2021年2月1日にミャンマーでクーデターが発生してから、1年半近くが過ぎた。この間、情勢は解決の糸口を見出すどころか、ますます悪化している。筆者は、昨年7月に本サイトにて「ミャンマー危機とASEAN――仲介外交の展望」を掲載し、クーデター後の東南アジア諸国連合(ASEAN)の対ミャンマー政策を考察したが、本小論は、その後の事態の推移やASEANの政策の効果を検証し、今後を展望するものである。

悪化の一途を辿るミャンマー情勢

 クーデター後の約1年半の間に、ミャンマー情勢は悪化の一途を辿っている。クーデターに反対する市民は当初、非暴力の不服従運動に基づく抗議活動を展開していたが、国軍によるデモの弾圧により、多くの死傷者が発生した。こうした事態を受け、市民の中には少数民族武装組織と連携し、国民防衛隊(PDF)として武装蜂起する人々が現れた。一方、亡命政府として、国民民主連盟(NLD)からの選出議員を中心とする国民統一政府(NUG)が設立された。NUGは、2008年憲法の廃止など軍政の打倒を掲げ、市民に武装蜂起を呼びかけるに至った[1]。

 これに対して国軍は、各地で蜂起したPDFを「テロリスト」とみなし、彼らが活動を活発化させている東部や中部の村々への攻撃を強化している。攻撃に巻き込まれた一般市民の死傷者も増加しており、クーデター後から現在までの死者数は2,000人に迫る勢いとなっている[2]。PDFの蜂起は今や全国各地に広がっており、ミャンマー国内は内戦さながらの様相を呈している。

 国軍とPDFの衝突が激化する中、汚職その他の罪状で訴追されていたアウンサンスーチー国家最高顧問は、禁固5年の判決を言い渡された。軍事政権は、2023年に総選挙のやり直しを実施する意向を表明しているが、スーチー顧問の政治への復帰を阻止するため、訴追と裁判を強行しているものと考えられる[3]。

進まないASEANの仲介外交

 悪化の一途をたどるミャンマー情勢を前に、ASEANは必ずしも手をこまねいていたわけではない。ASEANは、従来の内政不干渉原則から大きく踏み出し、事態の打開に向けて積極的にミャンマー情勢に関与した。2021年4月の首脳会議の場で、軍政の最高指導者であるミンアウンフライン国軍司令官との間で合意した「5つのコンセンサス」(暴力の即時停止、すべての当時者間の対話、ASEAN議長国特使による仲介、人道支援の実施、特使とすべての当事者間の面会)の実現を掲げ、当時の議長国ブルネイのエルワン第2外相が特使に任命された。エルワン第2外相は、正式に特使に任命される前の2021年6月にミャンマーを訪問し、ミンアウンフライン司令官らと人道支援の方法について協議したものの、スーチー顧問らとの面会は実現しなかった[4]。

 その後、特使は再度ミャンマー訪問を計画し、スーチー顧問との面会を改めて求めたものの、軍政側はこれを拒否し、訪問自体が延期される結果となった(結果エルワン特使のミャンマー訪問は実現せず)[5]。軍政側の「不作為」に業を煮やしたASEANは、2021年10月の首脳会議にミンアウンフライン司令官を招待しないことを決定した[6]。

 ミャンマー軍政にいかに対応していくかをめぐり、ASEAN内は大きく2つに分かれている。インドネシア、マレーシア、シンガポールといった積極派の国々は、国軍に対して民政への復帰を強く促すべきと考えている。これに対して、ミャンマーの隣国タイやベトナムといった大陸部諸国は消極派であり、軍政による圧制でミャンマー国内が「安定」し、地域全体の不安定化を回避できればよしとする。ここにミャンマー情勢をめぐるASEANの分断がある。民主主義の規範は必ずしもASEAN全体には根付いておらず、見解の相違がある[7]。このため、ASEANが一枚岩となって軍政に圧力をかけることは容易ではない。

議長国カンボジアは独自の動き

 2022年のASEAN議長国カンボジアは、ミャンマー問題への関与にきわめて積極的である。前回議長国を務めた2012年、カンボジアは南シナ海問題をめぐる加盟国間の調整に失敗し、ASEANは史上初めて共同声明が発表できない事態に陥った。カンボジアはこの「レガシー」を克服するため、ミャンマー問題で議長国としての実績をあげようとしている。またカンボジアの「意気込み」は、自らの歴史にも起因する。フンセン首相がいみじくも明言しているように、冷戦末期、カンボジアは深刻な内戦状態にあったが、域外国やASEANの仲介もあり、関係当事者間の和平協定の締結にこぎつけた[8]。カンボジアは、こうした自らの経験を活かし、ASEAN議長国としてミャンマー問題の解決にイニシアチブを発揮しようとしている。

