ミャンマー情勢は現在、混迷の度合いを深めている。2021年2月1日のクーデター後、これに反発する市民の反国軍デモは全国に広がった。国軍は市民のデモを武力により徹底的に弾圧している。国軍と市民の対立は先鋭化の一途をたどり、現在では少数民族の武装組織も加わり、内戦が発生する可能性すら取り沙汰されている。加盟国ミャンマーの危機的状況に対し、東南アジア諸国連合(ASEAN)はいかに対応しているのか。本稿は、ミャンマー危機に対するASEANの対応に関し、仲介外交の試みを軸に考察し、ミャンマー情勢の今後を展望する。

一枚岩ではないASEAN

 ミャンマーのクーデターに対するASEANの反応は速かった。クーデター発生と同日、ASEANは議長声明を発表した。声明でASEANは、民主主義、法の支配、良好なガバナンス、人権といったASEAN憲章にある諸原則の尊重、平和で安定した、繫栄するASEAN共同体構築にとっての加盟国の政治的安定の重要性、そしてミャンマーの人々の意思と利益に沿った形での対話と和解の追求、平常への復帰を呼びかけた[1]。

 しかし、クーデターに対するASEAN各国の姿勢は、実は一枚岩ではなかった。クーデターに関するASEAN各国の発言の内容はさまざまであった。インドネシアは懸念を表明し、民主主義の法的枠組みを堅持するよう訴えたのに対し、同じく懸念を表明したマレーシアとシンガポールは、関係者に対して自制と協議による問題の平和的解決を呼びかけた。これに対し、カンボジア、フィリピン、タイの3カ国は、クーデターはミャンマーの内政問題であるとして、それ以上の論評を控えた[2]。ベトナムの外務省報道官は「ミャンマーの国家建設と発展のため早期に状況を安定させてほしい」とコメントし、同国が懸念表明とノーコメントの中間的立場をとることを示唆した[3]。

 各国で分かれた発言は、それぞれの国の政治体制や政治的価値を反映していた。ASEAN各国の政治体制は、安定した民主主義、不安定な民主主義、制限的な民主主義、軍が政治に関与するシステム、社会主義体制と実にさまざまであり、民主主義や人権に対する各国の考えも一様ではない。そのため、クーデターを公式には支持しないものの、これを事実上黙認する国も現れた。例えば、3月末に行われたミャンマー国軍記念日の式典には、ラオス、タイ、ベトナムのASEAN3か国が代表を送った。この日は、ミャンマー各地で市民の大規模なデモが行われ、国軍は重火器を用いてこれを弾圧し、多くの死傷者が出た日でもあった[4]。また6月に行われた国連総会において、ミャンマーへの武器の流入の停止を求め、国軍に対し2020年11月の選挙結果を尊重し、アウン・サン・スー・チー顧問らの拘束を解くよう要求する決議が採択されたが、投票ではブルネイ、カンボジア、ラオス、タイの4か国が棄権した[5]。

インドネシアのイニシアチブ

 ASEAN内でミャンマー情勢への対応が分かれる中、問題の解決に向けてイニシアチブをとったのは、民主主義を重視するインドネシアであった。同国はこれまでも、南シナ海問題やインド太平洋戦略に関し、ASEANのコンセンサス形成に指導力を発揮してきたが、今回もASEAN内の意見を集約し、共同歩調をとるべく動いた。ルトノ外相は、クーデター発生直後からASEAN各国や米中と精力的に協議を重ね、2月下旬にはバンコクーデターイ外相、ミャンマー国軍の代表と3者協議を行った。

 4月24日、ASEAN特別首脳会議がジャカルタで開催され、ミャンマー国軍からミン・アウン・フライン総司令官が出席した。会議後、ASEANは議長声明に付帯する形式でミャンマー情勢に関する「5つのコンセンサス」を発表した。その内容は次の通りである。

  1. (1)暴力の即時停止とすべての関係者の最大限の抑制
  2. (2)人々の利益となる平和的な解決を目指し、すべての関係者間の建設的な対話の開始
  3. (3)ASEAN議長国特使が、ASEAN事務総長の補佐を受け、対話プロセスを仲介
  4. (4)ASEANはAHAセンター[6]を通じて人道支援を実施
  5. (5)特使と代表団は、すべての関係者と面会するためミャンマーを訪問[7]

