1947年の分離独立以来、3度の全面戦争を戦い、1998年に相互に核保有してからも限定戦争や軍事対峙を繰り返してきたインドとパキスタンが再び戦火を交えた。インドがパキスタンからの「越境テロ」[1]に対し、懲罰的な攻撃を加えたことが直接の契機となった。核を保有している相手にインドはなぜこのような大胆な行動をとったのか?今回の交戦が今後の印パ関係、さらには国際社会にどのような意味をもつのか?戦闘開始から4日で急転直下の停戦合意に至ったのはなぜか?以下ではこれらの問いを考察する。

パハルガムテロへの怒り

 発端はまたしても衝撃的なテロであった。4月22日、カシミールのインド実効支配地域、パハルガムで観光客ら26名が犠牲となる事件が発生した。テロリストは非イスラム教徒、とくにヒンドゥー教徒の男性を標的とした。犠牲者には新婚旅行中のインド海軍士官も含まれ、遺体の脇で泣き崩れる妻の姿は、インド中の同情と憤激を呼んだ[2]。

 事件発生直後、パキスタンに根拠地を持つイスラム過激派組織でこれまで何度もインドへのテロ攻撃を行ってきたラシュカレ・イ・トイバ(LeT)の関連組織「抵抗戦線(TRF)」が犯行声明を出したこともあり[3]、モディ政権はただちにパキスタンへの攻勢を開始する。さらに翌23日には、駐在武官追放を含む外交団の縮小、陸路国境検問所の閉鎖、パキスタン人への査証停止・無効化と退去要請、貿易停止、さらにはインダス川水利協定の一時停止まで発表した[4]。これに強く反発するパキスタンも、ほぼ同様の措置で対抗した。軍事的にも、ミサイル発射実験やアラビア海での海上演習等を双方が展開し緊張が高まった。29日、モディ首相は陸海空の参謀長らを前に、「方法、標的、時期を決定する完全な作戦上の自由」を付与したと述べ[5]、事行動開始は時間の問題とみられた。

 というのも、2016年のウリ空軍基地襲撃事件に対しては、パキスタン側カシミールに限定攻撃を実施し、2019年のプルワマでの中央警察予備隊へのテロに対しては、パキスタン「本土」であるバラコットを空爆するなど、テロに対しては軍事的措置を取るのがモディ政権の方針だったからである。そのうえ、ヒンドゥー・ナショナリストを自任する政権がヒンドゥー教徒を標的にしたテロに「何もしない」という選択肢はないと考えられた。ただ、問題は、これまで以上の報復攻撃であることを国民世論に示しつつも、いかにエスカレーションを招かず、予想される反撃の被害を最小限にするような軍事オプションを見いだすかであった。バラコット空爆ではその後の空中戦で印空軍機が撃墜され、パイロットが相手に一時拘束されるという屈辱を味わっただけに、慎重に作戦を検討したものと思われる。

「シンドゥール作戦」とパキスタンの応戦

 5月7日未明、インド軍は「シンドゥール作戦」を実施したと発表した。ヒンドゥー教徒の既婚女性が髪に塗る化粧品を作戦名として選択したのは、テロへの復讐を印象付けるに充分であった。当日は、全国での民間防衛訓練、空軍の大規模演習の予定が発表されていたが、それは陽動作戦であったのかもしれない。インド側の同作戦は、パキスタンの実効支配するカシミールだけでなく、パンジャーブ州内の「テロリストのインフラ施設」9拠点を破壊し、テロリストを掃討したと主張した。そのうえで、この作戦は「的を絞り、抑制的なものであってエスカレーションを招かない」ものだと強調した[6]。その後の外務省との合同ブリーフでインド軍は、「弾頭を慎重に選択して付帯損害(民間への被害)を回避するニッチ技術兵器」を使用したと述べた[7]。具体的には印企業がイスラエルと開発した自爆型ドローンの徘徊型兵器や[8]、仏製戦闘機ラファール等によるミサイル攻撃だったとみられている[9]。

 これに対しパキスタン側は、攻撃されたのはテロ拠点ではなく、民間施設だと主張して、女性や子供を含む多くの民間人が犠牲になったとインドを強く非難した。シャバーズ・シャリフ首相は「この戦争行為に相応の対応をする用意がある」と宣言した[10]。

 作戦を仕掛けたインドに、パキスタンも中国製のJ-10C戦闘機等で応戦し、双方合わせ125機がそれぞれの領空内で撃ち合う事態になったとも報じられている[11]。この際、パキスタンは5機のインド機を撃墜し、うち3機がラファールだったと主張した[12]。米当局者は少なくとも2機の撃墜、うち1機はラファールだったとみており、フランスもラファールの墜落を認めている[13]。事実であれば、インド軍にとって大きな誤算であり、中国製の戦闘機、ミサイルの脅威をまざまざと見せつけられたことになる。パキスタンはカシミールの管理ライン(LoC)越えの砲撃を激化させ、インド側にも民間人を含め犠牲者が出た。加えて、ミサイルやドローンでインド北部と西部の多くの軍事目標攻撃を企図したようだ。インド軍は、それらはロシアから調達したS-400や国産アカシュの防空システムで防御し、被害はなかったとした[14]。今回は、戦闘機、ミサイル、ドローン、防空システムまで、フランス、ロシア、イスラエル等由来のインドの兵器と中国製(一部トルコ製)を主力とするパキスタンの兵器と初めて全面対決する「実戦見本市」と化し、兵器供給国とメーカーは戦闘のデータ収集と分析に力を注ぐことになりそうだ。インドだけでなく、世界各国の兵器調達計画にも少なからぬ影響を及ぼすであろう。

