5月19日から3日間にわたってG7広島サミットが開催された。被爆地である広島において、G7で初めてとなる核軍縮に関する共同文書「広島ビジョン」が発出され注目を集めた。閉幕後、岸田首相は「G7首脳がこのような声明を発出することに歴史的な意義を感じる」[1]と総括した。核軍縮に関する議論以外にも、今回のサミットでは、国際経済、安全保障、ロシアによるウクライナ侵攻などに関する議題が設定され、国際秩序の回復に向けたG7の結束とG20やグローバルサウスとの連携、国際社会全体におけるルールや価値についての議論が行われた。

 本稿では、まず岸田首相がサミット全体のテーマとして「法の支配」を掲げたことについて振り返る。その上で、戦後日本の「価値をめぐる外交」についての歴史的教訓を踏まえ、今後の日本外交の課題について検討する。

共通の価値としての「法の支配」

 岸田首相が広島サミットのテーマとして選んだものは「法の支配」であった。G7開幕前のインタビューで、岸田首相は、ロシアによるウクライナ侵攻は、欧州のみの問題ではなく、国際社会全体のルールや原則そのものに対する挑戦であり、力による一方的な現状変更の試みや核兵器による威嚇や使用を拒否し、「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序をこれからも維持し、強化していく… G7の強い思いを世界に発信していくサミットにしたいと思っている」と述べていた[2]。

 「法の支配」をテーマに選んだ背景には、国際社会において発言力を高め、今後の国際秩序の行方を左右する、いわゆるグローバルサウスとの連携の問題があった。ロシアとの軍事的な関係性が強い国、また食料やエネルギーでロシアに依存している国なども多く、グローバルサウスには、ウクライナへの侵攻をめぐってロシア批判を控える国も多い。こうしたグローバルサウスとの連携が優先され、今回のサミットでは西側諸国が重要視する「民主主義」が正面から取り上げられることはなかった。もちろん、こうした背景には2021年にバイデン米大統領が開催した「民主主義のためのサミット」のように、民主主義を声高に叫ぶことで、グローバルサウスを遠ざけてしまうことに対する懸念もあったと考えられる。「法の支配」は、グローバルサウスが嫌う論点を避けつつ、関心を持つテーマとして模索されてきたものであった。

 実際に、広島サミットでは、グローバルサウスを招いて、「複合的危機への連携した対応」「持続可能な世界に向けた共通の努力」、またウクライナを含めての「平和で安定し、繁栄した世界に向けて」についてのセッションが開催された。グローバルサウスが抱える気候変動・保健・開発などの問題をアジェンダに加えた上で、「法の支配」という大きなテーマの下、主権や領土の一体性を守ること、国連憲章の尊重といった国際社会全体のルールや価値についての議論が行われた。

 そして、広島サミットの最終日に発出された「G7広島首脳コミュニケ」では、「国際的な原則及び共通の価値を擁護する」として、次の5点が示された[3]。

  • 大小を問わず全ての国の利益のため、国連憲章を尊重しつつ、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を堅持し、強化する。
  • 世界のいかなる場所においても、力又は威圧により、平穏に確立された領域の状況を変更しようとするいかなる一方的な試みにも強く反対し、武力の行使による領土の取得は禁止されていることを再確認する。
  • 普遍的人権、ジェンダー平等及び人間の尊厳を促進する。
  • 平和、安定及び繁栄を促進するための国連の役割を含む多国間主義及び国際協力の重要性を改めて表明する。
  • ルールに基づく多角的貿易体制を強化し、デジタル技術の進化に歩調を合わせる。

 これまでのサミットと比べても、国際社会におけるルールや価値が具体的に示されており、充実した内容であった。それだけでなく「大小を問わず全ての国の利益のため」という言葉が用いられているように、グローバルサウスとともに共有することができるルールや価値が模索されたことが窺えるものであった。

「価値をめぐる外交」の歴史的教訓

 確かに広島サミットでは、G7では初めてとなるグローバルサウスとの連携を踏まえて、国際社会における「法の支配」という共通の価値を示したという点で、大きな成果を残したと評価することができるだろう。しかし、歴史を紐解くと、これまでの日本外交は、主要国の一員として国際秩序を支えることを求められた場面において、その都度、国際社会における価値やビジョンを掲げてきたが、その価値に見合う具体的な成果を生み出すことができなかった。

