はじめに
欧米諸国がロシアのウクライナ侵攻を機に、エネルギー面での脱ロシア政策を進める中、欧州連合(EU)は2024年6月に対ロシア制裁第14弾を採択し、初めてロシア産液化天然ガス(LNG)の輸入制限に動き出した[1]。今次措置では、第三国への再輸出を目的としたEU域内でのロシア産LNGの積み替えが禁止される[2]。ロシア産天然ガスに対する禁輸措置ではないものの、EU加盟国によるロシア産ガス輸入に歯止めがかかることが期待される。
ウクライナ危機下、欧州の天然ガス調達を支えたのは米国である。米国産LNGは米欧エネルギー安全保障関係の基盤となり、アジアの同盟国にとっても戦略的重要性を帯びてきた。本稿は、米国産LNGの強みについて考察し、11月の大統領選挙の結果にも左右される気候変動対策をめぐる動向が米国LNG産業に及ぼす影響を検討する。
世界最大のLNG輸出国へ
米国は掘削技術の向上により、2010年代にシェールガス生産量を飛躍的に増加させ、2016年2月にLNG輸出を開始した。LNG輸出プロセスでは天然ガス法(Natural Gas Act)に基づき、2つの政府機関から承認を得る必要がある。1つ目が、LNG輸出施設の立地・建設・操業に関する連邦エネルギー規制委員会(FERC)の認可である。2つ目が、LNG輸出に関連するエネルギー省(DOE)の認可である。DOEの輸出審査において、米国の自由貿易協定(FTA)締結国へのLNG輸出申請は公共の利益とみなされ、自動的に承認される。一方、FTA非締結国の場合、DOEは輸出提案が経済面や環境面で公益性に合致しているかを判断した上で決定を下す[3]。DOEの環境審査では通常、FERC が完了した 国家環境政策法(National Environmental Policy Act)に基づく環境影響評価が公益性の判断材料に利用される[4]。
FTA非締結国への輸出審査に時間を要すことから、米国のLNG輸出先は2016年の輸出開始当初、FTA締結済みの中南米諸国が中心となり、その後にアジア諸国に徐々に広がった。そしてウクライナ危機下、DOEは米欧エネルギー協力の一環として、欧州向けのLNG輸出申請を従来よりも多く承認するようになった。2022月3月、シェニエール・エナジー社運営のLNG輸出施設から、FTA非締結国を含む、欧州全土への輸出が認められた[5]。輸出市場の拡大により、LNG輸出量は2023年に8450万トンを記録し[6]、米国はオーストラリア(7960万トン)やカタール(7822万トン)を抜き、世界最大のLNG輸出国となった。
米国LNG産業の強み
米国LNG産業の強みとして、契約形態の柔軟性や需給ベースの価格設定、米国の立地上の優位性、が挙げられる。まず、中東や東南アジアなどからLNGを輸入する場合、契約形態の大半は20年前後の長期売買契約かつ、LNG販売価格が原油価格に連動するものである。また、第三国へのLNG再販売を禁止する仕向地制限も課される。他方、米国産LNGの料金体系は、ルイジアナ州の天然ガス集積地で取り引きされる卸価格「ヘンリーハブ」を指標とし、それに液化費用など含めた価格である。ヘンリーハブ連動価格はガス需給状況に左右されるが、油価連動価格を下回る傾向にあるため、米国産LNGが相対的に割安となる。また米国LNG企業との売買契約では、長期以外の短期契約も可能で、仕向地制限も設けられていない。この点で、米国産LNGには、ガス市場の需給増減に応じてLNGを調達し、輸出先を自由に変更できる利点がある。
価格低減や再販売のメリットに加え、米国は各地域にLNGを輸出できる好立地に位置する。地域別のLNG輸出割合では、2016年に中南米が全体の58%を占めた後、2021年にアジアが最多49%を記録し、この2年間は欧州が7割弱に達した。米国産LNGがあらゆる市場にアクセスできている点が際立つ(図1)。
これは、米国が各地域にLNGを輸出する際、航行上の懸念が大きい海上交通の要衝(チョークポイント)を避けることが可能なためである。通常、中東から欧州へのLNG輸送の場合、LNG運搬船がスエズ運河を通航する。しかし、2023年10月からのガザ情勢悪化に連動して活発化したイエメンのフーシー派の海上攻撃により、紅海・スエズ運河経由の輸送ルートに支障が生じている。また、主要LNG消費国の東アジア諸国が東南アジア方面からLNGを調達する場合も、潜在的に航行リスクがあるマラッカ海峡や南シナ海を通過する必要がある[7]。
