総入れ替え:労働党が約10年ぶりに政権復帰

 今年5月22日、スコット・モリソン首相率いる自由党連立政権は連邦議会選挙で敗れ、労働党のアンソニー・アルバニージー党首がオーストラリアの新首相に就任した。世論調査では労働党が僅差で勝利することが予想されており、連立政権側の(2回目となる)「奇跡」の祈りは届かなかった。労働党は、約10年間の野党時代を経て、多数派政権として認められた。

 アルバニージー首相率いる労働党新政権は、ジェンダー平等の推進や子育て対策等、国内政策こそ前政権と差別化を図ると見込まれているが、オーストラリアの外交政策の大半については、相対的継続性が主流となるだろう[1]。本稿では、政策の継続性に関する複数の主な問題について検討しつつ、政策の変化についてもしかるべく指摘する。

クアッドとAUKUSは全速力で前進

 インド太平洋地域において浮上しつつある戦略的競争の問題について、アルバニージー首相は既にクアッドやAUKUS等主要なミニラテラル(少数国間)グループへの断固たる支持を示唆しており、中国に配慮してこのような関係を重要視しないのではないかという一部の予測を裏切った。実際、アルバニージー首相は、ペニー・ウォン新外相と共に、5月24日に東京で開催されたクアッド首脳会議に急ぎ出席した。出席は選挙で勝利してからわずか数時間後のことであり、この四カ国間の枠組みがオーストラリアにとって優先度が高いことを示唆している。アルバニージー首相がクアッドから身を引くのではないかという密かな懸念が他のクアッド首脳の間にはあったが(以下を参照)、同首相が「オーストラリアでは政権交代があったが、オーストラリアによるクアッドへのコミットメントは変わっておらず、今後も変わることはない[2]」と表明したことにより、杞憂にすぎなかったことが判明した。首脳会議には、中国の主張を巡る共通の懸念が影を落とし、日本の岸田文雄首相は台湾海峡における潜在的な紛争の危険を強調した。この懸念は、オーストラリアと、特に米国が共有しているものである。地域の安定に対する脅威を巡るクアッド諸国の認識を浮き彫りにするかのように、中露の戦略爆撃機が会議開催当日に日本近海で合同空中パトロールを実施した[3]。誰の目に見ても、アルバニージー首相は、クアッド各国首脳である岸田文雄総理、ナレンドラ・モディ首相、ジョー・バイデン大統領から温かい歓迎を受けており、新首相の外交デビューや、オーストラリアによる次回の首脳会談開催計画にとって幸先の良いものとなった。

 さらに、東京でのクアッド首脳会談に向かう飛行機の中で、英国のボリス・ジョンソン首相との電話会談に臨み、両首脳はAUKUSの「死活的重要性」を確認した[4]。野党時代、労働党の指導部は、フランスとの契約に対する外交的対応を憂慮し、核の保障措置について一定の懸念を提起しながらも、原子力潜水艦技術の供与を受けるために英国と米国の支援を確保するというモリソン前首相による予期せぬイニシアチブを支持した。アルバニージー首相は、AUKUSの範囲「拡大」の可能性について、既に英国側と協議に入っており、極超音速やサイバーセキュリティーに関する提携計画の実施につながる可能性が高い。国防に関する強固な姿勢を含め、地域の課題に対するオーストラリアによる対応の一環として、AUKUSは、クアッドと並んで、同国のミニラテラル外交の中心的プラットフォームの座を維持するだろう[5]。

中国政府のかなわぬ希望

 クアッドとAUKUSの役割が中国の力と主張の高まりに対応するための手段として認識されていることを踏まえると、労働党が、同国への配慮から、こうした集団を重要視しないのではないかと期待する向きが中国の観測筋にはあったが、クアッドとAUKUSを引き続き重視する新政権の姿勢は、彼らを落胆させることになる可能性が高い[6]。多くの評論家は政権交代が深刻な対中二国間関係を「リセット」あるいは少なくとも改善させる機会になるとみていたが[7]、労働党新政権は、関係「修復」の優先順位は高いものの、アルバニージー首相が「同志国」として評価した[8]民主主義の同盟国やパートナーとの緊密な協力を犠牲にしてまですることはないと主張した。事実、二国間関係が過去数年間危うい状態にあったことを踏まえると、アルバニージー首相自身が述べたように、そのような課題は「困難なもの」に思われる[9]。

 実際、中国の李克強首相がアルバニージー首相に連絡して選挙での勝利に祝意を表そうとした際、アルバニージー首相は次の原則に従って対応すると述べた。

オーストラリアは、我々の価値観について妥協することはないが、対話は歓迎する。一つ鍵となるのが、政治を最優先にするのではなく、国益と国家安全保障を最優先にするということだ[10]。

