2023年5月19日、サウジアラビアのジェッダで、第32回アラブ連盟首脳会議が開催された。この首脳会議は、3つの点で国際社会の注目を集めた。第1は、ロシア・ウクライナ戦争で中立的立場をとる国が多いアラブ諸国の会議に、議長国のサウジがウクライナのゼレンスキー大統領を招待したことである。第2は、反政府デモを強硬に弾圧し、2011年11月、人道問題を理由にアラブ連盟への参加資格を停止されたシリアのアサド大統領が会議に参加したことである。第3は、加盟国の一部がイスラエルとの関係を深化させる中、パレスチナ問題について統一的立場が示せるか否かという点であった。

 今回の首脳会議を前に開かれた外相会議で、サウジのファイサル外相は「アラブの団結」の必要性を強調した[1]。そして、首脳会議ではアラブ諸国が共通の基盤、価値観、利益にもとづいて共同行動をとることを確認し、「ジェッダ宣言」が採択された。

 アラブ首脳会議は、1945年に設立されたアラブ連盟の最高意思決定機関として1964年に初めて開催された。紛争解決や重要な決定を下し、「アラブの連帯性」を支える機能を発揮した歴史もある。しかし、2011年の「アラブの春」と呼ばれる政変や2020年の「アブラハム合意」でイスラエルと国交正常化に動く国が出てきたことなどで、近年、その機能は著しく低下している[2]。以下では、今回の首脳会議における上記3つの注目点を分析することで、アラブ諸国の協調行動がとりにくくなっている本質的問題とは何かについて考察する。

ゼレンスキー大統領の首脳会議参加の意義

 ゼレンスキー大統領は、5月19日にアラブ連盟首脳会議に出席した後、広島での主要7カ国首脳会議(G7)に出席し、国際社会に幅広い支持を訴えた。同大統領のアラブ首脳を前にした演説では、10項目からなる和平案への支持を求めている。その和平案には、食料安全保障上の利益や[3]、全ロシア軍のウクライナ領からの撤退、ウクライナ人捕虜全員の解放などが含まれている[4]。アラブ連盟首脳会議への参加は、ゼレンスキー大統領にとって、国際社会の注目を集め続けるという意味があった。

 一方、アラブ諸国にとっては、どのような意義があったのだろうか。アラブ諸国は紛争の外交的解決を求めており、対ロシア制裁にも参加していない[5]。ゼレンスキー大統領の演説で、そのアラブ諸国が2022年の首脳会議で表明された中立的立場を変えるとは考えにくい[6]。ただ、ゼレンスキー大統領を会議に招待したサウジのムハンマド皇太子は、ウクライナの人道危機を緩和することを約束し、ロシア・ウクライナ間の調停について努力を継続する準備ができているとの踏み込んだ発言をした[7]。ムハンマド皇太子にとって、ゼレンスキー大統領を受け入れたことは、自身が国際的に重要な役割を担える人物であるとのアピールになっていると考えられる[8]。しかし、「ジェッダ宣言」には、ゼレンスキー大統領の和平案に関する言及はない。それは、アラブ諸国にとってはアラブ世界内の紛争や対立の解決が優先事項であり、ウクライナ戦争は「アラブの団結」という会議が目指すところとは関連性が薄いことを示している。

特別扱いシリアのアラブ連盟復帰の背景

 「ジェッダ宣言」の中で重要政治問題として取り上げられた項目の中で、際立った取り扱いをされたのはシリア問題である[9]。議長国サウジは、5月7日にアラブ連盟臨時外相会議を開催しシリアの連盟復帰を決定した上で、5月19日の首脳会議にアサド大統領を出席させた。シリアのアラブ連盟への復帰については、アメリカの国務省のパテル報道官の不支持発言[10]や、シリア北部地域やヨーロッパの都市などでの抗議活動[11]もあった。さらに、加盟国であるカタル、クウェート、モロッコなどは、アサド政権は非合法であり、関係正常化には反対する姿勢を示したが、サウジにより説得されたと報じられている[12]。

