はじめに
欧州連合(EU)は現在、世界の気候変動対策を牽引しながら、2050年までに域内の温室効果ガス排出量を実質ゼロ(net-zero)にするカーボンニュートラルの実現に取り組んでいる。脱炭素政策と同時に、2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻を機に、エネルギー面でのロシア依存からの脱却も図っている。
こうした中、気候変動対策の国際協議の場である国連気候変動枠組条約締約国会議の第28回会合(COP28)が2023年11月30日~12月13日まで、産油国のアラブ首長国連邦(UAE)で開催された。EUはCOP28で地球温暖化対策の重要性を訴えつつ、次世代エネルギー分野で主導権を握れるような、成果文書の採択を目指した。
本稿は、EUが気候変動対策に注力する理由や、エネルギー面での脱ロシア政策の進捗状況、そしてCOP28の成果文書から見えるEUのエネルギー政策の見通しについて考察する。
EUにとっての気候変動対策
地球温暖化による影響が深刻化していく中、EUは温室効果ガスの削減のため、気候変動対策で主導的な役割を果たしてきた。1994年、EU(当時は「欧州共同体(EC)」)は国連気候変動枠組条約(UNFCCC)に加入し、2002年には、先進国を対象に温室効果ガスの排出削減義務を定めた「京都議定書」を批准した。2005年に域内の排出量取引制度をいち早く導入し、2015年にパリで開催されたCOP21では、先進国のみならず途上国にも温室効果ガス削減・抑制目標の策定を義務付ける「パリ協定」の採択に尽力した。2018年に「カーボンニュートラル」長期戦略を打ち上げ[1]、2019年には脱炭素と経済成長の両立を図る「欧州グリーンディール」を発表した[2]。
EUが気候変動対策を推し進める背景として、①環境問題の政治化が進展していること、②通商分野での影響力を維持するうえで効果的なこと、が挙げられる。
まず、EU域内で環境問題の政治化が進み、気候変動対策がますます重要性を帯びている。欧州議会において環境会派「緑の党・欧州自由連合」の議席数が過去20年で43議席から74議席まで増加し[3]、存在感を強めている。また、ドイツやオーストリア、フィンランドなどでは緑の党が連立政権に加わり、政権与党として環境政策を推進している[4]。緑の党の発言力の高まりを受け、他政党もより踏み込んだ環境政策を提言せざるを得なくなっている。そして、EU市民の環境意識が高いことも、各政党が環境政策を取り上げる理由である。欧州委員会が2023年5~7月に実施した世論調査「ユーロバロメーター」によれば、EU市民の4分の3以上(77%)が、気候変動は現在非常に深刻な問題であると回答した。また、67%が自国政府の気候変動対策の取り組みが十分できないと考えている[5]。
次に、外交・軍事面では主に各加盟国が権限を握るため、EUとして行使できる権限は乏しい。一方、約4億5000万人の巨大経済市場を擁す点から、EUは域内市場への参入条件や関税を通じて、通商分野で影響力を保持している。気候変動対策でも、EUは規制パワーを使って、国外の企業にEU市場のルールを守らせるだけでなく、場合によっては相手国の政策変更を求めるまでになった。また、EUが各国に先んじて厳しい規制を打ち出し、企業側が製品やサービスをその規制に合わせることで、やがてEUの基準がグローバルスタンダードになる流れがある[6]。こうした現象を、米国コロンビア大学のブラッドフォード教授は「ブリュッセル効果」と名づける[7]。
環境政策と自立的なエネルギー政策の両立
カーボンニュートラルの実現を目指すEUは、ウクライナ危機により、エネルギー面での課題に直面した。EUはロシアの戦費につながる資源収入を断つため、対ロシア制裁を強化し、ロシア産化石燃料への依存からの脱却を試みている。2022年12月に海上輸送による原油輸入を停止したほか、2023年2月に石油製品の輸入も禁止した。また、ロシア産のガス輸入抑制を目的に国内消費量の15%削減に努めながら、2027年までに全てのロシア産化石燃料を禁輸する計画だ。
脱ロシア政策のカギを握るのが、2022年5月に発表された「REPowerEU(リパワーEU)」計画である。主な目的は、ロシア産化石燃料への依存を減らすと同時に、クリーンエネルギーへの移行を早急に進めることである。これにより、EUは気候変動対策に関連する目標数値を更に引き上げた。再生可能エネルギー(再エネ)の導入は、2030時点の最終エネルギー消費の割合で従前の40%から45%まで上昇し、次世代エネルギーとして期待されるグリーン水素については、製造量、輸入量とも1000万トンに設定された[8]。
REPowerEUの進捗状況は、米国コロンビア大学国際公共政策大学院グローバル・エナジー・ポリシー・センター(CGEP)によれば、表1の通りである。
表1:REPowerEUの進捗状況(2023年11月時点)
2022年の短期目標 | 達成可否 |
---|---|
LNG輸入の500億立方メートルの追加輸入 | 目標達成
(※ロシア産も含む) |
ロシア以外のパイプライン経由天然ガス輸入で100億立法メートルの追加調達 | 目標達成 |
バイオメタン生産を350億立方メートルに拡大 | 未達成 |
130億立方メートルの自主的なガス消費節約 | 目標達成 |
2030年までの長期目標 | 進捗状況 |
2027年までにロシア産天然ガスの輸入依存度をゼロ | 順調 |
2030年までに350億立方メートルのバイオメタン生産 | 停滞 |
2030年までに水素消費量を2000万トンに拡大 | 停滞 |
2030年までに510GWの風力発電設備容量の導入 | 停滞 |
2030年までに592GWの太陽光発電容量の導入 | 概ね順調 |
2030年の最終エネルギー消費量を予測基準値比で13%削減 | 順調 |
長期目標では、2027年までのロシア産ガス依存からの脱却に見通しが立ちつつある[9]。他地域からの代替調達が進む中、再エネ比率の上昇といった電源構成の多様化が重要な役割を担っている。気候変動対策として推奨されてきた太陽光発電の導入スピードは脱ロシア政策も相まって、更に加速している[10]。EU各国の太陽光発電の総設備容量は2027年までに、2022年比で2~3倍の増加が予測される(図1)。
EUは再エネ比率を高めることで、まずは発電部門で脱炭素化を図っている。輸送部門については、2023年3月、ガソリンなどで走るエンジン車の新車販売を2035年に全面的に禁止する方針を転換し、環境に良い合成燃料を使うエンジン車に限って認めると表明した[12]。電気自動車(EV)へのシフトを進めつつ、再エネ由来のグリーン水素と二酸化炭素から製造される合成燃料「e―Fuel(イーフューエル)」を使用するエンジン車を普及させていく計画だ。
化石燃料の扱いをめぐるCOP28
