2023年4月4日、北大西洋条約署名74周年の日に、フィンランドはNATOへの正式加盟を果たした。長年にわたって中立、軍事的非同盟を貫いてきた同国の安全保障・防衛政策にとっては重要な転換点になった。NATOにとっても、北欧への拡大で、バルト諸国の防衛を中心として、同盟の抑止・防衛態勢が強化されることになった。

 ただし、フィンランドと同時に加盟申請したスウェーデンについては、クルド人活動家への対応などをめぐってトルコが反対――加入議定書の承認遅延――を続けているため、今回はフィンランドの単独加盟となった。

 筆者は2023年3月に笹川平和財団のプロジェクトの一環でフィンランドの首都ヘルシンキを訪れ、シンクタンクや政府(外務省、国防省)関係者から集中的に聴取をおこなった。そこで、フィンランドによるNATO加盟という選択について、現地の声をもとに改めて検証したい[1]。

写真:NATO

引き金は「選択の自由」への侵害

 フィンランドは2022年5月に NATOへの加盟申請を行なった。この最大のきっかけが、同年2月からのロシアによるウクライナへの全面侵攻だったことは疑い得ない。この戦争がなければ、フィンランドはいまだにNATO加盟国ではなかっただろう。しかし、それは「最後の一押し」というものだったといえる。

 最初の大きな直接的引き金になったのは、2021年12月のロシアによる条約提案だった。ロシアは、米国とNATOに対してそれぞれ欧州の安全保障に関する条約提案をおこない、その中心的な要素は、さらなるNATO拡大を法的拘束力をもって阻止することだった[2]。NATOも米国もいわば「門前払い」に近いかたちでロシアの提案を拒否したものの、提案当時からフィンランド(およびスウェーデン)では懸念が高まったのである。

 というのも、フィンランドにとっては「NATOオプション」が重要だったからだ。この基本は、「必要な時にはNATOに入る」という選択肢を確保しておくことであった。「入る必要がある際には入ることができる」ために、「今は入らない」という選択が可能になるのである。「入りたいときに入れない」のであれば大問題であり、「入れるうちに入っておく」べきということになる。同盟選択の自由という大原則が脅かされそうになったために、フィンランドは行動を迫られたといってよい。

 今回の現地調査では、面会したほぼ全員が、2021年12月のロシア提案をNATO加盟議論の転換点として強調した。この点の重要性は、サウリ・ニーニスト大統領が繰り返し指摘していたが、政府関係者や研究者の間でもそれがコンセンサスを得た理解になっていることが確認できた[3]。

パニックになったのではない

 同盟選択の自由が侵害されそうになったために行動に出たという解釈から導かれるもう一つの重要な点は、ウクライナ侵攻をみせつけられてフィンランドがパニック状態に陥り、NATOにすがりついたのではない、ということである。その観点で興味深いのは、「差し迫った脅威(imminent threat)」の存在を、皆が口を揃えて否定したことである。

 その背景には、フィンランドにとって、1300キロ以上の陸上国境を共有するロシアの存在は、何も新しいものではないという認識がある。1939-40年の冬戦争に代表されるように、侵略を受けた歴史もある。第二次世界大戦後にNATOに入れなかったのも、ソ連の脅威に対処するうえでの現実的妥協の結果だった。

 しかし結果として、75年以上にわたり、ソ連、そしてロシアの隣に位置しながら、同盟に頼らずに独力で主権と独立、領土を維持してきたのである。容易な占領を許さないための抵抗力を築くことが重視され、いまだに徴兵制を維持している。そこには、これまでの国防政策の成果についての強い自負が存在する。当然であろう。

 そうである以上、ウクライナ侵攻によって、急にフィンランドの安全が脅かされるということにはならない。当初は、NATOへの加盟申請から正式な加盟実現までの期間は、NATO(北大西洋条約第5条)による集団防衛が適用されないために、ロシアによる挑発に対して脆弱になるとの懸念が高まったが、実際には、少なくとも表だった挑発はなかった。フィンランドの当局者や専門家にとっても、これは嬉しい誤算だったようだ。

 同時に、ロシアの動きを常に注意深くみているのもフィンランドである。軍事的挑発が懸念される一方で、フィンランド国境近くのロシア軍基地から、部隊や装備がウクライナに展開していたことを十分に把握していたのである[4]。「ウクライナで忙しいために、フィンランドどころではなかったのだろう」ということだ。

