本年4月、米海兵隊のデイヴィッド・バーガー司令官は、『フォース・デザイン2030:年次改訂版(Force Design 2030 Annual Update)』を発表した[1]。これは1年前に公表された改編構想をアップデートしたもので、海兵隊の将来像をより具体化したものとなっている。その肝は、米海兵隊がノルマンディー型の強襲揚陸作戦によるパワープロジェクションから脱却し、対艦ミサイルを含む分散型拠点を一時的に敵対勢力の影響下にある海域内の島嶼や沿岸部に前進配備することによって、海軍のシーコントロールに寄与する方向に作戦構想の転換を図っていることにある。キーワードは「遠征前進基地作戦(EABO: Expeditionary Advanced Base Operation)」と「海兵沿岸連隊(MLR: Marine Littoral Regiment)」、改編でもっとも大きな影響を受けるのは沖縄に司令部を置く「第三海兵遠征軍(III MEF: III Marine Expeditionary Force)」であり、日本の南西地域防衛にとっても重要な含意を持つ。

1. 遠征前進基地作戦(EABO)

 実は、EABOの「前進基地作戦」という部分は、海兵隊にとって一種の先祖返りだ。第一・第二次世界大戦の戦間期、アメリカ海軍は西太平洋の島嶼を基地とする日本軍の影響を排除するための方策に苦慮していた。防備された島嶼を攻撃して占領する方策として考案されたのが作戦計画712D「ミクロネシアにおける前進基地作戦(Advanced Base Operations in Micronesia)」で、現在の強襲揚陸作戦の始祖にあたる。レジューン海兵隊司令官の命を受けた奇才アール・H・エリス少佐は、上陸用舟艇の大群が部隊を揚陸する間、艦砲射撃と航空攻撃で上陸戦闘間における火力の優勢を確保しようとしたが、これは従来の砲兵では到底できないことだった[2]。この構想の背景には、海兵隊が中部太平洋の島を占領して基地を設定しないかぎり太平洋を超えることができないという海軍の事情があった。

 EABOは、海軍の作戦に寄与するという意味ではエリス少佐の考え方に近い。一方、海上・航空優勢を獲得してから行われる大規模な強襲揚陸作戦とは趣きが異なり、拮抗する敵対勢力が存在する中での作戦となる。海上・航空優勢獲得のために作戦する艦隊をサポートするため、海兵隊が一時的に小規模かつ分散した拠点を前進させることが主眼となり、このための拠点は、対艦火力、局地防空、航空燃料・弾薬の再補給に必要な能力を有し、かつ、迅速に展開できる機動性に富んだものとなる[3]。EABOの眼目は、「海において、海から、また、地上から海に対して戦い」、かつ、「敵の長射程火力の射程内で作戦し、残存し続ける」ことにある[4]。

2. 海兵沿岸連隊(MLR)への改編

 MLRは上述のEABOを実現するために特化された部隊だ。現存する3個海兵連隊を改編してハワイ、沖縄及びグアムに配置するものとみられ、それぞれのMLRは歩兵大隊及び長射程対艦ミサイル中隊を基幹とする沿岸戦闘団(Littoral Combat Team: LCT)を中心とし、防空、対空監視警戒、航空燃料・弾薬再補給を任務とする沿岸防空大隊(Littoral Anti-Air Battalion)及び兵站大隊(Combat Logistics Battalion)から編成される[5]。報道によれば、ハワイに所在する第3海兵連隊(歩兵)が嚆矢となり、2022年までに仮編成を完結、実際の部隊活動などを通じて検証を進めつつ、続く2個連隊を改編していく計画だ[6]。

