日米首脳会談から米同盟国が学べる点

渡部 恒雄
トランプ政権の外交・安全保障政策は、敵対国よりは、同盟国に大きなストレスをもたらすものである。米国の同盟国は、「同盟」という安全保障上の安心感もあって経済関係を深めている。しかしその結果生じた貿易収支の赤字に対して敵意を持ち、関税を脅しに圧力をかけてくるトランプ大統領にどのように対処するかは、米国の同盟国にきわめて難しい対処を求めている。トランプ政権が始動後、イスラエルのネタニヤフ首相に続いて、二人目の首脳会談を行った日本の石破首相は、波乱を起こさずに、少なくとも表面的には、安定的な安全保障関係を確認することになった。これを「成功」と手放しと評価するわけにはいかないが、少なくともトランプ政権に向き合う同盟国にとって、それなりのモデルを示したとはいえるかもしれない。本稿では、日米首脳会談を分析し、他の同盟国および今後の日本が、トランプ政権に向き合うために必要な要素を考えてみたい。
最初の日米首脳会談をどう見るか
何事もトップ二人のディールで物事を解決することを目指すトランプ大統領に対して、石破首相がディールできる相手だと認識させたことは、最初の首脳会談としては極めて重要だ。その目標の設定を明確にしてそれを達成したことは大きな成果と考えられる。トランプ政権1.0の外交でも、トランプ氏は個人的な関係を重視してきた。トランプ政権2.0では、トランプ氏に異なる意見を差しはさむような閣僚を排除して人事を進めており、よりトランプ氏個人の意向が外交に反映されると考えられる。関税交渉を筆頭に、今後、日本が米国と喫緊の交渉や、緊密な交渉をする大前提として、重要な第一歩になった考えるべきだろう。
今回の会談では、トランプ氏は日本に対して直接の関税の要求を出さなかった。それを避けたことは重要だが、トランプ氏は日米首脳会談直後、相互関税の導入計画を公表する予定だと語り、実際にその後、相互関税の導入を発表した。日本を例外扱いしないことも明確にした。
首脳間の人間関係を築くことに成功したからといって、関税などの一方的な要求がなくなるわけではない、ということは、トランプ政権1.0から貴重な教訓だ。実際、トランプ大統領と緊密な個人的関係を築くことができた安倍政権でも、日本が輸出する鉄鋼とアルミニウムに関税が課された。しかしその通商交渉を通じても、トランプ氏と安倍氏の関係は良好であり続け、自動車などがターゲットになり、日本経済に大きなダメージを与えるような関税はなかった。
石破政権にとっても、トランプ氏と最初の人間関係づくりに成功したことにより、少なくとも、今後の関税・経済や安全保障をめぐる懸案について、首脳間とスタッフ間で話がしやすい環境ができたということを、対トランプ外交の重要な第一歩としての成功例と考えるべきであろう。
トランプ氏にはお世辞だけでなく敬意をもって付き合うこと
安倍元首相がトランプ氏との人間関係づくりに成功した理由として、筆者が日本側の関係者から聞いた話として印象的だったのは、安倍氏がトランプ氏に常に敬意をもって接していたことだ。これは、皮肉な見方をすれば、「お世辞」や「ごますり」だということになるが、それだけではない。今回の石破首相がトランプ氏との人間関係づくりにおいて成功したと思われる点は、首相が敬意をもって接していたことを、トランプ氏が理解した、ということではないだろうか。これは単なる「お世辞」や「ごますり」だけで、達成できることではない。
ニューヨークタイムズの記事「外国の指導者は、トランプにお世辞の技術で近づこうとしている(Foreign Leaders Embrace the Art of Flattery in Wooing Trump)」で、日米首脳会談後の共同記者会見での石破氏の「お世辞の技術」に着目している1。この記事が着目したのは、石破首相が「何年もほとんど毎日テレビ見ていたので間近に見る感動は格別なものがある」とトランプ氏は持ち上げ、さらに「声高で、かなり個性強烈で恐ろしい方だという印象はなかったわけではないが、実際にお目にかかると本当に誠実な、力強い、強い意志を持つ、米国そして世界に対する強い使命感を持つ方だということをお世辞全く抜きで感じた」と話したことだ。この記事は、石破首相はその場の人間に対して、トランプ氏への賛辞は、「ごますり」(suck up)ではなく、「世界平和」と「地域の安定」のためだと念を押したことも皮肉っている。
そしてこの記事は石破氏の発言だけでなく、トランプ氏が大統領就任後に最初に会談したイスラエルのネタニヤフ首相のトランプ氏へのお世辞「米国の大統領で最も偉大な友」とか、「イスラエル人の中でトランプ氏は絶大な尊敬を得ている」なども取り上げている。そして、トランプ氏へのお世辞が常にうまくいくわけではないとして、2018年にトランプ氏はカナダに関税を課したが、その際にトルドー首相を「不正直で弱虫」とSNSに書き込んだことを失敗例に挙げている。
上記の石破首相の発言をみると、ネタニヤフ首相のレトリックよりは、より正直な実感をベースに発言しており、お世辞慣なれしているトランプ氏は、むしろ好感をもったのではないだろうか。今後、石破首相が、国内においてかつてのトルドー首相のような裏表のある発言2をしないように気を付ければ、それなりの人間関係を維持できると思われる。
トランプ氏が関心を持つ実利的なお土産を準備すること
ただし、ビジネスマンとして実利を重視するトランプ氏にとっては、「お世辞」や「敬意」だけでは、関係を発展させるのには十分ではない。その点で、今回の順風な日米首脳会談のもう一つの要因は、日本政府が的確にトランプ大統領が日本に期待していることを「お土産」として提案したことだろう。
