第2次トランプ政権下の赤い州
—ネブラスカ州リンカン市からみたアメリカ外交と世界―
森 聡
アメリカ現状モニターの現地調査でネブラスカ州の州都リンカン市を訪れる機会を得た。ネブラスカ州はオマハに米戦略軍司令部が位置するなどしているが、小麦生産が盛んで、マルコムXなどを輩出した、赤い州(共和党支持が優勢な州)である。一見してアメリカ外交からは縁遠い州だがそこに住む若者や政治家は世界をどう見ているのか、現地調査を行った。ネブラスカ大学リンカン校では、春休み直前の金曜日に研究者や学部生の皆さんが意見聴取のために23名程度集まってくれたほか、ネブラスカ州議会(この州は珍しい1院制)議員と中国や台湾有事に関して意見交換を行った。
大学生、教員の米国の外交に対する認識
トランプ政権下の戦争省は、ハーヴァード大学などの大学との提携を打ち切る一方で、実は一部の大学には連携強化を持ちかけており、ネブラスカ大学もそのひとつである。同大学リンカン校政治学部の学生の皆さんとの意見交換では、さすがに各学生に支持政党を表明してもらうのは控えたが、アメリカ外交について尋ねると、おおむね以下のような考えを表明していた。
第一に、政権党が変わるたびに一部の対外政策が振り子のようにぶれることが外国の目にどう映っているのかを気にしていた。気候変動、対外援助、国際機関などの分野で今後アメリカがイニシアティブをとろうとしても、その後の政権交代で再び政策放棄してしまう可能性があれば、アメリカがリーダーシップを失っていき、こうした分野での取り組みがなくなってしまうことを心配していた。これは筆者がかねてから気にしていたことでもあったので、筆者から学生の皆さんには、それらの分野でアメリカのリーダーシップが衰微していくとすれば、その「空白」を埋め、取り組みを持続させることが日本や欧州の課題になるだろうと伝えた。
第二に、トランプ政権が中国やロシアといった大国との取引を優先し、同盟国の利益を軽視しがちであることを心配していた。ただし、彼らは大国との関係を安定させること自体に問題はないとみており、中露との価値観や政治体制の違いに注目し、ライバル視していたわけではなく、同盟国からの信頼を失えば、それを回復するのは大変だということを気にしていた。
第三に、もし仮に中国が台湾に侵攻することがあれば、アメリカは台湾を防衛するために武力を使って介入すべきかという質問に対しては、個人的には介入に反対しないものの、アメリカ社会全体としては、国内問題に目を向けている可能性が高く、米兵の命を第一に考えて、犠牲者を出すことに消極的な姿勢をとるのではないかという意見が相次いだ。また、台湾のTSMC社が中国の支配下に落ちれば、中国が半導体を通じて世界的な影響力を手に入れてしまうという意見が表明されると、そもそも大半のアメリカ人は台湾の戦略的価値など理解していないという反論もあった。このほか台湾が侵略されているのにアメリカが手を引けば、アメリカは弱いとみなされてしまうので、台湾有事には対応しなければならないという意見や、台湾を防衛できなければ、アメリカの防衛コミットメントに不安を覚える国々が核兵器の獲得に向かって核拡散という深刻な事態を招くといった意見も出た。そもそもアメリカが武力を使う目的は、ヒトの命や生活様式を守るということに限定されるべきなのではないか、イランの場合は弾圧されている市民への同情があったという意見がある一方で、アメリカの世論が武力介入を支持するのは、つまるところアメリカ人の日常生活に深刻な状況が及ぶ場合なのではないかという意見も出た。
学生の皆さんとはアメリカ外交や国際安全保障に関する議論を行ったが、想像していた通り、理念や価値に引き付けた意見はあまり出なかった。しかし夕食をとりながら大学教員の皆さんと意見交換する機会を持った際には、学生も教員も、やはり現政権の外交には違和感を持っていることが分かった。つまり、アメリカが自らの理念に沿って世界で特別な役割と責任を果たすべきだという意識は強くなかったが、だからといって剝き出しの利益と力の外交に走ればいいという考えを持っているわけではない。伝統的な同盟国との信頼関係は保つべきだし、価値観の異なる中国やロシアとの協調は排除すべきではないものの、慎重に対応すべきだといった極めて理性的な感覚を持っていた。サンプルが小さいので、あまり一般化すべきではないが、筆者は非常にリアルな「常識」に触れた気がする。
州議会議員の中国リスクに対する認識
やや対照的だったのは、ネブラスカ州議会議員の対中認識だった。ここでは個人名を明かすのは避けるが、この議員は州レベルでの国家安全保障問題に取り組んでいる。第1次トランプ政権で焦点が当たった中国の電気通信機器の排除を州レベルで進めたり、中国による重要インフラへのサイバー攻撃の脅威や中国による土地取得の問題に2020年頃から取り組んでいるそうだ。
驚いたのは、ネブラスカ州議会が、副知事を議長とした太平洋紛争委員会(the Committee on Pacific Conflict)を2024年に立ち上げて、有事対応策を検討しているということである。台湾有事が発生した際に、州がいかなるリスクに晒されるのかを分析し、部品から重要インフラ、電力に至るまで、影響を受けるものをリストアップし、そのうち重要度の高いものを特定して、中国および台湾などに単一の供給元(single source)がある分野を割り出し、リスクを緩和するための対策を検討する作業を行っているそうだ。この委員会は、知事に対して年次脅威評価報告(公開版と非公開版あり)を提出することになっている。
また、州議員によると、ネブラスカ州はCyber Tatankaという名称のサイバーセキュリティの演習も行っているそうで、連邦軍・州兵・警察・電力会社・金融セクターに加えて、ポーランドやチェコといった外国アクターも参加してTTX(机上演習)を実施しているということである(Tatankaはバッファローないしバイソンの意味)。さらに、中国の統一戦線工作(共産党にとっての「友」を増やし、「敵」を孤立させることで、党の支配正当性を高め、国内外の反対勢力を無力化する包摂・分断工作を行う機関)による影響力工作についても難しい対策を迫られているということであった。
中国製電気通信機器や経済安全保障にかかわる取り組みについては、脅威に関する理解不足から、対策に疑念をもつ民間アクターもいるということだが、教育などを通じて意識改革を進めていくしかないと同議員は説明していた。連邦レベルで有事対策が講じられていない抜け穴となっている分野でも、海外の有事から実際に影響を受ける州のレベルでは先に進んで対策を講じている場合があり、州同士の連携や州と連邦の連携も徐々に強化されつつあるそうだ。台湾から遠く離れた米内陸部のネブラスカで、踏み込んだ有事対応策が検討されているのは新鮮な驚きだったが、これは冒頭に触れたようにネブラスカ州オマハ市近郊に米戦略軍司令部(オファット空軍基地)があるからかもしれない。議員の口から戦略軍司令部という言葉は発せられなかったが、重要インフラやサイバーセキュリティ、中国による土地取得などに神経を遣わざるを得ず、意識を高める事情があるとすれば、米軍の中枢機能が存在しているからだろうと思われる。こうした背景事情は別にしても州議員は今年、台湾を訪問・視察するということだった。このような米国の州レベルでの踏み込んだ取組に触れ、日本の地方自治体にも参考になることが多いのではないかと感じた。自治体同士で積極的に交流をもって、ネブラスカ州議会の取り組みから様々な知見を得てもいいかもしれない。
(了)