【「欧州とインド太平洋の同盟間協力プロジェクト」のポリシーペーパー掲載のお知らせ】
この度、IINA(国際情報ネットワーク分析)では「欧州とインド太平洋の同盟間協力プロジェクト」と提携して、米欧と日韓豪の専門家による欧州とインド太平洋の同盟間協力構築のための情報を日本語と英語で掲載いたします。今後の世界の戦略的中心となるインド太平洋と欧州の米国の同盟国間の協力について少しでもIINA読者の理解にお役にたてれば幸甚です。
インド太平洋とは、2つの大洋と世界有数の人口大国3カ国(インド、中国、インドネシア)を包含する地域を指す、近年生まれた用語だ。問題の火種を数多く抱える地域でもある。その代表が、南シナ海や台湾をめぐる領土問題、イランと北朝鮮における核兵器拡散の危機、アフリカの角地帯やアデン湾のほか複数の列島周辺における海賊問題の長期化、そして環境安全保障問題だ。規制の欠如と多国間主義が、この地域の不確実性と不安定さに拍車を掛けている。
中国の台頭は世界の勢力均衡を根底から変えた。同国は国際法をあからさまに踏みにじる姿勢を強め、外交も攻撃的だ。インド太平洋地域における軍事費は過去20年間で140%増加し、世界のどの地域よりも高い伸び率を記録している。中でも伸び率が高い国の代表は中国と韓国であるが、世界の国防費上位10カ国中、インド太平洋地域の国は実に7カ国に上る。
こうした軍備増強は主として量的なもので、特に東南アジアではその傾向が強い。とはいえ、より大型で多目的性を高めた艦艇の建造に加え、ドローン、潜水艦、艦艇自動化を含むあらゆる分野でイノベーションを推進するなど、技術面での向上も伴っている。中国と米国の間に広がる海域をはじめとする海洋地域を支配・制覇する上では、潜水艦が不可欠だ。
中国は、南シナ海の出入口を支配し、世界中で自国の戦略的利益を守るという2つの目的の下、米国海軍との戦略的均衡を目指している。その防衛装備購入計画は、あらゆる種類の海軍艦艇と軍民両用船を網羅するものだ。中国海軍は、艦艇数では米国海軍を上回っているが、主力艦の隻数で上回る米国海軍が力での優位を保っている。一方で米国は、中国海軍の拡大が生み出す問題に対処すべく、一部の海軍部隊のインド太平洋地域への配備変更を行っている。両国海軍がにらみ合いを続ける一帯は、今やインド太平洋地域に複数存在する。台湾(および台湾海峡)の情勢は米中間の緊張を如実に映し出すものではあるが、影響力と支配をめぐる戦略的競争という全体像においては、ほんの一部にすぎない。
海洋軍事化はサイバーゲリラから弾道ミサイル拡散まで多岐にわたり、急速に進行するこうした問題への対処に必要な即応性と強靱性をNATO加盟国が有しているのかという疑問が生まれている。
フランスは、欧州の大国では唯一、インド太平洋地域に多数の領土を有している。同地域でフランスの主権が及ぶ領土には180万人が居住し、これらの領土はフランスの排他的経済水域の90%を構成する。海洋境界を含めればフランスは世界2位の海洋大国であり、インド太平洋地域では海外領土のレユニオン、ニューカレドニア、タヒチに7,000名の兵を駐留させている。フランスはこうした領土の保有ゆえに、インド太平洋地域の安全保障と安定に直接責任を負う立場にある。
フランスの包括的なインド太平洋戦略は、海洋安全保障の確保、ルールに基づく国際秩序の維持、航行の自由の保護、およびパートナーシップの強化に重点を置く。中でも注力しているのが、法の尊重と多国間主義に基づく国際秩序の維持であるが、この国際秩序は抑制なきパワーダイナミクスによって弱体化されつつある。フランスは、日米豪印戦略対話(クアッド)構成国との海洋安全保障や防衛技術に関する協力を深めてきた。欧州の戦略的自律性に尽力するフランスは、戦略的競争の影響から自国の主権を守らねばならないというインド太平洋諸国の姿勢を理解している。AI、第5世代移動通信(5G)技術、半導体製造等の分野での米中間の競争により、各国は同調的な立場を取りながら同盟国やパートナー国との約束も守り、かつ、自国の技術力も向上させるという、難しいかじ取りを迫られているためだ。
NATOはインド太平洋地域に関与すべきなのだろうか。2024年7月のNATO首脳会合は、同地域の安定や安全保障を脅かす問題への対処におけるNATOとIP4諸国の連携強化を示すものとなった。なお2022年のNATO戦略概念も、インド太平洋地域について「同地域の動向は欧州・大西洋地域の安全保障に直接影響を及ぼし得るため、NATOにとって重要」と記している。[1]
ロシアのウクライナでの戦争を支援すべく北朝鮮兵が派遣されたことは、欧州・大西洋とインド太平洋両戦域間のつながりを裏付けている。さらに、イラン・中国・ロシア間の戦略的協力は、ロシアに対する直接的な軍事・経済支援を含んでおり、EUやNATOの加盟国では、戦略的競争国間の連携緊密化や広範化がもたらす脅威への懸念が高まっている。IP4諸国は、ウクライナへの軍事・経済支援、ロシアの戦争に対する非難、ロシアへの制裁実施を通じ、欧州・大西洋地域の安全保障へのコミットメントを示してきた。インド太平洋地域は今や、欧州・大西洋地域の安全保障にとって不可欠で補完的な存在となっている。
こうした中でNATOとIP4諸国では、両者間の関係強化や協調体制の改善に向けた取り組みがいくつも提案されている。特に注目すべきは、国別適合パートナーシップ計画(ITPP)と4つの旗艦事業だ。後者は、ウクライナの軍事医療に対する支援、サイバー防衛、偽情報対策、AIその他の技術強化に重点を置いている。NATOとIP4は両者間の協力強化に向けてこれらの旗艦事業を推進すべく、2024年3月にはAI専門家グループを立ち上げている。
