2017年1月の米トランプ(Donald Trump)政権の発足から一年が経過した。すでに大きな影響を受けている分野もあれば、これまでのところ平穏に推移している(ようにみえる)部分もある。日本では、安全保障に関しては日米同盟の強化を含めて極めて順調であり、楽観的な空気すらあるが、通商・経済面では貿易不均衡や二国間の自由貿易協定など、不透明な部分が少なくない。

 トランプ政権によって世界が破壊されるだろうとの前提から出発すれば、今日の世界は意外にも平穏だという評価になる。他方で、過激なツイート外交や保護主義的主張などにより、戦後世界を支えてきた政治的正しさ(PC, political correctness)ならぬ「外交的正しさ」のようなものは、すでに崩壊したし、それは単なるスタイルの問題ではないのかもしれない。内政でも外交でも、たがが外れたような感がある。

 それを最も切実に感じてきたのが欧州である。そこでここでは、欧州がこの1年、いかにトランプ政権と向き合ってきたのかを振り返りつつ、米欧関係を通じて見えてくる課題を考えたい。

出発点としての「トランプ現象」への嫌悪

欧州にとってのトランプ政権を考える際に、まず前提となるのは「トランプ的なるもの」への嫌悪感の強さであり、ここが日本の状況と最も異なる[1]。特に、自国の内政においてポピュリスト(排外主義、反エスタブリッシュメント、反エリート)勢と日々戦っている指導者にとって、米大統領選におけるトランプ候補の勝利、いわゆる「トランプ現象」は他人事ではなく、その波及に神経質にならざるを得ない。嘆かわしいと同時に脅威である。

そして各国の国民の間でも、トランプ大統領個人、および同政権に対する反発が強い。例えばピュー・リサーチセンターによる2017年6月の調査[2]では、トランプ大統領に信頼をよせるのは欧州10カ国の中間値でわずか18パーセントであり、国によってはオバマ(Barack Obama)政権期と比べて80ポイントの低下である。

そうしたなかで、各国の指導者にとって、「トランプ大統領と親しい」というイメージは、国内的にマイナスに作用する可能性が高い。安倍首相のようにゴルフで親睦を深める状況にはないのである。2016年秋のドイツ連邦議会選挙では、欧州のなかでもトランプ政権に最も厳しく接してきたと思われるメルケル(Angela Merkel)首相までもが、トランプ追随だとして批判された。

加えて、やはり欧州の依拠する価値にトランプ政権が無頓着、ないし敵対的であることも、欧州におけるトランプ政権に対する認識に大きく影響している。移民受け入れは欧州においても論争的な問題であり、トランプ政権による「移民締め出し」のようなレトリックに同調する勢力は欧州でも増大している。しかし、移民・難民の主たる発生源である中東と事実上地続きである欧州にとって、入国を禁止するというだけでは問題解決にならない。

地球温暖化への取り組みも、価値観に関わる深刻な問題であり、トランプ政権によるパリ協定離脱の問題は、米欧関係に大きな影を投げかけている。オバマ政権時代に米国とEUとの間で交渉されていた環大西洋貿易投資パートナーシップ(TTIP)も事実上頓挫した。これ自体は、EU側でも当初から論争的であったために、トランプ政権批判の原因になっているとは言い切れないものの、同政権における貿易赤字への強硬姿勢は、日本と同規模の対米貿易黒字を抱えるドイツにとっては、時限爆弾である。

NATO

小康状態のNATO・・・

トランプ政権のNATO(北大西洋条約機構)への姿勢は、同政権発足にあたって、最も懸念されていたものの一つだった。ロシアの脅威が増大するなかで、米国の安全保障上のコミットメントが揺らぐのではないかとの懸念である。選挙期間中のトランプ候補は、NATOへのコミットメントが条件付であるかのような発言を繰り返していたし、就任後初めてとなる2017年5月のNATO本部訪問でも、集団防衛を規定した北大西洋条約第5条への言及を避けるなど、欧州側の疑念はなかなか晴れなかった。[3]

