はじめに
日本が2016年に「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)という考え方を提唱し、インド太平洋が世界的に注目される中、フランスも同地域を重視している。インド洋と太平洋に海外領土を有するフランスは、インドやオーストラリアとの協力を軸とし、連携国を拡大させながら、インド太平洋への関与を強めている。近年の動向では、フランスはアラブ首長国連邦(UAE)をパートナー国として捉え、2023年2月にフランス・インド・UAEの3国協力枠組みを発足させた。
フランスにとっては、インド太平洋にある海外領土の防衛は、主権や住民の安全を守る必要があるだけでなく、ニューカレドニアには重要資源鉱物が埋蔵されており、エネルギー権益の保護や資源外交も重要視されている。そして、フランスの包括的なインド太平洋戦略を達成する上で重要な存在となっているのが、フランス本土とインド・オーストラリアの間に位置し、軍事作戦上、重要な中継拠点となるUAEとの協力である。本稿では、フランスがインド太平洋戦略を追求する地政学的な理由を、エネルギーや資源外交の観点も踏まえて考察する。
フランスのインド太平洋戦略と海外領土
フランスは欧州諸国の中で最も早く「インド太平洋」という概念を受け入れ、2018~2019年に同国外務省と軍事省がそれぞれインド太平洋戦略を策定した[1]。アフリカ東部からオセアニアまで広がるインド太平洋には、フランスの海外県・地域圏(レユニオンやマヨット)や海外共同体(ニューカレドニアやポリネシア等)があり、2022年時点で約168万人の住民が居住している[2]。これらの海外領土は世界第2位の広さを誇るフランスの排他的経済水域(EEZ)の大部分を占めていることから、フランスは海外領土を防衛するため、インド太平洋に常時、約7000人の兵士を配置している。近年、フランスがインド太平洋戦略に注力する背景には、中国の影響力の拡大があると指摘される[3]。2017年のジブチでの中国軍基地の開設などで中国の存在感が強まるにつれて、フランスは、中国の台頭が深刻な安全保障上の懸念を引き起こす不安定要因であると警戒した。
フランス海外領土のうち、とりわけ南太平洋のニューカレドニアの重要性は高い。同地には、重要鉱物のニッケルとコバルトが埋蔵されているからだ。ニューカレドニアでの資源開発については、2024年5月、長期滞在するフランス人に地方参政権を与えるフランス本国での憲法改正に独立派[4]が反発し、大規模な暴動が起きた結果、資源採掘や輸送が不安定となり、2024年の鉱物生産量が激減した。ニッケル生産量は前年23万1000トンから11万トンに半減し、コバルト生産量も2570トンから1500トンに落ち込んだ[5]。太陽光・風力発電や電気自動車(EV)製品に必要なニッケルやコバルトを一定程度フランス領内で産出できるのは重要な意味を持つ。ニューカレドニアの政情や治安状況を安定化させるためには、フランス政府からのさらなる支援が必要となる。
フランスのエネルギー権益
エネルギーの観点からも、インド太平洋に関与することはフランスにとって非常に重要である。フランスはインド洋からの航路を通じて中東諸国から石油や天然ガスを輸入するほか、インド太平洋諸国でエネルギー権益を保持しているからだ。
まず、2022年のウクライナ戦争を機に、フランスの中東諸国からのエネルギー輸入は増加傾向にある。中東産原油の輸入量は戦争開始前(2021年)の500万トン(総輸入量の14%)から、2023年には780万トン(17%)に増えた[6]。同期間、カタール産の液化天然ガス(LNG)輸入量も52万トンから165万トンに拡大した[7]。フランスはそれまで、1970年代からの度重なる中東紛争を受け、エネルギー供給途絶に危機感を抱き、ホルムズ海峡を迂回する形で調達先を多角化し、ロシアやカザフスタンなどからの輸入を増やしてきた。だがウクライナ戦争下、フランスは欧州連合(EU)の対ロシア制裁に従い、ロシア産化石燃料を買い控え、中東諸国からの代替調達に動き出した。2023年にロシアからの原油輸入を停止したほか、ロシア産LNGの輸入制限も試みている。この点から、中東情勢の安定化やインド洋での航行の自由を確保することがますます求められている。
次に、フランスのエネルギー企業「トタルエナジーズ(TotalEnergies)」がインド太平洋の広域で、資源開発事業を展開している。特筆すべき点は、同社が関与する資源プロジェクトで生産された石油・天然ガスは必ずしもフランスに輸出されていない点である。たとえば、インド太平洋で同社が天然ガス権益を保有するオーストラリアやオマーン、カタール、UAEでのLNG事業では、主にアジア市場への輸出が行われている(図1)。同社は世界各地でLNGのトレーディングから収益を得ており、2023年に4400トン(世界シェア11%)のLNGを取り引きし、世界第3位のLNG事業者(民間企業としては第2位)となった[8]。
