アメリカのトランプ大統領は、2016年の大統領選挙中から、世界の安全保障でアメリカが背負っている負担の軽減を主張し、在外米軍の撤退や同盟国への負担増要求を打ち出し、就任後もより明確にこれらの要求を同盟国に突きつけてきた。そしてシリアからは少数ではあるが実際に撤兵が行われた。

 日本にとってこの問題に敏感にならざるを得ないのは、日本自体よりも隣国・韓国がアメリカとの同盟関係でギクシャクしているからだ。在韓米軍の駐留経費負担の大幅増額要求もさることながら、8月に文在寅政権が日韓GSOMIA(包括的軍事情報保護協定)の破棄を宣言すると、アメリカは「米韓同盟を毀損するもの」として非難し、失効刻限ギリギリの破棄延期に至るまで圧力をかけ続けた。在韓米軍の撤退が議論されたという情報もある。

 一方で韓国は、17年に米軍のTHAAD(終末高高度防衛ミサイル)が配備されて以来、中国から経済的報復を含む激しい圧力を加えられた。韓国国民の対中感情が硬化する一方で、韓国政府は中国にも妥協するかたちで対応してきた。アメリカの後退が日本の隣の国で現実になるかもしれないと思わせる状況なのだ。

GSOMIA「破棄回避」:韓国を貶めるな

半島有事のバックヤード日本

 そもそも、「日韓」の協定であるGSOMIAの破棄が、なぜ「米韓」の関係を傷つけるものなのか。

 筆者は1990年代から日韓間の安全保障協力に関わってきた。朝鮮半島核ミサイル危機を背景に、96から97年にかけてミサイル防衛や周辺事態などを念頭に「日米防衛協力の指針(ガイドライン)」の見直し作業が行われた。その際、朝鮮半島有事での所要が最も大きく、このケースを念頭において頭を整理しておけば他の事態にも対応できると考えた。この作業を通じて、朝鮮半島で何かあったとき、在日米軍、自衛隊、そして日本政府の果たす役割が極めて大きいと言うことを再認識した。

 日本は半島有事ではバックヤードとなる。現在、2、3万人しかいない在韓米軍に、50万人近い増援兵力が送られる。そうなると在日米軍基地、軍港、飛行場は物流の重要な拠点になる。というより日本自体がロジスティックベース(兵站基地)になる。負傷者を日本の医療施設に収容して治療したり、機材も日本で修理する役割を担うことにもなる。

 つまり、90年代の半ばに米韓同盟と日米同盟が表裏一体だと確認されていたわけだ。一方、日本にとっても、米韓同盟が朝鮮戦争以来の戦線を38度線で止めているおかげで、いわゆる「脇腹に突きつけられた匕首」を心配する必要がなく、70年間にわたって平和を謳歌できた。日韓両方にとって、日米、米韓はメリットのある2つの同盟だった。

 しかし、日米韓のトライアングルのうち、日韓の間にだけつながりがない。このため、アメリカの外交・安全保障関係者全体が、まずトラック2のレベルで、日韓を連携させようと動き出した。その結果、94年8月に日米韓のトライラテラル(三者)のトラック2を開催し、その場で、日米・米韓同盟の重要性に関する認識を共有する一方、日韓間に公式な防衛政策当局間のチャネルを設けることが決まった。

 96~97年にガイドラインを見直した際、朝鮮半島有事が念頭にあったが、日米で朝鮮半島のことを検討するとき、韓国を無視することはできなかった。米韓両国にとっても支援の根拠地となる日本を除外したままで半島有事の対応を考えるというのは不自然だ。

 そこであの時期、今度はトライラテラルのトラック1の会合が何度も行われた。日米韓の将官級が出席するなか、日本側はガイドラインでどういうことを検討しているかを説明した。そうすると居並ぶ韓国の将官たちが一斉にメモを取り始めて、こんなことが本当なのかと、時々アメリカ人の顔を見る。すると、アメリカ側はうんうんと頷く。