 今回、議長国のサウジが、アラブの「共通利益」とはいえないかたちでシリアの復帰を進めた理由としては、①シリアにおけるイランの影響力の低下、②麻薬(違法薬物カプタゴン)の取り締まり強化、③難民問題の解決、④シリアとレバノンの広域経済の復興などがあると指摘されている[13]。麻薬密売対策はヨルダンの利益となり、広域の経済復興については投資力のあるサウジ、UAEなどが利益を得ると考えられる。イランのシリアへの影響力については、両国が多元的なレベルで結びついていることを踏まえれば、シリアのアラブ連盟への復帰が与える影響は低いといえる。つまり、「アラブの団結」の名のもとで行われたアサド大統領のアラブ首脳会議への出席は、主催国を含むアラブの一部の国の利益にとどまっているとみることができる。

アラブの団結の中核であるパレスチナ問題の取り上げ方

 今回の「ジェッダ宣言」では、①パレスチナ問題、②スーダン危機、③シリアの安定・領土統一、④イエメン共和国の安全と安定の保障、⑤レバノン危機からの脱却などの政治問題が大きく取り上げられている。そのほか、他国への内政不干渉、犯罪・汚職との共闘、産業発展の連帯、世代間を超えた文化・価値の共有、食料安全保障に関する項目が列挙されている[14]。

 アラブ連盟創設時からの中核であるパレスチナ問題に関する現在のアラブ諸国の基本姿勢は、2002年に、サウジのアブドッラー前国王が皇太子時代に提案し、首脳会議で採択された「アラブ和平イニシアチブ」である[15]。2022年の首脳会議では、この問題に取り組むために必要な、分裂したパレスチナの抵抗運動の統一を目指す「アルジェ宣言」が採択された。

 今回の「ジェッダ宣言」では、「アラブ和平イニシアチブ」に言及しているが、その内容の確認にとどまっている。つまり、極右政党の影響力が強まり、パレスチナへの強硬政策を推進しているイスラエルのネタニヤフ政権への対策や、「アルジェ宣言」で確認されたパレスチナの抵抗勢力の対立解消に向けた具体的内容は示されていない。

問題解決の共通行動は実現するか――「共通利益」と「部分利益」の狭間で

 アラブ連盟は、アラブ民族のアイデンティティを連盟の団結要素としている。しかし、政権益、自国益を優先する加盟国によってアラブの団結が揺らぐこともしばしばあった。例えば、アメリカのトランプ前政権の仲介で2020年にアラブ首長国連邦(UAE)をはじめ一部の加盟国がイスラエルと国交正常化をしたことで、アラブ諸国内に亀裂が生じた。この状況の改善に向けて、2022年11月、アルジェリアは「アラブの再団結」をスローガンに掲げ、3年ぶりに対面でのアラブ連盟首脳会議を開催した。しかし、サウジ、UAE、カタル、モロッコは元首の代理参加にとどまった。それでも、約3分の2の首脳が出席し、パレスチナへの全面的支援の宣言、ロシア・ウクライナ紛争に関するアラブ連盟の中立性の表明がなされた。

 今回の首脳会議も、「アラブの団結」を打ち出していたが、前議長国のアルジェリア、UAE、オマーン、クウェート、モロッコ、コモロは元首の代理参加となった。また、カタルのタミム首長は途中退席をしている。しかし、これらの国も会議では反対を鮮明にせず、アラブの団結を保つことによる「共通利益」の維持をはかったといえる。

 一方、アサド政権のアラブ連盟への復帰とゼレンスキー大統領の参加は、地域大国としてのサウジを国際社会に印象付けた。それは、王位継承を確実にしたいムハンマド皇太子のリーダーシップを国内外に示すものにもなった。しかし、アラブ連盟の機能回復は、サウジをはじめ一部の国が利益を得ただけでは難しい。