 パキスタンの反撃を確認したインドは、軍事施設へのドローン攻撃も開始するなど、当初の宣言とは異なり、エスカレーション・ラダーを昇った。5月8日、双方に電話で緊張緩和を呼びかけたルビオ米国務長官に対し、ジャイシャンカル印外相は、「エスカレーションの試みを断固阻止する」と宣言した[15]。すなわち、最後には核戦争になりかねないと脅すことで、エスカレーションを企んでいるのはパキスタンのほうであって、インドはそれを阻止するために行動しているとの立場を示したのである。

 戦闘終了後、モディ首相が国民向け演説で明言したように、インドとしては直近2度の攻撃よりも大胆な作戦の遂行を通じ、「核の恐喝を許さず」「テロリストの隠れ家を正確かつ断固として攻撃する」方針を「ニューノーマル」として確立しようとしたのである[16]。このレベルの目的を明確にした作戦であることを明示すれば、パキスタンの核使用の敷居を超えることはないと判断したのであろう。

急転直下の停戦合意

 強硬姿勢を示したインドだが、戦闘は4日目に突如終結を迎える。5月10日の早朝、パキスタン軍が報復作戦を正式に開始し、ロケット砲などを打ちこむなか、ルビオ国長官はパキスタン軍トップのムニール陸軍参謀長と電話会談した[17]。他方、インドはシンドゥール作戦で殺害に成功した5名のテロリストを正式に発表し、成果をアピールするとともに[18]、パキスタンが応じるならインドはエスカレーション低下にコミットするとの立場も示した[19]。これに対し、パキスタンのダール外相も、「もし彼らが止めるなら、我々も止める。破壊や資金の浪費は避けたい」と呼応して[20]、事態は収束に向かって急展開する。

 停戦の一報は印パ両国からではなく、何とトランプ米大統領から発表された。10日午後、自身のSNSで、印パが「米国の仲介で、完全かつ即時の停戦に合意」と投稿したのである[21]。これをパキスタンのダール外相が直ちに認め[22]、インドのミスリ外務次官も、両国の軍事作戦部長(Directors General of Military Operations:DGMO)の電話協議の結果、「両者は、インド時間本日1700時以降、陸海空におけるすべての発砲と軍事行動を停止することで合意した」との声明を発表した[23]。ただし、米国はじめ友好国の仲介に謝意を表明したパキスタンとは異なり、インド側はあくまでも二国間の協議の結果であることを強調した。ルビオ国務長官が、「中立的な場所で幅広い問題に関する対話を開始する」と発表したことについても、インド側は異論を唱えている[24]。停戦といっても、水利協定の一時停止含め、外交的制裁措置は解除されず、パキスタン側がテロ組織の解体を目に見える形で実行しない限り、和平に向けた対話にインドが応じるとは考えにくい[25]。モディ首相は、「パキスタンとの話し合いがあるならば、それはテロとパキスタン占領下のカシミールについてのみである」と明言している[26]。

 今回の停戦に、米国がどれほどの役割を果たしたのかはまだはっきりしない。トランプ大統領は、戦闘をやめなければ米国が両国との貿易を止めると迫ったのが功を奏した等と自らの成果をアピールしているが、インド側はそのような会話はなかったと否定し、パキスタン側からの停戦の呼びかけに応じたものだと主張している[27]。パキスタンのテロリスト拠点や軍事施設が被害を受けるなか、パキスタン西部バロチスタン州で相次ぐテロ事件やIMFから融資を受ける危機的な経済状況を踏まえれば、パキスタンとしては戦闘長期化を避けたかったのは理解できる。他方で、インドとしても、ラファール撃墜にみる航空戦力の劣位や、パキスタンの本格的作戦では限定的とはいえ被害も明らかになっており、今後の戦闘継続には懸念もあったであろう。さらにエスカレーションによりパキスタンによる核使用の蓋然性が高まることは回避したい。すなわち、どちらも本音では矛を収めたかったのである。

 停戦合意の最大の障害は、それぞれの国内世論だった。この点では両政府・軍にとっては幸いだった。パキスタンでは、ラファール撃墜などの成果ばかりが強調され、インドにやられたとは国民は感じていない。他方インドでは戦力損失や被害のニュースは隠蔽されるかフェイクとして扱われ、「シンドゥール作戦」の成功ばかりが報じられている。結果として、印パでまったく異なるナラティヴが展開され、どちらも「勝利」しているというムードが広がっていた。いまであればメンツを保ったまま終結させられるという判断が双方の指導者に働いたものと思われる。