一方、米国は大西洋を隔てて欧州と隣接するため、欧州まで容易にエネルギーを輸送することができる。また東アジアには、パナマ運河の通航問題[8]があるものの、太平洋を横断することで障害なくLNGを届けられる。供給途絶のリスクを低減できる点を踏まえると、米国のLNG輸出は欧州やアジアの同盟国のエネルギー安定確保に大きく寄与するだろう。
LNG輸出の拡大計画
米国産LNGの現在の輸出先はウクライナ危機の影響により欧州中心であるが、LNG輸出量の拡大が計画されているため、アジア諸国もこの先、米国産LNGを追加輸入できる見通しである。
LNG輸出能力の現状については、稼働中のLNG輸出施設が7カ所で、2023年時の年間液化能力が合計8681万トンである(図2)。既存のLNG輸入施設を輸出用に転換したのが、ルイジアナ州サビーンパスLNG(2016年操業)及びキャメロンLNG(2019年操業)、テキサス州フリーポートLNG(2019年操業)、メリーランド州コーブポイントLNG(2018年操業)、ジョージア州エルバ島LNG(2019年操業)である。新設された施設はテキサス州コーパス・クリスティLNG(2018年操業)と、ルイジアナ州カルカシューパスLNG(2022年操業)である。
LNG輸出増加に向け、LNG輸出施設が5カ所で建設・拡張中である。テキサス州のゴールデンパスLNG(2025年~26年操業)、ポートアーサーLNG(2027年操業)、コーパス・クリスティLNG拡張(2024年操業)、リオグランデLNG(2027年~28年操業)、ルイジアナ州のプラークミンズLNG(第1フェーズが2024年、第2フェーズが2026年操業)である。全てが完成すれば、年間液化能力は約1億6000万トンに倍増する。その他の新設事業も検討されている[9]。
米国LNG産業で特筆すべき動向は、LNG消費国だけでなく、LNG輸出国からの参入もあることだ。カタールやアラブ首長国連邦(UAE)の国営エネルギー企業がテキサス州の各事業で生産されたLNGを引き取ることに合意した[10]。また同じ湾岸産油国のサウジアラビアも自国での将来的なLNG生産事業を見据え、テキサス州のLNGプロジェクトへの参入を表明した[11]。中東諸国にとって米国のLNG事業に関わることの利点は、LNG生産施設の低炭素化に向けた最先端の取り組みを把握できることや、米国産LNGのトレーディングを通じて新たな収益源を確保できることである。
さらに、米国やカタールと並ぶLNG輸出大国、オーストラリアも米国LNG事業への参画を進めている。同国のウッドサイド・エナジー社は2024年7月、ルイジアナ州ドリフトウッドLNGを手掛けるテルリアン社を、負債も含めて約12億ドルで買収することに合意した[12]。オーストラリア企業は自社で取引可能な米国産LNGを活用することで、自国から輸出先としては遠い欧州でLNGの販路を広げ、ガス収益を拡大できる見通しである。このような湾岸諸国やオーストラリアの積極的な関与は、米国のLNG企業が巨額な施設建設費を補うための資金を調達したり、生産されたLNGの引取先を確保したりすることに役立っている。
気候変動対策と米国LNG産業
米国産LNG輸出の拡大が期待される中、気候変動対策の影響が米国LNG産業にも及んでいる。その発端は、バイデン政権が2024年1月にFTA非締結国向けのLNG新規輸出認可に係る審査を一時停止したことである。同政権は停止理由として、DOEが公益性の判断に利用する現行の経済・環境分析は約5年前に行われたもので、その後のLNG輸出増加が米国内のエネルギーコストを上昇させた可能性や、温室効果ガス排出の影響に関する最新の評価を考慮していない点を挙げた[13]。これを受け、DOEは経済・環境分析の更新作業に着手した[14]。
