2023年、日本と東南アジア諸国連合(ASEAN)の友好協力関係は50周年を迎えた。この間、両者の関係は発展し、成熟した。両者の「人的交流は、『心と心のパートナー』と呼ばれる強固なパートナーシップの基盤となり、アジア太平洋地域の平和と安定、発展と繁栄のために緊密な協力関係を築いて」きた[1]。日本とASEAN の協力関係が緊密化し、かつ多様化・多角化する中で、東アジアの戦略環境の複雑化を背景に、安全保障分野での協力も拡大深化してきた。本短評は、日本の対ASEAN安全保障政策に焦点を当て、日本とASEANの協力のあり方のこれまでと今後について考察する。

日ASEAN協力の変遷と拡大

 日本にとってASEANは重要な地域であり、この地域との協力関係を維持強化することは、常に日本外交の主要課題の1つであった。戦後、日本は長きにわたり、ASEANとの多国間関係、そしてASEAN諸国との2国間関係の発展を図ってきた。戦時賠償交渉に続くパートナーシップの初期、こうした関係はもっぱら経済協力を中心とするものであったが、その後、経済協力関係の深化に従い、政治協力が始まった。今日、日本と ASEAN のパートナーシップは安全保障、とりわけ非伝統的課題への対処を含む、より包括的な関係へと発展を遂げた[2]。

 日ASEAN安全保障協力が進んだ背景には、中国の台頭とASEANへの影響力の拡大があった。日本は、東南アジア地域における中国の影響力の伸長によって相対的に低下したプレゼンスを補うため、安全保障を含むより包括的な協力関係を志向した。またASEANとの安全保障協力は、自身の安全保障に資するものでもあった。東シナ海での中国の海洋進出に対応するため、同様に南シナ海で中国の強硬姿勢に直面するASEANとの協力を推進し、共同で問題に対処しようとした[3]。

 今日、ASEANに対する中国の影響力は圧倒的であり、アメリカをも凌ぐ勢いである[4]。ASEANへの影響力をめぐって米中がしのぎを削る中、日本はASEANにとってどのように「有意な」パートナーたりうるか。そこでカギとなるのが「信頼」である。長年の協力関係によって培われた相互の信頼感は、日本の対ASEAN外交のアセットともいえる[5]。日本は、信頼というアセットをどのように活かし、自らを利するのみならずASEANにとっても利益となる政策を立案し、実施できるか、その手腕が問われている。

日ASEAN安全保障協力のビジョンと実践

 今日、日本のインド太平洋戦略の屋台骨は「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)のビジョンである。FOIPは、その実現に向けて主要な協力相手とみなされているASEANの反応も見ながら、内容や方向性を修正し、現在の形に落ち着いた経緯がある[6]。「FOIPの三本柱」である法の支配と航行の自由、連結性の向上、そして平和と安定の確保は、防衛政策の観点からはシーレーンの安定、不測事態の回避、地域の平和と安定に向けた取り組みと整理されている。これらの政策目標の実現に向け、現在防衛省・自衛隊は人的交流、能力構築支援、部隊交流、防衛装備・技術協力を推進している[7]。

 FOIPの考え方を、対ASEAN防衛協力の面で体現するのが「ビエンチャン・ビジョン」である。同ビジョンは日ASEAN防衛協力の指針であり、2016年にラオスのビエンチャンで開催された第2回日ASEAN防衛担当大臣会合の場で、稲田防衛相によって表明された[8]。ビジョンの主眼は、中国の海洋進出を念頭に、法の支配に基づく秩序の維持に向け、ASEAN諸国との協力を強化することにあった[9]。

 2019年、FOIPとASEANの「インド太平洋に関するASEANアウトルック」(AOIP)を踏まえた形で、ビエンチャン・ビジョンはバージョンアップを果たした。同年行われた第5回日ASEAN防衛担当大臣会合において、河野防衛相は「ビエンチャン・ビジョン2.0」を発表した[10]。アップデート版は、1977年に発表された日本の対ASEAN政策の基本方針である「福田ドクトリン」の精神を汲む「心と心の」「対等で開かれた」協力を掲げ、ASEANの中心性・一体性・強靭性に資する取り組みを強調するなど、ASEANの思想や立場に一層寄り添うものとなった[11]。

 ビエンチャン・ビジョンに列挙された協力の手段は多岐にわたるが、その中でも能力構築支援事業は、2012年の開始以来、すでに10年以上の実績を積み重ねてきている。同事業は必ずしもASEANのみを対象としていないが、支援を行った16カ国のうち、ASEAN諸国が9カ国を占める。また例えばベトナムとはすでに40回以上の研修やセミナーを実施するなど、同事業の中核をASEANが占めている[12]。

 近年活発化しているのが、防衛装備・技術協力である。日本はASEAN諸国と防衛装備品・技術協力協定を次々と締結しており(2016年にフィリピン、2018年にマレーシア、2021年にインドネシアとベトナム、2022年にタイ)、装備技術協力が人道支援・災害救援(HA/DR)や海洋安全保障での協力を促進することが期待されている。具体的に装備移転が進んでいるのがフィリピンのケースであり、これまで海自TC-90練習機、陸自の多用途ヘリコプターUH-1H、そして三菱電機製警戒管制レーダーの移転が行われた[13]。ASEAN側の装備調達需要は旺盛であり、制度化の進展により、日ASEANの装備技術協力は今後も一層進むであろう。

