前回(2018年1月)のリポートでは、昨年12月に発表された現実主義者の影響が強い国家安全保障戦略に代表されるように、トランプ政権の外交・安全保障政策が、現実的なラインに落ち着いてきたと報告した。しかしその後、トランプ政権に大きな変化が訪れた。 今年3月ぐらいから、トランプ大統領の周りの現実的なスタッフが相次いで政権を去り、トランプ大統領はアドバイザーや閣僚の意見を聞かずに、「唯我独尊」の政策を取り出したのだ。しかも、しかも、米国内しか関心のないトランプのコアな支持者は、これらの政策に反発もせず、わずかであるが支持率は上がっている。その結果、トランプ大統領は、十分な事前協議なしに北朝鮮の金正恩委員長と首脳会談を行い、中国に貿易戦争を仕掛け、ブリュッセルのNATO首脳会議で同盟国に国防費負担増の圧力をかけ、さらに、ヘルシンキでの米ロ首脳会談では米国の選挙に干渉した疑いのあるロシアのプーチン大統領に選挙干渉を追及しない「宥和姿勢」をとった。これらのすべてが、これまで米国が築き、支えてきた、安全保障と経済に関わる国際秩序を揺るがせている。本稿はこれらの流れを振り返り、トランプの意図がどこにあるのかを考えたい。

Most famous address

トランプはなぜ「先祖返り」したのか?

 昨年12月に発表され、現実的な点が内外に高く評価された国家安全保障戦略文書の担当責任者は、ディナ・パウエル国家安全保障問題担当次席補佐官(戦略担当)だった。彼女は、トランプ大統領の愛娘のイヴァンカ補佐官のアドバイザーとして政権入りし、トランプ大統領が個人的に気に入っている補佐官の一人であった。彼女は、国際バランスの視点を欠いて独善的な政策に傾きがちなトランプ政権の外交・安保政策を、現実主義に誘導することに貢献した。しかし国家安全保障戦略文書を花道に、2018年1月にニューヨークで離れて暮らす夫と子供と暮らすために円満退職した[1]。

 そして、ホワイトハウス内のマネージメントの要として、トランプ大統領の信任も厚く、重要な役割を担っていたロブ・ポーター秘書官が、二人の前妻への虐待の疑いが報道されたことで、2月前半に辞任に追い込まれた。ポーターを守りきれなかったジョン・ケリー首席補佐官はトランプ大統領からの信頼を失い、いつ解任されてもおかしくない状況となり、これまでケリーがもたらしてきたホワイトハウスの規律は失われた[2]。

 さらにトランプ氏の大統領就任以前から秘書役を務めてきて彼の性格を熟知し、他の人間では言い難いことも直言できたといわれるイヴァンカ補佐官の友人のホープ・ヒックス広報部長も、ロシアゲート疑惑に関して議会で聴聞を受けたことや、恋人のポーター秘書官が辞任したことなどを契機に3月前半に政権を去った[3]。

 この間、現実派のクシュナー上級顧問がロシアゲートの捜査の絡みで、機密へのアクセス資格を一時的に失い影響力が低下し、前述のようにホワイトハウスの規律が失われたことで、トランプ大統領がフリーハンドを得て、伝統的な共和党の現実路線に近づけようと試みてきたスタッフの多くが辞任に追い込まれるか解任された。ゲーリー・コーン国家経済会議(NEC)委員長、レックス・ティラーソン国務長官、H・R・マクマスター国家安全保障担当補佐官らである。その空白は「大統領の直感を否定するのではなく、それを励ますような外部の友人や非公式のブレーン」が埋め、さらにタカ派のポンペオ国務長官とボルトン国家安全保障担当補佐官が就任した。この二人は、本来、タカ派であれば容認できない北朝鮮の金正恩委員長やロシアのプーチン大統領への妥協についても、独善性を強めるトランプ大統領に異論を唱えて影響力を失うことを警戒しておとなしくしているのが現状だ。このようにトランプ大統領は「これまでの伝統的な共和党の縛りから解き放されて、『アメリカ・ファースト』の保護主義や独断的な外交政策に回帰」しているのが現状である[4]。

American flag

同盟国に厳しく敵対国に甘いトランプに共和党内からも批判の嵐

 7月11-12日のブリュッセルでのNATO(北大西洋条約機構)首脳会議でのトランプ大統領の言動は米欧の同盟関係に亀裂を走らせた。ストルテンベルクNATO事務総長との会談で、トランプ大統領は 「ドイツはロシアの捕虜のようなものだ」と発言して、ドイツがロシアから天然ガスを大量購入するバルト海の海底パイプライン計画「ノードストリーム2(Nord Stream 2)」を批判し、「我々はロシアに対する防衛をするのに、ドイツはロシアに巨額の資金を支払っている」と発言した。メルケル独首相は、アフガニスタンにNATO加盟国でアメリカに次いで多く派兵しているのはドイツだとして反論し、すでに悪化している米独関係の傷口に塩を塗ることになった。