気候変動対策と天然ガスの関係では、ウクライナ侵攻を機に、脱炭素化への潮流下でも天然ガスの利用を継続していく流れが出来ていた[15]。天然ガスは石炭や石油と比べて、地球温暖化の原因である二酸化炭素(CO2)の排出係数が相対的に低い[16]ことから、再生可能エネルギーへの移行期における「橋渡し燃料」としての役割を担う。こうした動きに反する形となったバイデン政権のLNG輸出認可停止は、環境保護団体や民主党左派に配慮したもので、次期選挙に向けた政治的な動きだと指摘される[17]。
今次措置の対象は、認可申請中や新規のLNG輸出に限定される。既に承認済みのLNG輸出にはその影響が直ちに及ばないため、米国のLNG輸出量の現水準は当面の間、維持される見通しだ。ただ、更新予定の経済・環境分析の評価基準が難化した場合、FTA非締結国への新規輸出に加え、承認済み輸出期間の延長申請の審理に多大な時間を要す可能性がある。米国が2016年2月から2023年9月の期間にLNGを輸出した国のうち、FTA締結国の割合は21%であった一方、FTA非締結国は79%にのぼった(図3)。多くのFTA非締結国が米国産LNGの調達計画を見直し、追加投資や新たな売買契約を控える事態となれば、LNG輸出施設の新設時期が大幅に遅れるだろう。その場合、米国から同盟国へのエネルギー供給に悪影響が及ぶ恐れがある。
バイデン政権のLNG輸出凍結措置に対し、LNG輸出施設があるテキサス州やルイジアナ州に支持基盤を持つ共和党は反発を強めている。今年2月、共和党が多数派を占める下院は、バイデン政権の輸出認可凍結を無効化する法案を賛成多数で可決した[18]。また7月、トランプ前大統領が任命したルイジアナ州連邦地裁のジェームズ・ケイン判事がDOEに対し、LNG輸出認可停止を解除するよう命じた[19]。これを受け、バイデン政権はルイジアナ州連邦地裁の判決を不服とし、8月5日に控訴状を提出した[20]。
おわりに―大統領選挙結果がどう影響するか
気候変動対策をめぐる民主党・共和党間の対立は、今年11月に実施される大統領選挙が近づくにつれて、更に激しくなると予想される。米大統領選挙で環境重視の姿勢をとるハリス民主党候補か、エネルギー政策拡張の立場であるトランプ共和党候補か、どちらが勝利するかによって、気候変動対策の行方やLNG輸出の展望は大きく異なってくる。
トランプ候補が大統領に返り咲いた場合、石油・天然ガス産業の活性化を目指し、1期目(2017-2021年)と同様に、気候変動対策の国際枠組み「パリ協定」を離脱するとともに、民主党政権時代の化石燃料の排出規制[21]を即時撤回する見通しである。そしてLNG輸出量の拡大に向け、DOE及びFERCの輸出承認プロセスにも介入することが予想される。
他方、ハリス候補が大統領に就任すれば、LNG輸出により慎重なアプローチをとり、厳しい規制枠組みを課す可能性が考えられる。気候変動対策に取り組むことは当然重要であるものの、環境審査の過度な厳格化は、米国LNG産業の発展を阻害し、米国産LNGの強みを打ち消すようなマイナス効果を生み出しかねない。
(2024/08/20)
*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
U.S. LNG Exports and the Impact of Climate Change Measures: How Will the Presidential Election Change Things?
脚注
- 1 “EU adopts 14th package of sanctions against Russia for its continued illegal war against Ukraine, strengthening enforcement and anti-circumvention measures,” European Commission, June 24, 2024.
- 2 ただし、2024年6月25日以前に締結済みの積み替え契約は、2025年3月26日まで制裁適用の対象外となる。
- 3 “DOE's Role in LNG Sector,” U.S. Department of Energy, June 28, 2024.