 このように、アルバニージー首相は、中国による経済的威圧に対して毅然とした態度を取り、二国間が抱える複数の貿易紛争について世界貿易機関(WTO)による解決を追求する一方で、「経済的自立の強化」のために国内の生産能力を再構築することを含め、国家のレジリエンス強化に向けて努力するだろう[11]。

 先の選挙運動中には、中国政府職員との関係の近さを巡ってリチャード・マールズ新副首相に否定的な視線が注がれたが、より明確な調査によると、マールズ副首相は国防問題についてはどちらかといえば「タカ派」であり、米国の政策エスタブリッシュメントに近いことが明らかになった[12]。とはいうものの、モリソン前首相や、(特に)現在の野党自由党党首のピーター・ダットン前国防相と比べれば、中国に対するレトリックや外交の様式は、ある程度対立の度合いが下がることが予想される。

南太平洋への注視

 対中関係の管理という課題は、オーストラリアの安全保障にとって戦略地政学的に死活的な場所である南太平洋地域に及ぶ。ソロモン諸島との新たな安全保障協定や 、中国の王毅外相による各国歴訪にみられるように、競争が激しさを増すこの地域において中国がプレゼンス向上に向けた取り組みを強化する中、新政権は争いの渦中へと追い込まれている[14]。安保協定ついてはオーストラリア政府(と米国政府)が激しく抗議しているが、ソロモン諸島のマナセ・ソガバレ首相は人民解放軍の軍事基地設置の予兆ではないとの一点張りである。なお、基地設置はモリソン前首相が不注意にもオーストラリアにとっての「レッドライン」としている[15]。協定本文のリークと、王外相による安全保障、経済、治安維持に関する広範で地域全体にわたる追加協定案とが相まって、ウォン新外相は突然脚光を浴びることになった。その中で、同外相は太平洋島嶼国との関係に関して保証を提供するとともに、保証を求めるためにフィジーのスバを訪問し、フランク・バイニマラマ首相と会談を行った。新政権はまた、(過去に減額されたものの)既に相当額に上る政府開発援助(ODA)予算に加え、今後4年間で5億豪ドル(3.5億米ドル)超の追加援助を行うことを約束した。ウォン外相は、同地域は自らの安全保障について責任を負うべきであり、中国政府との安保協力は「重大な結果」つながるおそれがあると強調した[16]。連邦議会両院外交・防衛・貿易委員会が先に公表した報告書「太平洋におけるオーストラリアの関係強化(Strengthening Australia’s relationships in the Pacific)」に示されたように、オーストラリアは自国の影響力ある立場を譲るつもりはないという点において真剣であり、新政権はこの立場を積極的に推進するものと思われる[17]。

現実の優先課題としての気候変動

 オーストラリアの外交政策で最も大きな変化があったのは、気候変動の分野かもしれない。モリソン政権は、米国からの圧力を受けてもなお、二酸化炭素排出削減のための意味ある行動に対する支持が煮え切らないという点で評判が悪かったが、それに対し労働党ははるかに熱心である。クアッドの首脳会議において、アルバニージー首相は、「私は、これ[訳注:気候変動問題]が国家安全保障の問題であるという見解を共有している。気候変動は環境のみならず、今後の我々の経済や国家安全保障の在り方に関するものである」と述べている[18]。

 この点において、アルバニージー首相は2030年までに排出量を43%削減するという党の目標実現を目指すことになる。これは、既に同首相が同じような世界観や国内政策を共有する米国のバイデン大統領と良好な関係を築く上で役に立つだろう。アルバニージー首相は米国による新たなインド太平洋経済枠組み(IPEF)に支持を表明している。この問題に関する同首相の積極的な姿勢は、南太平洋のパートナーにとって朗報となるだろう。というのも、一番の地域的・国家的関心事である問題について、オーストラリアの対応が遅いことに長らく懸念を抱いていたからである。太平洋島嶼国歴訪において、ウォン外相は太平洋諸島フォーラム(PIF)の事務局に対し、アルバニージー政権は気候変動に関して「ひも付きでない」「実際の行動」を起こすことで、「太平洋家族(Pacific family)」の関係に「新たな時代」を切り開くと述べた[19]。

労働党の原子力政策:玉にきずか

 他方で、労働党が核兵器禁止条約(TPNW)を支持していることは余り歓迎されない可能性がある。米国政府内では間違いなく歓迎されないだろう。2021年1月22日に同条約が発効した際、モリソン政権は、同条約に加入しても実効性がなく、「米国との同盟上の義務と矛盾する」と主張して加入しなかった[20]。しかし、労働党は、野党時代に、「我々は実効性のある検証・実行の枠組みの必要性、同条約と核兵器不拡散条約との相互関係を考慮し、幅広い支持を得た後で、同条約に署名・批准する決意である」と主張している[21]。