トタルエナジーズは10万人以上の従業員を擁するフランス最大の企業の1つであり、フランスの経済成長や雇用創出に大きく貢献している。この点を考慮すると、同社がインド太平洋で事業を継続的に運営したり、同社の資源開発事業からアジア諸国に向けて石油・天然ガスを安定的に海上輸送したりするには、フランス政府による支援が不可欠である。同社が出資するエネルギー事業が存在する限り、フランスはインド太平洋に引き続き関与していくと考えられる。
図1:インド太平洋でトタルエナジーズが出資するLNG事業

インドやオーストラリアとの連携
フランスは中国の海洋進出を受け、インド太平洋での地域秩序の維持を目的として、インド洋でインドと、太平洋ではオーストラリアと連携してきた。まず対インド関係について、フランスは、インドが戦略的パートナーシップを締結した最初の国(1998年1月)である。インドが同年5月にラジャスタン州ポカランで核実験を実施し、国際社会から批判を受けていた際も、フランスは対インド制裁措置に反対し、インドを国際的な核不拡散体制に組み込むためには、インドとの対話が重要であると主張した。フランスの姿勢は、インドがフランスを信頼できるパートナーと認識する考えを作り出し、両国関係を深めることを可能にした[10]。
またフランスの軍事産業は長年、インドによる戦闘機の調達を支えてきた。インドはフランスから、1953年にウーラガン(Ouragan)戦闘機71機を、1957年にミステール(Mystère)IV戦闘機110機を、1982年にミラージュ(Mirage)2000H戦闘機46機とミラージュ2000TH戦闘機13機を、相次いで購入した[11]。2016年にもラファール(Rafale)戦闘機36機の購入契約を締結した。最近では、2025年4月28日、インドが海軍向けにラファール戦闘機26機を購入する契約も結んだ[12]。
良好な二国間関係に基づき、フランスとインドは2018年3月、「インド洋地域での協力に関する共通の戦略的ビジョン」に署名し[13]、インド洋での軍事協力を促進している。西インド洋で1998年より行われてきた海上演習「ヴァルーナ(Varuna)」は2018年5月、演習範囲が仏領レユニオン周辺にも拡大された[14]。また同年締結の物流支援協定により、インド海軍がインド洋のフランス海外領土(レユニオン)にある仏軍基地を利用できるようになった[15]。その他、両国は2003年から航空演習「ガルーダ(Garuda)」、2011年より陸上演習「シャクティ(Shakti)」も実施するなど、陸海空の多方面で軍事関係を強化している。
次にオーストラリアとの関係では、フランスは1992年に「南太平洋における災害救援協力協定(仏・豪州・ニュージーランド間のFRANZ協定)」を締結し、自然災害への対応などで協力関係を強化した。両国は2012年1月に「戦略的パートナーシップに関する共同声明」を発表し、軍事協力の一環として、海上演習「サザンクロス」を行うなど、フランスにとってオーストラリアは南太平洋で唯一の安全保障パートナー国である[16]。
フランスはインド及びオーストラリアとの二国間関係を、仏・印・豪州の3国協力枠組みに発展させた。2020年9月、3カ国は初の外務次官級協議を開催し、インド太平洋地域における経済的・地政学的課題と協力について議論した。2021年4月には外相級協議が開催されたほか、並行して3カ国の専門家や政府高官が参加する1.5トラック対話も行われた[17]。
フランス・インド・UAEの3国協力
しかし、フランス・オーストラリア関係の悪化を受け、仏・印・豪州の3国協力は大きく進展していない。発端は、オーストラリアが2021年9月に米国・英国との安全保障パートナーシップ「AUKUS」を創設し、2016年にフランスと結んだ次期潜水艦の開発契約を一方的に破棄したことだ。フランスは猛反発し、対オーストラリア関係の見直しに踏み切った。その後オーストラリアでの政権交代(2022年5月)や、潜水艦契約破棄に対するフランスへの補償金支払いの発表(同年6月)を経て、フランス・オーストラリア関係は改善に向かった。
だが3国協力では、フランスはインド太平洋戦略の新たなパートナー国として、UAEに期待を寄せた。2022年9月に仏・印・UAEの外務次官級協議が行われ、2023年2月には3国協力イニシアティブに関する共同声明が発表された[18]。同合意に基づき、3カ国は同年6月にオマーン湾で初の合同海上演習を[19]、2024年1月にはアラビア海で初の合同航空演習を実施した[20]。仏・印・豪州の協力が太平洋エリアにより重点が置かれてきた一方、仏・印・UAEの連携はアジア、アフリカ、ヨーロッパの3つの大陸の交差点にあるインド洋を重視している。
