2019年10月31日から11月4日にかけて、ASEAN首脳会議、ASEAN+1首脳会議、東アジア首脳会議といったASEAN加盟国と域外主要国が参加するサミットとその関連会合が、ASEAN議長国タイの首都バンコクとその近郊で開催された。諸会合での議題は経済から安全保障まで多岐にわたったが、今回特に焦点の当たったアジェンダは、ASEANをめぐる米中の綱引きと南シナ海問題であった。特に、米中対立の関連ではアメリカの存在感の低下と中国の存在感の相対的上昇、南シナ海関連では行動規範をめぐる協議と、問題の平和的解決に相反する中国の物理的圧力が問題となった。

ASEANにおけるアメリカの存在感の低下

 アメリカのトランプ大統領は、昨年のシンガポール・サミットに続き、今回の東アジア首脳会議(EAS)を欠席した。昨年のサミットには大統領代理としてペンス副大統領が出席したが、今回代理として出席したのはロバート・オブライエン国家安全保障問題担当大統領補佐官であった。大統領の欠席が連続したのみならず、昨年に比して代理のランクを低下させたことは、トランプ政権のASEAN軽視と受け取られた。ASEAN側は「報復措置」として、ASEAN側の首脳出席者を議長国タイほか3名にとどめた。アメリカは「代替措置」として、後日改めて米ASEAN首脳会議をアメリカで開催することを提案したが、ASEAN側が米国の招待に応じて首脳会議が開催されるかは未定である。アメリカは中国の「一帯一路」に対抗してASEANを含むアジア・アフリカ諸国に対するインフラ整備支援の拡充を進めているが、今回の大統領の欠席は、アメリカのASEAN関与政策が一貫性を欠いているとの印象をASEAN諸国に植え付けた。

ASEANにおけるアメリカの存在感の低下

 ASEANは、アメリカの進めるインド太平洋戦略に対し、独自のインド太平洋協力を進める姿勢を鮮明にした。ASEAN首脳会議は、地域の平和、安全と安定の維持と促進、ならびに対話と協力の促進、国際法の遵守、および国家間の関係を統べるルールと基準の遵守に対するコミットメントを再確認し、アメリカとの価値の共有を示唆した。一方でASEANは、進化する地域アーキテクチャにおけるASEANの中心性、統一性、リーダーシップの重要性を強調し、開放性、透明性と包括性を併せ持ち、ルールに基づくASEAN中心の地域アーキテクチャを強化する必要性を再確認した。さらにASEANは、ASEAN中心性を推進し、ASEAN+1、ASEAN+3、EAS、ASEAN地域フォーラム(ARF)、およびADMMプラスといったASEAN主導の機構に立脚したインド太平洋協力を推進することを再確認した[1]。 またASEANは、域外対話国を中心とするパートナーに対し、「インド太平洋に関するASEANの見通し」に含まれる原則を推進するため、海洋協力、連結性、持続可能な開発および経済協力という4つの主要な協力分野でASEANと協力することを促した。「インド太平洋に関するASEANの見通し」はインドネシア主導で取りまとめられた文書であるが、今回ASEANは、再びインドネシアのイニシアチブにより、現実的なプロジェクトの実施に向けて、2020年に「ASEANインド太平洋インフラと連結性フォーラム」を開催する意向を明らかにした[2]。

ASEANにおけるアメリカの存在感の低下

中国は存在感を誇示

 一方、中国はアメリカのリーダーシップの不在を有効活用し、諸会合における存在感の誇示に努めた。中国は、「一帯一路」構想へのASEANの積極的な関与を取り付けた。中ASEAN首脳会議で中国とASEANは、通常の議長声明に加えて、「『ASEAN連結性に関するマスタープラン(MPAC)2025』と『一帯一路』構想(BRI)の相乗効果に関する中ASEAN共同声明」を発表し、ASEANが推進する連結性強化と、中国の「一帯一路」構想を結び付け、両者が一層緊密に連携してくことで合意した[3]。
 同共同声明によると、ASEANと中国は、MPAC 2025が掲げる持続性あるインフラ、デジタル革新、シームレスなロジスティクス、規則の汎地域的な普及、人的移動の活発化という5つの戦略目標と、BRIの5つの主要な協力優先課題である政策調整、インフラの連結性、円滑な貿易、金融統合、人々のつながりの強化を連携させ、両者が相乗効果を生み出すよう協力する。またASEANと中国は、「インド太平洋に関するASEANの見通し」にある開放性、透明性、包括性、ASEAN中心性の諸原則に留意することを再確認した。この点、ASEANは自らの掲げるインド太平洋協力に関し、アメリカのインド太平洋戦略よりむしろ中国の「一帯一路」構想と連携する意向を示したといえよう。

南シナ海の行動規範(COC)をめぐる協議

 南シナ海問題に関しASEANと中国は、行動規範(COC)策定の交渉を進めている。中ASEAN首脳会議議長声明はCOCについて、COC交渉テキストの単一ドラフトの第1回読み合わせが終了し、第2回目の読み合わせ作業が開始されたことを歓迎した。またASEANと中国は、COCの3年以内の締結を目指すことを再確認した[5]。首脳会議に際して李克強首相は、ASEANとの政治的な相互信頼を維持し、地域の安定を支援すると述べ、南シナ海問題をASEANとの間で平和的に解決する意向をアピールした。ASEAN側の反応としては、フィリピンのドゥテルテ大統領はCOCの早期締結を訴え、シンガポールのリー・シェンロン首相は中国の積極姿勢を評価する一方で「より重要なことは正しい結果を得ることであり、効果的で実質的な行動規範を策定することである」として、ASEANの拙速な対応を戒めた[6]。

南シナ海の行動規範(COC)をめぐる協議

 中国は南シナ海問題の平和的解決を標榜する一方で、海上においてはASEAN各国に対する圧力を強めている。中国の漁船や海警の監視船は南シナ海においてフィリピンやマレーシアが領有権を主張する海域へ頻繁に出現する一方、スプラトリー諸島でベトナムの管理下にあるバンガード礁で中国は、礁近海でベトナムが進める資源開発を阻止すべく、武装した海警監視船にエスコートされた資源開発船を送り込むなど、ベトナムと中国間で対立が続いている[7]。中国の圧力を背景に、ASEAN首脳会議議長声明は「南シナ海に関連する問題を話し合い、信頼と信用を棄損し、緊張を高め、地域の平和、安全、安定を損なってきた埋め立てとその他の活動に関し、いくつかの国々から示された懸念に留意した」と言及し、ASEANとして中国の活動に懸念を表明する従来のラインを維持した[8]。今回のASEAN関連会合の主催をもってタイは議長国の役割を終え、次の議長国ベトナムへバトンを引き渡した。ベトナムは南シナ海問題とCOC協議のイニシアチブをとり、自らにとって少しでも有利な形でCOCが締結されるよう、議論をリードすることに努めるであろう。

(2019/11/28)