 このような海兵隊の作戦構想転換と改編は、現在進められている陸上自衛隊の態勢変換と軌を一にする。陸上自衛隊は、近年、南西地域の防衛態勢整備に注力してきた。2016年に与那国島に警戒監視のための部隊を新編したのに続き、奄美大島と宮古島に新たな部隊を配置、現在も石垣島での部隊新編の準備を進めている[7]。特に奄美大島と宮古島に配置された部隊は、それぞれ中隊規模の警備(歩兵)部隊、地対艦ミサイル部隊及び地対空ミサイル部隊であり、小規模とはいえ、海兵隊のMLRが持つ戦闘力と質的には同様だ。海兵隊ほどの機動力には欠ける一方、南西諸島の主要な島嶼にあらかじめ配置しておくため、周辺海空域での海上・航空優勢を獲得するための尖兵となり得るし、海空を経る攻撃に対して一定の拒否力を持つ。

 また、陸上自衛隊が島嶼部に部隊を配置することによって、有事における後続部隊の来援が容易になる。それらの島嶼に所在する港湾や空港、さらには周辺海空域をカバーする局地的な対艦防衛及び防空の傘によって九州以東からの部隊輸送・補給活動が援護されるからだ。また、島嶼周辺で活動する戦闘機や艦艇と協力して海上・航空優勢獲得にも寄与できる。このダイナミズムは、米海軍・海兵隊が行うEABOに対しても同様に機能する。

3. 南西地域防衛への含意

(1) III MEFが沖縄に駐留する意義

 第一に注目すべきなのは、米軍にとって沖縄に所在するIII MEF(第三海兵遠征軍)の役割がこれまでになく重要になっているということだ。バーガー米海兵隊司令官が最も力点を置くEABO(遠征前進基地作戦)に関していえば、III MEFは唯一これに特化して前方に配備されるスタンド・イン・フォース、すなわち、敵の軍事的影響力を受ける地域、例えばミサイルなどの長距離火力の射程内にあって、敢えて立ち向かい続ける部隊である。また、III MEFは司令部と3個のMLR(海兵沿岸連隊)の近代化改編を担う海兵隊近代化の尖兵でもある。さらに、III MEFが作戦する際に隷下に置かれる部隊が増強されることにも注目すべきだ。現在、沖縄には即応性の高い機動運用部隊として第31海兵遠征隊(31 MEU:歩兵大隊を中心とする約2,000人規模の部隊)が所在するが、これに加えて2個のMEUが指揮系統上III MEFの下に置かれる[8]。このことは、我が国として南西地域防衛を考える場合、米国としてのコミットメントを裏付けするものであり、自衛隊と共同して作戦することとなる海兵隊の規模が大きいものになることを意味し、日米同盟の信憑性を増すことに繋がる。

(2) 米海兵隊・陸軍の作戦構想変化と自衛隊の島嶼防衛

 第二に、米海兵隊に加えて陸軍の作戦構想も変化し、南西地区における島嶼防衛により関連の強いものになりつつある点は心強い。米海兵隊のEABOが南西地域の島嶼を巡る事態に深く関連していることは既に述べた。本年4月、沖縄の海兵隊は、日本語を使用してEABOに関する訓練を始める様子を日本メディアに公開した[9]。海兵隊が日本に馴染んでいるだけではなく、南西地域の戦略的重要性の高まりから、日本の領域で作戦する蓋然性が増していることも背景にあるのではないか。

 一方、米陸軍はこれまで、海軍、海兵隊、空軍に比べ自衛隊にとって比較的疎遠な軍種であった。陸軍の場合、海軍の第七艦隊、海兵隊のIII MEF、空軍の第五空軍といった主要部隊が配置されておらず、また、陸軍にとっては欧州と朝鮮半島が主要な戦域であったからだ。

 その米陸軍が、近年自衛隊との協力を重視し、また、西太平地域の島嶼での作戦や沿岸部からの対艦戦闘能力に関心を高めている[10]。本年6月に行われた日米共同訓練「オリエント・シールド」で、米陸軍は、ペトリオット対空ミサイルを奄美大島に展開するとともに、長射程の高機動ロケット砲システム(HIMARS: High Mobility Artillery Rocket System)を米本土から北海道の矢臼別演習場に展開し、陸上自衛隊の多連装ロケットシステムとともに実弾射撃を行った[11]。HIMARSは対艦攻撃能力を持つミサイルを発射することもできる。我が国周辺海空域における中国・ロシア両軍の軍事活動が活発化していることを意識してのこととみられる。

