現実的な対中戦略構築プロジェクトのワーキングペーパー掲載のお知らせ

 この度、IINA(国際情報ネットワーク分析)では「現実的な対中戦略構築プロジェクト」と提携して、日米専門家による対中戦略構築のための情報を日本語と英語で掲載いたします。今後の国際関係の潮流の要因である米中関係について少しでもIINA読者の理解にお役にたてれば幸甚です。


 バイデン政権は日米首脳会談からG7コーンウォールサミットにいたるまで、既存のルールに基づく秩序への中国の挑戦的な態度についての共通の懸念を合意することに成功した。これは、日米が対中戦略における共通の利益と論理を共有するために良いスタートとなった。それでも、日米が今後、安全保障と経済において一体化したアプローチを行うことは容易なことではない。

 最も難しい課題は、日米がすでに中国と密接に繋がっている経済分野において、大きな損失を出すことなく、長期に渡り中国の挑戦を封じこめて勝利できるかである。ただし、勝利とは、中国を打ち負かすことではなく、安定した地域の経済秩序に中国を組み込んでいくことであることを忘れてはいけない。特に日米両国は民主主義国家であり、指導者は選挙において有権者の厳しい洗礼を受けるため、指導者の対中「デカップリング」政策が自国の経済に悪影響を及ぼすことになれば、指導者は選挙で生き残ることができない、という冷徹な事実がある。

 それに加えて、日米両国の関係は、かつて1980年代や90年代に経験したように、経済面では競争関係にもあるという不都合な真実がある。日本の産業界には、中国との「地経学」競争において、日米間の調整の欠如が、結局、中国に日米同盟を離反させるカードを与えてしまうリスクも封じ込める必要がある。

 本稿では、両国の経済に大きな犠牲を出さずに、中国の現在の問題行動を変えていくための効果的で実現可能な日米共通のアプローチを考え、それを企画・遂行するための課題を検討する。

1.日米の共通目標の姿は何か?

 日米が最終的に求める中国およびインド太平洋地域の安定とは、どのようなものか。ひとことでいえば、「中国の軍事的な冒険主義を抑止して、インド太平洋地域のルールに基づく秩序を維持し、両国の現在の経済的な繁栄を継続させること」ということになるだろう。地域の地政学的な安定が、開かれた市場と自由な経済活動を担保し、経済的な繁栄につながるのだ。

(1) 安全保障と地政学における目標

 2021年4月16日の日米首脳会談後の共同声明「新たな時代における日米グローバル・パートナーシップ」においては、対中共通戦略についての構想が合意された。

 具体的には両国首脳は地政学および地経学において、「ルールに基づく国際秩序に合致しない中国の行動について懸念を共有」し、以下の共通の行動を行うことに合意した。

  • 日米両国は、地域の平和及び安定を維持するための抑止の重要性を認識する。
  • 日米両国は、東シナ海におけるあらゆる一方的な現状変更の試みに反対する。
  • 日米両国は、南シナ海における、中国の不法な海洋権益に関する主張及び活動への反対を改めて表明するとともに、国際法により律せられ、国連海洋法条約に合致した形で航行及び上空飛行の自由が保証される、自由で開かれた南シナ海における強固な共通の利益を再確認した。
  • 日米両国は、台湾海峡の平和と安定の重要性を強調するとともに、両岸問題の平和的解決を促す。
  • 日米両国は、香港及び新疆ウイグル自治区における人権状況への深刻な懸念を共有する。
  • 日米両国は、中国との率直な対話の重要性を認識するとともに、直接懸念を伝達していく意図を改めて表明し、共通の利益を有する分野に関し、中国と協働する必要性を認識した[1]。

