2023年12月、中国の習近平国家主席が6年ぶり3度目となるベトナム訪問を行った。ベトナム側は政治指導部総出で習主席を「おもてなし」し、まずファム・ミン・チン首相がハノイのノイバイ空港で出迎え、グエン・フー・チョン・ベトナム共産党書記長が2日間にわたりつきっきりで接待し、ボー・バン・トゥオン国家主席との会談やブオン・ディン・フエ国会議長による表敬も行われ、最後はフエ議長が空港で見送った。今回の訪問では、こうしたベトナム側の歓待ぶりが際立っていた。ベトナムは政治経済面で中国と密接な関係を持つ一方、安全保障面では特に南シナ海で緊張関係にある。本短評は、習主席訪越時のベトナムの対応を手がかりとして、同国の対中政策の現在位置をはかるものである。

共同声明――中越関係は「新たな高み」へ[1]

 習近平国家主席のベトナム訪問に際して発表された共同声明は、「包括的な協力的戦略パートナーシップを引き続き深化させ、戦略的意義のある中越の未来を共有する共同体を構築する」と題するものであった。2008年の包括的戦略パートナーシップの締結から15年の節目に、ベトナムと中国は両国関係をもう一段階引き上げることで合意したことになる[2]。

 興味深いことに、中国が発表した中国語版の共同声明では、「未来を共有する共同体」は「運命共同体」と表現されていた。ベトナム語にも「運命」を意味する “vận mệnh” という言葉があるが、ベトナム語版ではそれは使用されることなく、「未来の共有」というやや弱い表現が使われた[3]。ベトナム側は「運命」の使用に難色を示し、妥協の結果としてベトナム語版と中国語版でそれぞれニュアンスの微妙に異なる用語が使われたことになる[4]。中国と運命を共にすることを良しとせず、自律性を保とうとするベトナムのささやかな抵抗が実った結果といえよう。

 今回の国家主席の訪越に際し、両国は36もの協力文書に合意した。その中には、外務省間の協力深化に関する合意や、トンキン湾の海上国境共同巡視に関する国防省間の協力覚書など外交安全保障協力に加え、中国の推進する「一帯一路」、そして中越2国間のインフラ開発協力を進めようと中国が強調する「2つの回廊と一帯」に関連した合意文書が調印された。なかでも、ベトナム北部ラオカイの中越国境地域で両国を結ぶ橋をホン川に架ける協定や、両国国境を結ぶ鉄道の整備を進めるベトナム交通運輸省と中国国際発展協力総局の覚書など、従来ベトナムが忌避してきた中国との大型インフラ開発協力に進展があったことをうかがわせる[5]。

 台湾については、ベトナムが「1つの中国」原則の確固たる支持を表明し、台湾は中国の分かちがたい領土の一部であることを認め、分離主義の企てとして「台湾の独立」に断固として反対し、内政不干渉原則を支持することが明記された[6]。

「恭順」の姿勢

 習近平訪越におけるベトナムの対応ににじみ出ているのが、「恭順」(deference)の姿勢である。ハワイのアジア太平洋安全保障研究センター(APCSS)教授でベトナムの外交安全保障の専門家であるアレクサンダー・ヴヴィンの議論では、これはベトナムと中国の2国間関係の不変の非対称性を前提に、中国がベトナムの自律性を一定程度認める代わりに、ベトナムに対して要求する態度である[7]。

 中国はアメリカとの大国間競争を背景に、ベトナムの取り込みに動いている。そのため南シナ海においても、専ら攻撃対象とするのはフィリピンであり、ベトナムに対しては攻撃の手を緩めている。最近では同海域においてベトナムと中国の衝突事例は目立ったものがない。また中国企業の対ベトナム投資は急伸しており、2023年の国別投資額では、香港と合わせた中国の投資額が第1位となった[8]。

 ベトナムは、南シナ海で中国が「手加減」していることは、あくまで当座の便宜的対応であり、いつでも攻撃的対応に変わりうることをよく知っている。また中国企業の投資はベトナムの経済成長にとって不可欠であるが、「北方の巨人」への過剰な経済的依存は戦略的自律性の観点から望ましくなく、ベトナムにおける中国企業の活動は労働問題や環境問題を引き起こしている。しかし、ベトナムとしては中国に配慮してその意向を汲むことで、当座の関係安定化に寄与することでよしと考えている。そのため今回の習近平訪越にあたっても、包括的戦略パートナーシップの一段階引き上げやインフラ協力、台湾問題での同調など、中国に寄り添う姿勢を示したわけである。