例えば、1兆ドルという明確で覚えやすい数字を示して、日本の対米投資を増やしていくことや、トランプ氏が自国のエネルギー政策として、最も重視するLNGの増産と輸出について、日本がアラスカでの共同開発もふくめ、投資先およびLNGの購入国として米政府と合意をしたことはトランプ氏にとっては、実利の面で極めて重要だったはずだ3。
今後、トランプ氏が、日本に関税や米軍の駐留費負担増、防衛費増額などの要求や交渉をしようとする際に、今回、日本が提示した利益を失うことの損失面が、彼の頭をよぎるだけでも、今後の対トランプのディール外交の貴重な資産となるだろう。
今回、日本政府は、トランプ氏の大量の大統領令の中から、トランプ氏個人が大きな関心を持つ政策を的確に理解したと思われる。それが大統領令による「エネルギー緊急事態宣言」4であり、既存の規制を撤廃して、天然ガスや石油を増産するための根拠となっている。これに加えて、「米国のエネルギーを解き放つ」「アラスカの並外れた資源の潜在能力を解き放つ」という大統領令に注目する必要がある。
「米国のエネルギーを解き放つ」の主旨は、これまでの左派イデオロギーを根拠にするエネルギー開発への各種規制を取り除き、米国の強さである石油や天然ガスという化石燃料を増産し、他国へのエネルギー依存を下げ、米国のガソリン価格を低下させて物価を下げ、輸出を増やして米国の収益を上げ、米国の経済成長に取り残された有権者の暮らしを向上させるというものだ5。これはかなり楽観的で野心的であると同時に政治的な文書といえるだろう。
そして日米共同声明には以下でみるように「エネルギーおよび天然資源を解き放つ」という大統領令のレトリックがそのまま使われて合意がなされている。
「両首脳は米国の低廉で信頼できるエネルギー及び天然資源を解き放ち、双方に利のある形で、米国から日本への液化天然ガス(LNG)輸出を増加することにより、エネルギー安全保障を強化する意図を発表した6。」
さらに大統領令「アラスカの並外れた資源の潜在能力を解き放つ」では、アラスカの天然資源を開発することが、米国のエネルギー安全保障、経済安全保障、そしてグローバルなエネルギー支配のために重要という点が示されている。そして、ここでも前政権の規制によりこれらの開発が妨げられていると指摘して、連邦政府はアラスカ州の州権を尊重して、開発を進めるための措置について列記している7。
日米共同記者会見の席上で、トランプ氏は、「日本はまもなく歴史に残る記録的な量の米国の液化天然ガスの輸入を始める。我々はアラスカの石油とガスに関して日米のある種の合弁事業について協議している。」と発言した8。日本がアラスカでの石油とガスの共同開発をすることは、トランプ氏にとっては、自らの肝入りの事業への投資先と、製品の販路となる市場の双方を獲得することが可能になる魅力的な話だったはずだ。
石破氏も、「非常に残念なことだったが前政権において許可されなかった。トランプ大統領が就任当日だったと思うが、明快な解決策を示してもらえたということは非常にありがたいことだった。LNGのみならず、バイオエタノール、アンモニアといった資源を安定的にリーズナブルな価格で提供されることは日本の利益だ。米国の貿易赤字、対日貿易赤字を減らすことにもつながる。私どもとして安定的にリーズナブルな価格でエネルギーが提供されているのは大きな国益なので、LNGの採掘が成功裏に進展することを期待している。」と前向きな発言をしている。
パリ協定に参加して、カーボンニュートラルにむけて努力している日本にとって、トランプ政権の化石燃料回帰方針に全面的に乗ることは、地球環境政策の面でも、欧州などとの外交協調の面でも、リスクの大きい選択である。しかし実際のところ、米国の天然ガスの生産が、トランプ政権が思い描くほど、短期間に増量できるようなものではない現実を理解する必要がある。米国の天然ガスは、採掘コストが高いシェールガスが主体であり、将来にわたって価格競争力が維持できる見通しがなければ、民間会社が増産のための投資をするとは限らないからだ9。だからこそ日本によるアラスカの天然ガス開発への投資はトランプ政権にとっては歓迎すべき内容といえる。
日本は、世界のLNG輸入国の中で第1位10だが、米国のLNGの輸出先としては、オランダ、フランス、英国に次いで第4位である11。日本へのLNG輸出国としては、米国は、オーストラリア、マレーシア、カタール、ロシア、ブルネイに次いで6位だ。現時点では米国産LNGのタンカーでの輸出は、大西洋航路でアクセスのいい欧州に比べて、パナマ運河経由の日本にはコスト高だ。日本が太平洋側に面したアラスカの天然ガス採掘に投資して共同開発することは、米国にとっては将来の対アジア輸出の拠点づくりとなる。日本にとっては、米国産のLNGのコストを下げ、自国へのエネルギー供給先を多様化する意味で重要なため、日米にとってウィンウィンの関係にある。
エネルギー分野以外でも、トランプ氏にとって日本の米国への「投資」は魅力的だった。日米共同声明で、「2国間のビジネス機会の促進並びに2国間の投資及び雇用の大幅な増加」として、「AI、量子コンピューティング、先端半導体といった重要技術開発において世界をけん引するための協力」が入った12。日本が、この分野で最先端の米国から得られるメリットも多いため、日米でウィンウィンな合意だったはずだ。
米国政府のスタッフレベルでの関係づくりが重要
このように、日米首脳会談の最初の順調な人間関係づくりに、ひとまず成功したのは、石破首相のトランプ氏への接し方と、それを裏打ちするトランプ氏がウィンウィンと考えるであろう「お土産」を日本側が調整したことが、功を奏したのだろう。
米国側、特にホワイトハウスの国家安全保障会議(NSC)や国務省スタッフとの間で、同盟の方向性について認識共有できたことも安心材料だろう。
