はじめに

 韓国の核政策形成において、北朝鮮の核脅威は定数である一方、主要な変数は韓国と米国両国における政治的遷移とそれに伴う戦略的認識の変容である。北朝鮮の核保有が既成事実と化し、米国政府がこれを公式に認める懸念が高まる中[1]、朝鮮半島の完全非核化政策はますます現実性を喪失しつつある。

 2023年から2024年にかけて、韓国の尹錫悦政権と米国のバイデン政権は、北朝鮮の増大する核脅威に対応すべく、米国の拡大抑止の信頼性強化に向けて緊密に連携した。この協力関係はいわゆる「韓国型核共有政策」の樹立へと結実した[2]。しかしながら、トランプ再選と2024年12月の尹大統領による戒厳令宣言およびその後の挫折がもたらした権力空白により、この核政策の将来は依然として不透明な状況に置かれている。本稿は尹政権が推進した核共有政策とその内在的制約を概説するとともに、韓国の核政策の進展可能性と核武装論が勢いを増す背景を検討する。著者は本稿が扱う問題が、韓国の核武装がもたらす影響、核不拡散条約(NPT)体制への含意、および誘発される安全保障上のジレンマなど、多岐にわたる深遠な側面を有することを認識している。これらの側面は今後の研究課題とすべきであるが、本稿は韓国の核政策に関する国内外の状況を示すものであり、開かれた議論の契機となることを企図している。

韓国の核共有政策の枠組みと制約

 過去2年間にわたり、韓国の核共有政策は、韓米核協議グループ(NCG:Nuclear Consultative Group)と韓国戦略司令部の設立を含む大きな成果を達成してきた。2023年4月、尹大統領とバイデン大統領はワシントン宣言を通じてNCGを正式に発足させた[3]。さらに2024年7月の第3回NCG会合では、「朝鮮半島における核抑止及び核作戦に関する米韓指針(U.S.-ROK Guidelines for Nuclear Deterrence and Nuclear Operations on the Korean Peninsula)」が公表された[4]。この枠組みは、米国と非核保有の同盟国との間で結ばれた初の共同核作戦指針であり、拡大抑止の全過程を両国が共同で協議、計画、実行することを定めたのである。その結果、米国の核戦力と韓米連合通常戦力の統合は、2018年の米国核態勢見直し(NBR)から正式化された「通常戦力と核の統合(CNI:Conventional-Nuclear Integration)」という概念の下で計画されることになる[5]。

 2024年10月には、韓国戦略司令部が発足し、CNIの実務を担当することとなった[6]。この司令部は、北朝鮮による核及びその他の大量破壊兵器を用いた攻撃を抑止・対応するために設計され、これまで韓国陸軍、海軍、空軍が個別に管理していた攻撃資産(弾道・巡航ミサイルなど)を統合統制する機能を有する[7]。しかしながら、戦略司令部の本質は、核共有システム、NCG、そして韓米同盟のCNIを実現するより広範な文脈において理解されなければならない。韓国大統領令[8]によれば、戦略司令部の任務は、1)攻撃に対する抑止と対応の計画、準備、実行、統制、2)軍事分野における拡大抑止に関する米国との協力、3)核および大量破壊兵器の脅威を抑止し、これに対応するための戦略的能力の統合運用、とされている[9]。これらの任務は、韓国の核共有政策における当該部隊の役割を暗に強調するものである。

 核共有の枠組み内での韓国戦略司令部の具体的な役割を理解するには、韓米同盟の作戦計画について分析することが不可欠である。韓米連合司令部(CFC:Combined Forces Command)は作戦計画の権限を持ち、朝鮮半島有事に備えた通常軍事作戦を策定してきた(例:作戦計画5027、5015など)[10]。他方、現在米国の「作戦計画8010」のもとで実施されている拡大抑止に関連する核作戦計画は、米国戦略司令部の専管事項であり[11]、韓国軍の関与は認められていない。しかし、NCGの枠組みのもとで、韓国戦略司令部は米国戦略司令部の公式パートナーとして台頭した(図1参照)。韓国戦略司令部の任務のうち、特に第二項目(軍事分野における拡大抑止に関する米国との協力)が核共有におけるこの役割を強調している。