 1970年代、高度経済成長を通じて経済大国となった日本は、ニクソン・ショックや第一次石油危機などの国際経済秩序の動揺に対して、西側陣営の中で、自国の繁栄のみを追求するのではなく、自由主義経済的な国際経済の維持に貢献する「共同管理者」[4]としての責任を果たすことが求められるようになった。こうした象徴的な場が、1975年にはじまった主要国首脳会議(サミット)であった。しかし、当時の日本外交は、米国で「日本異質論」が喧伝されたように、日米貿易摩擦の対処に追われ、主要国の責任を果たすことはできなかった。

 その後、冷戦が終結すると、日本は冷戦期に向上させた経済力を用いて、自らを「グローバルパワー」として認識し、国際社会でリーダーシップを発揮することを模索するようになった[5]。1991年に発行された『外交青書』では、「国際秩序に大きな影響を与え得る存在となった日本は、単に自らが自由と民主主義、法の支配、基本的人権といった普遍的な価値を信奉するということにとどまらず、自らの行動によって、そのような価値を守っていくことの重要性を自覚しなければならない」[6]と述べられていた。

 こうした国際社会でリーダーシップを発揮していく意欲が示された一方で、日本の「価値をめぐる外交」は、その価値に見合う外交を展開できず、大きな試練に直面していた。一例を挙げると、1989年に発生した天安門事件では、日本政府はいち早く中国への資金援助を再開し、西側諸国から批判を受けた。また、1990年から1991年にかけての湾岸危機・戦争では、日本は多国間の安全保障枠組みに自衛隊を参加させる国内体制が整っておらず、いわゆる「外交敗戦」を経験することとなった[7]。

今後の日本外交の課題

 上述した「価値をめぐる外交」の歴史的な教訓を踏まえると、今後、日本は価値を掲げるだけでなく、価値に基づいた具体的な外交実践を積み重ねていくことが求められる。

 冷戦後の日本外交は、経済力を用いて、天安門事件や湾岸危機・戦争での失策を挽回し、「価値をめぐる外交」を実践する余力があった。例えば、ODAを用いた発展途上国に対する支援では、1989年に援助総額でアメリカを抜いて世界第1位となり、発展途上国の体制移行支援などで貢献することができた。また、国連開発計画(UNDP)が提唱した「人間の安全保障」を日本外交の軸として捉え、国連に「人間の安全保障基金」を設置するなどの財政的な貢献を行うことができた[8]。

 しかし、今後、中国やインドだけでなく、グローバルサウス全体の台頭が予想される一方[9]、相対的に経済規模が縮小していくであろう日本がかつてと同じように経済大国としての立場を活用した外交を実施していくことは難しくなる。そのため、同盟国や同志国との連携の下、価値に基づく具体的な外交実践を積み重ね、日本や国際社会が抱える課題を解決していく知恵が求められる。つまり、今後の日本外交は、広島サミットで掲げられた「法の支配」という価値を踏まえた国際社会のルール作りという重い課題を背負うこととなる。

 こうした外交を進めていく上では、改めて論じるまでもなく、グローバルサウスとの連携が必要となる。これまでの日本の「価値をめぐる外交」は主に欧米諸国に向けたものであり、アジアやアフリカ各国とは十分に価値を共有しているとは言えない。価値や理念よりも、実益を重視する傾向が強いグローバルサウスとともに[10]、広島サミットで掲げられた「法の支配」という考え方を土台に、「大小を問わず全ての国」が納得できる具体的な価値やルールを創出できるかが重要である。日本政府が外交方針として掲げる「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)の中でも、グローバルサウスとどのような関係性を構築できるかが今後の課題となるだろう。

おわりに

 今回の広島サミットでは、ロシアによるウクライナ侵攻によって国際社会における原則やルールが揺らいでいるタイミングで開催され、G7の結束、さらにグローバルサウスとの連携を示すなどG7の新たな姿が示されたサミットであった。広島サミットで岸田首相が掲げた「法の支配」は、今後の日本外交の一つの軸となっていくだろう。これまでの「価値をめぐる外交」の歴史的な教訓も踏まえて、価値を掲げるだけの外交ではなく、価値を踏まえた具体的な外交実践が展開されるか注目したい。

(2023/6/21)