 サイバー攻撃などのハイブリッド戦も懸念されていた。実際に何らかの攻撃が行われた可能性は高いものの、フィンランド側も十分に備えていたのだろう。また、選挙介入や世論工作に関しては、目的がNATO加盟方針の撤回だったとすれば、国民の圧倒的なNATO加盟支持を前に工作を諦めたのではないかとの指摘も聞かれた。

写真:筆者提供

迫られる国防マインドセットの転換

 NATO加盟申請後のプロセスに関しては、北欧諸国におけるクルド人活動家の扱いを理由にトルコがフィンランドとスウェーデンの加盟に異議を唱えることになったものの、加盟交渉自体は1日で終了した。その背景には、1990年代以降、そして特に2000年代前半からのアフガニスタンにおけるNATOと両国との間の作戦上の協力の積み重ねが存在した。すでに「ほぼNATO」になっていたのである。

 そのため、フィンランドのNATO加盟がいかに容易でスムーズであるかが強調されがちである。特に宿題は無しに、気がついたら当然のようにNATO加盟国になっていたというイメージである。フィンランド国内でも、主に外交面の実務家や専門家の間では、そうした感覚が強そうである。

 他方で、国防関係者の間では、そのような楽観的な声があまり聞かれないのは印象的だった。彼らが強調するのは、「国防マインドセット」を変える必要性だった。というのも、NATO加盟以前のフィンランドは、上述のとおり、隣の巨人であるロシアに独力で対処してきた。自分の国は自分で守るということだ。これ自体は単純なロジックかもしれないが、その裏面に存在するのは、他国には頼らないし、他国を支援することもない、という前提である。

 これに対して、NATOの中核は集団防衛である。一国への攻撃は同盟全体への攻撃とみなされ、他国は共同してそれに対処する。つまり、自国防衛を他国にも頼るし、他国の防衛も支援するということだ。これは、実際に国防を担う者・組織にとっては巨大な変化である。国防当局にとっての課題は少なくない[5]。

 ニーニスト大統領は、4月4日の NATO本部での加盟式典で以下のように述べている[6]。

NATO加盟国としてフィンランドは、変化と適応が問われる。加盟は全てを変えるわけではないが、新たな考え方と同時にいくつかの法改正も必要になる。長年にわたって我々はNATOへの適合を進めてきたため、すでに多くがなされている。それでもNATOの共同防衛にフィンランドの防衛を統合させるにはまだ多くの課題が残っている。フィンランド軍は新たな要求や課題に直面し、対応しなければならない。

 具体的な言及はなかったものの、「新たな要求や課題」として想定されるもののなかで特に重要なのは、NATOの集団防衛における他の加盟国の防衛への支援だろう。そしてこれは、繰り返しになるが、フィンランドにとっては全く経験のない領域である。

「前方防衛」におけるフィンランドの役割

 しかも集団防衛の重要性はさらに増している。NATO自身が、集団防衛、なかでも特にバルト諸国などの防衛態勢を抜本的に強化するプロセスの途上にあるからである。2022年6月のマドリードNATO首脳会合で採択された新たな「戦略概念」は、NATO領域には一インチたりとも手を出させないという、「前方防衛」の原則に舵を切った。

 目下、そうした基本的方針を具体的な防衛計画に反映させるプロセスが進められている。防衛計画自体が公表されることはないし、そのプロセスに関する公開情報も極めて限られているが、その重要な柱の一つは、有事の際にどの国の部隊がどこに展開するかという、いわゆる「担当決め」だとされる[7]。これは、冷戦後は長期にわたってなされてこなかったことだが、フィンランドは加盟早々に、このプロセスに入ることになる。

 フィンランドの加盟による、NATOにとっての最大の利益は、バルト諸国の防衛の強化である。フィンランドの貢献が期待されている。ただし、上述のとおり、フィンランドでは、ロシアからの「差し迫った脅威」が感じられていないものの、ポーランドやバルト諸国では、ロシアに対する脅威認識が大きく上昇し、「ウクライナの次の標的は自分達かもしれない」との言説が拡大していることには注意を要する。北欧諸国とバルト諸国は、バルト海を挟んで向かい合っており、一つの「戦域」を形成している。バルト防衛で北欧の役割が重要であることは明確である。しかし、対露脅威認識が完全に一致するわけではない。

 なお、NATOにおける防衛計画の更新の観点では、遅れているスウェーデンの加盟がいつになるのかが厄介な問題になり得る。というのも、数ヶ月の遅れであれば、防衛計画の確定を遅らせるような措置が可能かもしれないが、数年単位で遅れる場合は、フィンランドはNATO加盟国でありながら、スウェーデンは非加盟国だという前提で防衛計画を策定する必要が生じることになる。