フランスにとってのUAEの重要性
フランス・UAE関係については、1974年に外交関係を樹立して以降、一貫して良好である。両国は1980年に協力パートナーシップ協定を結び、1995年に防衛協定を締結した。2009年に更新された防衛協定では、秘密条項にフランスがUAE支援のため、あらゆる軍事的手段を行使できる旨が盛り込まれたと報じられた[21]。つまり、フランスの軍事的手段に核兵器使用の選択肢も想定される。この点から、フランスがUAEに対して自国の核抑止力を拡大したとの見方もできる(ただし、この点は両政府によって確認されたことはない[22])。
フランス・UAEの軍事協力は、UAEの仏軍基地に特徴づけられる。2008年1月署名の政府間協定に基づき、2009年5月にUAEのアブダビ首長国に仏軍基地が開設された。同基地はフランスにとって海外5カ所目の常設基地で、旧植民地(ガボン、コートジボワール、ジブチ、セネガル)以外では初となる。基地の建設はUAEからの要請によるものであり、UAE側が建設費用の全額を、フランスが運営費を負担している。基地は3カ所に分かれ、ペルシャ湾に面する海軍ベースのミーナー・ザーイド(Mina Zayed)港は約300メートルの埠頭を擁し、仏原子力空母「シャルル・ド・ゴール」を含むフランス艦隊を収容でき、またオマーン湾側のフジャイラ港でも攻撃型原子力潜水艦の寄港が可能である。陸軍ベースのザイード軍事都市(Zayed Military City)には、都市部や砂漠地帯での戦闘を想定した訓練センターがあり、第5胸甲騎兵連隊が駐留する。空軍ベースのザフラ(Al-Dhafra)空軍基地にはラファール戦闘機が配置され、第1/7戦闘機中隊「プロヴァンス」が2016年よりUAE空軍や米軍と共に常駐している[23]。
約700人の兵士が派遣中のUAE駐留仏軍の司令官は、仏軍インド洋海域司令官(ALINDIEN)も兼務する。そのため、UAE駐留仏軍は、西はスエズ運河の南方側から、東はインドネシアやオーストラリアの西端までの海域でフランスの防衛政策を遂行する役割を担う。この点から、フランスはUAEに軍事的プレゼンスを持つことで、ペルシャ湾周辺のトタルエナジーズのエネルギー権益を守るだけでなく、インド太平洋にあるフランス海外領土の防衛に迅速に駆けつける体制を構築することが可能となる。
フランスのインド太平洋戦略にとってUAEが重要な国である点は、UAEの地理的位置からも見て取れる。2024年7月に実施されたフランス主導の空軍戦力投射演習「Pégase 2024」では、フランス及び英国を出発した統合合同遠征部隊(CJEF)が、UAEの仏軍基地(並びにシンガポールの支援拠点)を経て、4日後に最終目的地のオーストラリアに到着した(図2)。フランスが本国から南太平洋の海外領土への防衛支援を行う上で、太平洋に向けてのほぼ直線上に位置し、中継基地があるUAEの空域を通過することが必然となっている。
図2:フランスの空軍戦力投射演習「Pégase 2024」の往路飛行ルート

フランスは過去20年にわたり、UAEとの関係を「戦略的」に強化してきた。仏軍基地の設置やトタルエナジーズの資源開発に加え、UAEにはフランスのソルボンヌ大学アブダビ校やルーブル美術館別館が開設され、両国の結びつきは多岐の分野にわたる。またフランスは、潤沢な資金力を持つ産油国UAEとの友好関係から経済的利益も得ている。たとえば、UAEへの仏製武器輸出が際立ち、2021年にUAEがラファール戦闘機80機を購入する大型契約(総額166億ユーロ)が締結された。産業分野では2025年2月、両国間で人工知能(AI)協力に係る協定が署名され、UAEがフランスでのAIデータセンター設置やAIチップ調達に向け、300億~500億ユーロを投資する予定である。
UAE側も安全保障パートナー国の多角化を目指す中、フランスが国連安全保障理事会常任理事国かつ核保有国である点を重視し、フランスとの関係強化を望んでいる。こうしたUAEとの蜜月関係を維持し、最大限活用していくことは、今後もフランスのインド太平洋戦略にとって大きなメリットとなるだろう。
(2025/05/01)
脚注
- 1 合六強「フランスの防衛・安全保障協力――世界大の軍事ネットワークを土台とした危機管理」渡部恒雄・西田一平太編『防衛外交とは何か-平時における軍事力の役割』勁草書房、2021年、173頁。
- 2 “La statistique publique dans les Outre-mer,” Institut national de la statistique et des études économiques, October 16, 2024, pp.4-5.
