2023年10月以降の中東でのテロや紛争の激化などの結果、国際社会におけるウクライナへの関心は顕著に低下したようにみえる[1]。国際世論の支持とそのもとでの支援が頼みの綱だったウクライナにとっては危機的な事態だといえる。
さらに、ウクライナへの武器支援を主導してきた米国では、共和党と民主党の対立により、バイデン政権が提案したウクライナ支援の予算を連邦議会が承認できない状況が続いている。EU(欧州連合)においても、ウクライナ支援パッケージへの合意がハンガリーの反対により難航した。「支援疲れ」が深刻化しているとの指摘も多い[2]。
日本では岸田文雄政権が、特にG7の枠組みにおいて米欧諸国と足並みを揃え、「今日のウクライナは明日の東アジア」[3]かもしれないとの認識のもと、世界のどこであっても力による現状変更は認められないとの立場を明確にし、大規模な対ウクライナ支援と厳しい対ロシア制裁を続けてきた。
しかし日本においても、ウクライナ支援より国内問題への対応を優先すべきとの声は当然大きい。ウクライナ支援を含めて岸田政権の政策への反発は、内閣支持率の低下と反比例して大きくなるし、2024年元旦の能登半島地震への対応の必要性も重なり、ウクライナ支援継続への風当たりは強くなっている。
そこで以下では、ウクライナ支援の意味を改めて検証し、反発が強まるなかにあってもなぜウクライナ支援が日本にとって依然として必要なのかを考えることにしたい。ウクライナ支援は、いわれのない侵略を受けるウクライナの人々への支援である。しかしその先には、ロシアの「勝利」とみられる状況になることを避けるという目的が存在している。支援が減少すれば、ロシアの「勝利」が現実の問題になってしまうのである。
日本のウクライナ支援の特徴
まずは日本政府によるこれまでのウクライナ支援を概観しよう。過去2年間の総額は121億ドル(約1兆7,000億円)にのぼり、多くは財政支援である。そのなかでも、例えば世界銀行への信用補完を通じた財政支援融資が50億ドルを占めるなど融資の比率が高く、いわゆる「真水」部分――無償資金ないし贈与にあたる部分――は、計20億ドルの人道支援(令和4年度、5年度補正予算)など一部にとどまる[4]。上記世銀への信用補完に加え、ポーランドの政府系金融機関が発行するサムライ債への保証(930億円)など、新たな形での財政支援も特徴だといえる。
こうした日本の支援の内訳は、武器供与を中心とする米国の支援とは大きく異なる。激しい戦闘が続くなかで、武器供与が死活的に重要であることは論を待たない。そのため、殺傷兵器の供与ができない日本の支援が、多くの武器供与をおこなう米欧主要国の支援に見劣りする部分があることは否めない。殺傷兵器のウクライナへの供与を可能にすべきとの、自民党の一部を含めた日本国内の議論にはそうした背景もある。他方、財政支援の価値を過小評価すべきではない。武器弾薬がなければ戦えないが、国内経済や政府財政が破綻しても戦えないからである。
また、軍事・安全保障面で日本が果たしえる役割には構造的限界がある点も指摘しておく必要がある。というのも、ウクライナの戦略的目標はNATO(北大西洋条約機構)加盟だからである。そのプロセスの一環としてウクライナ軍はNATO加盟国軍との完全な相互運用性の確立を目指している。また、今回の戦闘が何らかの形で終結した後にウクライナの安全をいかに確保するかという「安全の保証(security guarantee)」問題においても日本の役割は限定的にならざるをえない。これも、最終的にはNATO加盟とリンクしているからである[5]。
日本は、自衛隊の非殺傷性の装備・備品の供与以外にも、NATOの信託基金を通じたドローン探知のための装備の提供など、軍事と整理可能な支援もおこなっており、これは日本にとっては新しい試みとして注目される。日NATO協力としての意義も大きい。しかし、日本の支援のほとんどは財政支援を中心とする民生分野であり、規模の小さな軍事面の支援を無理にアピールする必要はないだろう。かえって、日本の支援の大きさかみえにくくなる懸念すらある。
実際、ウクライナ側の期待も、日本に対してはミサイルよりも復興支援に焦点があるといえる。もちろん本音としてはミサイルなどの武器への期待もあるが、現実的な対応をしてきている。2024年2月19日に東京で開催予定のウクライナ復興促進支援会議に向けては、官民一体となった支援が強調されている。民間企業の参入は、ウクライナの今後の復興を考えれば極めて重要な要素であり、日本への期待が高いのは驚きではない。同会議の場では個別企業とウクライナ政府との間で多くの覚書が署名される予定で、インフラ整備やサイバー、農業などでの参入が中心になると報じられている[6]。いわゆる途上国支援とは異なるのである。
なぜ支援するのか、いかに発信するか
