昨年2月24日にロシアがウクライナに侵攻してから一年余を経た今もってなお、ウクライナが敗北する気配はない。開戦初頭、ロシア軍は早々に首都キーウに迫り、ウクライナの運命が危惧されたが、その後の抵抗は強靭で、開戦後わずか六週間後の4月6日には、米国防省高官が、ロシア軍がキーウ正面から完全に撤退したとの公式見解を明らかにする[1]。圧倒的に優勢とみられたロシアが予想外に苦戦している、逆にウクライナ軍が予想外に善戦しているのは何故だろうか?本稿では、伝統的な意味での陸上作戦に焦点を絞ってその背景を考察する。なお、情報戦やサイバー領域での戦いでもウクライナは善戦しているが、この点は別途分析する機会を設けたい。

国際社会のサポート

 ウクライナが善戦する背景として見逃してならないのは西側社会の国際的なサポートだ。あまり知られていないことだが、NATO諸国をはじめとする西側社会は、2014年にロシアがクリミアを併合して以来さまざまな面でウクライナを支援してきた。例えば、米国はクリミア併合直後の2015年には310名の訓練支援要員を含め計364名の軍事援助団をウクライナに派遣している[2]。ロシアによる侵攻の前年にあたる2021年には、カナダ200名、リトアニア30名、ポーランド40名、アメリカ150名の軍事顧問団がウクライナ軍の訓練や近代化を支援していた[3]。昨年の侵攻以来その支援は急増する。兵器や弾薬の供与も膨大だ。報道によれば、昨年秋の段階で米国はすでに168億ドル(約2兆4,500億円)以上の軍事支援を行なっている[4]。広範な意味での情報戦やサイバー領域での戦いに関しても、西側諸国の政府機関はもちろんマイクロソフトやアマゾンなどの情報関連企業も、主としてウクライナのサイバー防衛能力を強化するため、サイバー・セキュリティ要員の訓練、制度改革、システム強化などの分野で支援してきた[5]。

人口動態と兵員補充を巡る問題

 ロシア、ウクライナの両国とも日本と同様に少子高齢化しつつあり、若年層の人口が減少しているため兵員を募集することは必ずしも容易ではない。にもかかわらず、ロシア軍高級将校の多くは兵員補充のための人的資源は無尽蔵だとの誤解に基づいて人命を軽視した作戦指導をしてきた[6]。ロシア軍が兵士の募集に深刻な問題を抱えていることは、2010年代半ばから指摘されてきた。若年層の減少という人口動態の圧力、徴兵期間を1年に短縮したこと、さらにプロフェッショナルな兵士育成を狙いとする志願兵制を導入したことを背景としてロシア軍の募集は困難であり、各軍の充足率は2014年の時点で82%であった。その後やや好転したものの、軍近代化初期に設定された志願兵募集の目標には達しておらず、結果として兵士の約三分の一はわずかな訓練しか受けていない徴兵に依存せざるを得ない状況に直面している[7]。2020年におけるロシアの総人口は、約1億4,600万、出生率1.51で、日本の約1億2,600万人、出生率1.34とよく似た人口構成だ。このような社会で兵員の損耗を顧みない作戦指揮を行えば募集が困難になるのは当然で、兵士の士気は下がるし、兵士を送る家族、すなわち民衆の軍に対する信頼・支持を失う結果を招く。

 ウクライナもロシアに似た人口動態を経てきており、軍人の離職率が高いという問題を抱えてきた。皮肉なことだが、この問題ゆえに本格的な軍事訓練を受けた若年層が一般社会に多く存在し、結果的に潜在的な予備兵力となったと評価されている[8]。このため、ロシア軍は侵攻計画を策定する上でウクライナの動員能力を過小評価するという過ちを犯した。

戦争指導と作戦指揮を巡る問題

 英国のシンクタンク国際戦略研究所は、ロシアが苦戦している理由の筆頭に自軍に対する自信過剰と敵に対する過小評価を挙げている[9]。ロシアは開戦に際して15万人の兵力を展開したが、その目標は明らかに過大だった。ロシアの侵攻計画は、開戦後10日でウクライナを打倒し、8月までには全国を平定して併合することを前提とした短期決戦、いわば電撃戦を想定していた。キーウを早期に占領することでウクライナの指導層は逃走し、国家は崩壊する。また、進軍するに従って親ロシアの住民がロシア軍を支持するという楽観的なシナリオだ。1937年の盧溝橋事件以来1945年の終戦まで、日本軍は、ウクライナとほぼ同じ地理的広がりを持つ北部中国に最大100万を超す兵力を展開するが、支配できたのは鉄道沿いの主要な街と鉄道周辺、つまり点と線だけだった。日本の1.5倍の国土を自衛隊の半分強の兵力で支配すること自体、無理だったと言える。

