米大統領選と豪州の反応

 2024年11月5日に行われた米国の大統領選挙では、ドナルド・トランプ共和党候補が「激戦州」と言われた7つの州を全て制し、民主党のカマラ・ハリス候補に勝利した。事前の予想では接戦という見方が支配的であったものの、共和党は上下両院でも多数派を占める「トリプル・レッド」を達成するなど、「完勝」と言って良い内容であった。

 トランプ候補が初めて当選した2016年の大統領選に比べると、豪州は今回の結果を比較的冷静に受け止めているようだ。労働党政権のアルバニージー首相とウォン外相は共にSNSの「X」への投稿でトランプ候補の勝利を祝福し、米豪のパートナーシップが揺るぎないものであることを強調した[1]。

 大統領選後、トランプ次期大統領と電話で10分間会話したアルバニージー首相は、トランプ氏との関係が「良いスタートを切った」と語った[2]。トランプ氏は、米豪が「完璧な友人になる」との見通しを述べたと言われる[3]。2016年の大統領選後、自由党のターンブル元首相とトランプ氏との電話会談が最悪の結果に終わったことを踏まえると[4]、今回の会談は確かに上々の滑り出しであったと言えよう。

 2016年の大統領選後には、豪州の中で米豪同盟に依らない豪州防衛のあり方をめぐる「プランB」をめぐる論争が勃発したが、今回はそのような兆候もない。実は当時「プランB」(実際には、米豪同盟の存在を前提とした「プランA’」とも言うべきものであった)として提起されたイニシアチブのいくつかは、その後現実のものとなった。国防費の大幅な増額や長距離ミサイルの導入、そして原子力潜水艦導入に向けた動きは、その最たる例である[5]。そのことを踏まえると、豪州としては、「トランプ時代の米国」への備えがある程度出来ているという自負があるのかもしれない。

 大統領選後に豪州で行われた世論調査では、40%の回答者がトランプ候補の勝利が豪州にとって悪影響を与えると答えたことが伝えられている[6]。少なくない数字だが、2016年大統領選後の調査結果に比べると、その割合は18%も減少している[7]。これは、第一次トランプ政権を豪州が「乗り切った」ことへの自信に加え、分極化や内向き志向といった米国の姿に、豪州の国民がある程度慣れてきたことを示しているのかもしれない。豪州の保守派の中には、大統領経験を持たず、左派的な政策を掲げるハリス候補よりも、保守的な信条を持ち、大統領としての経験もあるトランプ候補の方が、対中抑止という観点からも望ましいという声もある[8]。

トランプ政権への懸念とAUKUS

 それでも、トランプ氏に特有の「予測不可能性」は、豪州にとって依然として大きな懸念であり続けるであろう。その代表が、AUKUSを通じた原潜の取得である。そもそも共和党は、国内の原潜生産ラインを優先し、豪州に対する原潜の供与には後ろ向きであった。その後米議会は2023年12月に豪州への原潜供与を条件付きで認めたものの、米国内では懐疑論も根強い[9]。

 この点について、トランプ政権で副大統領に就任するヴァンス氏が、「自分はAUKUSのファンである」と語ったという証言もある[10]。その一方で、トランプ氏自身は、AUKUSについて今のところ公には何も語っていないし、そもそもトランプ氏がこの問題についてどこまで関心があるかについてすら、定かではない。

 豪州にとって好材料は、国務長官や国防長官といった外交安保の要職に、対中強硬派と目される人物が候補として名を連ねているという事実である。またAUKUSには原潜の供給以外にも、米英豪の国防産業基盤の統合を通じた先端技術分野の開発協力という重要な側面がある。バイデン政権同様、あるいはそれ以上に米国が中国に対する強硬姿勢を維持する限り、米国にとってのAUKUSの価値は揺らぐことはない。

 さらに豪州が原潜を保有し、自国の防衛や対中戦略においてより大きな役割を果たすことは、トランプ氏が要求してきた同盟国の負担増とも合致するであろう。既に豪州は米国内の原潜生産ライン強化のため、米国に対し30億米ドル(日本円でおよそ4630億円)支払うことにコミットしており、こうした点もトランプ次期大統領にアピールする好材料になる。

 その一方で、トランプ大統領が何かのきっかけに態度を急変し、その結果原潜計画そのものが反故になるという可能性も考えられなくはない。第一次トランプ政権期との最も大きな違いは、豪州の政権が保守連合政権ではなく、労働党政権であるということだ。特に労働党の左派出身であるアルバニージー首相やウォン外相は、野党時代にトランプ大統領に批判的であった[11]。

 同様に、アルバニージー政権では駐米大使の要職にあるケビン・ラッド元豪州首相は、「X」上でトランプ氏が「西側の裏切り者」で「歴史上最も破滅的な大統領」となじった過去をもつ[12]。ラッド駐米大使は大統領選後に自身の過去の投稿を削除したが、労働党政権がトランプ政権とどこまで信頼関係を築くことができるのかは、今のところ未知数である。