それを示しているのは、安全保障分野に関する日米共同声明の一節だ。ここでは、中国を念頭にした日米同盟の強化だけでなく、トランプ氏の北朝鮮へのアプローチを念頭においた日米韓協力と、日米豪印「Quad(クアッド)」、日米豪、日米比を、「多層的で共同歩調のとれた協力を推進する意図を有する」という言葉が入れられた13。
トランプ氏にとって、対中強硬策と、北朝鮮へのアプローチは興味のある課題だが、日米韓、クアッド、日米豪、日米比などの多国間連携には興味がないはずだ。おそらく多忙な大統領が文言のすべてをチェックするわけではないとはいえ、このような内容を共同声明として入れることができたことは朗報だ。これにより、米国のNSC、国務省、国防総省、そして日本の国家安全保障局(NSS)、外務省、防衛省が動きやすくなる意義は大きいはずだ。
今回の日米首脳会談は入り口に過ぎず、今回のようなスムーズな会談が継続する保証はない。ただし、トランプ政権およびトランプ氏本人の方向性を入念に調べて、事前の準備を行い、米国側のNSC、国務省、国防総省の「裏方」の緊密な協力を継続することが、有効であることがわかった。日本は緊張感を持ち、厳しいトランプ政権時代の日米外交を乗り切るしかないだろう。
(了)
- Zolan Kanno-Youngs, “Foreign Leaders Embrace the Art of Flattery in Wooing Trump,” February 2, 2025, <https://www.nytimes.com/2025/02/07/us/politics/foreign-leaders-flattery-trump.html>,(accessed on February 17, 2025)(本文に戻る)
- Justin Sink、Josh Wingrove 「カナダ首相は「裏表ある」、陰で皮肉られたトランプ米大統領が反撃」、『Bloomberg』、2019年12月5日、<https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2019-12-04/Q1ZY66T1UM0X01>,(accessed on February 17, 2025)(本文に戻る)
- 「日米首脳会談 共同記者会見の要旨(対訳付き)」 『日本経済新聞』(電子版)2025年2月8日。<https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA0805N0Y5A200C2000000/>,(accessed on February 17, 2025)(本文に戻る)
- White House, “Declaring A National Energy Emergency,” Executive Order, January 20, 2025, <https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/2025/01/declaring-a-national-energy-emergency/>,(accessed on February 17, 2025)(本文に戻る)
- White House, “Unleashing American Energy,” January 20, 2025, <https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/2025/01/unleashing-american-energy/>,(accessed on February 17, 2025)(本文に戻る)
- 「日米首脳共同声明」 2025 年2月7日、<https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100791692.pdf>(accessed on February 17, 2025)(本文に戻る)
- White House, “Unleashing Alaska’s Extraordinary Resource Potential,” Executive Order, January 20, 2025, <https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/2025/01/unleashing-alaskas-extraordinary-resource-potential/>,(accessed on February 17, 2025)(本文に戻る)
- 脚注3参照。(本文に戻る)
- 松田健太郎 「増産が頭打ちとなる米国のシェールオイル―コスト増加や関連産業の供給制約が新規投資の抑制要因に―」 日本総研 リサーチ・アイ No.2022-075 <https://www.jri.co.jp/page.jsp?id=104425>, (accessed on February 17, 2025)(本文に戻る)
- 一般社団法人日本ガス協会 「天然ガスの取引量」<https://www.gas.or.jp/tokucho/torihiki/>,(2025年2月16日にアクセス)(本文に戻る)
- U.S. Energy Information Administration, “U.S. Natural Gas Exports and Re-Exports by Country,” <https://www.eia.gov/dnav/ng/ng_move_expc_s1_a.htm>, (accessed on February 16, 2025)(本文に戻る)
- 脚注6参照。(本文に戻る)
- 脚注6参照。(本文に戻る)