EUは脱ロシア政策を進めながら、脱炭素政策にも取り組んでいる。しかし、世界的な気候変動対策の観点では、EU以外の国が化石燃料を利用し、温暖化係数の高い二酸化炭素を排出し続けている状況は変わりない。こうした中、COP28が、産油国でありながら脱炭素政策を牽引するUAEで開催され、化石燃料の扱いをめぐる協議に注目が集まった。
COP28は従来通り、主に欧米諸国と小島嶼国連合が化石燃料の「段階的廃止」を主張する一方、石油輸出国機構(OPEC)を中心とする産油国が化石燃料全般に対するいかなる規制にも反対した。OPEC側は、化石燃料の消費・生産を抑えるのではなく、温室効果ガスの排出量抑制に重点を置くべきだと主張した[13]。最終的に、「化石燃料からの脱却」という文言に修正することで最終合意に至り、COP28の成果文書は採択された[14]。EUは当初求めていた段階的廃止からのトーンダウンを余儀なくされたものの、石油・天然ガスも含めた化石燃料全般の扱いに言及した初の合意にこぎつけることに成功した。産油国がこれまで一切譲歩してこなかった経緯を踏まえると、化石燃料全般の扱いをCOPの議題に乗せることができた今次会合は、EUにとっては意義あるものであったと考えられる。
COP28の成果文書には、EU主導の下[15]、再エネの拡大に関する誓約も盛り込まれた。各国は再エネの発電設備容量を2030年までに現在比の3倍に拡大させることとなる。EUは既にRePowerEU計画を通じて太陽光発電の導入に着手済みであり、こうした発電部門のクリーン化の動きが世界に広がれば、排出量削減の効果が期待できる。また、世界各地で再エネ由来のグリーン水素の増産が見込まれる。現在、EUは世界に先駆けて水素市場の構築に努めているため、この先、諸外国で作られたグリーン水素を積極的に受け入れていくと予想される。こうして、EUが世界に先行して水素の一大市場を形成し、ルール作りを主導することができれば、次世代エネルギー分野での影響力を握ることが可能となるだろう。
(2023/12/22)
脚注
- 1 European Commission, “A Clean Planet for all A European strategic long-term vision for a prosperous, modern, competitive and climate neutral economy,” COM/2018/773 final, November 11, 2018.
- 2 European Commission, “The European Green Deal sets out how to make Europe the first climate-neutral continent by 2050, boosting the economy, improving people's health and quality of life, caring for nature, and leaving no one behind,” December 11, 2019.
- 3 European Parliament, “2019 European election results,” July 2, 2019.
- 4 James McBride, “How Green-Party Success Is Reshaping Global Politics,” Council on Foreign Relations, May 5, 2022.
- 5 European Commission, “Climate Change,” Eurobarometer 2954 / SP538, July 2023.
- 6 竹内康雄『環境覇権―欧州発、激化するパワーゲーム』日本経済新聞出版、2023年、70-74頁。
- 7 アニュ・ブラッドフォード(庄司克宏監訳)『ブリュッセル効果 EUの覇権戦略―いかに世界を支配しているのか』白水社、2022年。
- 8 European Commission, “REPowerEU: A plan to rapidly reduce dependence on Russian fossil fuels and fast forward the green transition,” May 18, 2023.
- 9 Anne-Sophie Corbeau and Akos Losz, “REPowerEU Tracker,” Center on Global Energy Policy at Columbia University’s School of International and Public Affairs, November 16, 2023.
- 10 EU全加盟国で年間に設置される太陽光発電の設備容量は2022年に40GWを記録し、2023年には55GWに達する見通しで、拡大傾向にある。“EU solar market reaches record heights,” PV Europe, December 13, 2023.
- 11 “Global Market Outlook For Solar Power 2021-2025,” Solar Power Europe, July 2021; “Global Market Outlook For Solar Power 2022-2026,” Solar Power Europe, May 2022; “Global Market Outlook For Solar Power 2023-2027,” Solar Power Europe, June 2023.
- 12 Kate Abnett, “EU-German deal to map path for e-fuel cars after 2035,” Reuters, March 27, 2023.
- 13 Ahmad Ghaddar, “Why does OPEC oppose the idea of a fossil fuel phase-out at COP28?” Reuters, December 12, 2023.
- 14 United Nations Framework Convention on Climate Change, “Outcome of the first global stocktake. Draft decision -/CMA.5. Proposal by the President,” December 13, 2023.
- 15 European Commission, “EU leads global initiative at COP28 to triple renewable energy capacity and double energy efficiency measures by 2030,” December 2, 2023.