新型コロナ、ウクライナ戦争に伴い、世界的な経済危機が途上国で深刻化している。とくに対外債務への依存度の高い国は破綻の危機に陥り、政変に波及する事例も出ている。2022年に入って南アジアでは、4月にパキスタンでカーン首相が議会の不信任を受けて失脚したのに続き、スリランカでも7月、ゴタバヤ・ラージャパクサ大統領が市民の激しい抗議活動の前に国外逃亡し、辞任に追い込まれた。パキスタンはいうまでもなく、スリランカは近年、中国が「一帯一路」等の投融資でその影響力を強めてきた典型例として語られてきた国である。何が起こったのか。

「親中」ラージャパクサ体制とその崩壊

 スリランカはこの10数年間、一部の時期を除きラージャパクサ一族に支配されてきた。2005年に大統領に就任したマヒンダ・ラージャパクサは、少数派タミル人武装組織タミル・イーラム解放の虎(LTTE)との四半世紀に及ぶ内戦に勝利を収め、多数派シンハラ人の圧倒的支持を集めた。しかしその過程では多くの非人道的行為があったとして、欧米、さらにタミル人の同胞を抱えるインドはスリランカ政府に批判的な立場をとった。そうしたなかでマヒンダが頼りにしたのが中国であった。中国はマヒンダの地元、ハンバントタに港や空港を建設したのをはじめ、各地の大規模プロジェクトを受注した。

 ところがマヒンダは、3選を目論んだ2014年末の大統領選で思わぬ敗北を喫する。その背景の1つとして、中国潜水艦の寄港を2度にわたって認めたマヒンダに不信感を募らせたモディ政権が、野党候補の一本化を働きかけたことが指摘されている。実際、マヒンダを破って大統領に就任したのは、直前まで与党幹事長として彼を支えていたシリセーナであった。しかし反マヒンダで結びついたシリセーナ政権は、内部対立が絶えなかった。2018年に首相のウィクラマシンハとの権力闘争が激化すると、シリセーナはふたたびマヒンダに接近した[1]。

 こうした政権内の対立が、2019年4月のコロンボ等での大規模テロ事件を阻止できなかった一因ともいわれる[2]。同年秋の大統領選では治安対策強化を掲げたマヒンダの弟、ゴタバヤが圧勝し、マヒンダは首相に就任してラージャパクサ一族は復権を果たす。このラージャパクサ体制は世論の支持を得ようと大規模減税に踏み切ったが、コロナ禍で主要産業の観光業が低迷し、海外からの送金も減少したことで外貨が不足し始めた。そこで化学肥料の輸入禁止を発表すると、その結果紅茶などの生産高が落ち込み、経済はさらに悪化した。多額の対外債務返済にも追われるなか、ウクライナ戦争が起きて、エネルギーなどの国際価格が高騰し、スリランカでは生活物資を購入する外貨が枯渇するに至ったのである。

 明らかに「失政」である。電気、ガス、ガソリン、食料品などありとあらゆるもの入手が困難になるなか、多くのスリランカ市民が民族の違いを越えて立ち上がった。2022年4月に始まった「人民闘争(Janatha Aragalaya)」は、放漫財政と汚職にまみれたラージャパクサ一族の退場を強く求めた。ゴタバヤは兄のマヒンダから野党党首のウィクラマシンハに首相の首をすげ替えるなどして事態の鎮静化を目論んだが、市民の怒りは収まらず、7月9には大統領公邸がデモ隊に占拠されるに至った[3]。

 ここに及んでようやく観念したゴタバヤは、逃亡先のシンガポールから14日、メールで辞表を提出した。これを受け、20日の議会で新大統領にウィクラマシンハが選出された。ラージャパクサ一族の与党、スリランカ人民戦線(SLPP)の支持を受けたウィクラマシンハは、一族の忠実な側近として知られるグナワルダナを首相に任命した。そうすることで、議会多数派を確保することには成功したものの、「脱ラージャパクサ一族」を叫ぶ多くの市民は抗議の声を上げ続けた。これに対し、ウィクラマシンハ大統領は抗議活動への規制を強化して封じ込めを図っているが、これが功を奏するかどうかは予断を許さない。

