2020年12月30日、中国とEUはテレビ首脳会談を開き、包括的投資協定(Comprehensive Agreement on Investment: CAI)への大筋合意を発表した。まさに年末ぎりぎりの駆け込み合意だった。11月頃までは妥結断念との観測が広がっていたが、土壇場で動いた。中国側が譲歩したようである[1]。EU側では、2020年後半の議長国だったドイツのメルケル首相が交渉妥結に強い意思を有し、自ら指導力を発揮したといわれている[2]。

 合意文書は、その後1月22日になって公開された[3]。投資協定とはいうものの、狭義の投資環境の整備のみに関するものではない。例えば、「投資と持続的開発」と題された章には、労働基準や環境に関する条項が存在する。また、技術の強制移転や補助金等に関する規定なども盛り込まれる[4]。

 しかし、この協定を巡っては賛否両論で激しい議論がなされている。以下では、批判論と擁護論、さらには日本の視点を順に分析する。その上で、結局問われるのは、協定への賛否を乗り越え、中国とのいかなる関係を築くかという問題である。

 EU・中国投資協定に関するこれまでの議論の特徴をあらかじめ俯瞰すれば、本来技術的な性格の強かったはずの投資協定の交渉が、EU・中国関係の全体を規定するもののようなイメージで語られてきたことが指摘できる。それゆえの大論争である。その背景には、EU側が中国との投資協定の意味を過剰に売り込んできたことも否定できない[5]。また、特に交渉の終盤で、議長国ドイツのメルケル首相が前面に出たことも、同協定の政治的注目度を過度に引き上げる一因になってしまった。しかし実態としての投資協定は、多面的なEU・中国関係の「一要素[6]」に過ぎない。こうした全体像を背景に、EU・中国投資協定の具体的論点をみていくことにしよう。

協定批判論

 EU・中国投資協定への批判論は大きく5つに分類できる。第1は、EUが得た譲歩は小さく、中国側が遵守する見込みも低いというものである[7]。EUにとっては、欧州企業による中国での投資環境の改善が目的であり、中国への投資規模の大きなドイツの産業界が支援していたという経緯がある[8]。この交渉は2014年に開始されたが中国側は当初熱心ではなかった。というのも、EU市場はすでに開かれていたのに対して、中国市場に制約が多く、中国に有利な状態だったからである。

 第2の問題はタイミングだった。米国で国際協調を推進するバイデン政権が誕生する直前の合意になった。バイデン政権は、トランプ時代に傷ついた米欧関係の立て直しを掲げ、中国に関する米欧協力にも積極姿勢を示していた。それを待たずにEUが単独で行動したことで、米欧協力に水を差したというのである。バイデン政権で国家安全保障担当大統領補佐官に就任したサリバンは、12月22日のツイートで、「欧州との早期の協議を期待する[9]」と述べ、EU・中国合意を牽制していた。

 第3の批判は、そうしたタイミングでEUと中国が合意したことで、中国に外交的、ないし戦略的勝利を許してしまったとするものである。中国は、米新政権下で米欧が団結して中国に敵対することを恐れていた。交渉の最終盤で中国が譲歩したのは、中国側が合意を欲していた証である。中国の狙いは米欧分断であり、EUはそれを知りつつ受け入れたということになる[10]。今回の合意を、EU側はビジネス環境の改善という視点でみていたのに対し、中国側は、安全保障を含む国家戦略として捉えていたのである[11]。合意は、中国、そして国際社会に対して誤ったメッセージを発信することになったと批判される。

 第4に人権問題である。香港や新彊の情勢が悪化し、国際社会の懸念が高まるなかでの合意は、そうした人権問題をEUとして容認するというメッセージになってしまった。この種の批判は、米国からの圧力というよりは、欧州内で自発的に高まった点に留意する必要がある。人権や規範を重視してきたEUとして、今日の中国と接近することは自己矛盾だというのである。欧州議会は、1月21日に可決した主に香港情勢に関する決議で、今回の合意を、「グローバルな人権擁護アクターとしてのEUの信頼性を損ないかねない[12]」と批判している。

 第5に、EU内では、合意をドイツが相当強引にまとめ上げたことへの反発がある。欧州委員会が自らの交渉マンデートの下で交渉していたはずだったが、議長国であるドイツが前面に出てきたのみならず、12月30日のテレビ会談には、メルケル独首相の招待により、フランスのマクロン大統領が参加したのである。フランスは何の資格でこれに参加したのか。これは、Brexit後のEU外交が独仏主導になることへの警戒感を高める結果にもなっている[13]。