 地政学においては、日米は地域の現状維持を損なう中国の一方的な軍事力行使を抑止することに強い共通利益を持っている。日本にとっては、中国の増大する軍事力とその行動は、第二次世界大戦後、初めてのケースといっていい自身の存立に対する直接の脅威である。米国にとっては、冷戦終結後、初めての自身の世界における優位性を脅かす存在でもある。これらは、上記で指摘した地域の秩序維持という以上に、日米が対中戦略に真剣に取り組むべき共通の根拠となる。共通の目標は中国の軍事的冒険主義を抑止し、中国の行動を既存の国際ルールを順守する方向に誘導することである。

(2)経済領域と地経学における目標

 経済領域および地経学では、日米は以下のような合意をした。

  • 日米両首脳は、インド太平洋地域及び世界の平和と繁栄に対する中国の行動の影響について意見交換するとともに、経済的なもの及び他の方法による威圧の行使を含む、ルールに基づく国際秩序に合致しない中国の行動について懸念を共有した。日米両国は、普遍的価値及び共通の原則に基づき、引き続き連携していく。(下線は筆者による)
  • 日米両国はまた、両国の安全及び繁栄に不可欠な重要技術を育成・保護しつつ、半導体を含む機微なサプライチェーンについても連携する。
  • 日米両国は志を同じくするパートナーと連携しつつ、インド太平洋地域における繁栄を達成し、経済秩序を維持することに対するコミットメントを再確認する。
  • 日米両国は、二国間、あるいは G7や WTO において、知的財産権の侵害、強制技術移転、過剰生産能力問題、貿易歪曲的な産業補助金の利用を含む、非市場的及びその他の不公正な貿易慣行に対処するため引き続き協力していく[2]。

 上記の下線にある「経済的なもの及び他の方法による威圧の行使」は、英語を翻訳したためにこなれた表現ではないので、あえて解説すると、政治的な目標達成のために経済的手段を行使する「エコノミック・ステートクラフト」への対抗が明記されている。

 ここでわかることは、日米は経済分野においても既存の国際秩序を維持し、中国や他の国家が不公正な手段により、経済領域と軍事領域で既存の秩序を変えてしまう圧倒的な能力を獲得する「ゲームチェンジャー」となることを防ぐということに大きな共通利益を有しているという点だ。この点では、米国はG7、NATO首脳会議、米EU首脳会談において、欧州諸国ともこれらの懸念と利益に共有することに成功している。

 このように地政学および地経学において、日米の目標はある程度、明確となっている。ここで難しい課題は、安全保障と経済の広範囲に及び分野で、これらの戦略目標を達成するために、どのようなリソースを使い、効果的な戦略を共有できるのかという点となるだろう。

2.戦略目標を達成するためのリソースは何か?

 戦略目標を達成するためは、そのために必要なリソースを考える必要がある。日米および米国の他の同盟国とパートナー国の軍事力や経済力のハードパワーと相互協力によって生み出される軍事力の相乗効果が基本として考えられる。

 まず地政学上の目標達成には、日米および米国の他の同盟国とパートナー国による軍事バランスを維持することが、中国の軍事的な冒険主義を抑止するために、最も優先度が高い目標となる。しかし、現状の中国の急速な軍事力の拡充の状況、および、日米の財政および政治的な制約を考えると、長期にわたり日米および米国の他の同盟国の軍事力を中国に対して優位なまま維持することは容易なことではない[3]。単純に現時点のインド太平洋戦域における海軍の艦艇と作戦機の数だけの日米比較においても、中国の急速な数の拡大に日米が対抗して適正な軍事バランスを維持していくことが難しいことがわかる[4]。そこで重要になるのが、日米豪印のクアッド協力などを組み合わせた、インド太平洋地域における中国との勢力均衡という発想だ。カート・キャンベル現NSCのインド太平洋調整官がラッシュ・ドーシNSC中国部長との共同論文において、「コンサート・オブ・ヨーロッパ」をモデルにした勢力均衡モデルを提案している[5]。