図1:韓米同盟の新構造

出典:筆者作成

 この核共有体制は、韓国を一定程度核計画に関与させることで米国の核の傘の信頼性を高めることを目指している。しかし、このアプローチには二つの根本的な制約が存在する。第一に、核兵器の運用統制はCFCの管轄外に留まる[12]。その結果、核兵器の使用をCFCの作戦計画に盛り込むことはできず、韓国軍は依然として核兵器に関する意思決定から除外される。例えば、2024年の韓米安全保障協議会議(SCM:Security Consultative Meeting)では、2025年から共同演習に核シナリオを組み込むことが発表されたが[13]、これは純粋に核防衛計画に関するものであり、決して韓国軍の拡大抑止への参加を意味するものではない[14]。

 第二に、米国の安保政策における単一統合作戦計画(SIOP:Single Integrated Operational Plan)に遡る核計画の排他性に由来する制約がある。韓米の戦略司令部間の緊密な協力にもかかわらず、核計画において非核保有同盟国の直接参加を認める可能性は低い。妥協案として考えられるのは、米インド太平洋軍と戦略司令部が朝鮮半島周辺への核兵器の配備を調整する段階で韓国が協議に参加することである[15]。例えば、最近、米国の戦略原子力潜水艦が42年ぶりに釜山に寄港した[16]。韓国戦略司令部を通じた戦略資産の平時における定期的な配備への韓国の要求は、より控えめな形での参加を表しており、核共有の現実が限定的かつ制約的であることを示している[17]。

 核共有政策は同盟強化に向けた有望な一歩ではあるものの、韓国の安保上の懸念を完全に解消するには至っていない。NATOの核共有と同様に、これは核兵器の共同所有や使用に関する直接的な権限を意味するものではなく、さらに悪いことに、韓国における核備蓄すら計画されていない。かつてフランスのドゴール大統領が米国の核の傘について用いた比喩のように[18]、根本的な懐疑は依然として残る—米国はソウルを守るためにサンフランシスコを犠牲にする意思があるのだろうか。

核共有から核保有へ?

 韓国の核共有政策は、疑問を抱えることに加え、そのものの先行きも不透明である。この政策の立案者たちは韓米両国で政治の表舞台から退き、同盟に対して著しく異なるアプローチを採る米国新政権が誕生したからである。特に、在韓米軍の削減あるいは撤退を主張してきたトランプ大統領の再登場は、同盟の信頼性そのものを損なっている。同時に北朝鮮は単に核弾頭を蓄積するだけでなく、米国本土に到達可能な運搬システムの開発を加速させている[19]。韓国人にとってこの状況は、ソビエト連邦が核弾頭で米国本土を攻撃する能力を獲得し、米国の核の傘の信頼性に疑念を抱かせた1957年のスプートニク・ショックを彷彿させる。よって、米国が朝鮮半島有事に介入するという信頼感は後退している。核の非対称性から生じる実存的不安は、限定的な核共有では緩和できない。韓国は核弾頭や運搬手段の生産に関する技術的障壁に直面しなくなっているため、世論は次第に核武装支持へと傾斜している[20]。韓国の核武装を阻止している最後の障壁は、NPT体制の制約と米国からの圧力のみである。

 韓国における最近の世論調査は、核兵器と米国の役割に関する動向をはっきり示している。韓国統一研究院(KINU:Korea Institute for National Unification)が2024年6月に実施した調査では、回答者の約70%が韓国の核武装を支持している[21]。多数の国民が米国の核の傘を信頼してはいるものの、また注目すべき傾向が現れている。核武装と在韓米軍駐留を二者択一する場合、史上初めて前者への支持が後者を上回ったのである(図2を参照)。この調査はまた、回答者の政治的立場に関わらず、独自核保有への支持が高まっていることを示している。特筆すべきは、経済制裁に直面してもなお韓国は核武装を追求すべきだと考える割合が著しく増加していることである[22]。次期韓国指導者を目指す候補者たちは、この世論の動向を注視するだろう。どの政治勢力が権力を握るにせよ、核政策に関して同様の姿勢が採られる可能性がますます高まっているように思われる。 

図2:米軍駐留か核武装かを問う世論調査

参照:KINU Unification Survey 2024 Executive Summary, p.61.[20]