 戦術レベルの作戦指揮においてもウクライナ軍はロシア軍を凌駕しているように見える。開戦以来、両軍ともに下級指揮官のリーダーシップを重視してきた。ロシア軍は侵攻に際して127個の大隊戦術グループ(Battalion Tactical Groups: BTG)に行動地域と達成すべき任務を与えたと言われる。BTGは600-800人からなっており、数個の歩兵中隊の他、砲兵、防空、工兵、後方支援の機能を備えた、コンパクトながら独立的に行動できる単位だ。流動的な状況の下、比較的小規模な部隊が分散して自律的に機動し迅速に戦闘の決着をつけることがこの編成の狙いだ。ただし、このためには大隊長の指揮下、分隊に至るまでの下級指揮官の判断力と分散した部隊同士の情報共有が鍵となる。突き詰めて言えば、 BTGは下級将校と下士官の能力に依存した編成だ。米軍やNATO諸国の軍と異なり、プロフェッショナルな志願兵が不足するロシア軍には不向きな編成だといえる。結果として、ロシア軍自体がこの考え方を放棄したと観測されることとなった[10]。

 2014年以来、ウクライナ軍は、低強度とはいえ10年近くにわたってロシア軍と交戦し続けてきた。この間、常にエスカレート、つまりロシア軍による大規模侵攻を念頭において準備を進めてきた。特に、中堅以下の将校は、数個正面にローテーションで配置され、それぞれの正面の地形やロシア軍の戦法に習熟するよう求められてきた[11]。また、空軍の戦闘機パイロットは、当初よりロシアの航空優勢下での行動を想定して、自国上空を超低空で飛行することを繰り返し訓練し、地形も熟知した上で実戦を迎えた。企図を秘匿するために展開する正面の状況はおろか、実戦に参加することすら知らされていなかったロシア兵との差は大きい。

ハイテク兵器とレガシー兵器

 西側の支援の中で、ウクライナ軍が重宝したのは、比較的小型で安価なハイテク兵器と在来型の砲身砲、ロケット砲、戦車といったレガシー兵器だったようだ。中でも携行型の対戦車・対空ミサイルの効果は顕著だった。携行型の対戦車誘導弾ジャベリンは2,000メートルの射程で、トップ・アタック・モードでは、戦車の頭上から急角度で砲塔上部の装甲が薄い部分を貫通する[12]。砲塔上部、すなわち乗員が行動する戦闘室の天井にあたる部分の装甲がさほど厚くないのは、これまで頭上から戦車を攻撃する技術が実用化されなかったからだ。ところが最近の対戦車ミサイルの中にはジャベリンのようにトップ・アタック能力を持つものが増えてきた。さらにソ連・ロシア製の戦車では、戦闘室の床下の部分が弾薬の格納区画となっており、かつ、戦闘室を防護できる隔壁がない。このため、トップ・アタックで被弾すると戦闘室下部の砲弾に引火し、大きな爆発を起こしがちになる。ロシア軍の戦車の砲塔がびっくり箱のように飛び上がる場面が頻繁に報道されるのはこのためだ。

 在来型の砲兵のようなレガシー兵器の役割も大きい。地上戦闘では精密誘導兵器でピンポイントに目標を破壊することに加えて、例えば、陣地にいる敵歩兵に弾幕を浴びせて頭を上げられないようにすることもしばしば必要となる。ボクシングでいえばジャブのような手数の多さが重要になる場面だ。昨年11月に筆者がカナダで開催されたハリファックス国際安全保障フォーラムに参加した際、最も頻繁に聞かれた言葉のひとつは、「155ミリ榴弾」だった。ウクライナ軍は、近年榴弾砲などの砲身砲や多連装ロケットの砲兵火力の強化に勤めてきた。2014年のクリミア併合以来、ロシア軍との交戦における死傷者の90%が砲兵によるという経験に基づいてのことだ。その結果、開戦時におけるロシアとウクライナの兵力を比較してみると、総兵力で90万人:21万人とロシアが圧倒的に優位にあるのに対し、砲兵では砲2,433門:1,176門、多連装ロケット3547軌:1.680軌とその差は決定的な水準ではなかった[13]。さらにウクライナ軍砲兵の戦闘効率はロシア軍砲兵よりも高いといわれている[14]。ウクライナ軍がロシア軍と同じ砲を使用している一方、目標の捜索と射撃の観測のためにドローンを多用し、また、砲兵部隊を効率的に運用するためにデジタル指揮統制システムを活用していることがその背景にある。

