極東ロシア軍概観

 本稿では、極東におけるロシアの軍事力増強に関して、特に地上戦力を中心として最近の動きをまとめるとともに、その意義について考えてみたい。

 ロシアの軍事行政区分においては、極東はハバロフスクを司令部とする東部軍管区(VVO)の担当範囲とされている。VVO司令部は東部統合戦略コマンドを兼ねており、域内の陸海空軍部隊のうち、戦略核抑止戦力を除く一般任務戦力(SON)を統合指揮する。他方、航空宇宙軍(VKO)の爆撃機部隊である長距離航空軍(DA)や太平洋艦隊の弾道ミサイル原潜(SSBN)部隊は戦略抑止戦力(SSS)に含まれ、これらは大統領を長とする最高司令部が参謀本部を通じて指揮する。同じくSSSに含まれる戦略ロケット部隊(RVSN)の大陸間弾道ミサイル(ICBM)はVVO管区内には配備されていない。

 ソ連崩壊後、極東のロシア軍は大幅に減少し、その後も概ね低い水準で推移してきた。以下に掲げる表-1では極東ロシア軍の兵力を周辺諸国と比較したものであるが、今やロシアの軍事力(特に地上兵力)は極東でも目立って小さなものとなっていることが読み取れよう。

表1

 また、表-2に示すように、VVO配備の地上兵力がロシア軍全体のそれに占める割合は他地域と比較して極めて小さい。VVOだけでロシアの全国土の約4割を占めることを考えると、その小ささは一層際立つ。これは、冷戦後のロシアの軍事的安全保障の焦点が北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大、東欧へのミサイル防衛(MD)システム配備、ウクライナ紛争など西部正面に集中していることによるものと思われる(シリア紛争に関しても兵力展開の基盤はロシア西部の部隊に置かれている)。

 他方、表-2は、砲兵旅団やロケット旅団(後述)のVVOへの配備が比較的手厚いことも示している。さらにVVOには有事に予備役を受け入れるための動員基盤である物資装備保管基地(BKhVT)が実に8個師団分用意されており、全軍管区中で最大の動員能力を有する。

表2

画像:地図

近年における極東ロシア軍の増強

 しかしながら、近年(特に2010年代後半以降)、VVO内において兵力増強の動きが見られるようになってきた。ことに顕著なのが陸上兵力である。

 VVO内のロシア陸軍は、VVO司令部直轄部隊(指揮旅団、砲兵旅団、電子戦旅団、工兵旅団、鉄道旅団等)、4個諸兵科連合軍、1個軍団から成る。4個の諸兵科連合軍のうち、3個は冷戦終結前後に相次いで軍団に格下げされていたが、1998年から2010年にかけて相次いで再び軍に格上げされた。他方、1個軍団(サハリンに司令部を置く第68軍団)は2010年に解体されたものの2014年に再編成されたものであり、隷下に北方領土駐留の第18機関銃砲兵師団(司令部:択捉島瀬石温泉)を擁する。

 2017年には、第29諸兵科連合軍(司令部:ザバイカル地方チタ)の隷下に1個ロケット旅団が新編され、4個軍全てが各1個のロケット旅団を保有する態勢が完成した。ロシア陸軍のロケット部隊では旧式の9K79-1トーチカ-Uから最新鋭の9K720イスカンデル-Mへの装備更新が進んでおり、VVO内の4個ロケット旅団は全てが更新を完了している。

 イスカンデル-Mは短距離弾道ミサイルと短距離巡航ミサイル(いずれも射程は500km)を発射可能な精密打撃システムであり、極東正面における地上兵力の劣勢(特に対中国)を補う意味でその配備は大きな意義を有する。さらに同システムは米国から中距離核戦力(INF)条約違反を指摘されている9M729地上発射巡航ミサイルの発射プラットフォームと高い共通性を有するとされることから、この点でも極東におけるロケット旅団の増加には関心を払う必要があろう。

 他方、サハリンの第68軍団は現在のところロケット旅団を欠いている。今後、同軍団にもイスカンデル-Mが配備されたり、その一部が北方領土にも配備されることがあれば、こちらは我が国との軍事バランスに大きな影響を及ぼすことになる。

 さらに2019年3月11日、ロシア国防省の機関紙である『赤い星』のインタビューに答えたVVO司令官のゲンナジー・ジトコ中将は、年内に1個自動車化歩兵師団を新設する計画を明らかにした[1]。ロシア陸軍では2000年代後半以降の軍改革で師団を原則的に廃止して旅団への改編を進めていたが(例外は前述の第18機関銃砲兵師団)、2010年代に入ってからは西部、南部、中央の各軍管区において師団が復活する動きが見られるようになっていた。こうした中にあってVVOでは師団の新編が見られなかったが、上記の発言はVVOにおける初めての師団復活の動きを示すものとして注目される。

 実際、2019年4月に開催された国防省統一装備品受領日の報告[2]では、沿海州のウスリースクに第127自動車化歩兵師団と呼ばれる師団が配備されたことが明らかにされており、これがジトコ発言にあった新たな師団であると思われる。第5諸兵科連合軍隷下の同師団は2009年に旅団に改編されていたが、これを再び師団化したものであろう。今後、そのほかの旅団も師団に改編されることになれば、極東ロシア軍の地上戦力は現在よりも相当に増強されることが見込まれる。

画像:ロシア国防省

何のための軍事力増強か

 問題は、以上のような軍事力増強が何のために実施されているかである。

 ロケット旅団の近代化にせよ、旅団から師団への改編にせよ、他の軍管区で実施されていることであり、VVOもこれに倣っているに過ぎないという見方も可能ではあろう。他方、ロシア極東部における著しい地上戦力のアンバランスを考えるならば、これを是正する目的がそこに含まれていることも否定はできないだろう。

 特に念頭に置かれているのは中国であると思われる。前回の小欄[3]でも述べたとおり、ロシアは政治的には中国を友好国として遇しつつ、純軍事的には依然として中国に対する軍事的脅威認識を有していると考えられるためである。

 逆に言えば、極東部においてロシアが中国へのリバランスを図るとしても、それが中国に対する軍事的対決姿勢を意味するとは考えにくい。むしろ、このような政治的配慮と軍事的配慮のバランスの中でロシアが極東においていかなる軍事的抑止体制を構築していくのかが今後の焦点となろう。

(2019/05/21)