 米国はTPNWの非署名国であり、労働党の新政権が当初の公約を遂行するのであれば、米国が同盟国に提供する核抑止や拡大抑止に影響を及ぼしかねないものは、直ちに非常に機微な問題になる可能性がある。

結論:継続性と変化

 アルバニージー首相は、悪化する地域の安全保障環境と、今後オーストラリアが直面する経済的課題という両方の点において困難な時期に就任した。労働党の外交政策へのアプローチを検討するときに、オーストラリアの対外関係の中核的な側面、すなわちアラン・ギンジェルによる有名な説明によるところの(i)ルールに基づく国際秩序に対する支持と(ii)米国との同盟、(iii)アジアへの関与は、超党派の合意を得ていることを忘れてはならない[22]。党派間で大きな相違がみられるのは、気候変動や核兵器等一部の政策分野に限られている。

 これまでのところ、全てのことが非常に予測しやすい。つまり、いくら変わっても同じこと(plus ça change, plus c’est la même chose)なのである。

(2022/07/15)

*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
Plus ça change: The new Australian Labor government’s foreign policy agenda

脚注

  1. 1 ‘Our plan for a better future for all Australians: Labor’s policies’, Australian Labor Party.
  2. 2 Prime Minster of Australia, ‘Opening remarks of the Quad leaders meeting’ Transcript, May 24, 2022.
  3. 3 Kosuke Takahashi, ‘China, Russia Fly 6 Bombers Near Japan Amid Quad Summit’, The Diplomat, May 25, 2022.
  4. 4 Jack Mahony, ‘Boris Johnson congratulates new PM Anthony Albanese in lengthy phone call about climate change and AUKUS’ Sky News, May 24, 2022.
  5. 5 Thomas Wilkins, ‘Is AUKUS an really “alliance”?’ Melbourne Asia Review, March 18, 2022.
  6. 6 ‘Hope Canberra can regain its rationality toward China as soon as possible: Global Times editorial’, The Global Times, May 22, 2022.
  7. 7 Annika Burgess and Michael Li, ‘How will the Labor government shape foreign policy on China?’, ABC News, May 25, 2022.
  8. 8 Prime Minster of Australia, ‘Opening remarks of the Quad leaders meeting’ Transcript, May 24, 2022.
  9. 9 Phillip Coorey, ‘Not so fast, Albanese tells China, as Quad meets in Japan’, Financial Review, May 24, 2022.
  10. 10 Greg Sheridan, ‘Rapid response a good start’, The Weekend Australian, May 28-29, 2022, pp. 22-23.
  11. 11 ‘Our plan for a better future for all Australians: Labor’s policies’, Australian Labor Party.
  12. 12 Troy Bramston, ‘Deputy PM vows Labor will connect with all Australians’, The Weekend Australian, May 28-29 , 2022, pp. 18-19.
  13. 13 Jack Norton, ‘China–Solomons deal ‘politically illiterate’ if Beijing wants better ties with Australia: Rudd’, April 29, 2022.
  14. 14 Stephen Dziedzic, ‘China's Foreign Minister is about to meet with 10 Pacific nations. The outcome could have big ramifications for Australia’, ABC News, May 30, 2022.
  15. 15 Georgia Hitch, ‘Scott Morrison says Chinese military base in Solomon Islands would be 'red line' for Australia, US’, ABC News, April 22, 2022.
  16. 16 Andrew Brown, ‘Wong warns of security pact 'consequences', The Canberra Times, May 27, 2022.
  17. 17 Joint Standing Committee on Foreign Affairs, Defence and Trade, ‘Strengthening Australia’s relationships in the Pacific’. Canberra, March 22, 2022.
  18. 18 Stephen Dziedzic, ‘Anthony Albanese pledges climate commitments while meeting with Quad leaders in Tokyo’ ABC News, May 24, 2022.
  19. 19 Tom Stayner, ‘Penny Wong makes 'no strings attached' pitch to Pacific in veiled attack against China’, SBS News, May 26, 2022.
  20. 20 Australian Government, ‘Nuclear Issues’, DFAT.
  21. 21 Anthony Albanese & Penny Wong, ‘Entering Into Force of the Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons’, ALP Official Website, January 23, 2021.
  22. 22 Allan Gyngell, Fear of Abandonment: Australia in the World since 1942, La Trobe University Press, 2017.