日本のウクライナ支援にはこうした特徴はあるものの、政府の発表をつなぎ合わせても、支援の総額を含め、日本の支援の全体像が捉えにくい。例えば、首相や外相、財務相などがG7会合や会見などの場でコミットする総額が、実施段階において何に該当するのかが分かりにくいのである。国内向けの発信方法にはさらなる工夫が求められる。
全体像が分かりにくい背景には、ウクライナおよび国際社会に対しては大きな額を提示することに政治的意味があっても、国内でウクライナ支援への風当たりが強くなるなかで、額を強調したくないという事情も、たとえ無意識ではあっても存在するかもしれない。
こうした状況が望ましくないのは、日本国内においても、ウクライナ支援への反対論がさまざまに存在し、それが大きくなりつつあるとみられるからである。例えば、国内の問題への対処を優先すべきとして、ウクライナ支援が批判されることがある。日本政府としてウクライナ人よりも日本人を優先すべきなのは当然だし、実際に日本人を優先している。予算の配分をみれば明らかである。しかし、批判的な声を過度に意識して発信を怠ると、今度はウクライナ支援をコソコソやっているかのような印象を持たれてしまう。これは誰のためにもならない。政治決断としてウクライナ支援を続ける以上は、政治指導者が先頭に立って、国内向けにも意義を説明する必要がある。
その前提となるのは、(超大国ではなくても一定程度以上の)大国としての日本は、何か一つのことしかできない国家ではないとの認識である。能登半島地震が起きても、日本政府の課題が被災地域の復興のみになるわけではない。さまざまなことを同時並行でおこなわなければならないのである。
加えて、資源に恵まれず食糧も足りない日本は、一国のみでは生存できない国である。国際社会との関係、そして安定的な地域秩序、国際秩序があってはじめて平和と繁栄を享受できることを忘れてはならない。対外支援は支援を供与する相手国のためであると同時に、日本の平和と繁栄のための投資や保険でもある。
冒頭でも述べたように岸田首相は、「今日のウクライナは明日の東アジア」かもしれないと繰り返し、2022年12月に決定された国家安全保障戦略は、「ロシアによるウクライナ侵略により、国際秩序を形作るルールの根幹がいとも簡単に破られた。同様の深刻な事態が、将来、インド 太平洋地域、とりわけ東アジアにおいて発生する可能性は排除されない」との懸念を示した[7]。欧州とインド太平洋の安全保障は不可分であり、それゆえに日本はウクライナにおける戦争に無関心ではいられないとの論理である。
これは日本にとっては、インド太平洋の安全保障問題への地域外の諸国の関心を高めるとの狙いをもった議論でもある。加えて、ロシアによるウクライナ侵略に象徴されるような力による現状変更には強い姿勢で対処するという姿勢をみせることでもある。口では強い言葉を発しても、結局は何もできない国だと認識されてしまっては、日本自身による抑止力の信頼性も損なわれかねない。
また、内政上の対立によって米国のウクライナ支援が停滞するなかで、他国の役割が拡大するという側面もある。これまでの国際秩序を支えようとする米国の意思と能力が減退しているとすれば、それを可能な限り支えることは日本の国益でもある。米国が内向きになっても、それは日本が内向きになってよいことの理由にはならないのである。
ロシアが「勝利」した後の世界
さらに先を考えてみよう。問われるのは、ウクライナが敗北しロシアが「勝利」した後の世界がどうなってしまうかという問題だ。唐突に聞こえるかもしれないが、米欧諸国の「支援疲れ」が指摘されるなかで、支援が先細ればウクライナが危機的な状況に陥ることへの懸念はリアルである。
もちろん、「ロシアを勝たせない」「ロシアを負かす」「ウクライナを勝たせる」「ウクライナを負けさせない」にはそれぞれ異なる意味があり、例えば政治指導者がどれを選択して発信するかは重要な問題である。それでも、結果の影響が大きいがゆえに、最も避けるべきがロシアの「勝利」であることは否定できず、それを避けることがウクライナ支援の重要な目的になっている。
ロシアが「勝利」するといったときに想定される状況についてコンセンサスがあるわけではない。ウクライナの全土支配かもしれないし、現在の占領地の固定化かもしれない。政治面で考えれば、ウクライナの独立や主権、民主主義が損なわれ、侵略戦争でロシアが目的を達成したり利益をあげたりすることだともいえる。
まず注目すべきは国際社会における力のバランスである。中国がさまざまな形で支援するロシアが「勝利」することになれば、米国を中心とするいわゆる西側世界の力の衰退は決定的になる。2024年1月の上川陽子外相のキーウ訪問にあたって、政府関係者は「ロシアを利することは、中国を利することにつながる。だからウクライナ支援を緩めることはできない」と述べたと報じられた[8]。
