バイデン政権が対面での最初の首脳会談に菅首相を選んだ理由

 バイデン大統領就任後、初の対面による首脳会談には、日本の菅首相が選ばれた。4月16日の日米首脳会談後の共同声明において、「経済的なもの及び他の方法による威圧の行使を含む、ルールに基づく国際秩序に合致しない中国の行動について懸念を共有し」、東シナ海(尖閣諸島が位置する)での一方的な現状変更の試みに反対し、南シナ海における、中国の不法な海洋権益に関する主張及び活動に反対した。さらに「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調するとともに、両岸問題の平和的解決を促す」と表明した[1]。

 中国への対抗を明確に表明した日米首脳の文言は、後で歴史を振り返れば、国際関係の大きな節目であったというような意義を持つことになるかもしれない。中国をめぐり日米が戦った第二次世界大戦、米ソ冷戦の二極体制、冷戦後の米国単独の一極体制、9.11テロに端を発した米国のアフガニスタン・イラクでの「長い戦争」の後、これから始まる米中対抗時代の幕開けとして、記憶されるかもしれないからだ。

 バイデン政権は日米首脳会談と同時進行で、アフガニスタンからの米軍の撤退スケジュールを確定させた。日米首脳会談の二日前の4月14日、バイデン大統領は、5月1日に撤退を開始し、米同時多発テロから20年を迎える9月11日までにアフガニスタンに残る駐留米軍2500人を完全撤退させると正式に表明した[2]。

 バイデン政権は、今後の米中の長期的な対抗関係に勝利するために、アフタニスタンや中東での負担を削減する一方で、そのパートナーとして日本が最重要の存在と認識しているようだ。客観的に日本の地理的位置を見れば、中国と陸続きではなく、東シナ海を挟み一定の距離を保ちながらも、中国の太平洋への進出をブロックする第一列島線上に位置し、中国大陸に対して太平洋側から睨みを利かせる位置にある。バイデン政権のジェイク・サリバン国家安全保障担当補佐官は、政権入りする前、フォーリンポリシー誌に、ハル・ブランズ、ジョンズホプキンズ大学SAIS(高等国際問題関係大学院)教授との共同論文「中国が世界を支配するために二つの道筋」を寄稿して、中国の世界覇権への二つのアプローチを検討し、それを阻止したい米国の強みとして、同盟国のネットワーク、特に中国に近接する日本という緊密な同盟国の存在を指摘している[3]。

 サリバンらは、中国が世界における優位性(あるいは覇権と言い換えてもいいだろう)を獲得するための今後の道筋について、自国アメリカが現在の優位性を獲得した歴史を振り返り中国と比較している。詳細は省くが、米国の優位性獲得の歴史と比べて、中国が現在置かれている環境が違うのは、日本のような存在だと指摘する。以下がその部分だ。

「米国は自身の半球(筆者注・南北アメリカ大陸のある西半球)に日本―かなり大きな地域大国で、より大きな国家と同盟を結んでいる−のような存在と対峙する必要がなかった。そして、中国が第一列島線を超えるためには、日本を越えていかなくてはならない。しかも米国には、西半球に、インド、ベトナム、インドネシアなどの国境や海洋を接して対峙する多くのライバル国家も存在しなかった。」

 この議論に付け加えるならば、日本は70年以上の長きに渡り、米軍の日本駐留を積極的に支援してきた。その背景には第二次世界大戦における対米敗戦がある。日本は中国への侵略戦争が長期化して収拾がつかなくなる中で、中国を支援する米国と開戦して戦線を拡大するという大失策を犯した。この敗戦に懲りた日本は、戦後は抑制的な再軍備を行い、米軍の核の傘に依存することで核開発を封印し、必要最低限の防衛力を維持してきた。これにより防衛支出を抑え、経済成長に大きな資源を投入するという大戦略は「吉田ドクトリン」と呼ばれ、現在までの日本の経済的な繁栄をもたらしたこともあり、日米同盟への国民の強い支持の基盤となっている。今回の日米首脳共同声明でも「争いの後に結ばれた日米同盟は、日米両国の基礎になった」と過去の経験が率直に示されている[4]。

 日本の必要最小限の軍備だが、それでもGDP規模、世界第三位の経済力に支えられ、米国のウェブサイト「グローバルファイアーパワー」の2021年のランキングでは、米国、ロシア、中国、インドに次ぐ世界第5位に位置している[5]。しかも、日本の自衛隊と米軍との相互運用性は高く、日米同盟の地域での軍事力には相乗効果がある。

 これに加え、日本は、米国にとって重要な価値を共有していることでも重要だ。今回の日米首脳会談の共同声明でも、自由、民主主義、人権、法の支配、国際法、多国間主義、自由で公正な経済秩序という普遍的価値の共有が列挙されており、これは日本の安定した民主政治と経済成長の基盤そのものである。その意味で、長年にわたる同盟国の日本が、対中対抗時代の最前線国家として、米国に期待されていることは間違いない。

日米共同宣言が示す今後の課題は対中経済安全保障政策

 ただし、日本は必ずしも、単なる米国の従順なジュニアパートナーではないし、米国側もそうは認識していない。今後のカギとなるのは、経済安全保障政策あるいはエコノミクステートクラフト(外交・安保政策の目標を経済手段で達成すること)における対中戦略についての日米および他の同盟国・パートナー国の間での調整ということになる。