弾薬備蓄の重要性という教訓

 砲兵の役割が高いことは砲弾の消費量が大きいことを意味し、砲弾生産力がこの要求を満たし続けるのか否かが問題となる。米国をはじめとするNATO諸国は、昨年の開戦以来ウクライナに対して150門を超える155ミリ榴弾砲を供与してきた[15]。ウクライナ軍は平均して1日に3,000発、1ヶ月にすると9万発の155ミリ砲弾を消費する[16]。これに対して米国全体での同砲弾生産量は月産1万4千発、ウクライナ軍1ヶ月の消費量を生産するのに半年を要する計算となる。米国防省は、砲弾やミサイルの消費が予想以上であったことを背景として、弾薬類の生産基盤を現在の約3倍にすべく強化し始めたが、これには時間を要する。155ミリ砲弾の場合、2023年春までに月産2万発、そして2025年に月産4万発の目標に達するとされる[17]。

 このことは、我が国の防衛にとっても深刻な教訓だ。そもそも弾薬は、兵器そのものに比べると地味で、投資した効果が目に見えづらい。また、予算編成の過程で戦闘機1機あるいは艦艇1隻の要求に対して半分を査定することはできないが、弾薬は液体のように、何パーセントにでも減額することができる。さらに、弾薬を調達すれば、弾薬貯蔵施設が必要になる。人口密度の高い日本では、弾薬庫を建設する土地を確保することが容易でないという事実が、弾薬調達に予算を充当する意欲を下げる要因の一つとなってきた。防衛予算の増額が期待される今、これまでいわば目をつぶってきた弾薬備蓄という分野に資源を投入することは喫緊の課題だ。

むすび

 冒頭に述べたようにウクライナが負ける気配はない。西側の支援が続く限り、ロシアに勝機はなさそうだ。一方、ロシアが負けることも想像しがたい。ウクライナの反攻が進むほどに補給線が長くなり、敵の脅威にさらされるという、純粋に戦術的な理由だけでも説明できる。拙稿「ウクライナにかかる戦術核の影:ロシアによる核兵器使用の可能性を排除できない理由」[18]で指摘したように核兵器の使用にエスカレートする懸念を考慮すれば、ロシアをそのような立場に追い込むことは戦略的にも避けたい。両者ともに簡単に妥協できない現状ゆえ、残念ながらこの戦争が短期間のうちに終結する見込みはない。長い時間をかけて交戦のレベルを下げ、対峙といえる状況に持ち込むのが精一杯だろう。言い換えれば、38度線の現状に近づけることだけでも年月を要するということだ。

(2023/04/03)

*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
Military reasons why Ukraine will not be defeated: a ground operations perspective

脚注

  1. 1 U.S. Department of Defense, “Senior Defense Official Holds a Background Briefing(transcript),” April 6, 2022.
  2. 2 International Institute for Strategic Studies (IISS), Military Balance 2016, p. 207.
  3. 3 IISS, Military Balance 2022, pp 214-215.
  4. 4 「米国の弾薬余剰、近く枯渇か ウクライナ支援長期化で」AFP BB News, 2022年10月11日。
  5. 5 Nick Beecroft, “Evaluating the International Support to Ukrainian Cyber Defense,” Carnegie Endowment for International Peace, November 3, 2022.
  6. 6 Mykhaylo Zabrodskyi, et.al, Preliminary Lessons In Conventional Warfighting from Russia’s Invasion of Ukraine: February-July 2022, Royal United Services Institute (RUSI), p. 52.
  7. 7 ロシア軍の募集状況に関しては、IISS, Military Balance が継続的に観測している。特に2013, 2015, 2019年版のコラムは、軍改革の動向に関連して志願兵(契約兵)の募集に問題があることを指摘している。
  8. 8 註ⅵ、pp. 14-15.
  9. 9 IISS, Military Balance 2023, p. 153
  10. 10 「ロシア軍、大隊戦術群を停止か『司令官不足の弱点露呈』英国が見解」、『朝日新聞デジタル』2022年11月29日。
  11. 11 註ⅵ、pp. 13, 21.
  12. 12 ジャベリンの射撃には、戦車など装甲車両を目標とするトップ・アタック・モードと建築物などを目標とするダイレクト・アタック・モードがある。両者とも最大射程は2000m(最新のものは2500m)だが、前者では一旦150mの高度に上昇してから目標に向かうため、射程150m以下の目標に対しては有効でない一方、後者ではあまり高度をとらないためその制約は65メートルと短い。
  13. 13 註ⅵ, pp. 15-16.
  14. 14 IISS, Military Balance 2023, p.159.
  15. 15 IISS, Military Balance 2022, p.202; IISS, Military Balance 2023, p.202.
  16. 16 註ⅳに同じ。
  17. 17 Sam Skove, “A Lack of Machine Tools is Holding Back Ammo Production, Army Says,” Defense One, March 3, 2023.
  18. 18 拙稿「ウクライナにかかる戦術核の影:ロシアによる核兵器使用の可能性を排除できない理由」笹川平和財団『国際情報ネットワーク分析 IINA』2022年3月30日。