はじめに

 本稿は、ロシアが現在も実効支配を続ける北方領土(国後、択捉、歯舞、色丹の4島)における軍事力配備について検討するものである。

 1945年、日本のポツダム宣言受諾後に北方領土を占領したソ連軍は、その大部分が1950年代に撤退したものの、1970年代に入ると再び大規模な軍事力が展開するようになった。ソ連崩壊によってその兵力は大幅に減少し、色丹島からは全ロシア軍が撤退しているが、国後及び択捉には依然としてロシア軍が駐留している。さらに2010年代以降、ロシアは北方領土駐留ロシア軍の質的近代化を推し進めており、今後はこれが量的な増強に転じる可能性も排除できない。

 そこで本稿では、これらの軍事的な動向について近年の動向を紹介するとともに、その背景にあるロシア側の意図を分析し、日本の対露外交に関して若干の提言を試みたい。

北方領土駐留ロシア軍概観

 現在、北方領土にはロシア軍東部軍管区に所属する陸海空軍部隊が展開している。1995年に訪日したロシアのロジオノフ国防相はその兵力を「3500人」と述べており[1]、2011年の報道でも、匿名のロシア国防省高官の発言として「3500人を越えない」とされた[2]。

 このうち、数の上で主力を成すのは陸軍第68軍団(司令部:サハリン州ユジノ・サハリンスク)隷下の第18機関銃砲兵師団(18PulAD)であり、司令部は択捉島中央部の瀬石温泉(ロシア名:ガリャーチエ・クリュチー)に所在する。その戦力組成は公開されていないが、ロシア兵の人権保護に取り組む「兵士の母親委員会」等の情報によると、2010年代半ばの時点では表-1のとおり、2個連隊を基幹として択捉島と国後島に配備されていると見られていた[3]。

表-1 北方領土に駐留するロシア陸軍

表-1 北方領土に駐留するロシア陸軍

(出典)筆者作成

 以上で述べた北方領土ロシア軍の兵力は、数の上では現在も大きく変化していないと見られる。衛星画像等で把握しうる限り、ロシアは北方領土に新たな駐屯地等を建設していないためである。また、ロシア国防省特別建設局は2015年、択捉島と国後島の老朽化した官舎および兵舎を建て替えるための競争入札公告をインターネット上で公開したが(現在は削除)、ここに示された収容人数は合計で将校の家族を除いて3208人であった(表-2)。後述する択捉島の天寧飛行場や同島のヤースヌィ飛行場に配備された軍人を加えれば、現在も北方領土駐留ロシア軍の数は3500人内外に留まると考えられよう。

表-2 択捉島及び国後島における官舎・兵舎建設計画

表-2 択捉島及び国後島における官舎・兵舎建設計画

(出典)Комплексное обустройство военного городка №1 «Горячие Ключи» на острове Итуруп.; Комплексное обустройство военного городка №1 «Лагунное» для размещения 18 пулад на о. Кунашир.

装備近代化の状況

陸上戦力の近代化

 兵力が大きく増加しない一方、北方領土駐留ロシア軍においては装備近代化が漸進的に進んでいる。

 陸軍においては、1950年代に採用された100mm砲装備の旧式戦車T-55が125mm砲とガスタービンエンジンを搭載したT-80BV戦車に更新されるとともに、巡航ミサイル対処能力を備えるブーク-M1中距離防空システムが配備された[04]。また、2015年にはトール-M2U野戦防空システムが配備されている[05]。さらに2020年10月にはT-72の近代化改修型であるT-72B3の配備が始まったと『イズヴェスチヤ』紙が報じたが[06]、これが前述のT-80BVを代替するものであるのか、新たに戦車部隊が編成されたのかは明らかでない。これ以外の陸上戦力の近代化に関しては、2019年にオルラン-10無人偵察機が配備されている[07]。

近代化とともに増強される海空戦力

 以上の多くは既存の旧式装備を更新するものであったが、海空戦力については増強の傾向が見られる。第一に挙げられるのは、海軍の地対艦ミサイル部隊の増強であろう。従来、択捉島には、カムチャッカ半島のペトロパヴロフスク・カムチャツキーに司令部を置く第520沿岸ロケット旅団から4K44レドゥート地対艦ミサイルシステムが1個大隊分遣されていたが、2016年にはこれが最新鋭の3K55バスチョンに更新された。レドゥートの交戦手段であるP-35対艦ミサイルがマッハ1.5程度であるのに対し、バスチョンから発射されるP-800オーニクスはマッハ2.5以上と格段に高速であり、より低空を飛行して敵の防空網を突破可能であるとされる。これと同時にロシアは、それまで地対艦ミサイルが配備されていなかった国後島にも3K60バールを配備したが[08]、こちらは射程130kmのウラン亜音速対艦ミサイルを多数同時発射する能力を有しており、広域制圧能力を持つバスチョンと併せて北海道に近接した地域での拒否能力は大幅に増強された。

 さらに2018年8月には、択捉島北部のヤースヌィ空港に3機のSu-35S戦闘機が配備されたことをサハリン州の地元メディア『サハリン・インフォ』が明らかにした[09]。コムソモリスク・ナ・アムーレ近郊のジョムギ飛行場を拠点とする第23戦闘機連隊(23IAP)から派遣されたものと見られる。ロシアは1993年、それまで択捉島中部の天寧(ロシア名・ブレヴェストニク)飛行場に配備されていた戦闘機部隊を解散しており、これは北方領土における四半世紀振りの戦闘機配備であった。これに先立つ5月、ロシア国防省のツァリコフ第一国防次官は国後島上空に防空識別圏(ADIZ)を設定する方針を示しており[10]、Su-35Sの配備はこれに対応したものであろう。