 彼らの提案が示唆するところは、インド太平洋地域の主要プレーヤーとともに中国との勢力均衡を図り、主要プレーヤーが中国よりは米国と利益を共有するようにするような秩序を形成することだ。これは日米の共通の目標となるだろう。そのためにもクアッドのような「同盟未満だがたんなる協力関係以上」の「協商」(entante)ともいうべき、協力枠組みは、日米の重要なリソースとなるだろう。

 今や欧州諸国にも共有されている「台湾海峡の安定」、すなわち中国の一方的な台湾統一を抑止するという課題は、日米の対中軍事バランス上、必須であるだけでなく、インド太平洋地域の中小国が、中国の圧倒的な軍事力や経済力による一方的な競争力に屈するような状況を作らないという国際秩序を作る、というメッセージを伝えるために重要となろう。

 キャンベルらは、インド太平洋地域が中国の影響下に組み込まれて「外部パワーが締めだされれば、立場の衝突は武力で解決され、経済強制策が日常的に行使され、アメリカの同盟関係は弱体化し、小国は自治を失い自由に行動できなくなる」と警告しているが、実際に中国の強い影響下にある多くの東南アジア諸国や太平洋島嶼国などの多くが、このような懸念を共有している。日米がこれらの諸国の支持を得られるような「正統性のある秩序」のための構想を示すことが重要であり、軍事バランスの維持とともに、重要な目標であるともに、リソースともなるだろう。

 経済面での戦略目標達成のために忘れてはいけないことは、これまで世界の国家が恩恵を受けてきた自由な通商・経済活動を支えてきた経済ルールと秩序は、将来に渡って維持すべき目標であるとともに、これを支えてきた日米にとってリソースでもある。中国はこの秩序について、挑戦するような姿勢を取っているために誤解してしまいがちだが、既存の経済秩序が失われることは、日米だけでなく、中国経済にとっても大きな損失となるリスクがある。現実的に考えて、中国が米国の代わりにこれらの秩序を支える存在となることは考えられない。特に直近で中国の習近平政権が、国内の経済競争を制約するような政策をとり、これまでの経済成長を支えてきた改革開放路線に逆行する方向に舵を切っていることでも想像できる[6]。中国政府は、折につけ、民主主義国家よりも、自国の国家主導の経済運営が優れているという主張を行っているが、過去の政治経済の歴史を見る限り、経済の持続的な発展には自由な経済活動を担保する多元的な政治体制が不可欠という原理は変わらないと思われる[7]。長期的には、中国の経済的影響力の増大については過度に心配すべきではない。むしろ、日米は中国の経済的影響力を制約しようとするあまり、みずからの経済成長を担保する自由な通商と経済を担保する地域の共通ルールを損なわないように留意すべきだ。

 一方で、短中期的には、日米が現状を放置しておけば、軍事バランスも経済的影響力も、今後、中国優位の方向に傾いていく一方であることは、多くのデータや分析が示すところだ。日米のリソースの経済的な制約を直視すれば、安全保障と経済分野を包括する正統性のある秩序の構築と維持を戦略目標として掲げ、そこにたどり着く具体的で合意的な戦略を示し、地域経済に与えるダメージを最小にすることで、インド太平洋地域各国の支持を獲得するような政策を遂行する必要がある。

 先のキャンベルらの表現でいえば、「独立を維持するためにアメリカの支援を求めているが、アジアの躍動的な未来から北京を排除することは現実的でも有益でもないことを理解しているし、米中という二つの超大国のどちらかを選ぶことは強制されたくはない」[8]と考えている多くのASEAN諸国や太平洋島嶼国の支持を得ることが先決である。いいかえれば、地域の総合的な勢力均衡と秩序を日米優位だけでなく、これら地域の人々が望む方向に維持していくことが、現実的な日米の戦略の方向性となろう。

 キャンベルらの発想にもみられるように、米国の圧倒的な軍事力と経済力により、地域の秩序を維持するという過去のモデルは、現状にあわなくなっている。ただし、日米およびクアッドがコアになり、その秩序構想への賛同者をソフトパワーにより惹きつけることで、軍事・経済のハードパワーの総体での日米優位の勢力均衡の維持を図るべきであろう。

3.戦略目標を達成するためにどのようなアプローチが必要か?