 米国の政権交代もまた大きな変数である。トランプ大統領は、同盟国が適切な貢献なしに米国の防衛力の恩恵を受けることは許さないと断言する[23]。この姿勢は、韓国に対する防衛費分担の増額要求や米軍プレゼンス縮小の威嚇という形で表れている[24]。しかし、米軍駐留に関してトランプが韓国に加える圧力は、1977年にカーター大統領が在韓米軍撤退を示唆した時と同様の影響力を持ち得ないだろう。その理由は、韓国と北朝鮮の軍事力の逆転にある[25]。というのも、今では、韓国と北朝鮮の軍事力が逆転しているからだ。1970年代には北朝鮮軍のほうが優れているとみなされていたが、現在は韓国軍が北朝鮮軍よりも遥かに近代化され、より強固な戦力を有している。

 朝鮮半島における米国の軍事的プレゼンスは、北朝鮮の軍事力が韓国を凌駕していた時代において、北朝鮮に対するより強力な抑止力として機能した。しかし今日、韓国がより優れた通常戦力と産業能力を誇っている[26]。その一方で北朝鮮はもはや米国本土を核兵器で攻撃する能力を獲得したと主張している。この状況において、朝鮮半島危機における米国の関与を決める「Trip Wire」は、駐留米軍から米国本土の市民へと変化し、これにより在韓米軍の抑止的役割や核の傘の信頼性はさらに損なわれている。米軍の駐留よりも独自核武装を支持する韓国の世論変化は、こうした現状をと反映している。

 これに加え、中国の戦略的台頭は韓国の核政策に新たな変数をもたらしている。例えば、第二次トランプ政権下で国防次官(政策担当)に任命されたエルブリッジ・コルビー氏は[27]、在韓米軍の役割が北朝鮮抑止から中国封じ込めの手段へと移行すべきだと明言している。さらに彼は、韓国はより大きな自国防衛の責任を担うべきであり、それには核武装の可能性も含まれるとまで主張している[28]。

 彼の韓国の核武装に関する言及は、従来の米国の外交・安全保障政策と矛盾する。しかし、韓国の立場をNATOと比較すると、その理屈が見えてくる。第一に、NATOとは異なり、韓国は主要な脅威(韓国にとっての北朝鮮、NATOにとってのロシア)に対して優れた通常戦力を保有している。しかし第二に、韓国はNATOとは異なり、直接的な核の脅威に置かれている。それに対して第三に、NATOと米国は主要な脅威を共有しているが、韓国の主敵は北朝鮮である一方、米国にとってはそれが中国である。米国が中国に焦点を当てる状況で、追加的な核関連の見返り(NATO以上の核共有、原子力推進潜水艦の開発、プルトニウム再処理の許可など)なしに韓国に通常軍事力増強を求めることは矛盾である。これが、可能性は低いとしながらもコルビー氏が韓国の核武装に言及した理由であろう。韓国政府も核武装の現実的難しさを十分認識しているが、昨今の安全保障環境下で韓国世論が核保有支持へと傾くのは決して不自然ではない。

おわりに

 冒頭で示した定数と変数は、韓国の核政策に影響し、ソウルを限定的な核共有ではなく核武装へと徐々に導きつつある。これは韓国と米国の政策決定者が熟考すべき要素となるだろう。実際、核共有と核武装の概念は本分析が十分に探求し得なかった広範な範囲に及ぶ。例えば、核潜在能力(Nuclear Latency)は、その度合いによっては核武装に準じる影響力を持ち得る[29]。重要な点は、韓国が幅広い選択肢の中でどのような立場をとるにせよ、NPT体制における孤立を避けつつ、同盟間の戦略的利益を最大化する決断を下さねばならないという点である。これら側面については、更なる研究を要する。世論は確かに重要だが、必ずしも国益に関する合理的かつ現実的な判断に基づくものではなく、それによって交渉の結果を予測できることでもない。長期的に、韓国は上述した多様な次元を考慮しながら、国家安全保障に最適な政策を追求すべきである。

(2025/04/24)

*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
Prospects for the ROK's Nuclear Policy – Sharing or Acquiring?