 ヤースヌィ空港には大規模な戦闘機配備のためのインフラ(駐機場、弾薬庫その他)が整っておらず、それゆえにSu-35Sの配備数は現在も3機に留まっている。ただ、ロシア航空宇宙軍(VKS)のスロヴィキン総司令官は、前述の天寧飛行場を2023年までに近代化する方針を示しており[11]、これが完了した場合にはさらに大規模な戦闘機部隊が北方領土に配備される可能性が排除できない。

 現時点における最新の動きとしては、2020年12月、航空機や巡航ミサイルだけでなく弾道ミサイルとも交戦可能なS-300V4防空システムが配備された[12]。配備地点は天寧飛行場の隣に建設されたコンクリート製陣地と見られるが、その所属については明らかでない(陸軍の第38防空旅団または航空宇宙軍第25防空師団からの分遣と見られる)。

おわりに

 まとめるならば、ロシアは北方領土において既存駐留兵力の近代化を図りつつ、新たな海空戦力の増強を図っており、その規模は今後もさらに拡大する可能性があると結論づけられよう。

 また、近年のロシアはオホーツク海周辺で同様の動きを進めており、北方領土における軍事力の近代化と増強はその一環と見る必要がある。軍事的に言えば、北方領土の内側に位置するオホーツク海は太平洋艦隊の弾道ミサイル原潜(SSBN)のパトロール海域とされている。ロシアが通常戦力の劣勢を補う手段として核戦力を重視しており、ウクライナ危機以降の米露関係の先鋭化に伴ってその重要性が高まっていることを考えれば、北方領土の軍事力強化は純軍事的には理に適ったものと言えるだろう。この意味では、北方領土の軍事力に関する動きをひとつひとつ取り上げて「対日牽制」や「実効支配のアピール」と論じることは、ロシアの意図を見誤らせる可能性がある。

 他方、以上の動きを純粋に軍事的観点のみから理解しようとすることにも、危うさはある。2016年の長門会談以降、ロシアは「北方領土を返還すれば米軍基地が設置されるかもしれない」「ミサイル防衛システムが配備され、ロシアの核抑止力を損なう可能性がある」といった主張を繰り返してきた。こうしたロシア側の態度は最終的に、「平和条約を締結して北方領土問題を解決したいならば在日米軍を撤退させよ」と主張するまでにエスカレートしてきたことを、安倍政権下で国家安全保障局長を務めた谷内は明らかにしている[13]。このようにしてみれば、北方領土の軍事力近代化は、軍事上の必要性を満たすだけでなく、日米同盟の離間を狙うなどの外交的な動機にも支えられたものと考えることができそうである。

 実際問題として、北方領土の軍事力がロシアの戦略核抑止と結びついたものであることは、我が国の対露交渉においても一定の配慮を迫るものではある。この点については、平和条約の中に非軍事化条項(北方領土にあらゆる軍事力を配備しない、外国軍隊を駐留させないなど)を盛り込むといったテクニカルな解決策も考えられようが、軍事的懸念を強調することによって日本の安全保障政策に干渉することがロシア側の真の動機であるならば、その効果は限定的なものであると考えざるを得ない。そして、安倍政権の対露交渉に対する態度を考えるに、ロシア側の真意はおそらく後者であろう。

 このような状況下においては、日本の対露戦略は安倍政権のそれから大きく転換せざるを得ないのではないか。すなわち、北方領土問題に関してはさらなる長期戦を覚悟して四島全部を交渉対象とするスタンスに回帰するとともに、ロシア国内の人権問題等については西側諸国と協調してより強い態度を示すということである。経済制裁についても、現在のように形式的なものではなく、より厳しい内容(米国やEUが行なっているような、エネルギー部門への資金・技術の提供制限等)を考慮してもよいだろう。

 要は、安倍外交が基調とした「対話と協力」を「対話と圧力」に転換すべきであるというのが本稿の結論である。

(2021/04/08)

脚注

  1. 1 令和元年度版『防衛白書』より。なお、この記述は令和2年度版から削除されている。
  2. 2 “Армия и вооружение на Курилах,” Интерфакс, 2011.2.15.
  3. 3 в/ч Южно-Сахалинск и Сахалинская область.; “Гости с Сахалина: 18-я ПУЛАД в составе сил вторжения,” InformNapalm, 2015.1.23.
  4. 4 “Войска РФ на Курилах вооружились новыми ЗРК и танками,” Лента.РУ, 2011.10.12.
  5. 5 “Подразделения ПВО на Курилах заступили на дежурство на ТОР-М2У,” РИА Новости, 2015.9.23.
  6. 6 “До Курил на танке: острова усилят новейшими боевыми машинами,” Известия, 2020.10.28.
  7. 7 “Курильские аэродроны: беспилотники защитят Дальний Восток,” Известия, 2019.4.8.
  8. 8 “Ключи от неба,” Боевая вахта, 2016.11.19.
  9. 9 “Истребители Су-35С заступили на боевое дежурство в аэропорту Ясный,” SAKHALIN.INFO, 2018.8.3.
  10. 10 “Зона боевого дежурства ПВО появится на острове Кунашир к концу года,” Звезда, 2018.5.23.
  11. 11 “Чтобы господство в воздухе оставалось за нами,” Красная звезда, 2020.7.3.
  12. 12 “На Курильских островах на боевое дежурство заступили С-300В4,” Звезда, 2020.12.1.
  13. 13 谷内正太郎「ウィズ・コロナの国際情勢と日本外交」『公研』2020年12月。