 しかし、カンボジアの対ミャンマー政策の基本的な方向性は、軍政の当座の追認とASEAN復帰であり、民政への復帰を求めるASEAN加盟国との間に不協和音が生じている。2022年1月、カンボジアのフンセン首相がミャンマーを電撃訪問し、ミンアウンフライン司令官と会談した。これは、ミャンマー問題を打開するための訪問ではあったが、スーチー顧問との面会はかなわなかった。また訪問の際に発表された共同プレスリリースには、NLD関係者ではなく少数民族武装組織との休戦交渉があたかも「5つのコンセンサス」の実現につながるかのような文言が入るなど、軍政側の意を汲んだ内容になってしまった[9]。フンセン首相の訪問に先立ち、ASEANの他の国々との事前協議はなく、インドネシアとマレーシアはカンボジアの独断専行に苦言を呈した[10]。

 2022年3月、ASEAN特使としてプラック・ソコン副首相兼外務国際協力相がミャンマー訪問し、ミンアウンフライン司令官と面会した[11]。しかし、このときもスーチー顧問との面会は実現しなかった。ASEANの他の国々は、カンボジアの独断専行に不満を抱きつつも、カンボジアの積極的な仲介によるミャンマー軍政の態度の軟化を期待した。しかし、スーチー顧問との面会等、条件を特に付さずに特使を派遣したことによって、ASEANが軍政に妥協する姿勢を見せたとの印象を国際社会に与える結果となった[12]。

 現状、恐らく他の国々の強い要請を受け、カンボジアは特使とスーチー顧問の面会を軍政に働きかけているものの、軍政が面会を認める可能性はきわめて低い。業を煮やしたマレーシアは、新たなアプローチとしてNUGとのコンタクトを開始した[13]。当然、軍政側はこうした動きに反発している。ASEANによる仲介外交は、加盟各国の思惑が交錯し、混迷の度合いを深めていると言わざるを得ない。

域外主要国の動向

 ミャンマーに影響力を持つ域外主要国は、総じて様子見と軍政容認の姿勢をとっている。

 中国は、2021年秋頃には軍政を支援する意向を固めたようである。2022年のASEAN議長国カンボジアに対しても影響力を行使し、「5つのコンセンサス」を軍政の方針に沿った形で進めるよう働きかけた。また中国は、軍政のワナマウンルイン外相を招へいし、その際1億ドルの支援を表明した。一方で、中緬国境にあるシャン州の少数民族武装組織に対する支援も続けるなど、国軍と少数民族武装組織双方に与するヘッジ政策をとっている[14]。2023年に選挙が実施された場合には、中国は国軍が支持する政党が主体となる新政権を承認する可能性が高い[15]。

 民主主義国家インドは、ASEANのアプローチを基本的に支持しながらも、軍政に対して民政への復帰を強く求めることはない。インドは、ミャンマーとの国境付近で活動する反体制派の取り締まりに国軍の協力を必要としているほか、ミャンマーに対する中国の影響力が拡大することを懸念しているためである[16]。

 ロシアは、軍政による反体制派の弾圧を装備面で支援しており、ロシアから供給されたミグ戦闘機やヤク戦闘機が反体制派の活動地域を無差別に爆撃する作戦に使用されている[17]。軍政も「返礼」として、ロシアのウクライナ侵攻に対する支持を明言している[18]。しかし、ウクライナにおける戦闘が長引くにつれ、また西側の経済制裁の効果があらわれるにつれ、ロシアの軍政に対する装備支援が滞る可能性はある。

展望

 国際社会の注目がウクライナに集まる中、ミャンマーへの関心は薄れている。国軍と民主派が政治的に妥協することは難しく、一方でNUGもPDFの活動を掌握しきれておらず、市民の武装蜂起を国軍との交渉に戦略的に活用することは困難になっている[19]。ミャンマー情勢は、軍政、NUG、各PDFが入り乱れた、著しく錯綜した状況にある。

 この隘路において、取組可能な課題を抽出することは容易ではないが、まずコロナ禍もあり、人道支援は喫緊の課題である。軍政側も人道支援については協議に応じており、関係各機関が協力して効果的な人道支援の道筋を探る必要があろう。その際、ASEANが国連、域外国とミャンマー内各アクターとの橋渡し役を担いうる。