 筆者がヘルシンキを訪れたタイミングは、フィンランドの先行加盟が現実味を持って議論され始めた時期と重なる。加盟のタイミングがずれ、フィンランドとスウェーデンがNATOの「内」と「外」に別れたときに、従来通りの二国間防衛協力が阻害されるのではないかとの懸念が一部で聞かれた。

ニーニスト大統領によるしたたかな外交

 なお日本でも、あるいは一部の国際メディアによる報道でも、フィンランドのNATO加盟の文脈でも、同国の最年少女性首相であったサンナ・マリン首相が注目される機会が多かった。しかし、国防の最高責任者はニーニスト大統領である他、米国やロシアといった大国との関係も、伝統的に大統領が担ってきた。同国における大統領と首相の外交における役割や権限に関する綱引きには長い歴史があり、欧州理事会(EU首脳会合)に出席するのは首相だと決められた。

 4月4日のNATO加盟式典にフィンランドを代表して出席したのもニーニスト大統領だったし、今後もNATO首脳会合には大統領が出席するのだろう。そして、加盟までの外交をリードしたのもニーニスト大統領だった。米国のバイデン大統領との関係はもちろんのこと、トルコとの根回しも大統領自らが主導していた。

 この点で興味深いのは米国の議会との関係だ。トランプ政権がNATOを疑問視する姿勢を示したことは、フィンランドでも意識されており、2024年大統領選挙結果への懸念は大きい。しかし、米国におけるNATO支持が体現されるのは連邦議会であるとの考えのもと、ニーニスト大統領を筆頭に、フィンランドは連邦議会への徹底的なアプローチをおこなってきた。大統領訪米にあたっては議会訪問がセットされ、ミュンヘン安保会議などの国際会議の機会にも、米議員団との面会が行われることが多い。これらはすべて、極めて意識的な外交活動だったのである。このアプローチは今後も変わらないとみられる。同盟管理における議会との関係の重要性は、日本にとっても興味深い。

写真:フィンランド大統領府
(ミュンヘン安全保障会議でのニーニスト大統領と米上院議員団との会合、2023年2月)

 こうして、フィンランドはNATO加盟国としての歴史を歩み出そうとしている。NATO加盟によって、「フィンランド化」という言葉も、耐用期限が来ることになるだろうか。これからの時代のフィンランド化はNATO加盟と、強力な国防態勢の構築という意味に変容するかもしれない。そして、中立概念に引っ張られた北欧イメージも変容が迫られることになる。ロシアによるウクライナ侵攻がもたらした、欧州国際関係の最も大きな構造的変化だといえる。

(2023/05/09)

脚注

  1. 1 フィンランド、スウェーデンのNATO加盟問題についてより詳しくは、拙著『欧州戦争としてのウクライナ侵攻』(新潮選書、2023年)、176-189頁を参照。また、軍事面については、長島純「フィンランドとスウェーデンのNATO加盟に見る軍事同盟の進化」笹川平和財団国際情報ネットワーク分析(IINA)、2022年6月10日参照。
  2. 2 Ministry of Foreign Affairs of the Russian Federation, “Treaty between The United States of America and the Russian Federation on security guarantees,” 17 December 2021; “Agreement on measures to ensure the security of The Russian Federation and member States of the North Atlantic Treaty Organization,” 17 December 2021.
  3. 3 同大統領の声明等については、例えば下記を参照。President of the Republic of Finland, “President Niinistö spoke with Russian President Putin,” 14 May 2022; “President of the Republic of Finland Sauli Niinistö’s New Year’s Speech on 1 January 2022,” 1 January 2022.
  4. 4 “Exclusive: Russia moves missiles from St Petersburg to Ukraine,” Yle, 18 September 2022.
  5. 5 Matti Pesu and Tuomas Iso Markku, “Finland as a NATO Ally: First Insight of Finnish Alliance Policy,” Finnish Foreign Policy Paper, No. 9/2022, Finnish Institute of International Affairs, 15 December 2022.
  6. 6 President of the Republic of Finland, “Speech by President of the Republic of Finland Sauli Niinistö at the NATO accession ceremony in Brussels,” 4 April 2023.
  7. 7 “Russian Invasion of Ukraine Revolutionizes NATO Military Strategy,” New York Times, 17 April 2023.