 日米が上記の戦略目標を達成するための政策にどのようなアプローチをとるべきか。まず留意すべきは、軍事的な勢力均衡策は、軍事的な冒険主義への抑止策とはなるだろうが、中国のルールを逸脱したエコノミック・ステートクラフト(以下ES)などの行動を変えるための直接の効果はあまり期待できそうにないことだ。おそらく、日米は地域諸国の支持を得るだけではなく、中・長期的には、中国に対し「秩序にエンゲージするインセンティブを与え、一方で中国が秩序を脅かす行動をとった場合のペナルティ」[9]を科すような仕組みを考える必要がある。

 そのようなシステムを考えていく上でも、地域諸国の賛同が得られる秩序の姿を見せるためにも、あるいは日米間の利害を調整する上でも、調整の必要な課題がある。地域諸国が期待する「自由な経済活動を担保する」秩序の維持は、自由な貿易や投資を担保する体制が、基礎となる一方、それが中国にゲームチェンジャー的な軍事、あるいはデュアルユース(軍民共用)の技術を流入させる機会を与えるというジレンマである。現在、米国政府のFIRRMA(Foreign Investment Risk Review Modernization Act:外国投資リスク審査現代化法)やECRA(Export Control Reform Act:米国輸出管理改革法)による対中部分的デカップリング策は、長期的な軍事バランスを睨めは重要な措置であるが、一中国との緊密な経済関係を持つ、クアッド国や韓国のような同盟国の経済利益とは反するために難しい調整が予想される。

 さらに状況を複雑にしているのは、中国が米国の対中輸出コントロールに対抗して、同様の法律を整備して、米国に対抗するだけでなく、米国に同調する国家に報復を行う準備をしていることだ[10]。このような状況においても、日米が掲げる戦略目標に対して、同盟国、パートナー国と地域諸国が支持するような長期的視野に立つ、政策を作ることが重要となるだろう。

 つまり、中国の経済安保上の報復も視野に入れ、米国と同盟国・パートナー国、そしてインド太平洋地域で米中どちらかを選択したくないが、地域の安定した秩序を望んでいるいわば「無党派」国家が大きな犠牲を払わずに、日米が支持する地域秩序や経済ルールを支持するような戦略的方向性である。その意味で、オースティン国防長官のシンガポール訪問の際の演説中のメッセージ「米国は地域の国々に米国か中国かという選択を迫ったりしない」(We are not asking countries in the region to choose between the United States and China)[11]は、レトリック以上に重要な戦略的なアプローチ方法となるだろう。

4.目標を達成するために検討すべき課題は何か?

 上記で戦略目標とリソース、アプローチを概観したが、今後、より精緻な戦略を構築する上で検討すべき主要課題が以下のように集約される。第一に、中国の政治指導体制と経済成長が、長期的にはどのような方向に向かっていくかどうかである。この点では現時点では予測不能の部分も多いが、少なくとも、習近平の個人崇拝を高め、経済を含む国内統制を高めている中国の方向性が、長期的には問題をはらんでいるとはいえ、短・中期的には継続し、現在の対外強硬の「戦狼」路線と拡張路線は継続すると考えるべきだろう。今後、経済成長が鈍化しても、それによって生じる国内の矛盾を外に向けさせるためにも強硬路線が使われる状況が考えられる。特に、中国の経済成長のピークアウトも想定する必要がある。これは、単に中国の成長の限界点とみるだけではなく、その後の政権基盤の不安定要因となると同時に、政権維持のために蓄積された軍事リソースを外に向けて活用するインセンティブが高まる危険水域に突入するという意識が重要だろう。