 ASEANの対応としては、もしマレーシアのNUGへのアプローチが功を奏し、これが軍政に効果的なプレッシャーとなれば(軍政がそう認識すれば)、交渉の新たな展開も想定しうる。またウクライナ情勢によってロシアのから支援が細った場合は、これも軍政に対するプレッシャーとなろう。インドも、国軍との協力と民政によるミャンマー政治の再生の可能性を再度天秤にかけ、戦略を練り直す可能性がある[20]。

 ミャンマーというASEANにとっての長年の課題が再燃し、またウクライナ侵攻によってロシアに対する国際的な非難が高まる中、ASEANが直面する重大な挑戦の1つが、多国間協力枠組みの運営である。東アジア首脳会議(EAS)や拡大ASEAN国防相会議(ADMMプラス)といったASEANを中心とする多国間協力枠組みには、加盟国ミャンマーのみならず、域外対話国の1つとしてロシアも参加している。ミャンマーやロシアをめぐる参加国間の意見の相違が深刻な対立にまで発展した場合、こうした枠組みの活動が停滞し、その存立基盤が脅かされる可能性がある。ASEANと、それを支える域外との協力体制の瓦解を防ぐため、ASEANは今一度、関係各国との協力の下、ミャンマー問題の解決の糸口をつかむ必要に迫られている。

 (本稿で示された見解は筆者個人のものであり、筆者の所属組織の公式見解ではない)

(2022/06/21)

脚注

  1. 1 Moe Thuzar and Htet Myet Min Tun, “Myanmar’s National Unity Government: A Radical Arrangement to Counteract the Coup,Perspective (ISEAS Yusof Ishak Institute), January 28, 2022.
  2. 2New civilian death toll since coup ‘unprecedented’ in Myanmar’s history,Radio Free Asia, May 17, 2022.
  3. 3国軍、スーチー氏の政治生命を絶つ狙いか『さらに犠牲が…』識者懸念」『朝日新聞』2022年2月1日。
  4. 4ASEAN事務総長らミャンマーを訪問、国軍司令官らと面会」『ビジネス短信』(日本貿易振興機構(ジェトロ))、2021年6月8日。
  5. 5ASEAN特使のミャンマー訪問延期 首脳会議に波乱も」『日本経済新聞』2021年10月13日。
  6. 6 Ain Bandial, “ASEAN excludes Myanmar junta leader from summit in rare move,” Reuters, October 17, 2021.
  7. 7 庄司智孝「ミャンマー危機とASEAN――仲介外交の展望」、国際情報ネットワーク分析 IINA(笹川平和財団)、2021年7月21日。
  8. 8 Ministry of Foreign Affairs and International Cooperation, Kingdom of Cambodia, “Joint Press Release: On the Visit of Samdech Akka Moha Sena Padei Techo HUN SEN, Prime Minister of the Kingdom of Cambodia, to the Republic of the Union of Myanmar, January 7-8, 2022,” January 7, 2022, p. 2.
  9. 9 Ibid.
  10. 10 Muzliza Mustafa and Tria Dianti, “Malaysia: Cambodia PM Should Have Consulted ASEAN Members Before Myanmar Visit,Benar News, January 13, 2022.
  11. 11 Ministry of Foreign Affairs and International Cooperation, Kingdom of Cambodia, “Press Release: Outcomes of the First Visit of the Special Envoy of the ASEAN Chair on Myanmar to the Republic of the Union of Myanmar, on 21-23 March.
  12. 12 鈴木早苗「ASEAN議長国によるミャンマー政治危機への対応」『IDEスクエア』(アジア経済研究所)、2022年4月。
  13. 13 Sebastian Strangio, “Malaysian FM Meets with Counterpart from Myanmar Opposition Movement,The Diplomat, May 17, 2022.
  14. 14 Jason Tower, “Ukraine Crisis Prompts China to Swing Behind Myanmar’s Junta,” United States Institute of Peace, April 13, 2022.
  15. 15 中西嘉宏「政変が変えるミャンマー・中国関係の行方」『日中経協ジャーナル』2022年6月、20頁。
  16. 16 Sinderpal Singh, “India’s Myanmar Dilemma: Policy Challenges and Choices,IDSS Paper, No. 17, March 22, 2022.
  17. 17 Jerry Harmer, “Witness: Army attacks in eastern Myanmar worst in decades,Associated Press, March 15, 2022.
  18. 18Russian invasion of Ukraine justified, says Myanmar junta,Straits Times, February 26, 2022.
  19. 19 「国軍、スーチー氏の政治生命を絶つ狙いか『さらに犠牲が…』識者懸念」『朝日新聞』2022年2月1日。
  20. 20 Singh, “India’s Myanmar Dilemma.”