 今回の日米首脳共同宣言では、「日米競争力・強靭性(CoRe: Competitiveness and Resilience)パートナーシップ」を立ち上げ、両国が共同して経済競争力を高めることに合意した。例えば、第5世代無線ネットワーク(5G)の安全性及び開放性のコミットメントを確認し、半導体を含む機微なサプライチェーンについて連携することにも合意している。日米連携が、軍事分野にも密接に影響する中国の経済の競争力や地域への影響力への対抗の側面もあることは明らかだ。

 実際に貿易量だけをとれば、日本の中国との貿易量は、2007年に中国との輸出入の総額がそれまで第一位だった米国と逆転して以来、現在まで日本の最大の貿易パートナーである。2019年の中国の貿易総額は、33兆1357億円で、二位の米国との総額、23兆8947億円を上回っている[6]。

 今回の日米首脳会談についての米国メディアの反応をみても、中国が米国の最大の戦略的ライバルと認識されている中で、日本との関係の重要性を再確認するという点では一致して報じている。一方で、日本の中国との経済関係の深さにより、日本側に逡巡があるのではないかということも、様々な記事が指摘している。

 例えば、日米首脳会談前のウォールストリートジャーナルの4月15日付のランダース東京支局長による観測記事では、日本側では、経済界の中国経済への利益と、その影響を代表する日本の政治家の意向で、中国への厳しいレトリックをソフトにしようとしていると報じている。記事の中で、前駐日大使のビル・ハガティー上院議員が、半導体製造機械の対中輸出などの先端技術の対中輸出コントロールにおいて、日本が十分な協力をしないのではないかという懸念も紹介されている[7]。

 また、首脳会談後のニューヨークタイムズの記事、「Biden and Suga Agree U.S. and Japan Will Work Together on 5G」(バイデンと菅は日米が5Gで協働することを合意)では、日本は、台湾、南シナ海および西側の開放的なネット世界と中国がコントロールする閉鎖的なネット世界をめぐる米中の対立に巻き込まれないように、日本政府は注意深いダンスをしている、と表現している[8]。

 これらの指摘は間違ってはいないが、だからといって、日本が米国の対中対抗策から距離を置く理由とはならない。そもそも、日本人の中国に対する安全保障上の懸念は大きいし、日米同盟への支持も強固だからだ。

 実際には、中国との経済利益のために、安全保障上の米中対抗関係に参加することに抵抗があるのは、日本よりも、韓国、インド、オーストラリアのほうが大きく、アメリカ自身も、単純に中国経済を完全に切り離すデカップリング策は現実的ではない、という認識は共有されている[9]。

 そうなると今後の日米の課題は、自国の経済だけでなく、インド太平洋での他の同盟国・パートナー国が、あまり大きな経済的な犠牲を払わずに参加できるような、戦略的な技術や品目にターゲットを絞った「選択的デカップリング策」を志向すべきということになるだろう。今回の日米首脳会談の合意は、これらのプロセスの開始の号令と考えるべきだ。

(2021/04/27)

*この論考は英語でもお読みいただけます。
The Strategic Significance of the Japan-U.S. Summit — Challenges for Economic and Security Cooperation vis-a-viz China

脚注

  1. 1 日米首脳共同声明「新たな時代における日米グローバル・パートナーシップ」2021年4月16日。
  2. 2 Joseph R. Biden, “Remarks by President Biden on the Way Forward in Afghanistan,” Speeches and Remarks, The White House, April 14, 2021; 「バイデン氏、アフガン駐留軍「帰還の時」完全撤退を正式表明」『ロイター』2021年4月15日。
  3. 3 Hal Brands and Jake Sullivan, “China has two paths to global domination,” Foreign Policy, May 22, 2020.
  4. 4 脚注1参照。
  5. 5 “2021 Military Strength Ranking,” Global Military Firepower.
  6. 6 財務省貿易統計「貿易相手国上位10カ国の推移(輸出入総額:年ベース)」。
  7. 7 ピーター・ランダース「日本を悩ますバイデン氏の対中強硬姿勢」『The Wall Street Journal(日本語版)』2021年4月15日。
  8. 8 David E. Sanger and Katie Rogers, “Biden and Suga Agree U.S. and Japan Will Work Together on 5G,” The New York Times, April 16, 2021.
  9. 9 トランプ前政権のペンス副大統領は対中政策演説で、「トランプ政権が中国からのデカップリング(分離)を求めているのかと問う人がいる。答えは明確なノーだ。」と発言している。「ペンス米副大統領、中国は「検閲まで輸出」演説概要」『日本経済新聞(電子版)』2019年10月25日;サリバン国家安全保障担当補佐官は、2019年のフォーリンアフェアーズ誌上のカート・キャンベルNSCインド太平洋調整官との共同論文で、「中国と「アメリカそして世界」との関係には、米ソ関係にはみられなかったような経済的、人的、技術的なつながりが存在する」ため、「特定国が、アメリカと中国のどちらと連携しているかを明確に判断するのは難しい状況にある」として、「封じ込め」策は効果的でないと認識している。カート・キャンベル、ジェイク・サリバン、「封じ込めではなく、米中の共存を目指せー競争と協調のバランスを」『フォーリンアフェアーズリポート』2019年11月号。オリジナルの英文は以下を参照。
    Kurt M. Campbell and Jake Sullivan, “Competition without Catastrophe: How America can both challenge and coexist with China,” Foreign Affairs, September/October 2019.