 次に、韓国側が半島有事の際の計画「作戦計画5027」のブリーフィングをはじめたら、向こうは極秘資料の中身まで、話してくれるので、こちらがメモを取りながら、こんなことを日本に知らせていいのかという思いでアメリカ人の顔を見ると、また大丈夫と頷く。

 こんな具合で、アメリカが入らないと日韓間で機微な情報を共有できなかった。

 2012年、長い間の懸案だったGSOMIAに署名しようとしたが、その直前になって韓国側がキャンセルした。韓国内の根回しが不十分だったらしい。16年になってようやく署名できたが、背景にはアメリカからの強い要望があったものだと思う。

「一帯一路」と重なる米国の海洋戦略

 仮に日韓のGSOMIAが消滅した場合、ミサイル防衛などの技術面あるいは作戦・戦術面ではアメリカに致命的な影響を及ぼすとは考えられない。むしろ政治的・戦略的な影響の方が大きいと思う。日韓が完全に離反すれば、一番喜ぶのは北朝鮮だし、次に安心するのは中国だろう。

 また、朝鮮半島はグローバルなゲームをしていく上で、東の端にあたる。それが白か黒か、オセロの四隅の取り合いと同様の影響がある。

 アメリカのインド太平洋戦略は、中国の一帯一路とかなり重なっている。北東アジアから東南アジア、南アジア、中央アジア、西アジアを経てアフリカ東海岸に至る地域は、中国のみならず世界全体の将来にとって成長を目指す希望の地なのだ。

 インド太平洋という前には、「自由と繁栄の弧」、その前は「不安定の弧」という言い方があった。この地域は、今後の発展にとって希望の地だが、同時に決して安定しているとは言えない地域であることにも留意しなければならない。

 この「弧」の東端にあって、休戦状態のまま火種を残している朝鮮半島で、これまでこの状況を支えてきた日米韓三国の関係を後退させることにアメリカが反発したことになる。

「一帯一路」と重なる米国の海洋戦略

韓国のサイレント・マジョリティ

 一方、中国はなぜあれほどTHAAD配備以来、強烈な反発を示し続けているのか。筆者は、中国としてTHAAD自体を気にしたというよりは、何世紀にもわたって朝貢国だった韓国が、中国の安全保障に深くかかわる問題で、アメリカの言いなりになっている状態が許せないということだと考える。

 いま、北が人口2500万、韓国が5400万。この韓国の5400万のうちの約半分は保守、米韓同盟の強力な支持層で、良好な日韓関係を求める人たちだ。今はサイレント、ちょっとマジョリティといったところ。しかし、沖縄で「辺野古賛成」といえないように、韓国では「親日」と口に出せない。

 先述したように、筆者は94、95年から韓国といろいろ協力してきたが、その頃は互いに日韓協力を国内でプレーアップできなかった。韓国では「日帝と一緒になるのか」と非難され、日本では「韓国と一緒になって集団的自衛権か」といわれかねなかったからだ。

 また、韓国人も日本人も「考える」よりも「感じる」ことに引きずられる性癖がある。これが、感情的対立の解決をより困難にしている。しかし軍の現場はそうではない。ここでは日韓の協調は必要なこととはっきり認識されている。たとえば、航空自衛隊の春日基地と韓国の大邱空軍基地の間には90年代半ばにホットラインが引かれ、日常的に情報を共有している。要撃管制官同士が一日10回以上、話し合っていることが明らかにされている[1]。

 韓国の外交部も国防部も8月のGSOMIA破棄宣言の前の国防会議では、青瓦台の大統領府に抵抗し相当に粘った。安全保障の現実を理解している人々にしてみれば、損するのが韓国であることは自明だった。

 アメリカからしてみても、スタンスは変わらない。日米同盟、米韓同盟がちゃんと機能しなければいけないと考えている。日韓関係は良い方がいい。特に今、その必要性が高まっている背景には、米朝の核ミサイル交渉がある。