しかし、その後、トランプ大統領は集団防衛へのコミットメントを表明[4]するようになった。加えて、実際の行動という観点では、ポーランドへの部隊の配備など、対露抑止のためのNATOの抑止・防衛態勢の強化に米国は主導的な役割を果たし続けている。2018年度予算では、「欧州抑止イニシアティブ(EDI)」[5]として48億ドルが要求されており、これは、オバマ政権時代の前年度予算の34億ドルからの大幅増額である。これらを受け、欧州の安全保障に対する米国のコミットメントへの疑念は、概ね解消された状況にある。

ただし、選挙期間中からの要求である欧州諸国による国防予算増額の行方は予断を許さない。欧州の多くの国では、ロシアの脅威やテロへの対応などから、トランプ政権発足以前の段階から国防予算が底を打ち[6]、増額に転じていた。それに「トランプ・ファクター」が加わった格好である。

2017年の米国を除くNATO加盟国の国防予算は前年比で5パーセントのプラス(推定値)になった。しかし、GDP(国内総生産)比2パーセントというNATOの目標値に全ての国が到達するのは容易ではなく、ストルテンベルグ(Jens Stoltenberg)NATO事務総長によれば、今年は8カ国、達成目標の2024年で15カ国がこれを満たすとの見通し[7]である。大きな進歩だが、トランプ大統領としては不満であろう。当面は「努力中」として、いわば時間稼ぎが可能だが、この小康状態がいつまで続くかは予断を許さない。

イラン

より自立した欧州へ?

ただし、見方を変えれば、継続性が確保されているのは安全保障分野のみだともいえる。米ブルッキングス研究所のライト(Thomas Wright)米欧センター長が指摘[8]するように、さまざまな分野で米国が国際的関与から手を引こうとしているなかで、コミットメントが継続している安全保障が例外ということなのかもしれない。

欧州がトランプ政権の今後、そして米欧関係を占う最大の試金石となるのは、イランに関する核合意である「包括的共同作業計画」(JCPOA、Joint Comprehensive Plan of Action)の行方であろう。同合意に至る過程では英仏独といった個別の欧州主要国のみならず、EUが前面に出て主要な役割を果たしたとの背景がある。また、欧州にとって中東は地理的にも近隣地域であることから、せっかくできた合意を米国が破壊するようなことになれば、欧州の反発は極めて大きなものになることが予想される。

同時に、トランプ政権への政治的嫌悪感や米国への信頼の低下、さらには同政権による極めて強硬なバードン・シェアリングの要求の結果として、政治・外交・安全保障における欧州の自立志向が高まっている。英国のEU離脱(Brexit)もこれを後押ししている。

その背景には「今度こそ自立のチャンスだ」という積極的な部分と、「望んだわけではないが自立せざるを得ない」という消極的な感情が混在している。ただし、出発点の意図がどちらにあったとしても、中長期的に新たなダイナミズムに発展する可能性がある。

もっとも、安全保障に関しては「どうせ米国に依存し続けなければならない」、「トランプ政権が終わればまた元に戻る」という議論も可能だし、その蓋然性は低くないだろう。マクロン(Emmanuel Macron)仏大統領や、メルケル独首相による勇ましい発言にもかかわらず、欧州として自立のためのコスト負担の準備が万端であるようにはみえない。

しかし、米国の負担軽減のために同盟国の負担増や自立を求める米国の姿勢が、トランプ政権限りのものではなく、今後も続く構造的潮流であるとすれば、自立する(せざるを得ない)欧州がどこに向かうのかは、日本にとっても他人事ではない。

欧州側の課題とともに問われるべきは、米国の側に、同盟国の自立をどこまで認める準備ができているかである。米国は、欧州に対してバードン・シェアリングや自立を促しつつ、しかし同時に自らの影響力の低下の可能性には極めて敏感に反応し、特に安全保障・防衛分野での欧州独自のイニシアティブにブレーキをかけてきた歴史がある。トランプ政権においても、EUにおける防衛協力の進展を受けて、NATOとの競合を懸念する声[9]が出始めている。どこかで見た光景である。

同盟国がコスト負担を増し、自立性を高めるのであれば、米国の影響力が低下することは当然である。他方で、米国にしてみれば、それでも従来の影響力を維持したいと考えるのも、感情としては理解できる。これをいかに乗り越え、新たな均衡点を見つけることができるのか。当面は米欧間の課題かもしれないが、日米間でも今後より真剣に問われることになる可能性がある。