脚注

  1. 1 “Trump reference to N.Korea as nuclear power worries S.Korea“, NHK WORLD, Jan 21, 2025.; “Pentagon chief nominee depicts N. Korea as 'nuclear power,' calls for allies' increased 'burden sharing'“, The Korea Times, Jan 15, 2025.
  2. 2 “What the new S. Korea-US Nuclear Consultative Group will look like“, HANKYOREH, April 27,2023.; “Hwakjangokje guchejok jakdong, hanmi hannguksik haekgonyyu sokdonenda“ (Speeding Korean Nuclear Sharing, detailed operation of extended deterrence), Seoul Economics, April 20, 2023.
  3. 3 Ministry of Foreign Affairs, Republic of Korea, Washington Declaration, April 28, 2023.
  4. 4 U.S. Embassy & Consulate in the Republic of Korea, Joint Statement by President Joseph R. Biden of the United States of America and President Yoon Suk Yeol of the Republic of Korea on U.S.-ROK Guidelines for Nuclear Deterrence and Nuclear Operations on the Korean Peninsula, July 12, 2024.
  5. 5 U.S. Office of the Secretary of Defense, Nuclear Posture Review 2018, February 2018. p.14.
  6. 6 “S. Korea launches strategic command to counter N. Korean nuclear threats”, The Chosun Daily, October 1, 2024.
  7. 7 “Kukbangbu, jeonryaksaryongbuga F-35, jamsuham, uju, jonjagibudae tongje.” (Ministry of National Defense, Strategic Command Takes Control of F-35, Submarines, Space, and Electronic Forces), Yonhap News, February 2, 2023.
  8. 8 ROK Presidential Decree of ROK STRATCOM.
  9. 9 同上、 Article 2.
  10. 10 参照先(一例):Thomas E. Ricks, “Why ‘5027’ is a number you should know: How war in Korea might unfold”, Foreign Policy, May 1, 2017.
  11. 11 参照先(一例):Hans Kristensen, “US Nuclear War Plan Updated Amidst Nuclear Policy Review”, Federation of American Scientists, April 4, 2013.
  12. 12 U.S. Joint Chief of Staff, Joint Publication 3-72 Nuclear Operations, 11 June 2019, p.30.
  13. 13 “Hanmi, jakkee bukui haekgonggyeok sinario banyounghakiro” (U.S.-ROK to incorporate North Korean nuclear attack scenarios into operational plans), Chosunilbo, October 31, 2024.
  14. 14 “Hanmi SCM gongdongsonmyong, bihaekhwa jiugo haekgaebal jiyeon noryok nootta.” (U.S.-ROK SCM joint statement removes 'denuclearization' and inserts 'efforts to delay nuclear development'), Hankookilbo, October 31, 2024.
  15. 15 U.S. Joint Chief of Staff, supra note 9., Chapter IV.
  16. 16 “USS Kentucky Make Port Call in South Korea, First SSBN Visit in 40 Years”, U.S. Naval Institute News, July 18, 2023.
  17. 17 U.S. Joint Chief of Staff, supra note 9., p.20.
  18. 18 U.S. Department of State, Foreign Relations of the United States, 1961–1963, Volume XIV, Berlin Crisis, 1961–1962, 30. Memorandum of Conversation, May 31. 1961.
  19. 19 “North Korea says new hypersonic missile will 'contain' rivals”, BBC, Jan 7, 2025.
  20. 20 Korean Institute of National Unification, KINU Unification Survey 2024 Executive Summary EN, June 27, 2024.
  21. 21 同上、 p.60.
  22. 22 同上、 p.65.
  23. 23 Victor Cha, “How Trump Sees Allies and Partners“, Center for Strategic & International Studies, Nov 18, 2024.
  24. 24 “Trump suggests $10 billion price tag for US troops in South Korea“, Radio Free Asia, Oct 16, 2024.
  25. 25 “Carter's Decision on Korea Traced Back to January 1975“, Washington Post, June 11, 1977.
  26. 26 参照先(一例): “2025 Military Strength Ranking“, Global Fire Power.
  27. 27 “Trump announces picks for deputy secretary of defense, other top DOD posts”, defensescoop, DEC 22, 2024.
  28. 28 “(Yonhap Interview) Ex-Pentagon official stresses need for war plan rethink, swift OPCON transfer, USFK overhaul“, Yonhap News Agency, May 8, 2024.
  29. 29 Tristan Volpe, “Playing with Proliferation: How South Korea and Saudi Arabia Leverage the Prospect of Going Nuclear“, Carnegie Endowment for International Peace, March 19, 2024.