中露がどこまで一体的であるかについては評価が分かれるものの、ロシアが「勝利」すれば、少なくともロシアや中国にとっては、「やはり民主主義国家は弱かった」という結論になるだろう。反米、反西側勢力にとっては願ってもない状況だ。
ロシアは当初から、西側との我慢比べになれば自らが有利だと考え、西側が先に疲弊するのを狙ってきたのである。そのとおりになってしまえばG7の決意も結束も画餅だったことになる。G7の威信低下は、それを外交の重要な柱と位置付ける日本にとっては憂慮すべき事態だ。
米国の一部専門家は、米国にとっての最大の挑戦が中国であるため、ウクライナ支援で国力を浪費せずに対中国に傾注すべきであると主張している。しかし、その結果として仮にウクライナに対してロシアが「勝利」した場合に、米国が中国やアジアにより勢力を振り分けられると考えるのはナイーブに過ぎる。ウクライナはNATO加盟国ではないが、NATOの防衛に米国はコミットしている。そうした同盟国を「見捨てる」決断をしないとすれば、米国は欧州の安全保障により深くコミットせざるをえなくなる。ロシア「勝利」の影響から、米国自身も逃れられないのである[9]。
そしてそれはインド太平洋にも影響をおよぼすことになる。米国の関与を欧州とインド太平洋が「奪い合う」ような構図が生じるからである。あるいは、米国は欧州を見捨てるという議論もある。しかし、仮に米国が欧州の同盟国を見捨てた場合に、日本のような米国の同盟国は本当に安心できるだろうか。「明日は我が身」にならない保証があるようには思えない。
端的にいって、弱肉強食の世界は日本にとって不都合である。「世界はジャングルのような無法地帯だ」とうそぶくのは簡単だ。それは現実の一側面なのだが、日本にとっては不利な世界であり、それゆえ日本は、世界がルールに基づくリベラルな国際秩序に少しでも近づくように努力してきたのである[10]。これは決して空想論・理想論ではなく、現実的な国益計算に基づくものだ。軍事力が幅をきかせ、強国が隣国に侵略してもそのままのような世界で日本が平和と繁栄を維持することは困難なのである。
ウクライナ支援を続けるコストは確かに高い。しかし、ロシアの「勝利」を許してしまうことのコストはおそらくもっと高くなるのだろう。この点を常に意識する必要がある。そしてロシアのみならず中国は、ウクライナへの「支援疲れ」の状況をじっと観察している。ウクライナ支援の対象が第一義的にウクライナの人々であることは当然だが、そのうえで、どのような世界をつくりたいかが問われているのである。
(2024/02/07)
脚注
- 1 Alexander Baunov, “The War in Ukraine Has Become a Peripheral Concern for the West,” Carnegie politika, Carnegie Endowment for International Peace, January 19, 2024.
- 2 「支援疲れ」問題については、鶴岡路人「ウクライナへの「支援疲れ」で問われるもの」『中央公論』2024年1月号、142-149頁を参照。一部は中央公論.jpで公開。
- 3 首相官邸「シャングリラ・ダイアローグ(アジア安全保障会議)における岸田総理基調講演」2022年6月10日。
- 4 最新の数字については例えば下記参照。首相官邸「日本はウクライナと共にあります」2023年12月15日更新版。
ただし、日本の支援の合計額を政府が公式に言及する機会は極めて少ない。岸田首相が2023年3月にキーウを訪れた際の日・ウクライナ共同声明で、それまでの発表分の総額として71億ドルと言及されたのは数少ない事例の一つ。外務省「日・ウクライナ共同声明(仮訳)」、2023年3月21日、第16パラグラフ。
また、各国の支援の国際比較は、独キール世界経済研究所のUkraine Support Trackerが定評ある。現在の最新データは2023年10月31日までのデータに基づく同年12月7日更新版。 - 5 鶴岡路人「ウクライナへの「安全の保証」をめぐる攻防――日本はなぜ「安全のコミットメント」も避けるのか」『Foresight』2023年9月22日。
- 6 「ウクライナ再建、楽天・住商が参画 年内にも西部中心に」『日本経済新聞』2024年1月19日。
- 7 「国家安全保障戦略」2022年12月16日。
- 8 「ウクライナ支援継続後押し 戦時下の外相訪問、対中危機感も」『時事通信』2024年1月8日。
- 9 鶴岡路人「ウクライナ支援はアジアに悪影響をおよぼすのか」『東洋経済オンライン(地経学ブリーフィング)』2023年7月17日。
- 10 細谷雄一「リベラルな国際秩序と日本外交」2『国際問題』2020年4月号、5-12頁。
また、安藤健二「ウクライナを見捨てれば、日本も同じ運命になりうる。軍事研究者の小泉悠さんは警告する【ウクライナ戦争】」『ハフポスト日本』2023年1月1日も参照。