インド太平洋地域のディスインフォメーション研究シリーズ掲載のお知らせ
この度、IINA(国際情報ネットワーク分析)では、笹川平和財団プロジェクト「インド太平洋地域の偽情報研究会」(2021年度~)において同地域のディスインフォメーション情勢について進めてきた調査研究と議論の成果を「インド太平洋地域のディスインフォメーション研究シリーズ」として連載いたします。IINA読者のご理解のお役にたてば幸甚です。
3.香港と台湾における事例
「国際ファクトチェックネットワーク」が定めるファクトチェック機関の世界共通ガイドラインでは、「非党派性と公正性の確保」を第一原則としている[1]。しかしアジアでは、前述の政府主導のファクトチェックに加えて、当局やその他の関係者によるファクトチェックの政治的利用が顕著になってきている。
香港では、少なくとも6つの独立したファクトチェック機関が疑わしい情報の真偽を定期的に検証している一方[2]、政治的中立性に配慮しているようには見受けられない自称ファクトチェック活動も行われている。例えば、2019年の一年にわたる広範な街頭抗議運動の際、ファクトチェック機関のスタイルを模倣したいくつかのFacebookページやウェブサイトがあったが、何人かのメディア研究者はこれらのコンテンツを「偏向している」「親政府勢力の片棒 」であると評価している[3]。
香港警察はソーシャルメディア上の声明で「#factcheck」というハッシュタグを使い、一連の「ファクトチェック」記事を掲載した特別誌を発行したが、その内容はほとんどが法執行機関(警察)に対する批判的言説を否定するものであった[4]。 同様に、新華社のような中国国営メディアも、記事の一部に「ファクトチェック記事」とラベルを貼り、その多くは香港の反中感情や反中意見を根拠のないものとする報道だった[5]。
疑義の対象となった当事者には、その言説の妥当性を調査する権利と理由があるが、こうした調査は第三者によるファクトチェックとは根本的に異なる。当事者によるファクトチェックは得てして政治的に偏っており、自分たちに都合の悪い見方や情報を否定することを目的とする傾向がある。
そして香港では、政治色を帯びた非難合戦は両側に端を発する。2020年、米国大統領選挙に関するネット上の噂や陰謀論を根拠なしと報道した現地ジャーナリストやファクトチェック機関は、おそらく強硬な対中外交姿勢をとっているという理由でドナルド・トランプ氏の再選を公に応援する反体制・民主派の支持者たちから攻撃を受けた[6]。 ファクトチェックが政治化されることは、偽情報への対応策のひとつとされる報道という活動の根幹となる前提を揺るがすものである。
対照的に、台湾政府の(ファクトチェックに対する)アプローチは、政治的偏向を避ける姿勢が顕著である。それでも、当局がファクトチェックにどのように関わるべきか、あるいは距離を置くべきかという問題に直面している。2020年にアジア・リベラル民主評議会(訳注:アジア10か国における民主政党の国際ネットワーク)が主催したオンライン会議での蔡英文総統の開会の辞は、その典型的な例である。彼女は一部の非営利のファクトチェック・メディアを 賞賛し、「民主的価値を守る 」ために重要だと話した。台湾当局は、ことあるごとに、ファクトチェック機関やソーシャルメディアプラットフォームとの協力が成功し[7]、中国大陸からの情報操作を目的としたコンテンツを撃退していると強調している[8]。
ファクトチェック分野での台湾当局の関与の事例としては、最も人気のあるチャットアプリのLINEと民間の4つのファクトチェック機関、そして行政院が、過去の誤情報やファクトチェック報道内容のデータベースなどのリソースを共有する取り組みが挙げられるだろう[9]。こういった政府の支援は、各メディアの編集権や独立性を直接的に侵害しないような仕組みとなっている点は特筆すべきである。とはいえ、(メディア、ファクトチェック機関にとっては)単に政府と連携するだけでも、読者や視聴者、中でも特に野党支持者を遠ざけ、二極化した社会をさらに分断させる可能性がある。
元米国外交官を含む一部の台湾ウォッチャーは、このような体制と戦略を、「社会全体で偽情報に対抗するアプローチ 」として効果的だと評価している[10]。 その一方、警鐘を鳴らす見方もある。新たに制定された中国の台湾政治への影響工作に対応する「反浸透法[11]」とともに、台湾の偽情報に対する戦いが極めて党派的になっているという観測筋もある[12]。 例えば、公然たる親中派ケーブルテレビ局のCTi News(中天新聞台)は、「不正確な」報道を理由に当局から放送免許を剥奪され、2020年末、閉鎖に追い込まれた[13]。