政変に対する印中の反応

 この島国の政変を注視してきたのが、隣国のインドと、近年影響力を強める中国である。インドは経済危機下のスリランカに対し、2022年前半だけで38億ドルもの支援を行い、燃料、食糧、医療などさまざまな生活必需品を送ってきた。とくに隣接するタミル・ナードゥ州は、タミル人支援を連邦政府のモディ政権に強く要請した。それはもちろん、ラージャパクサ体制を支えるためではなく、苦しむ市民に向けられたものであった。

 同時に、インドは「親中」体制の終焉に、正直なところは安堵している。しかし新体制が、市民の支持を得られるのかは不透明である。そこでモディ政権は、スリランカの特定の政治勢力の側に付くのではなく、インドが「スリランカ国民とともにある」という慎重な立場を表明し続けた[4]。7月25日になってようやく発せられたモディ首相のウィクラマシンハ新大統領への祝意にも、そうしたメッセージが込められた[5]。

 他方、ラージャパクサ体制下で関係を強めてきた中国は、スリランカの経済危機の原因を中国の「債務の罠」に帰する西側やインドの論調に強く反発した。スリランカにおける対中債務は全体の1割にすぎず、むしろ日本など西側のほうが多いとか、スリランカ政府の政策の失敗だとして突き放すかのような主張をメディアで展開した[6]。実際のところ、混乱のなかにあるスリランカへの財政支援について中国はインドよりも慎重で、ゴタバヤでさえ「中国は東南アジアに戦略的な焦点を移した」と嘆くほどだった[7]。中国は5億人民元(7400万ドル)の緊急人道支援を発表したものの、スリランカ側が求めるさらなる支援は先送りし続けた。そしてインドの積極的な支援を警戒するどころか、「称賛する」とさえした[8]。中国では投資する際に当該国のガバナンス能力をもっと考慮すべきだなどと言う声が公然と上がっており、事態が安定化するまでは関与したくないのではないかとみられている[9]。

インドに有利な展開か?

 ラージャパクサ体制の下、地域戦略において中国の後塵を拝してきたインドには有利な状況にみえる。実際、インドでもそうした楽観論は多い[10]。ガネシャン・ウィグナラジャ元アジア開発銀行研究所研究部長は、安全保障だけでなく、経済面でも貿易・投資を拡大できるチャンスだと捉えている[11]。これに対し、ナラヤナン元国家安全保障顧問は、スリランカで発生した「人民闘争」のエネルギーが今後、反インドのナショナリズムに向かう恐れも否定できないと警鐘を鳴らす[12]。実際のところ、スリランカでは「インドの介入」には、党派を超えてきわめて敏感である。今回の政変においても、ゴタバヤの国外逃亡をインドが支援したとか、ウィクラマシンハが新大統領に選出されるようインドが議会工作を働いたなどといった噂が飛び交い、インド側は否定に追われた[13]。

 ウィクラマシンハ新政権は発足直後から、印中のバランスをどうとるのか、さっそく難しい問題を突き付けられることとなった。7月末、中国海軍の衛星追跡艦「遠望5号」が、中国企業が権利をもつハンバントタ港に8月11日から寄港予定であることが明るみになったのである[14]。寄港許可は前政権期に出されていたようだが、ミサイルの軌道なども把握する能力があるとみられる「スパイ船」の寄港について、インド側は「注視している」とのメッセージを発しつつ、米国とともにスリランカ側に再考を強く迫った。これを受け、ウィクラマシンハ政権は、寄港延期を中国側に打診した[15]。これに中国は強く反発し、スリランカ政府は、「いっさいの科学的調査を領内で行わない」ことなどを条件に16日からの寄港を認めた[16]。

 スリランカが現下の経済危機を乗り越えるためには、主要債権国である中国の協力が不可欠なのはいうまでもない。10億ドルの中国への返済期限が年末に迫るなか、スリランカは中国との間で40億ドル規模の財政支援について交渉している[17]。台湾をめぐる緊張が高まるなか、ウィクラマシンハ大統領がいち早く、「一つの中国」政策に変更はないと中国側に明言したように[18]、スリランカは中国への配慮も必要だと考えている。インドや西側に全面傾斜するというわけにはいかないのである。