 NATO首脳会議では、トランプ大統領は2024年までを目標に加盟国の軍事支出をGDP比2%まで増加させるという既存の合意を前倒しして実施するように要請した。トランプはさらにGDP比4%にすべきとも発言した。これは同盟国が米国の防衛支出に「タダ乗り」しているという認識の反映だが、米国の2018年の軍事費ですらGDP比の3.2%であることを考えると、根拠のない非現実的な数字で、苦しい財政状況下で目標達成に取り組んでいる同盟国を白けさせる発言だった[5]。

 NATOという同盟関係の根幹は、いずれかの加盟国が攻撃を受けた場合には他の加盟国が反撃する集団的自衛権の行使を定めた条約第5条だ。今回のブリュッセルの首脳会談で採択した共同宣言では、アメリカも含めて第5条の順守を再確認した。ただし、トランプ大統領の防衛負担増の一連の発言は米欧の信頼関係を著しく低下させた。

 欧にまたがり活動しているシンクタンク「米国ジャーマン・マーシャル・ファンド」(GMFUSA)のトマス・クライン=ボッコフ、ベルリンオフィス副所長は「すべてはショーか、それとも戦略か?」(All Show or All Strategy?)という興味深い論考を書いている。彼は同盟関係におけるハードウェアが、戦車やミサイルなどの装備であり、ソフトウェアが信頼関係と定義した上で、今回のトランプ大統領が行ったことは、ハードウェアを向上させようとして、ソフトウェアを損ねたと指摘する[6]。

 彼の問題提起は、このような米欧同盟の危機は、あくまでも「無知な」トランプ大統領個人によって引き起こされた一過性のものなのか、それとも米国の意思がを反映した構造的なものなのか、という点である。そして今回のNATO首脳会談(と米ロ首脳会談もあてはまる)でのトランプ大統領の態度については、二つのセオリーが考えられるという。

 一つは、トランプ大統領が単に自分のエゴや国内の有権者のために、欧州諸国を困らせしぶしぶ従う様子をみながら、「神」として君臨することを楽しむために、欧州の同盟国に指図をしただけにすぎない、という理屈だ。もう一つは、トランプのかねてからの持論である、アメリカは同盟関係により国益を損ねており、リベラルな国際秩序からの恩恵などもないため、自由勝手にふるまったほうが国益を達成されるという考えを戦略的に遂行している、というものだ。クライン=ボッコフは、いずれにせよ、トランプが欲しいのは同盟国ではなく従属国だと指摘する。

 問題は、もし後者である場合、それがどこまで、米国の国家意思であると考えられるのか、という点だ。コアなトランプ支持者はともかく、共和党の議会は、それに同意するのだろうか、という点が不明だ。

 筆者は、二つのセオリーの両方ともトランプの行動に当てはまると考えているが、トランプ以外のアメリカ人が、トランプ流の同盟国切り捨てに同意するかどうかという問題が表面化すれば、答えが明らかになるだろう。

 少なくとも、トランプ大統領とは異なり、欧州に同行したマティス国防長官は、欧州のカウンターパートと静かに面会して、同盟の信頼を損ねかねない大統領のダメージコントロールに努めている[7]。 アメリカの多くの専門家と意見交換をしている筆者の目からみれば、トランプ大統領よりも、マティス国防長官の言動が体現しているものが米国の長期的な国家意思に近いと考えられる。トランプ大統領はマティス国防長官を解任するのではないか、というゴシップも飛び交っているが、もしそうなれば、ますますトランプ大統領は我々が米国の国家意思と理解するものと益々かい離し、対立することになるだろう。

 すでに、ヘルシンキでの米ロ首脳会談におけるトランプ大統領のロシアへの宥和姿勢は、米国への深刻な安全保障上の懸念になりかねないとして、共和党内からも大きな批判が巻き起こっている。元CIA工作員の経歴がある共和党のウィル・ハード下院議員は、米ロ首脳会談で、米国への選挙介入についてプーチン大統領の言い分を鵜呑みにしたトランプ大統領の行動を、これまでCIAで長年観察してきた「ロシアの情報機関による人物操作の一つ」と指摘し、「まさか米大統領がその対象になるとは夢にも思わなかった」とツイッターで発信している。ブッシュ(子)政権下で、イラク戦争を主導したことで有名なエリオット・コーエン、ジョンズホプキンズ大学SAIS教授は、「国家反逆罪」という言葉は気を付けて使わなくてはならないと前置きしながらも、米ロ首脳会談後の記者会見でのトランプ大統領の言動はそれにあたるのかもしれない、と示唆している[8]。アドバイザーの助言を聞かないトランプ大統領の「唯我独尊」の行動には、思わぬ落とし穴が待ち受けていたようだ。トランプ大統領は弁解に追われているが、トランプ大統領の同盟国軽視とロシアへの宥和姿勢の謎が解明される「真実の時」も近づいているのかもしれない。
(2018/07/26)