 中国の海洋進出を念頭に、フィリピンとの2国間防衛協力は特に大きな進展を見せている。2022年4月には外務・防衛閣僚会合(2+2)が始まったほか、会合では自衛隊とフィリピン国軍の共同演習をより円滑に実施することを目的とした円滑化協定(RAA)や物品役務相互提供協定(ACSA)の締結に向けた協議を開始することで合意した[14]。現在、訪問軍地位協定(VFA)を両国間で結ぶことも視野に入りつつある[15]。

 海洋安全保障の面では、海上保安庁による協力も進展している。2017年にはモバイルコーポレーションチーム(MCT)が発足し、ASEAN各国の海上保安機関に対し、海上法執行、捜索救難、油防除等様々な能力向上支援を実施しているほか、海上保安大学校に「海上保安政策プログラム」を開講し、各国の海上保安機関職員を受け入れて海上保安能力の向上を目的とした教育を実施している[16]。またODAの枠組みを活用し、フィリピンやベトナムには巡視船の供与も行っている[17]。

今後の協力のあり方

 2022年12月に公表された国家防衛戦略では、ASEANとの協力について、多国間枠組みを通じた協力を追求する一方、2国間レベルでの戦略対話、戦略的寄港、共同訓練、防衛装備協力、能力構築支援を実施するとうたっている[18]。こうした記述からは、今後も従来の協力のメニューを基本的には継承しつつ、その頻度やレベルを上げていく方向性が考えられる。特に装備協力に関しては、日本政府が先日発表した新たな支援枠組みである政府安全保障能力強化支援(OSA)において、フィリピンやマレーシアに対する資機材の提供が検討されているとのことである[19]。

 2023年2月、日本ASEAN友好協力50周年に際し、今後50年の協力のあり方について、有識者会議の報告書が発表された。同報告書の主眼の1つは、国際社会で存在感を増すASEANが、以前のように日本が一方的に支援や援助を行う対象ではもはやなく、両者の共通課題に共に取り組むパートナーであることを強調する点にある[20]。今後の安全保障協力には、「イコール・パートナー」の認識に基づきつつ、「支援」から「協力」へと方針や内容をシフトさせつつ、実施していくことが求められているといえよう。主権や領土の一体性を尊重し、力による現状変更を容認しない点は、日本(や欧米)とASEANに共通する認識である。こうした共通認識を起点に、安全保障協力の推進が図られるべきであろう[21]。

 (本稿の見解は筆者個人のものであり、筆者の所属機関の公式見解ではない)

(2023/06/26)

*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
Japan’s Security Policy on ASEAN ― On the 50th Year of Friendship and Cooperation

脚注

  1. 1 外務省「日本ASEAN友好協力50周年事業」2023年4月6日。
  2. 2 庄司智孝「多元的関係の追求――中国の台頭と日本の東南アジア政策」恒川潤編『中国の台頭――東南アジアと日本の対応』防衛研究所国際共同研究シリーズ4、2009年、155頁。
  3. 3 Tomotaka Shoji, “Japan’s Security Cooperation with ASEAN: Pursuit of a Status as a ‘Relevant Partner’,” NIDS Journal of Defense and Security, No. 16, December 2015, p. 98.
  4. 4 ISEAS Yusof Ishak Institute, The State of Southeast Asia 2023: Survey Report, pp. 24-27.
  5. 5 Ibid., p. 50.
  6. 6 Kei Koga, “Japan’s ‘Free and Open Indo-Pacific’ Strategy: Tokyo’s Tactical Hedging and the Implications for ASEAN,” Contemporary Southeast Asia, vol. 41, no. 2, August 2019, pp. 295-299.
  7. 7 防衛省「自由で開かれたインド太平洋――防衛省の取組」
  8. 8 防衛省「ビエンチャン・ビジョン――日ASEAN防衛協力イニシアティブ」
  9. 9 西田一平太「日本の対ASEAN防衛外交――ビエンチャン・ビジョンとは何か?」国際情報ネットワーク分析IINA、2018年8月30日。 “Philippines, U.S. Announce Four New EDCA Sites,” February 1, 2023.
  10. 10 防衛省「第5回日ASEAN防衛担当大臣会合(概要)」2019年11月17日。
  11. 11 防衛省「ビエンチャン・ビジョン――日ASEAN防衛協力イニシアティブのアップデート」
  12. 12 防衛省「能力構築支援事業」
  13. 13 防衛装備庁「防衛装備・技術協力について」
  14. 14 防衛省「第1回日・フィリピン外務・防衛閣僚会合(2+2)」2022年4月9日。
  15. 15 「比大統領、日本との訪問軍地位協定締結に前向き」ロイター、2023年2月13日。
  16. 16 海上保安庁「諸外国への海上保安能力向上支援等」
  17. 17 外務省「フィリピンに対する円借款の供与(事前通報)」2016年9月6日「政策評価法に基づく事前評価書」2017年6月7日。
  18. 18 防衛省「国家防衛戦略について」2022年12月16日、16頁。
  19. 19 「同志国の安保支援、『OSA』方針決定 政府、フィリピンなど4カ国検討」『朝日新聞』2023年4月5日。
  20. 20 外務省「日本ASEAN友好協力50周年有識者会議 報告書」2023年2月3日、4頁。
  21. 21 「高まるグローバルサウスの存在感 ASEANがロシアを排除せぬ理由」『朝日新聞』2023年3月28日。