6月22日、ホワイトハウスで大規模な晩餐会が催された。主賓はバイデン大統領が就任以来フランスのマクロン大統領、韓国の伊大統領に続く、3人目の「国賓」として招待したインドのモディ首相。ベジタリアンのモディ首相のために特別なフルコースが用意された催しには、アップルやマイクロソフト、ボーイングのCEOなど、インド系を含む各界の大物400名が出席した。

 これに先立つ首脳会談で、バイデン大統領は米企業が兵器や半導体をインドで製造し、技術移転を進めることを約束した。インドは今年、G20のみならず、中国、ロシアを中心とした上海協力機構の議長国でもあり、ロシアから依然として原油や肥料、兵器を購入し続けている[1]。それなのに、なぜモディ首相は今回、これほど歓待され、米側からこれほどの実利を引き出すことができたのか。印米はどこまで近づくのか。

出典:インド外務省

計算外だったゼレンスキーとの握手とプレイダウンされた上海協力機構首脳会議

 訪米1カ月前の5月20日、G7広島サミットのために招待国として広島に滞在中のモディ首相は、ウクライナのゼレンスキー大統領との個別会談に応じた。ゼレンスキー大統領には、戦争で立場を明確にしないG20議長国、インドのモディ首相と直接会って、少しでも自らの側に引き寄せたいという思惑があった。モディ首相としても、戦時下にもかかわらずわざわざ広島に来た指導者との会談に応じないという選択肢は、クアッドの仲間である日米豪、他のG7首脳が間近にいるなかではありえなかった。そして握手して「解決に向けてできることは何でもする」くらいの発言はせざるをえなかった[2]。その意味では、ウクライナとG7が描いたシナリオが功を奏したといえるかもしれない。

 もちろん、モディ首相が「中立」の立場を変えたわけではない。個別会談でも、ロシアについては非難の言葉はおろか、言及することさえなかった。それでも、握手して「解決に向けてできることは何でもする」と言った以上、9月のG20サミットでは戦争終結に向けて前進したといえるような、ウクライナと西側、ロシア双方に受け入れ可能な何らかの成果が求められる。「グローバルサウス」概念で新興・途上国の利益を強調するだけでは、ウクライナと西側は納得しないだろう。

 5月30日、インド外務省は7月にインドで予定されていた上海協力機構首脳会議について、対面ではなく、オンライン実施にすることを突如発表した[3]。同会議は昨年も対面で実施されており、そのときはモディとプーチンの個別会談も実現している[4]。加盟以来初の議長国の機会であり、当然対面で開催するものと考えられていた。突然の方針変更の理由を問われた外務報道官は、「さまざまな要因を総合」したとしている[5]。期せずして行われたゼレンスキーとの会談の後、訪米を間近に控え、印米当局者間では首脳合意文書に向けた最終交渉も行われていたであろう。そのようななかで、インドとしてはプーチンや習近平と握手する姿を見せるわけにはいかないと判断したのではないかと思われる。

インド側の要望に「満額回答」で応じたバイデン政権

 無用な摩擦を避けるべくそれなりの配慮をみせたモディ首相を、米側は「レッドカーペット」で迎えた。そもそも、モディに対して米国は、2002年のグジャラート暴動[6]に関与した人物とみなし、2014年の首相就任まで入国すら拒否してきた。そのことを考えれば、今回の「国賓」待遇は隔世の感がある。米中対立の激化を踏まえれば、たとえ曰く付きの指導者だとしても、また、たとえロシア非難・制裁に同調しない国だとしても、いまや世界第5位のGDPを誇る「民主主義体制」のパワーは何としても引き寄せなければならない。そういう認識のあらわれといえよう。