 最後に言えるのは、双方が停戦を模索するなか、パキスタンが外交的にはうまく米国を引き込んだということだ。「ピースメーカー」を自任するトランプ大統領に花を持たせることによって、本来二国間問題であるはずの「カシミール問題」に、国際社会の注目を集めさせることに成功したからである。インドは超党派の代表団を世界各国に派遣し、パキスタンの「テロ問題」に取り組む重要性を訴える戦略だが[28]、トランプ大統領が「カシミール問題の解決策を見つけるために印パと協力する」とまで踏み込むなか[29]、その仕事は容易ではない。

(2025/05/23)

脚注

  1. 1 インドは1990年代末からパキスタン側に根拠地を持つ組織の仕掛けるテロをこのように呼称してきた。
  2. 2 “26-year-old Navy officer, on honeymoon, killed in Pahalgam terror attack,” India Today, April 23, 2025.
  3. 3 TRFはその後、サイバー攻撃を受けて誤って犯行声明が捏造されたとして、事件への関与を否定した。“The Resistance Front denies role in India's false flag Pahalgam attack,” SAMAA, April 26, 2025.
  4. 4 “India Expels Pakistani Military Attachés, Downgrades Ties, Pauses Indus Water Treaty,” The Wire, April 23, 2025.
  5. 5 Nistula Hebbar ,Dinakar and Peri,Vijaita Singh, “PM Modi gives ‘free hand’ to armed forces to respond to Pahalgam terror attack,” The Hindu, April 30, 2025.
  6. 6 Ministry of Defence, “Operation Sindoor : Indian Armed Forces Carried Out Precision Strike at Terrorist Camps,” May 7, 2025.
  7. 7 Ministry of External Affairs, “Transcript of Special Briefing on Operation Sindoor,” May 7, 2025.
  8. 8 Hemanth C.S., “Operation Sindoor: Loitering munitions used against terror bases developed in Bengaluru,” The Hindu, May 8, 2025.
  9. 9 Shivani Sharma and Manjeet Negi, “Rafale jets hit Pak terror camps with Scalp missiles, Hammer bombs: Sources,” Indi Today, May 7, 2025.
  10. 10 Ministry of Information and Broadcasting, “Pakistan has every right of ‘befitting response’ against missile strike, PM warns India,” May 7, 2025.
  11. 11 Nic Robertson, “Pakistan-India fighter jet “dog fight” was one of largest and longest in recent aviation history, source says,” CNN, May 8, 2025.
  12. 12 Radio Pakistan, “Indian aggression martyrs 26 innocent civilians; PAF downs 5 Indian jets including 3 Rafales,” May 7, 2025.
  13. 13 Saeed Shah and Idrees Ali, “Exclusive: Pakistan's Chinese-made jet brought down two Indian fighter aircraft, US officials say,” Reuters, May 10, 2025.
  14. 14 “S-400, Akash, electronic war: How India's air-defence systems protect skies from Pakistan ceasefire violations,” Hindustan Times, May 11, 2025.
  15. 15 “Will counter any escalation attempt: S Jaishankar to Marco Rubio amid Pak attack,” India Today, May8, 2025.
  16. 16 Prime Minister’s Office, “English rendering of PM’s address to the Nation,” May 12, 2025.
  17. 17 “In phone call with Gen Munir, US top diplomat Rubio urges restraint, de-escalation,” Geo News, May 10, 2025.
  18. 18 Nistula Hebbar,and Devesh K. Pandey, “Operation Sindoor: Five top figures of LeT and JeM were killed, say security agencies,” The Hindu, May 10, 2025.
  19. 19 Ministry of External Affairs, “Transcript of Special briefing on Operation Sindoor,” May 10, 2025.
  20. 20 “Dar hopes way for talks to open after global diplomatic push,” Geo News, May 10, 2025.
  21. 21 トランプ大統領のTruth Social とXへの投稿(2025年5月10日)。
  22. 22 ダール外相のXへの投稿(2025年5月10日)。
  23. 23 Ministry of External Affairs,” Statement by Foreign Secretary,” May 10, 2025.
  24. 24 Suhasini Haidar, “Govt. says peace deal with Pakistan was struck without mediation,” The Hindu, May 11, 2025.
  25. 25 Keshav Padmanabhan, “IWT suspension, diplomatic measures to remain—India-Pakistan understanding limited to military ops,” The Print, May 10, 2025.
  26. 26 Prime Minister’s Office, “English rendering of PM’s address to the Nation,” May 12, 2025.
  27. 27 Suhasini Haidar, “Trump claims U.S. averted India-Pakistan ‘nuclear conflict’,” The Hindu, May 13, 2025; Kallol Bhattacherjee,and Suhasini Haidar, “India reasserts Kashmir stand after Trump poser,” The Hindu, May 14, 2025.
  28. 28 Suhasini Haidar,and Sobhana K. Nair, “India-Pakistan conflict: Government to form multi-party delegations for diplomatic outreach,” The Hindu, May 16, 2025.
  29. 29 “India Silent on Trump's Offer to Work Together on 'Solution Concerning Kashmir', Pak Appreciates Move,” The Wire, May 11, 2025.