韓国のサイレント・マジョリティ

 トランプと金正恩が会談したのも、お互いの善意を信じたのではなく、お互いの悪意を確信して恐怖を感じたことが出発点だ。この緊張感を忘れてしまったら対話は続かない。そのためにも米韓同盟は機能していなければならず、そのバックアップとしての日米同盟も機能していなければならないという全体的な原則がある。

 しかしながら、ここまで日韓関係が悪くなれば、戻すのには大変な労力が必要になる。失効直前の11月22日にGSOMIA破棄を延期したのは、文在寅政権にとって賢明ではあるが政治的には相当苦しい決断だった。

 この決断を「米国に押し切られた」とか「日韓間で韓国だけが譲歩した」とかの屈辱や恨みといったマイナスの要素として韓国国民が受けとめてその見方が残ってしまうと、政治的には大きな損失だ。勇気を持って韓国国民にとって良い決断をしたとみなし、今後の日韓関係改善のきっかけにすべきだ。そのためにも日本は居丈高になるべきではない。

 戦後日本が朝鮮半島情勢の影響を強く受けてきたのは確かだ。しかし、米韓が朝鮮半島の南半分を守ったおかげで対馬海峡が最前線にならなくて済んだ。日韓関係がいくら悪くなっても、この状態が日本にとってたいへん心地よいものであることに変わりはない。

アチソン・ラインで留まるものの

 しかし、韓国がこのまま、懸念されているように北、もしくは中国の影響下に入ってしまったらアメリカはどうするのか。本当のところどう考えているのか分からない。基本的にアメリカの戦略的思考はアチソン・ライン(朝鮮戦争当時、トルーマン政権のアチソン国務長官がマッカーサーの戦線拡大を否定して定めた不後退防衛線)であり、韓国はその向こう側に位置する[2]。とはいえ、現実の問題として韓国がアチソン・ラインの向こう側に去れば、アメリカの極東での戦略態勢はこれまでになく不利になり、日本が最前線になる。この場合、アメリカとしてのコミットメントが続くのかという懸念が強まる。

 仮にアメリカが北東アジアから去ることになれば、日本が単独で今の水準で安全保障を全うするのは不可能に近い。アメリカが供与してくれた、国際戦略上の地位や核を初めとする抑止力などをすべて自力で構築するのは、コスト、時間とも膨大になる。しかも日本自身の核武装を考えた場合、北朝鮮のように国際的な孤立を覚悟しなければならない。

 それゆえ日本にとっては、アメリカをなんとしても繋ぎ留めておかなければならない。日本は韓国とは別格で、戦略的に死活的な重要性を持っているので、アメリカとしても簡単に手放しはしないだろうと高を括って、現状に安住する訳にはいかないのだ。

 19年秋以降、日韓関係が極端に悪化し、米韓関係もギクシャクする様子を見て、北主導の半島統一が本当にあり得るかもしれないと心配した。そうでなくとも、韓国がアチソンラインの向こう側に行ったとき、北ではなく中国が出てくることは大いにありうる。朝鮮半島は南北の他、日米中ロの利害が交錯する地政学的な要点であり、その南半分がこれまで日米に近いところにいたおかげでこれまで大変楽をしてきたという現実がある。

 このため、日本から撤退しない場合でも、アメリカが韓国から去るとなれば、日本の負担も緊張も極めて大きなものになる。

 トランプ大統領は、いま再選のことしか考えていないように見える。再選を後押しする材料として、米朝交渉で何らかの成果を出すための努力が続く可能性は高い。しかし、再選されてしまったらどうするのだろう。目標を失って外交的努力を放擲するかもしれない。

 だからこそ、日本そして朝鮮半島の南半分がアメリカにとって死活的に重要であることを認識するよう、アメリカという国全体に何度も何度も繰り返し働きかける努力を続けていかなければならない。

 (本稿は、季刊誌『ストイカ(Σtoica)』2号(2020年1月8日発売)に掲載された記事を編集部のご厚意により微修正を加えて転載した。)

(2020/1/31)