring new vitality to BRICS - China's Xi,” Reuters, August 24, 2023.なお、他の2カ国はエチオピア、アルゼンチン。この6カ国は2024年1月1日にBRICSに加わることになる。