外交や内政面での影響

 問題は、AUKUSだけではない。中国や他国に対する高関税の付与や気候変動対策の軽視、そしてウクライナへの支援の削減といったトランプ次期政権の掲げる外交アジェンダは、現在の労働党政権の方針とはことごとく相容れないものである。特に貿易がGDPの45%に相当し、5人に1人の雇用に直接関係すると言われる豪州は、自由貿易体制の維持にも死活的な利害を有している。この点に関して、豪州が利害を共有しているのはもはや米国というよりも、中国の方である[13]。

 豪州でも、かつては気候変動をめぐる言説が「誇張」であるとする保守派の言説もあったが、少なくとも政界では今やそうした声は過去のものとなり、「ネットゼロ」を始めとした気候変動に対する取り組みは超党派的な支持を得ている。気候変動への対応はまた、豪州が輸出頼みの経済政策から脱却し、国内の重要資源等を活用した製造業の強化を含む新たな産業構造への転換を図る上でも、重要な鍵を握っている[14]。

 その一方で、行き過ぎたポリティカル・コレクトネスやアイデンティティ政治に対する反発は、豪州社会でも年々強まっている[15]。今回の米大統領選では、物価高騰等の経済的な問題に加え、民主党が推し進めるこうした「リベラル」な政策への反発が、共和党への支持へと繋がったことが指摘されている[16]。米大統領選の結果を踏まえ、こうした保守的な反動が豪州国内でも勢いを増す可能性はある。

 豪州の最新の年次世論調査では、移民が「多すぎる」と答えた人の割合が昨年の33%から49%にまで上昇したという。これらは主として住宅費の高騰や経済的な問題に起因するものだが、同時にムスリムやユダヤ系の移民に対する反発も増えており、豪州の多文化主義が揺らぐことも懸念されている[17]。安全保障や外交に加え、こうした内政面への影響も、今後は注視していく必要があるだろう。

(2024/11/25)

脚注

  1. 1 Anthony Albanese, “Congratulations to President Donald Trump on his election victory”; Senator Penny Wong, “Congratulations US President Donald Trump on your election victory.”
  2. 2 Sam McKeith, “Australia PM Albanese says relationship with Trump off to 'very good' start”, Reuters, November 17, 2024.
  3. 3 Andrew Clennell and Oscar Godsell, “'We are going to be perfect friends': Inside Prime Minister Anthony Albanese's phone call with President-elect Donald Trump”, Skynews, November 10, 2024.
  4. 4 Greg Jaffe and Joshua Partlow, “Trump phone calls signals a new transactional approach to allies and neighbors,” The Washington Post, February 2, 2017.
  5. 5 豪州の「プランB」を巡る議論については、下記を参照。Paul Dibb, “Dangerous platitudes about Trump”, The Strategist, November 17, 2016; Peter Jennings, “Trump means we need a ‘Plan B’ for Defence”, The Strategist, July 21, 2018; Hugh White, How to Defend Australia, La Trobe University Press, 2019.
  6. 6 David Crowe, “Fear of a Trump planet: Poll reveals Australia on edge after US result”, The Sydney Morning Herald, November 10, 2024.
  7. 7 Matt Wade and Sarah Danckert, “Ipsos Poll Shows What Australians Feel about President Donald Trump,” Sydney Morning Herald, November 11, 2016.
  8. 8 Greg Sheridan, “A Trump victory will be the better outcome for Australia”, The Australian, November 5, 2024.
  9. 9 “Navy Virginia-Class Submarine Program and AUKUS Submarine (Pillar 1) Project: Background and Issues for Congress,” Congressional Research Service, October 10, 2024.
  10. 10 Michael Fullilove, “How Australia should deal with Trump”, Lowy Institute, August 2024.
  11. 11 Paul Daley, “A second Trump presidency would put Australia on a collision course with the US”, The Guardian, November 4, 2024.
  12. 12 Michael E. Miller, “With Trump’s win, Australia worries AUKUS may come under new scrutiny”, The Washington Post, November 8, 2024.
  13. 13 Geoff Chambers, “Xi Jinping moves to lock-in Anthony Albanese on trade at G20”, The Australian, November 19, 2024.
  14. 14 “Future Made in Australia – National Interest Framework supporting paper”, The Treasury, Australia, May 14, 2024.
  15. 15 例えば、Peter Quarry, “Political correctness is too much for the ‘exhausted majority’”, Australian Financial Review, November 23, 2023.
  16. 16 Jennifer Hewett, “Trump turns the tables on identity politics”, Australian Financial Review, November 8, 2024.
  17. 17 Natassia Chrysanthos, “The issue dividing Australians more than ever”, The Sydney Morning Herald, November 19, 2024.