協定擁護論

 これらはいずれも重要な論点を含んでいるが、EU・中国協定を擁護する声も少なくない。第1に、EUが特別な行動をしたとはいえない現実がある。というのも、EU内では、2020年1月の米中第一段階合意や、同11月に合意された地域的な包括的経済連携協定(RCEP)の結果、EUが取り残され、欧州企業が不利益を被ることへの懸念が高まっていた。EUの観点では、米国やRCEP諸国に、まさにキャッチアップすることが目的だったのである[14]。米中合意やRCEPが批判されずに、EU・中国協定のみが問題視されるのはフェアではないとの議論には十分な根拠があるだろう。

 第2に、たとえ不十分だったとしても、中国に対してEUの求める国際的ルールを受け入れさせるツールが今回の協定だということもできる。この観点ではRCEPなども同様である。小さな一歩だとしても合意を積み重ねていくことは、国際的ルールにのっとった経済活動を保証するうえで必要だという議論である[15]。

 人権に関連しても同様である。EUは、中国に対して、ILOにおける強制労働の禁止に関する条約の批准を求めている。中国は、それらの批准のための「継続的、持続的努力」を行うとコミットすることになった[16]。協定への反対派はこれを不十分であると主張するが、協定で明言された以上、今後EU側が中国に批准を求める根拠となる。協定を締結しないことで、人権状況が改善するわけでもないだろうとのシニカルな指摘もある[17]。

 第3に、中国との協定合意による対米関係への悪影響も、短期的なものにとどまる可能性がある。まだ発足間近であるものの、米新政権からは、特段の強い姿勢は表明されていない。その背景には、今回の合意はタイミングとメッセージが問題だったとしても、協定の中身自体は、特段問題とされないという事情もあるのではないか。

日本の視点

 EU・中国合意に関して日本政府はこれまでのところ公式の反応を示しておらず、日本においては関心も特に高いとはいえない。そうしたなかでも、批判論と擁護論、あるいはより正確には黙認論が併存している。

 中国が米欧離間を狙っていたことに鑑みれば、EU・中国合意は、中国にとってまさに「大勝利」であり、そのこと自体憂うべきことだという批判が可能である[18]。米中間の戦略的競争や、アジアにおける中国の強硬姿勢に照らして、それが避けるべきことだったことは明らかであろう。

 加えて、「人権問題脇に経済優先[19]」や、「EUは今後も人権や民主主義を重視する対中姿勢を維持(すべき)[20]」といった、人権面での批判的評価もある。しかし、日本が対中政策において人権を優先したことはないのが現実である。EUのみに人権重視を求めるのは、欧州議会などの欧州内の議論としてはよくても、日本からだとすればフェアとはいいにくい。欧州と中国の接近を阻止するための方便であればなおさらであろう。さらにいえば、RCEP締結時に、中国の人権状況を理由とした反対論は全くといってよいほど聞かれなかった。

 協定の中身に関して、上述のようにEUの観点では、米中第一段階合意やRCEPに追いつくことが目指されていた側面も大きい。そうであれば、より建設的な姿勢は、国際的なルールの受け入れに関して中国がEUに対して行った譲歩を、中国がより国際的ルールに則って行動するためのテコとして活用するという姿勢であろう。実際、RCEPなどの中国との交渉において日本が目指してきたのも、国際的ルールの拡大であった[21]。この点ではEUのアプローチとも親和性が存在する。

 他方、EU・中国投資協定の結果として日本企業が相対的に不利な状況におかれることがあるとすれば対処が必要になるかもしれない。同時に注目すべきは、EUとの合意を中国が実際に履行するかであろう。

中国との関係における目標策定の課題

 EU・中国投資協定は今後、協定文の確定、署名を経て、EUと中国の双方で批准作業に移る。EU側では欧州議会の承認が必要であり、ここで、人権問題を中心に厳しい反対論が噴出することが予想される[22]。したがって、今回の合意が実際に協定として発効するまでには、まだ紆余曲折があるだろう。2021年末までには欧州議会に送付されるというスケジュールが想定されており、その間には、バイデン政権の対欧州、対中国政策の態勢も固まり、中国に関する米欧の協議も本格化する可能性が高い。欧州議会での議論は、その時点での香港や新彊の情勢にも影響を受けることになる。