ただし、インド太平洋地域ヘの関与はNATOの任務ではない。フランスにとって、同地域への関与は中国との直接的な軍事競争につながる可能性もある。大半の欧州諸国は中国に対して経済的に依存し続けているため、このような軍事面での対立が経済に悪影響を及ぼすことを恐れている。フランスは、中国を競争相手と考えているが敵とは見なしていない。この見方はEUの中国政策を反映するものでもある。
一方で、インド太平洋地域はいくつもの領土紛争を抱える戦域であり、適切に対処しなければ事態が悪化して危機や軍事衝突を引き起こし、関係国すべてに深刻な影響をもたらす恐れもある。具体的には、自由で開かれた海域を維持すること、海上通商路を海賊行為や密売等の脅威および航行の自由の制限から守ること、そしてグレーゾーンにおける対立や戦争のリスクを高める中国の威圧的行動や拒否力行使を押さえ込むことが難しくなる。
NATOとIP4諸国は、技術力の不均衡がもたらす多次元の安全保障問題にも対応を迫られている。日本、韓国、シンガポールといった国々は、ロボットや自動化等の技術インフラやイノベーションにおいても先駆的存在だ。しかしインド太平洋地域には同時に、フィリピン、インドネシア、マレーシアのように高速インターネットや手ごろな価格の端末の普及にすら難航している国も存在する。こうした不均衡は、国家間の経済格差を拡大させて緊張を高める要因となる。
もう1つの重要な問題は、元仏海軍参謀長で現在はNATO変革連合軍最高司令官を務めるピエール・ヴァンディエ大将が言うところの「距離の専制」だ。情勢悪化や軍事衝突の際に長距離を横断できる海軍アセットの数が限られる中、NATOとIP4はどうすれば欧州・大西洋地域とインド太平洋地域全体にわたって海洋安全保障と安定を確保できるのだろうか。そして各国はどうすれば、戦争勝利に向けた準備を進めつつ、さらなる事態悪化や衝突を防くことができるのだろうか。
欧州・大西洋地域とインド太平洋地域との協力はこれまでのところ、EUと日本やEUと韓国のようにNATO加盟国の一部とIP4の特定の国との間で行われるか、さまざまな国際組織の枠内で行われてきた。後者の例が東南アジア諸国連合(ASEAN)の安全保障フォーラムや英国国際戦略研究所(IISS)のシャングリラ会合だ。多様な枠組みを通じた対話は、各参加国の位置付けや戦略的利益を考慮しつつ、それぞれの枠組み間での一貫性を確保することが必要になる。そのためには、地域間対話を別途立ち上げる前にまず、共通の利益を定義することが肝要だ。
海洋安全保障協力の緊密化に向けては、各国の海軍・沿岸警備隊間の連携強化も欠かせない。そして、こうした連携強化には海洋・宇宙監視を通じた海洋状況認識の向上が必要だ。NATOとIP4には、情報・データ共有という基礎の上に共同作戦像を構築し共有することが求められる。ただしこの目標は、各国が抱える課題についての相互理解を深めることなくしては達成できない。さらに、欧州各国の海軍やNATOとともに従来型の海軍を常駐させることも、戦略的競争国による敵対行為を抑止するためには必須となる。上記の目標の達成には以下の2つの提言が役に立つかもしれない。
- 欧州・大西洋とインド太平洋の両戦域に展開する部隊間の相互運用性と連携については、NATOが見本となり得る。NATOは現在、指揮統制の再構築を進めており、意思決定の向上と迅速化に向けてAI等の最新技術を取り入れている。こうした作業から得たものはIP4と共有できる可能性がある。
- 米国とIP4パートナー諸国が参加する定例の軍事演習や訓練に、NATO加盟国やその他の欧州諸国も参加することが考えられる。
2つ目の提言の例は、2024年の環太平洋合同演習(RIMPAC)だ。欧州・大西洋地域とインド太平洋地域から多数の同盟国やパートナー国の海軍が参加したこの演習では、欧州からこれまで以上に積極的な参加が見られた。例えば、フランスからは哨戒フリゲート艦ではなくアキテーヌ級多任務フリゲート艦が参加し、ドイツとイタリアからも数隻の海軍艦艇が加わった。フランスは2025年にはインド太平洋地域に空母を派遣予定であるが、これは同海域で欧州の存在感が着々と増しつつあることを示す一例にすぎない。こうした変化のすべては、フランス主導で「インド太平洋地域における協力のためのEU戦略」が採択された後に起きたものだ。2021年に採択されたこの戦略は、EUがインド太平洋地域への関与を表明した初の文書である。
EUやNATO加盟国によるインド太平洋地域へのコミットメント強化の表明には、共通戦略を策定し、競争が衝突に転じた場合には持続可能な部隊を結成するという課題が伴う。こうした衝突が現実のものとなった際には、NATOとそのパートナー国にとって、その軍事態勢の信頼性が試されることになる。
(2025/06/20)
*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
【Cooperation between European and Indo-Pacific Powers in the US alliance system project:Policy Paper Vol. 5】
A French View of the Indo-Pacific Challenges and How Allies Can Prepare to Face Them