 国際社会では政治や経済のブロック化が進みつつあり、アラブ諸国の中にも他のブロックへの加盟により利益を得ようとする動きが見られている。アラブ連盟が求心力を取り戻せるかは、加盟国すべてが利益を得られるかたちで「ジェッダ宣言」の内容を具体化し、フォローアップする共同行動がとれるかにかかっている。しかし、国益という「部分利益」が優先され、アラブ連盟の中核であったパレスチナ問題の包括的かつ公正な解決に向けての外交すら形骸化している。このため「共通利益」である地域の安定化は遠のいているのが現状である。

(2023/06/16)

脚注

  1. 1 Ghinwa Obeid, “FMs meet in Jeddah ahead of Friday’s summit as Syria welcomed back into Arab League”, Alarabiya, May 17, 2023.
  2. 2 過去にも、1978年にエジプトがイスラエルと関係を改善したことで連盟を一時除名されたことや、イラン・イラク戦争、湾岸戦争、イラク戦争などでも加盟国間の対立が見られており、常に順調に機能していたわけではない。
  3. 3 2022年11月のアルジェリアでのアラブ連盟首脳会議でも、ロシア・ウクライナ戦争による穀物供給危機がアラブ諸国に与える影響について取り上げられている。Fay Abuelgasim and Barbara Surk, “Leaders conclude 31st Arab League summit in Algeria,” AP News, November 3, 2022.
  4. 4 “Ukraine's Zelenskiy seeks support for peace plan at Arab League summit,” Reuters, May 19, 2023.
  5. 5 Giorgio Cafiero, “Why Saudi Arabia, Arab League invited Zelenskyy to their summit,” Aljazeera, May 23, 2023.
  6. 6 Bruce Riedel, “What happened at the 2022 Arab League summit in Algeria?” Brookings, November 4, 2022.
  7. 7 Vivian Nereim, “Zelensky Urges Arab Leaders Not to ‘Turn a Blind Eye’ to Russian Aggression,” New York Times, May 19, 2023.
  8. 8 欧米との協調行動を行わないことへの批判をかわす狙いもあるとの指摘もある。註5に同じ。
  9. 9 スーダン、イエメン、レバノン問題の解決については、当事者の現状の解決努力の紹介やその活動の支持にとどまっている。
  10. 10 Raffi Berg and David Gritten, “Syria's Assad tells Arab leaders to take 'historic opportunity' to remake Middle East,” BBC News, May 19, 2023.
  11. 11 Ali Haj Suleiman and Husam Hezaber, “Syrians protest al-Assad’s participation in Arab League summit,” Aljazeera, May 19, 2023.
  12. 12 Giorgio Cafiero and Emily Milliken, “Analysis: How important is Syria’s return to the Arab League?” Aljazeera, May 19, 2023.
  13. 13 Ibid.
  14. 14 “Jeddah Declaration: Arab Leaders Affirm the Importance of Promoting Joint Arab Action Based on Common Foundations, Values, Interests and One Destiny,” Saudi Press Agency, May 19, 2023.
  15. 15 提案の内容は次のようなものである。①1967年戦争以降に占領した土地からのイスラエルの撤退、②パレスチナ難民の帰還権の承認、③東エルサレムを首都とするパレスチナ国家建設の承認などを求め、これが履行された場合、アラブ側は、①イスラエルとの和平合意による安全保障の提供、②イスラエルとの国交正常化を履行する。2007年のアラブ連盟首脳会議でこれが再確認され、イスラエル側に提示されている。
    “The Arab Peace Initiative, 2002,” Official translation of the full text of a Saudi-inspired peace plan adopted by the Arab summit in Beirut, 2002, al-bab.com; “Arab peace initiative reaffirmed, Riyadh Arab Summit – LAS letter (excerpts),” United Nations, April 23,2007.