 ミャンマーの国軍総司令官を含む参加者間で以上の合意に達したことは、特別首脳会議の成果といえた。ただ、「6番目のコンセンサス」として草案にあった「政治囚の釈放」は、国軍の同意が得られる見込みが立たず、議長声明の本文に移された[8]。

ASEANにとってのミャンマー問題――「建設的関与」の限界

 ASEANがミャンマー情勢に関与するのは、今回が初めてではない。過去にミャンマーがASEANにとって問題となったのは、1990年代と2000年代の2回あった。いずれの時期も、ミャンマーで民主化運動が活発化し、国軍が運動を弾圧することによって欧米を中心とする国際的な非難にさらされ、ASEANが「板挟み」になるという構図であった。

 ただ、2つの時期でASEANの対応は異なっていた。1990年代、ミャンマーで高揚した民主化運動を国軍が弾圧した際、ミャンマーはASEANへの加盟手続きを進めていた。このときASEANは、欧米諸国が人権や民主主義を理由としてミャンマーを非難することを、域外からの政治的圧力とみなした。内政不干渉と地域の自律性を重視したASEANは、ミャンマーに対し、慎重かつ地道な説得によって自発的な変化を促す「建設的関与」を行った[9]。結局、国軍は民主化運動への対応を改めることはなかったが、ミャンマーは1997年にASEAN加盟を果たした。

 これに対し、2000年代に国軍が再び民主化運動を弾圧した際、ASEANは内政不干渉より民主主義の規範を重視する姿勢をとった。これは民主化を果たしたインドネシアのイニシアチブによるものであった。ASEANはミャンマーに対して10年前より厳しい態度で臨み、例えば2006年のASEAN議長国辞退を促したほか、加盟国の中からはミャンマーのASEAN除名を主張する声も上がった[10]。しかし、このときもASEANの対応によってミャンマー軍政の態度が変化することはなく、ミャンマーはASEANにとどまり続けた。ミャンマーにおける政治的自由化の流れが2010年代に本格化したのは、テイン・セイン大統領をはじめとする軍改革派のイニシアチブによるものであった。

ASEANの仲介外交の展望

 1990年代と2000年代の2つの時期におけるミャンマー対応の経験により、ASEANは同国(と国軍)に対する自らの影響力が限定的であることを認識せざるを得なかった。今回の政変に際し、ASEANは再び仲介外交を試みている。仲介外交の成否は、以下の3点がカギとなる。

 第1に、特使の派遣の実現である。先述した「5つのコンセンサス」の中で、ASEANが問題解決に最も建設的な役割を果たしうるのは、特使による仲介である。しかし、国軍側は現在、国内の状況が安定してから特使を受け入れると言明しており、受け入れに消極姿勢を続けている。さらには、国軍が特使に対し、スー・チー氏らとの面会を許可する見込みはきわめて小さい[11]。スー・チー氏らと面会できないのであれば、特使をミャンマーに派遣する意味がない。6月初旬、ASEAN議長国ブルネイのエルワン第2外相とリムASEAN事務総長がミャンマーを訪問した。ASEAN側はミン・アウン・フライン総司令官らと面会し、特使の候補者リストを提示した[12]。しかし、その後特使の選定と派遣の具体的なスケジュールに関する協議は進展していない模様である。

 以上のように現状見通しは厳しいが、ミャンマーにとって、ASEANに加盟していることは依然として対外関係上のメリットがある。そのため、そうした対外関係上のメリットと、ASEANの仲介を受け入れることによって生じうる(国軍にとっての)デメリットをはかりにかけ、前者がより大きいと判断された場合、ASEANの仲介は機能する。ASEANはミャンマー国軍に対し、そうした判断を促すべきであろう。

 第2に、ASEAN内のコンセンサスの維持である。軍政の黙認か民主主義の実現か、ないしはクーデター前の「二頭政治」への復帰かという、ミャンマーの政治体制が今後どうあるべきかについて、ASEAN内でコンセンサスを形成することはきわめて困難である。先述の通り、ASEAN内の政治体制と政治的価値は多様である。中でも権威主義体制の国々は、内政不干渉を重視し、軍政を黙認する傾向がある。ASEANは政治的価値について潜在的な分裂を抱えつつも、地域の安定という総意を維持する限り、ASEAN全体としてミャンマーに関与することができる。