 スリランカはこれから国際通貨基金(IMF)との交渉のなかで、相当の改革を余儀なくされ、国民生活も厳しい状況が続くのは必至である。しかしこの国は今回のような事態にあっても軍が政権を握るような動きを見せることはなく、曲がりなりにも民主主義体制を維持した。かつインド太平洋におけるシーレーンの要衝に位置することに鑑みれば、スリランカ支援はクアッドの枠組みでの主要な課題として位置づけられねばならないであろう。とりわけスリランカの対日感情は、―インドへの警戒心とは対照的に―良好である。日本の役割が期待されるところである。

(2022/08/19)

脚注

  1. 1 伊藤融『新興大国インドの行動原理―独自リアリズム外交のゆくえ』慶應義塾大学出版会、2020年、91-97、117-120頁。
  2. 2 テロの動きを事前につかんだインドの諜報機関は、その情報をスリランカ側に伝えていた。しかし、スリランカ国内で続いていたシリセーナ大統領とウィクラマシンハ首相との権力闘争の結果、情報は政府内で共有されず、対策が講じられなかったとされる。
  3. 3 Meera Srinivasan, “Janatha Aragalaya | The movement that booted out the Rajapaksas,” The Hindu, July 17, 2022.
  4. 4 Ministry of External Affairs, Government of India, “Official Spokesperson’s response to media queries on the situation in Sri Lanka,” July 10, 2022.
  5. 5 Meera Srinivasan, “PM Modi congratulates new Sri Lankan President Ranil Wickremesinghe,” The Hindu, July 27, 2022.
  6. 6 Hussein Askary,, “A close look into Sri Lanka's debt crisis: No 'Chinese debt traps',” Global Times, June 30, 2022; “Multiple factors to blame for Sri Lanka's woes,” China Daily, July 12, 2022.
  7. 7 Sudhi Ranjan Sen and Anusha Ondaatjie, “China Shifting Focus to Southeast Asia, Sri Lanka President Says,” Bloomberg, June 7, 2022.
  8. 8 Ministry of Foreign Affairs of the People’s Republic of China,“Foreign Ministry Spokesperson Zhao Lijian’s Regular Press Conference on June 8, 2022.”
  9. 9 Ananth Krishnan, “China waits and watches Sri Lanka crisis,” The Hindu, July 14,2022.
  10. 10 インド人有識者の見解をまとめたものとして以下を参照。“Sri Lanka crisis gives India chance to gain sway vs China,” The Asahi Simbun, June 30, 2022.
  11. 11 Ganeshan Wignaraja, “’Advantage New Delhi’ in Sri Lanka’s India lifeline, The Hindu, July 22, 2022.
  12. 12 M.K.Narayanan, “A global order caught up in a swirl of chaos,” The Hindu, July, 26,2022.
  13. 13 “India Denies Any Role In Sri Lankan President Rajapaksa's Escape To Maldives,” Outlook, July 13, 2022; Nayanima Basu, “’Close friend’ India vows support to new Lanka President Wickremesinghe, denies ‘interference’,” The Print, July 20, 2022.
  14. 14 Dipanjan Roy Chaudhury, “Chinese spy vessel’s expected Sri Lanka entry keeps India on its toes,“ The Economic Times, July 27, 2022.
  15. 15 Gerry Shih, Hafeel Farisz and Niha Masih, “Chinese navy ship near Sri Lanka sparks diplomatic standoff,” The Washington Post, Aug.11, 2022.
  16. 16 Ministry of Foreign Affairs- Sri Lanka, “Chinese vessel Yuan Wang 5,” Aug. 13, 2022.
  17. 17 “China Will Agree to Aid ‘At Some Point,’ Sri Lanka Envoy Says,” Bloomberg, July 15, 2022.
  18. 18 “President reiterates Sri Lanka’s commitment to One-China policy,” Ada Derana, Aug.4, 2022.