「牽制」としての対米関係と対日関係――「竹外交」の推進

 一方、対中関係とバランスをとる外交活動も活発である。ベトナムは近年、自らの外交スタイルを「竹外交」と形容しており、それは対外環境や国内状況に応じて柔軟な対外政策をとることにより国益の増進を図り、特定の国に与することなく、戦略的自律性を維持することを意味する。その基本姿勢は全方位外交である[9]。

 習近平訪越に先立ち、ベトナムとアメリカとの関係には大きな進展があった。2023年9月、バイデン大統領はベトナムを訪問し、両国は包括的戦略パートナーシップの締結で合意した。これは、2013年に両国が包括的パートナーシップを締結してから10年目の節目であったが、戦略的パートナーシップの段階を飛ばした2段階格上げとなる異例の措置であった。また両国は、アメリカが主導する半導体やレアアースのサプライチェーンの再構築についても協力することで合意し、ベトナムにおける半導体生産をアメリカが支援すること、同国でのレアアースの開発についてもアメリカが技術支援することとなった[10]。

 ベトナムは、日本との関係強化も進めた。2023年11月、トゥオン国家主席が日本を公式訪問した際、両国は包括的戦略パートナーシップの締結で合意した。その際両国は、サプライチェーンの再構築、脱炭素化、そして政府安全保障能力強化支援(OSA)での協力で合意した[11]。ベトナムにとって日米との関係強化は、中国に対する牽制となる。

 米中対立の激化に際し、ベトナムは中国とも日米とも関係強化を同時に進めることに成功した。これは、ベトナムの戦略的重要性を両者とも認識しているゆえ可能となったアプローチであり、ベトナムは米中対立で「漁夫の利」を得ているともいえる。だがベトナムとて、そうした都合の良いバランスが長続きすると当然視しているわけではない。中国への経済的依存の深まりを背景にした同国からの経済圧力、南シナ海での緊張はいつでも生じうる一方、アメリカの対ベトナム政策が今後順調に進展するかも予断を許さない。戦略的自律性を高めるため、経済力を中心とする自らの力を蓄える時間を稼ぐ当座の対策として、全方位の関係強化を可能な限り進める算段であろう。

 ※本稿の見解は筆者個人のものであり、筆者の所属組織の公式見解ではない。

(2024/02/05)

脚注

  1. 1 “Dấu mốc lịch sử, đưa quan hệ Việt Nam-Trung Quốc lên tầm cao mới,” Nhân dân, December 12, 2023.
    (ベトナム・中国関係を新たな高みに引き上げる、歴史的な転換点)
  2. 2 “Tuyên bố chung về việc tiếp tục làm sâu sắc và nâng tầm quan hệ Đối tác hợp tác chiến lược toàn diện, xây dựng Cộng đồng chia sẻ tương lai Việt Nam-Trung Quốc có ý nghĩa chiến lược,” Nhân dân, December 13, 2023.
    (包括的な協力的戦略パートナーシップを引き続き深化させ、戦略的意義のある中越の未来を共有する共同体の構築に関する共同声明)
  3. 3 中華人民共和国外交部「習近平在越南媒体発表署名文章」2023年12月12日。
  4. 4 Francesco Guarascio, Khanh Vu and Phuong Nguyen, “Vietnam boosts China ties as ‘bamboo diplomacy’ follows US upgrade,” Reuters, December 12, 2023.
  5. 5 Báo Điện tử Chính phủ, “Việt Nam, Trung Quốc ký kết 36 văn bản thỏa thuận hợp tác,” December 12, 2023.
    (ベトナムと中国は36の協力文書に調印)
  6. 6 前掲“Tuyên bố chung…”
  7. 7 Alexander L. Vuving, “Strategy and Evolution of Vietnam’s China Policy: A Changing Mixture of Pathways,” Asian Survey, 2006, p. 808.
  8. 8 Francesco Guarascio, “China's investments to Vietnam boom as Xi visits Hanoi, US spending down,” Reuters, December 8, 2023.
  9. 9 拙稿「ベトナムの『竹外交』――全方位外交の温故知新」笹川平和財団国際情報ネットワーク分析 IINA、2023年8月31日。
  10. 10 The White House, “Fact sheet: President Joseph R. Biden and General Secretary Nguyen Phu Trong Announce the U.S.-Vietnam Comprehensive Strategic Partnership,” September 10, 2023.
  11. 11 外務省「日・ベトナム首脳会談」2023年11月27日。