 今後の議論において実質的な焦点になるのは、協定の是非以上に、中国との関係、特に経済関係において、何を戦略的な目標にするかである。投資を含む経済関係の強化から、サプライチェーンの多角化、さらには切り離し(ディカプリング)まで、選択肢は幅広い。その中で何を追求するのか。完全な一致は無理でも、日本、米国、EU等の間でのすり合わせは、従来以上に重要になる[23]。米国とEUとの間では、先端技術や輸出管理を含め、中国に関する協力が模索されている[24]。日本としては、それに参画するのみならず、アジェンダ設定を含めて、いかに主導権をとれるかが問われることになるだろう[25]。

(2021/02/04)

脚注

  1. 1 “Cynicism explains a flawed new EU-China commercial pact,” The Economist, 9 January 2021.
  2. 2 “EU, China Agree on Terms of Investment Pact Despite U.S. Wariness,” Wall Street Journal, 30 December 2020.
  3. 3 例えばEUの欧州委員会貿易総局の下記ウェブサイトで閲覧可能。ただし、これは全文ではなく、市場開放に関する具体的な内容などを含む付属書は2021年2月に公表予定。https://trade.ec.europa.eu/doclib/press/index.cfm?id=2237
  4. 4 European Commission, “Key elements of the EU-China Comprehensive Agreement on Investment,” Brussels, 30 December 2020.
  5. 5 François Godement, “Wins and Losses in the EU-China Investment Agreement (CAI),” Policy Paper, Institut Montaigne, January 2021.
  6. 6 “Understanding the new EU-China investment agreement,” CEPS webinar, 27 January 2021でのSabine Weyand欧州委員会貿易総局長の発言。
  7. 7 Gideon Rachman, “Europe has handed China a strategic victory,” Financial Times, 4 January 2021.
  8. 8 “European lobby group in China urges EU to sign Beijing deal,” Financial Times, 24 December 2020.
  9. 9 https://twitter.com/jakejsullivan/status/1341180109118726144
  10. 10 Andrew Small, “Europe’s China deal: How not to work with the Biden administration,” Commentary, ECFR, 21 January 2021.
  11. 11 Didi Kirsten Tatlow, “The EU-China Comprehensive Agreement on Investment (CAI): One deal, two realities,” DGAP Online Commentary, DGAP, 19 January 2021; Dalibor Rohac, “With China deal, EU leaves the hard part to Washington,” Politico.eu, 6 January 2021.
  12. 12 “European Parliament resolution of 21 January 2021 on the crackdown on the democratic opposition in Hong Kong (2021/2505(RSP)),” European Parliament, 21 January 2021, para. 16.
  13. 13 “Germany’s drive for EU-China deal draws criticism from other EU countries,” Politico.eu, 1 January 2021.
  14. 14 Julia Friedlander, “Furor Over Europe’s Investment Agreement with China is Overblown,” The National Interest, 30 December 2020; “China sees EU investment deal as diplomatic coup after US battles,” Financial Times, 1 January 2021.
  15. 15 James Andrew Lewis, “The EU’s Investment Agreement with China Is a Diplomatic Opportunity,” Commentary, CSIS, 5 January 2021.
  16. 16 “The EU-China Comprehensive Agreement on Investment (CAI),” Section IV, Sub-section 3, Article 2.
  17. 17 Paul Taylor, “In defense of the EU-China investment deal,” Politico.eu, 8 January 2021.
  18. 18 中沢克二「米欧同盟裂く『離間の計』、習近平軍団が仕掛けた心理戦」『日本経済新聞』2021年1月6日。
  19. 19 「中国とEU、投資協定で基本合意 人権問題脇に経済優先」『朝日新聞』2020年12月30日。
  20. 20 「[社説]対中交渉に要るEU・米の連携」『日本経済新聞』2021年1月5日。
  21. 21 “Japan teams with RCEP allies to push China on data free flow.” Nikkei Asia, 30 December 2020.
  22. 22 Zsuzsa Anna Ferenczy, “Will the EU-China Investment Agreement Survive Parliament’s Scrutiny?” The Diplomat, 27 January 2021.
  23. 23 Matthew Kroenig and Jeffrey Cimmino, “Global Strategy 2021: An Allied Strategy for China,” Atlantic Council of the United States, December 2020.
  24. 24 “Joint Communication to the European Parliament, the European Council and the Council: A new EU-US agenda for global change,” JOIN(2020) 22 final, Brussels, 2 December 2020.
  25. 25 鶴岡路人「[解説]戦略的自律を目指す欧州 試される日本の外交力」WEDGE Infinity、2021年1月18日(『Wedge』2021年1月号、41頁)。