 首脳会談後に発表された共同声明をみると、とくに安全保障、経済分野での蜜月ぶりが目を引く[7]。兵器協力は新たな段階に入った。米ゼネラル・エレクトリック(GE)社は、インドの国産戦闘機テジャスに搭載するエンジンF-414をインド国営のヒンドゥスタン・エアロノーティクス(HAL)社とインド国内で「共同生産して技術移転」を進めることで合意した。また米ジェネラル・アトミクス(GA)社も、攻撃型無人機MQ-9Bをインド国内で組み立てる方向で一致した。どこまでハイエンドな技術がインド側に渡るかはとくに後者に関しては今後の交渉次第というところはあるものの[8]、インドの目指す兵器国産化に向け、米国はインドを積極的に支援する方針に舵を切ったとみていいであろう。もちろんすぐに実現するわけではないが、米国はインドとロシアの長年の兵器協力に対し、本気でインドからロシアを引きはがしにかかったようだ。

 非軍事領域でも米マイクロン・テクノロジー(MU)社がインドでの半導体生産のために最大27億5000万ドルを投資するとか、6万人のインド人エンジニア育成計画など、重要・新興技術(iCET)を中心に、脱中国のサプライチェーン強化に向けた取り組みで一致した[9]。兵器も含めて、モディ政権の進める「メイク・イン・インディア」を米国が強力に支援する姿勢を示したものといえる。製造業の振興は、インドがその豊富な若い労働力を「人口ボーナス」として活かして高成長を続けるための鍵とみられてきただけに、この点での協力の意義は大きい。

 モディ首相にとっては、期待以上の「満額回答」だったことだろう。これに対し、インド側が米国の要請に応えたのは、米海軍の艦船の修理や補給を行えるインド国内の港を現在の1カ所から4カ所に増設すること、トランプ前政権時に設定した対米報復関税の撤廃といった程度であった。共同声明では、ロシアにはやはり一切言及はなく、「ルールに基づく国際秩序」の重要性を確認するにとどまった。くわえて「ウクライナにおける紛争」、のみならずインドがグローバルサウスのリーダーとしてたびたび主張する「戦争による世界経済システムへの影響」に対しても懸念を表明するなど、米国はインド側に配慮を示した。

それでも同盟化しない印米関係

 訪米に際し、インド側が懸念していたのはモディ政権下の「民主主義の後退」への批判の声であった[10]。実際のところ、訪米直前には与党・民主党所属の75名の上下院議員が連名でバイデン大統領に人権問題を取り上げるよう求める書簡を発表し[11]、オバマ元大統領も人権問題を外交の議題にしなければならないと述べていた[12]。しかし、バイデン大統領は人権問題についても話し合ったとしながらも、記者会見での批判は避けた。モディ首相は記者会見の場で、ムスリムなどマイノリティの権利状況について問われると、「差別は存在しない」と語気を強め、米国との民主主義の価値の共有に疑いの余地はないことを強調した[13]。

 この質問をした米紙女性記者のSNSに対し、モディの熱狂的な支持者らが「彼女はパキスタン系だ」などと中傷する書き込みを一斉に行い、ホワイトハウスの報道官が「こうしたハラスメントは受け入れられない」と苦言を呈する事態になった[14]。モディ政権自体が権威主義化していることに加えて、インド社会のなかにもまた、モディを批判したり疑う者は内外問わず徹底的に叩き潰すという風潮が台頭しているようだ。

 記者会見の翌日に行われた米連邦議会での演説のなかで、モディ首相は、英国統治下のみならず、ムガル帝国期などイスラムの統治期を含む「1000年の外国の支配」からインドは独立を果たしたとまで述べた[15]。こうした価値をめぐる両国の溝は埋まりそうにない。

 こうしたことから、米国内では、いまやインドとは本当のところは「価値を共有していない」という認識が広がりつつある[16]。それでもインドは戦略的に重要であることは間違いない。今回の印米首脳は、記者会見などを通じて価値の違いについてお互いに言うべきことは言いつつも、利益の一致するところで一緒にやっていく。そうした成熟した二国間関係に向けた第一歩といえるかもしれない。

 他方、インドとしても、米国の同盟に取り込まれるつもりは毛頭ない。米国を後にしたモディ首相が向かったのは、かつての非同盟運動の盟友であり、今年のインド共和国記念日の主賓として招待したエジプトだった。7月4日の上海協力機構首脳会議では、イランの正式加盟などで合意した。7月中旬にはモディ首相がパリを訪問し、フランスとも戦闘機エンジンの共同開発で合意の見通しと伝えられている[17]。