おわりにーファクトチェックをめぐる議論
アジア諸国における事例研究や定性調査は、広く流布した根拠のない主張や、根も葉もない噂が一般市民を混乱させた後ではあっても、ファクトチェックが将来的に事実に基づく記録を残すことに、重要な貢献ができることを示唆している。また、このようなジャーナリズム活動は、国民感情を操作するために怪しげなコンテンツを継続的に作成したり、インターネット広告を通じて金銭的利益を得ようとしたりする悪質な行為者を調査し、しばしばその実態を明らかにするのに役立っている。
しかし、実際の政治においては、何が誤情報や偽情報であるかを判断することは、作為的で無益な議論になりかねない。 人々の党派的なバイアスが、何を事実と信じるのかに影響を与えることが多いためだ[14]。政府関係者、政党、公共団体、その他の利益団体がファクトチェック・プロジェクトを実施する(あるいは、少なくとも「ファクトチェック」という言葉を頻繁に使う)状況下では、独立したファクトチェック機関による作業の有効性は曖昧であると捉えられかねない。
選挙関連のファクトチェック・プロジェクトの結果が混在していることからわかるように、選挙キャンペーン期間などの短期間でファクトチェックの効果がどれだけあるのかを把握するのは簡単ではない。しかし、巧妙な偽情報や組織的な誤情報の流布に対する対策としての長期的な効果についても注意を向け、議論をする必要がある。
フィリピンでは、VeraFilesやRapplerなどのオンラインメディアが政府声明やスピーチに対して根気強くファクトチェックを行い、政権の責任を追及してきた。その過程で、苛立った政府やその支持者から法的に訴えられ、絶えず嫌がらせを受けてきた[15]。しかし、国際的には、彼らの活動が報道の自由と民主主義体制を守るものとして認められ、Rappler創設者のマリア・レッサは2021年にノーベル平和賞を受賞した2人のジャーナリストの1人となった[16]。
アジアでは、カンボジア、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナムなど多くの国が、「フェイクニュース 」と定義するものに対して罰則付きの規制や、現行法の解釈の修正を実施している[17]。 香港政府も近年、こうした法律の導入を公に議論している。2019年に抗議する若者を扇動し、暴力を誘発し、市内で反警察感情を育てたのは「フェイクニュース」であると頻繁に非難しているのだ。その根底には、特定のメディアのコンテンツが政権や中国に関する 「間違った」情報を発信しており、それを 「訂正」する必要がある、という考え方があるようだ[18]。
最終的に、ファクトチェックとは、事実と正確な情報に基づいた公共的対話を促すことで、虚偽や誤解を招きやすい言説の影響を緩和するための取り組みであるといえる。しかし、アジア諸国の経験は、それは決して容易なことではないことを示している。誤情報や偽情報に対処する強引な規制は、表現の自由という権利を守ることへの懸念を必然的に生じさせる。ファクトチェックがそうした規制に代わる有効な手段となるためには、この新しいジャーナリズムの形態の政治利用、濫用を常にチェックし、評価してゆく必要があるだろう。ファクトチェックが信頼を損なってしまえば、確実にその効果や有効性は消えてしまうことになる。
(2022/7/11)
*この論考は寄稿者が英語で執筆したものを和訳したものです。
*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
【Indo-Pacific Regional Disinformation Research Series Vol.1】
Fact-checking as a means to fight disinformation: Trends and challenges amid political turmoil and elections in Asia
脚注
- 1 International Fact-Checking Network, “IFCN Code of Principles,” 2016.