 第二に、中国に対して軍事的な勢力均衡を維持するための方策としての効率的で効果的な軍事力の整備の在り方を検討すべきだろう。日米をはじめ、同盟国・パートナーの軍事力強化と相互運用性の強化を拡大していくことは益々重要となるが、この点で、これまで比較的、軍事力への投資について抑制的だった日本の方向転換は、対中軍事バランス維持のために極めて重要な役割を果たすと思われる。日米首脳会談で合意した戦力の中でも、日本の中距離ミサイルの保有など、比較的低コストで大きく既存の抑止力を向上させる防衛力の整備を実現させる必要がある。

 第三に、中国にゲームチェンジャー的な技術の流入を防ぐための軍用品、汎用品、そして基礎技術の輸出規制の整備の課題だ。この措置は、一方で、既存の自由な貿易・経済体制を損ねることで、日米が掲げる将来の経済秩序への賛同を損なわないようなアプローチが必要だろう。加えて、過度な対中デカップリングは、日米の企業と経済競争力にダメージを与えることなり、先に指摘した日本の防衛力の整備への財政的な制約ともなりかねない。日米の戦略的な検討と調整が急務となる機微な分野といっていいだろう。

 今後は、米国経済および米国の同盟国とパートナー国の経済へのリスクを最小に抑えながら、中国への機微な技術の流入をコントロールする効果的なレジーム構築が必要となる。そのためには、ゲームチェンジャーとなり得る技術の特定と、中国国内での発展段階の見極めが重要となる。また、既存の日米の対中輸出規制の現状と、日米の経済への否定的な影響への事前のアセスメントとそれを踏まえた運用が喫緊に必要だろう。

 歴史を振り返れば、最先端の軍事技術が実用に至った際に、その技術が後発国に追い付かれることは時間の問題だけである[12]。効果的な対中戦略構築で重要なことは、中国がゲームチェンジャー的な軍事技術を獲得することで、軍事優位性を長期化させて、軍事的な冒険主義へのハードルが下がるような状況を作りだしてしまうことである。逆に言えば、その危険性が少ない場合は、経済を過度に犠牲にしない措置をとることが妥当な選択となろう。

 現在の米国政府の半導体などの(部分的な)対中デカップリング策には、単に安全保障上だけでなく、経済競争も睨んだ思惑があるように思われる。中国との経済競争については、それが公正なルールに基づくものであれば、否定すべきものではないという姿勢も再確認すべきだ。むしろ、過度な対中対抗策により、米国の経済、および米国の同盟国とパートナー国の経済に犠牲や制約を強いる政策となれば、持続的な協力体制を損ない、逆に中国を利してしまうリスクがある。

 輸出や投資の規制のターゲットと目標を明確に絞り、かつ同盟国やパートナー国へとの緊密なコミュニケーションにより遂行することで、これらのリスクを回避することが、地域において正統性が得られる経済秩序を維持するという戦略目標の達成には有効だろう。

5.日米の戦略策定への提案

 以上、日米による効果的な対中戦略構築のための検討を行ったが、そこで分かったことは、日米の戦略目標は明らかだが、その手段が多様で多岐に渡り、かつ安全保障と経済の両方に領域に渡るため、ともすれば、目標を達成するための手段が目標からはずれて一人歩きするリスクだ。そうなると日米間での乖離や、そこまでいかなくても、戦略の効果的な遂行の障害となり、その結果、中国を利することもあり得る。日米の乖離は、インド太平洋でのパートナーとの協力関係を損なうことに繋がる。

 上記のような懸念が現実となることを防ぐために、日本と米国にそれぞれが取り組むべき課題を洗い出して、現状をより正確に理解し、議論を行う必要がある。その先に、効果的戦略の姿が浮かび上がってくるだろう。現時点で、筆者が、仮説として予測される日米が留意すべき戦略方向性は以下の二点に集約できる。

