【「欧州とインド太平洋の同盟間協力プロジェクト」のポリシーペーパー掲載のお知らせ】

 この度、IINA(国際情報ネットワーク分析)では「欧州とインド太平洋の同盟間協力プロジェクト」と提携して、米欧と日韓豪の専門家による欧州とインド太平洋の同盟間協力構築のための情報を日本語と英語で掲載いたします。今後の世界の戦略的中心となるインド太平洋と欧州の米国の同盟国間の協力について少しでもIINA読者の理解にお役にたてれば幸甚です。


 2022年12月の安全保障三文書で、日本の防衛政策は現実的な一歩を踏み出した。それの背景には第二次世界大戦後、日本が享受してきた安定的な国際環境が崩れたことがある。中国が、過去20年の劇的な軍備拡大により、インド太平洋に配備されている米軍と日韓豪の同盟国の軍事力に対して、優位な態勢を形成しているという情勢に対応せざるを得ないからだ。

 日本は、1952年のサンフランシスコ講和条約で独立を恢復して以後、はじめて日本自身により現実に対処できる軍事力を準備しなくてはならない状況になった。2022年の国家防衛戦略では、「弾薬、燃料、装備品の可動数といった現在の自衛隊の継戦能力は必ずしも十分ではない」という問題意識をあえて提示し、継戦能力の向上のために、弾薬の生産能力の向上及び製造量に見合う火薬庫の確保を進めると述べている。

 この文書では、日本の防衛産業は、防衛省・自衛隊と共に国防を担うパートナーというべき重要な存在と位置づけ、防衛技術基盤の強化を通じた高度な技術力及び品質管理能力を確保し、装備品の生産・維持・整備、改修・能力向上等を確保していくとも述べている。

 米国や欧州にとっては、自明ともいえるこれらの政府の問題意識も、「平和主義」が席巻していた以前の日本の政治では、タブー視されるものであった。しかし、昨今の日本の厳しい安全保障環境は、日本人の意識にも影響を与え、2022年12月の安全保障三文書については、国民の過半数が支持をしている。

 2024年10月の総選挙では、与党の自民党・公明党の連立政権が過半数を失う敗北を喫したが、それは自民党の不透明な政治資金とインフレに対する不満であり、安全保障政策強化に対してではなかった。実際、この選挙で勝利した最大野党の立憲民主党は、日米同盟や現実的な防衛政策に原理的に反対する日本共産党から、2015年の平和安全法制の廃止を条件に選挙協力を求められたが、これを拒否している。

 さらに日米両政府は、自国の防衛産業基盤の拡充のために、2014年4月の日米首脳会談で、防衛装備品の共同開発・生産・維持を促進するDICAS: Defense Industrial Cooperation, Acquisition and Sustainment(日米防衛産業協力・取得・維持整備定期協議)に合意した。すでに6月と10月に日米の担当者が二回の協議を行っている。

 日本は、2022年の安保三文書で、敵の軍事拠点を射程にいれる中距離ミサイルの導入などの日本の防衛力をグレードアップすることを決定したが、実際の運用が始まるであろう10年後よりも前に、台湾有事などの事態が起こる可能性は否定できない。2024年4月の日米首脳会談で合意した日米との指揮・統制機能の調整の緊密化などの目前の課題を強化していく必要がある。

 台湾有事を念頭に考える際に、日米が向き合うべき課題は「距離の暴力」と「米国の防錆生産力の限界」である。6月10日、東京でのDICASの第一回会合に際して、ラーム・エマニュエル米駐日大使は、その意義について「わが国の国家安全保障戦略では、11.5の戦域に対処できなければならない。それは大規模な戦争と膠着状態だ。中東、ウクライナ、そしてこの地域(東アジア)における抑止力の信頼性維持を考えると、すでに2つ以上に対応していることになる」と記者団に述べて、自国防衛産業の負担になっている欧州とアジアの戦略的課題に対処するため、日本の支援が必要だと述べた[1]。

 日本からみれば、米国産の弾薬や武器が欧州や中東などの地域に割かれる状況で、台湾有事が勃発することは悪夢以上のなにものでもない。日本自身の生産能力に加え、韓国と豪州の米同盟国全体での能力を向上させる必要がある。それは、エマニュエル大使の発言が示すように米国の防衛産業の負担を軽減することにもつながり、欧州や中東の米国の同盟国にも朗報となろう。同様に欧州が同様に防衛産業能力を上げれば、米国の負担が軽くなるだけでなく、欧州、中東、インド太平洋の3つの戦域に対処しなくてはならない不測の事態への準備となり、抑止力を向上させることになる。

 また、インド太平洋の米国の同盟国は、米本土との圧倒的な距離が懸念であり、「距離の暴力」がもたらす有事対応の遅れは、台湾や自国の防衛にとって、決定的なダメージを与えかねない。例えば、インド太平洋に配備された米軍および日韓比の同盟国軍が、自国の防衛や、台湾や朝鮮半島の有事に対応する場合、インド太平洋地域外からの必要な戦力を移動させて準備が整うまで、約一か月の期間が必要といわれている。その場合、例えば日本の自衛隊は在日米軍とともに戦う一か月の継戦能力を維持するだけの弾薬・武器の生産基盤を自国内で確保することが死活的に必要となる。

 そして、台湾や朝鮮半島有事が起こる際に、ウクライナ戦争が終結している保証はない。また、直接の武器供与こそ控えているが、中国による対ロ技術・経済支援は継続・拡大してきており、ウクライナ戦争に北朝鮮軍が参加しているのが現状だ。欧州のNATO加盟国の防衛生産能力向上による米国の防衛生産の負担軽減は、日韓豪にとっては最悪の事態が起こった際へのヘッジともなる。

 トランプ政権は、インド・太平洋地域の同盟国にも、欧州の同盟国に対しても、自国の防衛支出を増やす戦略的自律性を求めている。言葉使いは違っても、バイデン政権でも今後の民主党政権でも、同盟国の戦略的な自律性を求めることは、米国の軍事力と防衛生産力の限界と距離の暴力を考えれば、共通するもので、合理的なものだ。

 インド太平洋と欧州の同盟国の防衛生産能力向上のために、NATOとIP4(日米豪NZ)との平素からの対話と協力を求めるものとなる。それぞれの軍事生産能力や戦略観を共有することで、欧州、中東、インド太平洋の戦域を横断して、お互いに効率的な政策を立案・遂行することができる。

 すでに日本は、2023年から2026円の4年間を対象に、日・NATO国別適合パートナーシップ計画(ITPP:Individually Tailored Partnership Programme)を合意し、その協力事項には、海洋安全保障、科学・技術、相互運用性のための能力開発、強靱性・即応準備などが含まれている。また米英豪による安全保障技術協力枠組みであるAUKUSに参加する参加国は、共同声明で、豪州の原子力潜水艦配備を米英が支援する「第1の柱」ではなく、超極音速兵器など先端技術の開発協力を目的とする「第2の柱」に、2025年から日本が参加する見込みだと発表している。日本政府は正式には認めていないが、重要な節目になるはずだ。

 このように、日本は厳しい安全保障環境に対応するために、米国、NATO、インド太平洋パートナーとそれぞれに防衛産業協力を進めている。これは米国の同盟ネットワークを強化し、不測の事態への即応力を増すことになるはずだ。

(2025/06/27)

*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
【Cooperation between European and Indo-Pacific Powers in the US alliance system project:Policy Paper Vol. 13】
Japan’s Rationale for Defense Industry Cooperation with the United States, NATO, and Indo-Pacific Partners