- 2 Masato Kajimoto, “Fact-Checking in Hong Kong: An Emerging Form of Journalism and Media Education amid Political Turmoil,” in Handbook of Media Misinformation, ed. Julian McDougall and Karen Fowler-Watt (Palgrave Macmillan, 2022). Upcoming.
- 3 Mengzhe Feng, Nathan L. T. Tsang, and Francis L. F. Lee, “Fact-Checking as Mobilization and Counter-Mobilization: The Case of the Anti-Extradition Bill Movement in Hong Kong,” Journalism Studies, July 16, 2021, 1–18.
- 4 https://www.police.gov.hk/offbeat_ebook/1179_sp_edition/eng/
- 5 For example: http://www.xinhuanet.com/english/2019-09/12/c_138387677.htm
- 6 Candice Chau, “Fact-Checkers under Fire as Some Hong Kong Trump Supporters Cry Foul over US Election,” Hong Kong Free Press, November 13, 2020.
- 7 https://www.facebook.com/asianliberals/videos/472501180411824
- 8 I-fan Lin, “Made-in-China Fake News Overwhelms Taiwan,” Global Voices: Advox, November 30, 2018.
- 9 https://fact-checker.line.me; See also, https://meet-global.bnext.com.tw/articles/view/44710
- 10 Macon Phillips and Walter Kerr, “Taiwan Is Beating Political Disinformation. The West Can Too.,” Foreign Policy, November 11, 2020.; See also, Aaron Huang, “Opinion | Chinese Disinformation Is Ascendant. Taiwan Shows How We Can Defeat It.,” Washington Post, August 10, 2020.
- 11 Yimou Lee and Fabian Hamacher, “Taiwan Passes Law to Combat Chinese Influence on Politics,” Reuters, December 31, 2019.
- 12 Nick Aspinwall, “Taiwan’s War on Fake News Is Hitting the Wrong Targets,” Foreign Policy, January 10, 2020.
- 13 Ralph Jennings, “Why Taiwan Killed a TV News Broadcasting License Despite Legal Freedom of Speech,” Voice of America, November 26, 2020.
- 14 John G. Bullock et al., “Partisan Bias in Factual Beliefs about Politics,” Quarterly Journal of Political Science 10, no. 4 (December 16, 2015): 519–78.
- 15 Mark Stencel, “Abuse and Threats Come with the Territory for Many of the World’s Fact-Checkers,” Poynter (blog), May 6, 2020.; See also, Yvonne Chua, “Fact-Checking under Pressure: How Vera Files Has Dealt with the Duterte Regime,” Poynter, December 17, 2018.
- 16 https://www.dw.com/en/nobel-peace-prize-maria-ressa-and-dmitry-muratov-receive-award/a-60081458
- 17 Public Media Alliance, “The Rise of ‘Fake News’ Laws across South East Asia,” Public Media Alliance, December 6, 2019.; For Veitnam, see Phuong Nguyen and James Pearson, “Vietnam Introduces ‘fake News’ Fines for Coronavirus Misinformation,” Reuters, April 15, 2020.
- 18 Rhoda Kwan, “Hong Kong’s Carrie Lam Vows to ‘plug Loopholes’ in Internet Regulation, and ‘Supervise and Manage the Media,’” Hong Kong Free Press, November 25, 2021.; Xinlu Liang, “Media Must Promote National Security, Fight ‘Fake News’, Hong Kong Leader Says,” South China Morning Post, November 18, 2021.; Jennifer Creery, “Hong Kong Leader Carrie Lam Warns of ‘fake News’ after Top Adviser’s Free Sex Allegation,” Hong Kong Free Press, September 10, 2019.