- 3 Céline Pajon “La stratégie indopacifique de la France,” Vie-publique.fr, June 15, 2024.
- 4 ニューカレドニアの独立問題の詳細は、以下を参考した。宮下雄一郎「海洋国家としてのフランス:「インド太平洋パワー」が抱える問題」日本国際問題研究所、2021年3月23日; 「国際秩序の動揺とフランスのインド太平洋への関与」日本国際問題研究所、2022年3月31日。
- 5 U.S. Geological Survey, Mineral commodity summaries 2025: U.S. Geological Survey, 2025, pp.63-125.
- 6 “Provenance du pétrole brut importé en France: Données annuelles de 2011 à 2023,” Institut national de la statistique et des études économiques, February 6, 2025.
- 7 “GIIGNL Annual Report 2022 Edition,” The International Group of Liquefied Natural Gas Importers, May 2022, pp.38-39; “GIIGNL Annual Report 2024 Edition,” The International Group of Liquefied Natural Gas Importers, July 2024, pp.12-13.
- 8 “Factbook 2023,” TotalEnergies, June 28, 2024, p.56.
- 9 プレスリリースはトタルエナジーズのウェブサイトで閲覧することができる。
- 10 Jérémy Bachelier and Melissa Levaillant, “L'Inde, un partenaire incontournable pour la France dans l'Indo-Pacifique,” focus strategiue 130, Institut français des relations internationales, July 2024, p.14.
- 11 Jacques Weber, La France et l'Inde des origines à nos jours Tome 4: la France et l'Union indienne. Les Indes savantes, 2022, p.741.
- 12 “Signature of the Rafale Marine contract for India,” Dassault Aviation, April 28, 2025
- 13 “Vision stratégique commune de la coopération dans le ROI,” Ambassade de France en Inde, March 15, 2018.
- 14 “Troisième phase de l’exercice naval bilatéral Varuna,” Ambassade de France en Inde, April 21, 2022.
- 15 Ladislas Poniatowski et al., “Moyen-Orient: la France se donne les moyens de riposter,” Rapport d'information 584, Sénat, July 2020, p.35.
- 16 Paul Soyez, Australia and France’s Mutual Empowerment: Middle Powers’ Strategies for Pacific and Global Challenges. Palgrave Macmillan, 2019, p.252.
- 17 “India-France-Australia 1.5 Trilateral Dialogue,” Carnegie Endowment for International Peace, April 13, 2021.
- 18 “Déclaration du gouvernement de la République française, du gouvernement des Émirats arabes unis et du gouvernement de la République de l’Inde sur le lancement d’une initiative de coopération trilatérale,” Ministre de l'Europe et des Affaires étrangères, February 4, 2023.
- 19 “Maiden India-France-UAE Maritime Partnership Exercise,” Ministry of Defense of India, June 9, 2023.
- 20 “Press Release: Ex- Desert Knight,” Ministry of Defense of India, January 24, 2024; “FFEAU – DESERT KNIGHT - Entraînement aérien entre l’Inde, les Emirats arabes unis et la France,” Ministère des Armées, January 25, 2024.
- 21 Isabelle Lasserre, “Moyen-Orient : la France se donne les moyens de riposter,” Le figaro, July 15, 2009.
- 22 Jean-Loup Samaan, “French policy in the Gulf: The other Western ally,” in Fulton Jonathan and Sim Li-Chen (eds.) External Powers and the Gulf Monarchies, Routledge, 2018, p.79.
- 23 Claire Chatelain, “Base militaire française d’Abu Dhabi: analyse d’un partenariat stratégique au cœur des tensions moyenorientales,” Institut d'Études de Géopolitique Appliqué, November 2020, pp.3-4.
- 24 フランス軍事省の「Pégase 2024」に関する発表は以下を参照した。Ministère des Armées, “Pégase 2024 press kit,” 2024.