 9月のG20首脳会合に向け、米国だけでなく、他の西側諸国やロシアとも関係を維持し、さらには「グローバルサウス」の絆も大事にする。多角的外交、多同盟(multi-alignment)などといわれるインドの「綱渡り外交」は変わっていない。

(2023/07/14)

脚注

  1. 1 ロシア産原油の輸入量は2023年6月まで、10カ月連続で過去最高を更新し続けている。Rakesh Sharma, “India’s Oil Imports From Russia Climb to New Peak as Limit Nears,” Bloomberg, July 3, 2023.
  2. 2 Ministry of External Affairs, “Prime Minister’s meeting with President of Ukraine,” May 20, 2023.
  3. 3 Ministry of External Affairs, “SCO Summit under India’s Chairmanship,” May 30, 2023.
  4. 4 拙稿「ロシアのウクライナ戦争をめぐるインドの一貫した立場と今後」国際情報ネットワーク分析 IINA、2022年11月30日。
  5. 5 Ministry of External Affairs, “Transcript of Weekly Media Briefing by the Official Spokesperson,” June 2, 2023.
  6. 6 2002年にグジャラート州でヒンドゥー教徒がムスリムを襲撃し、1000~2000名が犠牲になった。このとき州首相を務めていたモディはこの暴動を扇動した、あるいはとるべき措置をとらなかった、政治利用したといった疑いがかけられている。今年に入って、英BBCはこの問題を検証するドキュメンタリーを制作したが、モディ政権はただちに国内での放映・視聴を禁じ、インド国内の支局に税務捜索を実施するなど圧力をかけた。
    “India government criticises BBC's Modi documentary,”BBC, January 20, 2023; Rhea Mogul, Manveena Suri and Aliza K Khalidi, “India bans BBC documentary on PM Modi’s role in Gujarat riots,” CNN, January 23, 2023.
  7. 7 Ministry of External Affairs, “India-USA Joint Statement during the Official State visit of Prime Minister, Shri Narendra Modi to USA,” June 23, 2023.
  8. 8 Dinakar Peri, “MoD rejects ‘speculative reports’ on pricing, terms of MQ-9B drone deal with U.S., says yet to be finalised,” The Hindu, June 25, 2023.
  9. 9 インドでは2014~19年の第1期モディ政権の間にたとえばスマホの国産化は進んだものの、半導体やカメラ、ディスプレイ、センサーなどの大半を中国からの輸入に依存している。
  10. 10 各種調査によるとモディ政権下ではとりわけ第2期政権発足以降、権威主義化が著しい。詳しくは、拙著『インドの正体』中公新書ラクレ、2023年。5月に発表された報道の自由度ランキングではインドは180カ国中161位にまで低下し、戦時下のロシア(164位)と大差ない。
  11. 11 Congress of the United States, June 20, 2023.
  12. 12 “’Concerns About Indian Democracy Must Also Enter Into Diplomatic Conversations’: Barack Obama,” The Wire, June 22, 2023.
  13. 13 The White House, “Remarks by President Biden and Prime Minister Modi of the Republic of India in Joint Press Conference,” June 22, 2023.なお、共同記者会見でのやり取りはインド外務省のウェブサイトには掲載されていない。
  14. 14 Amy B Wang, “White House defends WSJ reporter facing harassment over Modi question,” The Washington Post, June 28, 2023.
  15. 15 Ministry of External Affairs, “Address by Prime Minister, Shri Narendra Modi to the Joint Session of the US Congress,” June 23, 2023.
  16. 16 フォーリン・アフェアーズ誌に掲載された下記の論文は、拙著『インドの正体』の主張と基本的に一致する。米有力誌でこうした主張が掲載されるようになったことの意義は大きい。Daniel Markey, “India as It Is : Washington and New Delhi Share Interests, Not Values,” Foreign Affairs, July/August 2023 [Volume 102, No. 4], June 16, 2023.
  17. 17 Pradip R. Sagar, “How Modi’s France visit will have India’s defence needs as key focus area,” India Today, July 6, 2023.