 南西地域で海上航空優勢を巡る戦いが起きるような事態を防止するためには、まず、自衛隊が主要な島嶼に部隊を配置して領域を断固として防衛するという毅然たる姿勢を示すことが重要だ。同時に、米海兵隊や海軍がEABOによっていつでもその周辺に進出でき、米陸軍も来援する可能性があるという、相手にとっての不確実性を維持することも、そのような事態を抑止する上で極めて有益な手段となる。

(3) 日米同盟における役割・任務分担(Roles and Missions)を巡る議論

 第三に、本稿で取り上げた米海兵隊・陸軍の作戦構想の変化は、島嶼の防衛や南西地域での海上・航空優勢を巡る作戦に際する日米両国間での役割分担に関する議論を深める良い機会となるという点を見逃してはならない。

 そもそも南西諸島は東シナ海と太平洋を隔てる列島線を構成する戦略的要域である。また、中国の「一帯一路構想」が対象とする地域と日米が唱える「自由で開かれたインド太平洋戦略」が対象とする地域の重なりの東端にあたるという地政学的な意味も持つ。

 そのような戦略的重要性を背景として、米海兵隊・陸軍及び陸上自衛隊は、日米両国の海上・航空戦力と有機的に機能するための作戦構想の方向性を明らかにしつつある。バイデン政権誕生後、極めて早い時期に日米首脳会談が行われたのは、米国が日米同盟の重要性を強く意識している証左だ。この機会に同盟を再活性化させるためには、かつて数回行われたRoles and Missions、つまり日米両国・自衛隊と米軍との役割分担に関する議論が不可欠となる。この議論に際して、陸上自衛隊、米陸軍及び海兵隊といったいわゆる陸上軍種が日米両国の海上・航空戦力とどのように役割を分担するかという点についての議論がこれまでになく噛み合ったものになることが期待される。このことは、日米同盟をさらに深める上で極めて重要なことでもある。

(2021/8/2)

脚注

  1. 1 U.S. Marine Corps Headquarters, Force Design 2030 Annual Update, April 2021.
  2. 2 アラン・ミレット、ピーター・マスロウスキー(防衛大学校戦争史研究会訳)、『アメリカ社会と戦争の歴史:連邦防衛のために』彩流社、2011年、524-525頁。
  3. 3 Congressional Research Service, “New U.S. Marine Corps Force Design Initiatives, (updated March 2, 2021).”
  4. 4 U.S. Marine Corps Headquarters, Force Design 2030 (March 2020).
  5. 5 Congressional Research Service, op.cit. まず、ハワイ所在の第3海兵連隊(歩兵)をMLRに改編、ついで、沖縄所在の第4海兵連隊(歩兵)と第12海兵連隊(砲兵)に改編して沖縄及びグアムに配置する計画とのこと。また、規模は既存の海兵連隊より小さく1,800-2,000名。
  6. 6 Malloy Shelbourne, “Marine Corps to Stand Up First Marine Littoral Regiment in FY 2022, January 20, 2021, USNI News.
  7. 7 防衛省『令和2年版 防衛白書』、252-255頁。
  8. 8 Congressional Research Service, op. cit.
  9. 9 「米海兵隊、日本語で初訓練」共同通信、2021年7月5日。
  10. 10 Robert Farley, “U. S. Army Getting into the Anti-Ship Cruise Missile Business: the U.S. Army is serious about making a contribution in the Pacific,” The Diplomat, November 12, 2020.
  11. 11 「日米、中露にらみ新戦術:陸自と最大規模の共同訓練」、『産経新聞』2021年6月30日、1面。