 第3に、域外主要国との協力の追求である。今回のASEANのアプローチで目新しい点は、中国との協力である。中国は、ミャンマーに対して最も影響力を持つ国である。その中国は、ASEANと共に仲介を試みるアプローチを展開中である。ASEANと中国は6月に特別外相会議を開催し、その際中国はASEANの「5つのコンセンサス」への支持を表明した[13]。ASEAN側も、国軍に対する中国の影響力に期待を寄せる。しかし実際には、国軍に市民側との協議を行わせるほどの影響力は中国にはないとみるのが妥当であろう。そもそも、どの国も単独で国軍の行動を直接変えるほどの影響力を持たない[14]。

 そのため、他のイシューと同様、ASEANは日米、ミャンマーとの隣国関係に独自の利害を持つインド、中国と同様ミャンマー国軍に影響力を持つロシア等、様々な域外主要国との協力を模索すべきであろう。幸いASEANは、米国と中ロの対立から距離を置いており、それぞれの国と独自のパイプを持つ。2者間の協力を積み重ねる手法は、国軍への働きかけに効果を発揮する可能性がある。

 ミャンマー情勢は、端的に言って袋小路にあり、関係国の間には手詰まり感が漂う。少なくとも国軍側が姿勢を軟化させない限り、事態の進展は見込めない。ミン・アウン・フライン総司令官は来年度中に「民政移管」に着手する意向を示しているが、「民政移管」はこの場合、軍のコントロール下にある与党による政治を意味する。このような政治的解決は市民の望む状態からはほど遠く、事態の収束策にはならない。つまり、国軍と市民の主張のかい離は大きく、妥協の余地はきわめて小さい[15]。また国軍の弾圧に対し、非暴力主義を放棄し、武装した市民が国軍と衝突する事態も生じるなど、事態は泥沼化の様相を呈している。こうした切迫した状況に対し、ASEANの果たすことのできる役割に過大な期待を持つことは禁物である。そもそも他の国が国軍に与える影響は限定的、との前提で、ミャンマー情勢への関与を考えるしかない。しかしそれでも、ミャンマーの安定、ひいては地域の安定のため、ASEANは関与の試みを続けなければならない。

(2021/07/21)

脚注

  1. 1 ASEAN, “ASEAN Chairman’s Statement on the Developments in the Republic of the Union of Myanmar,” February 1, 2021.
  2. 2 上野渉「ミャンマー国軍の権力掌握、ASEAN各国の反応は二分化」日本貿易振興機構(ジェトロ)、2021年2月2日。
  3. 3 Bộ Ngoại giao, “Phát biểu của Người Phát ngôn Bộ Ngoại giao Lê Thị Thu Hằng về Tình hình gần đây của Myanmar,” 1-2-2021.
  4. 4 “Myanmar coup: Generals celebrated amid global fury over massacre,” BBC, March 28, 2021.
  5. 5 Michelle Nichols, “United Nations calls for halt of weapons to Myanmar,” Reuters, June 19, 2021.
  6. 6 ASEAN人道支援災害救援調整センター(ASEAN Coordinating Centre for Humanitarian Assistance on Disaster Management)の略称。
  7. 7 ASEAN, “Five-Point Consensus: Chairman’s Statement on the ASEAN Leaders’ Meeting,” Jakarta, April 24, 2021.
  8. 8 Barry Desker, “ASEAN’s Myanmar Dilemma,” East Asia Forum, May 23, 2021.
  9. 9 Amitav Acharya, Constructing a Security Community in Southeast Asia: ASEAN and the Problem of Regional Order, Third Edition, Routledge, 2014, pp. 102-104.
  10. 10 Ibid., pp. 221-226.
  11. 11 Bhavan Jaioragas, “UN envoy urges ASEAN to act as Myanmar junta ignores consensus plan,” South China Morning Post, May 25, 2021.
  12. 12 「ASEAN、ミャンマー国軍に特使候補者を提示」『日本経済新聞』、2021年6月6日。
  13. 13 Shotaro Tani, “ASEAN meets with China as progress on Myanmar consensus stalls,” Nikkei Asia, June 7, 2021.
  14. 14 中西嘉宏「呉越同舟の限界・ミャンマーのクーデター 根深い対立、混乱は長期化の懸念」『外交』第66号(2021年4/5月)、102~103頁。
  15. 15 David I. Steinberg, “The Military in Burma/Myanmar: On the Longevity of Tatmadaw Rule and Influence,” Trends in Southeast Asia, Issue 6, ISEAS Yusof Ishak Institute, 2021, p. 34.