プーチンへのモディの「苦言」

 今日の時代は戦争の時代ではない。民主主義、外交、そして対話、そういうものが世界を動かす、と私どもはあなた方に何度も電話で伝えてきた[1]。

 2022年9月16日、ウズベキスタン・サマルカンドで開催された上海協力機構(SCO)首脳会議の際に、モディ首相がプーチン大統領に投げかけたこの言葉が、世界の波紋を呼んだ。ロシアのウクライナ侵攻後、初めてプーチン大統領との対面での個別会談に臨んだモディ首相は、テレビカメラを入れた冒頭発言で、上記のような苦言を呈したのだ。プーチン大統領の表情は、落ち着きがなく、こわばっているようにも見えた。

 この一幕は、米国をはじめとする西側で、概して好意的に受け止められたようだ。フランスのマクロン大統領は国連総会の演説で、モディ首相の言っていることは正しいと称賛し、米国では、サリバン国家安全保障問題担当大統領補佐官が歓迎の意を表明した[2]。

期待した西側と変わっていなかったインド

 ロシア非難・制裁に同調せず、ロシアへの配慮を示し続けてきたインドのこれまでの「姿勢」[3]が変わりつつあるのではないか。筆者にもそういった問い合わせが各方面からあった。しかし冷静に考えてみると、このモディ発言をもって、「変化」とみるのは間違っている。

 インドはたしかに戦争開始直後の国連安全保障理事会(安保理)と総会において、ロシア非難決議案に「棄権」票を投じた。しかしそこでの「投票説明」では、事実上、ロシアに不快感を表明し、対話の重要性を強調して外交の道に戻るよう要求してもいた[4]。その意味では、モディ発言は戦争開始以来、インドがとってきた立場を繰り返したものにすぎない。

 それでも、西側がモディ発言を「誤解」し、期待を寄せる伏線はあった。8月24日、国連安保理においてインドは、ウクライナのゼレンスキー大統領のビデオ演説を認めるか否かの手続事項の表決で、「棄権」ではなく、「賛成」票を投じた[5]。モディ発言直後にも、インドは、同大統領の国連総会演説実施を支持した[6]。9月24日に国連総会で演説したジャイシャンカル外相も、インドは平和、国連憲章、対話と外交を支持すると述べた[7]。さらに記者会見では、ロシアが占領地域で一方的に実施した住民投票を非難する決議案を、インドが支持するかどうか問われると、「見ておいてほしい(wait and see)」といった思わせぶりな返答をした。けれども、インドはやはり変わっていなかった。9月30日、同決議案が安保理にかけられると、インドはこれまで通り「棄権」票を投じたのだ[8]。モディ発言が、インドの変化を意味するものではまったくなかったのである。

 とはいえ、モディがプーチンに対して、面と向かって、しかも公開の場で苦言を呈したことには、意味はあるだろう。その背景として考えられるのは、ロシアへの名指し非難に加わらないどころか、ロシアから石油・ガスの購入を増やし続けるインドに対し、西側からの厳しい見方が広がっていたことである。くわえて批判の矢面に立たされたジャイシャンカル外相が、逆上したかのような西側批判を展開してもいた[9]。モディ首相としては、「インドはロシア寄り」だとの西側のイメージを少しでも払拭しておきたいと考えたのではなかろうか[10]。

モディ発言とG20サミット

 このように、サマルカンドでのモディ発言は、ロシアを名指しして非難することや、ロシア制裁に加担することは避ける一方で、ロシアがいま行っている侵略と戦争行為は支持せず、戦闘終結を求めるというインドの立場をあらためて明確化するものであった。この方向性は、インドネシア・バリで開催された主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)に引き継がれることになる。

 インドの懸念は、あからさまな侵略が中国のインドへの同様の行為を促す恐れや、ロシアの中国依存加速の可能性に加えて、戦争長期化が及ぼす経済的ダメージである。G20サミット初日、モディ首相はウクライナでの戦争が貧しい市民を苦しめていると述べ、ロシアへの名指しを避けながらも、停戦して外交の道に戻るよう求めた[11]。インドはたしかにディスカウントされた石油やガスをロシアから「爆買い」してはいる。10月には、ロシアは、サウジアラビア、イラクを抜き、インドにとって最大の石油調達先となった模様だ[12]。しかし制裁によりドルの使用が難しくなるなかで、ルピー・ルーブル決済を試みようにも、インドの輸入が激増するなかでは、ルピーがロシア側に蓄積する一方であり、限界が指摘されている[13]。したがって、ウクライナ戦争と西側の制裁が長引けば、インドのエネルギー調達も困難になるのは避けられない。