- 4 Kevin Book, Ben Cahill, Michael Catanzaro, and Kyle Danish, “U.S. LNG Exports: DOE and FERC Roles and Boundaries,” Center for Strategic and International Studies, March 15, 2024.
- 5 “DOE Issues Two LNG Export Authorizations,” U.S. Department of Energy, March 16, 2024.
- 6 “GIIGNL Annual Report 2024 Edition,” The International Group of Liquefied Natural Gas Importers, June 3, 2024, p.10.
- 7 Kunro Irié, Ben Cahill, Joseph Majkut, and Leslie Palti-Guzman, “Geopolitical Significance of U.S. LNG,” Center for Strategic and International Studies, February 7, 2024.
- 8 パナマ運河庁は2023年、運河の閘門を動かすための水を供給するガトゥン湖の水位が干ばつで低下したため、パナマ運河の通航量を一時的に制限した。2024年8月以降、通航制限は段階的に解除される。“Panama Canal traffic to increase as drought conditions ease,” U.S. Energy Information Administration, June 27, 2024.
- 9 基本設計調査(FEED)済みのLNG施設の新設・拡張事業は、ルイジアナ州でキャメロンLNG拡張、レイクチェールズLNG、ドリフトウッドLNGの3件、テキサス州でフリーポートLNG拡張、テキサスLNG、リオグランデLNG拡張の3件、ミシシッピ州でガルフLNGの1件である。その他、ルイジアナ州沖のメキシコ湾でデルフィン浮体式LNG生産施設(FLNG)も計画されている。これら事業の年間液化能力の合計は、9000万トンを上回る。
- 10 “QatarEnergy Trading to offtake and market 70% of LNG produced by Golden Pass,” QatarEnergy, October 22, 2022; “ADNOC Secures Equity Position and LNG Offtake Agreement in NextDecades Rio Grande LNG Project,” Abu Dhabi National Oil Company, May 20, 2024.
- 11 “Aramco and NextDecade announce Heads of Agreement for offtake of LNG from Rio Grande LNG Facility,” Aramco, June 13, 2024; “Aramco and Sempra announce Heads of Agreement for equity and offtake from Port Arthur LNG Phase 2,” Aramco, June 26, 2024.
- 12 Curtis Williams and Ayushman Ojha, “Australia's Woodside Energy to buy US LNG developer Tellurian for $1.2 billion,” Reuters, July 22, 2024.
- 13 “FACT SHEET: Biden-Harris Administration Announces Temporary Pause on Pending Approvals of Liquefied Natural Gas Exports,” The White House, January 26, 2024.
- 14 “DOE to Update Public Interest Analysis to Enhance National Security, Achieve Clean Energy Goals and Continue Support for Global Allies,” U.S. Department of Energy, January 26, 2024.
- 15 2022年にエジプトで開催された第27回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP27)で、「低排出エネルギー(low emission energy)」として、天然ガスを活用していくことが認められた。
- 16 燃焼して同じ熱量を得るために排出されるCO2排出量の比(排出係数の比)は、石炭(一般炭)が10、原油が7.5であるのに対し、天然ガス(LNG)は5となる。「燃料別の二酸化炭素排出量の例」環境省、2024年8月18日アクセス。
- 17 Mike Fulwood, “What next for US LNG Exports?” Oxford Institute for Energy Studies, January 2024, p.2.
- 18 Timothy Gardner, “US House passes bill to reverse Biden's LNG pause,” Reuters, February 16, 2024.
- 19 Greg Larose, “Federal court ends pause on LNG export project approvals,” Louisiana Illuminator, July 2, 2024.
- 20 Brad Johnson, “Biden Administration to Appeal Ruling Against Federal LNG Export Application Pause,” The Texan, August 5, 2024.
- 21 米国の環境保護局(EPA)は2024年4月、化石燃料を利用した火力発電所からの温室効果ガス排出量の大幅削減を義務化するための規制強化を発表した。“Biden-Harris Administration Finalizes Suite of Standards to Reduce Pollution from Fossil Fuel-Fired Power Plants,” U.S. Environmental Protection Agency, April 25, 2024.