 日本は、自国の防衛力強化を、陸上発射型の中距離ミサイル導入などによる敵基地攻撃能力の獲得など、これまでの過度に抑制的で漸進的な防衛力整備を脱して、軍事合理性を追求するべきである。

 米国は、日本政府の防衛力強化のための財政的な制約を勘案し、対中デカップリング策のターゲットを絞り、自国と同盟国の経済に悪影響を与えずにスマートに進める方法を考えるべきである。こうした対中戦略の遂行は、かつての米ソ冷戦のように長期的なものとならざるを得ないことが予想されるため、持続的な戦略と政策でなければ効果は期待できないからだ。

(2021/10/26)

*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
【Shaping the Pragmatic and Effective Strategy Toward China Project:Working Paper Vol.8】 What are the common strategic interests and rationale to compete with China by Japan and the US?

脚注

  1. 1 日米首脳共同声明「新たな時代における日米グローバル・パートナーシップ」2021年4月16日 外務省ウェブサイト。
  2. 2 同上。
  3. 3 甲原潤之介「台湾有事、備えはあるか 米中台の軍事力・日本の対処は―台湾有事 備えはあるか①」『日本経済新聞』2021年4月20日。
  4. 4 艦艇数では、中国人民解放軍vs.(米第7艦隊+海上自衛隊)は730隻212万トン> (30隻40万トン+140 隻51万トン=170隻91万トン)。作戦機で、中国人民解放軍vs.(在日米軍+航空自衛隊)2900機>(150機+350機=500機)。『令和3年度版防衛白書』p.3。
  5. 5 カート・キャンベル、ラッシュ・ドーシ「アジア秩序をいかに支えるかー勢力均衡と秩序の正統性」『フォーリンアフェアーズリポート』2021年NO.2.; 原文は、Kurt M. Campbell and Rush Doshi, ”How America Can Shore Up Asian Order: A Strategy for Restoring Balance and Legitimacy,” Foreign Affairs website, January 12, 2021
  6. 6 ジョージ・ソロス「習氏支配の不都合な真実 突然、投資家の前に」『日本経済新聞電子版』9月6日。原文は、”George Soros: Investors in Xi’s China face a rude awakening,” Financial Times, August 31, 2021.
  7. 7 限られた指導者層に権力と富が集中する収奪的な制度は、必ず停滞と貧困につながることを歴史的に検証した以下の研究が参考になる。特に第15章では、現在の中国の制度を分析して、現在の収奪的な制度を転換しない限り、将来のどこかで成長が止まることを指摘している。ダロン・アセモグル&ジェイムズ・A・ロビンソン『国家はなぜ衰退するのか 上・下』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫、2016年)原著はDaron Acemoglu & James A. Robinson, Why Nations Fail: The Origins of Power, Prosperity, and Povert, (Crown Publishers, 2012).
  8. 8 脚注5参照。
  9. 9 同上。
  10. 10 羽田野主「中国、米欧制裁へ報復法成立 措置発動に根拠」『日本経済新聞電子版』2021年6月11日。
  11. 11 Lloyd J. Austin III, “Secretary of Defense Lloyd J. Austin III Participates in Fullerton Lecture Series in Singapore,” U.S. Department of Defense, July 29, 2021.
  12. 12 革新的な軍事技術を一国が独占する期間はそれほど長くはない、という例として艦砲を左右に回転できるようにしたイギリスのドレッドノート級戦艦の技術の短期間での拡散や、アメリカが開発した原子爆弾技術が短期間にソ連に追い付かれたことなどがある。ドレッドノートに代表される軍事技術の変化をどう考えるべきかについては、故岡崎久彦氏の考察は示唆に富む。岡崎久彦「日米同盟が「堅固」ならTMDで十分だが「破綻」なら核武装も視野に入る」2000年1月6日、『日本財団図書館』(初出は雑誌『SAPIO』)。