 G20サミットの首脳宣言は、議長国インドネシアの尽力で何とか取りまとめられたと伝えられているが、発表された文書をみると、ウクライナ戦争をめぐってはインドの意向がほぼそのまま反映されたように思われる。何と言っても、「今日の時代は戦争の時代であってはならない」という文言が、モディ発言の引用であることは明らかだ。そして宣言は、ロシア非難よりも、現下の戦争が世界経済に及ぼす影響に焦点を当てて、平和、対話と外交の重要性を説く内容であった[14]。

 来年、2023年はインドがG20議長国を務める。関連会合はデリーだけでなく、インド各地で開催される予定だ。モディ首相は、「仏陀とガンジーの聖地で平和の強いメッセージを世界へ伝えることに皆さんが合意するものと確信している」と述べ、戦争の終結と経済危機脱却への意欲と自信を示した[15]。そのためには、モディ政権が、インドの伝統的友好国であり、現在も不可欠なパートナーであるロシアに対し、どう働きかけるかがポイントになる。同じく来年、主要国首脳会議(G7)議長国となる日本との連携にも注目したい。

(2022/11/30)

脚注

  1. 1 Prime Minister's Office, “English Translation of Opening Remarks by Prime Minister Shri Narendra Modi at the bilateral meeting with President of Russia,” Sep.16,2022.
  2. 2 Shubhajit Roy, “Ukraine invasion: Macron and US cite Modi’s ‘not era of war’ remark to Putin,” The Indian Express, Sep. 22, 2022.
  3. 3 ウクライナ侵攻後のロシアに対するインドの姿勢については、各所で解説してきた。拙稿「国連対ロ非難決議にみる『大陸国家』インドの苦悩」『外交』第72号、58-61頁。; 拙稿「『選択』を避けるインドの展望―ロシア・ウクライナ戦争でも貫かれる「戦略的自律性」『東亜』第664号、2020年10月、10-17頁。
  4. 4 拙稿「『盟友』ロシアのウクライナ侵攻に苦悩するインド」国際情報ネットワーク分析 IINA、2022年3月24日。
  5. 5 “India breaks streak of UN abstentions on Ukraine, votes against Russia,” Business Standard, Aug. 25, 2022.
  6. 6 “India backs Ukraine on virtual UN talk,” The Times of India, Sep. 18, 2022.
  7. 7 Ministry of External Affairs, “India’s Statement delivered by the External Affairs Minister, Dr. S. Jaishankar at the General Debate of the 77th session of the UN General Assembly,” Sep. 25, 2022.
  8. 8 Suhasini Haidar, “India’s abstention on Russian referenda | Officials say India has remained consistent in its push for dialogue,” The Hindu, Oct. 2, 2022.
  9. 9 たとえば、2022年6月、ジャイシャンカル外相は、「ヨーロッパはヨーロッパで起きている問題だけが世界の問題だと思っている」といった趣旨の発言を行った。“’Europe Has to Grow Out of Mindset That Its Problems Are World's Problems': Jaishankar,” The Wire, June 3,2022.
  10. 10 「ロシアの弱体化は「最悪のシナリオ」―インドが恐れる戦争後の世界」『朝日新聞デジタル』2022年9月26日。
  11. 11 Ministry of External Affairs, “English Translation of Prime Minister Shri Narendra Modi’s address at the G-20 Summit in Bali, Session I: Food and Energy Security,” Nov. 15, 2022.
  12. 12 Sanjeev Choudhary,” Russia becomes the No. 1 oil supplier for India in October,” The Economic Times, Nov. 2, 2022.
  13. 13 “Dollar still being used to import Russian oil by Indian companies: Report,” Business Standard, Nov. 9, 2022.
  14. 14 外務省「G20バリ首脳宣言」2022年11月16日。
  15. 15 Ministry of External Affairs, “English Translation of Prime Minister Shri Narendra Modi’s address at the G-20 Summit in Bali, Session I: Food and Energy Security,” Nov. 15, 2022.