はじめに

 東・南シナ海や台湾をめぐる緊張が収まらない中、東アジアの各国は潜水艦隊の増強を進めている。台湾は2023年9月、初の自国産潜水艦の「海鯤」(ハイクン)を進水させ[1]、日本は2023年10月、たいげい型4番艦「らいげい」を進水させた[2]。そして韓国は、2024年4月5日に、「申采浩」(シンチェホ)を就役させ[3]、新型の島山安昌浩(ドサン・アンチャンホ)型潜水艦を3隻にまで増やしている。

 島山安昌浩型潜水艦は、韓国のKSS-III潜水艦建造計画に基づくものであり、以前の韓国潜水艦と比べて技術的に大きく進歩している。この技術的な変化は、韓国を取り巻く安全保障環境を反映して潜水艦運用上の要求が変化したことを示唆している。本稿では、島山安昌浩型潜水艦の技術的特性を概観した上で、その背景にある運用上の含意を考察する。

KSS-III計画と島山安昌浩型潜水艦での技術的発展

 韓国海軍は、1990年代以降通常型潜水艦戦力の整備を本格化した。初の潜水艦建造計画、KSS-Iでは、ドイツの209型潜水艦をライセンス生産方式で9隻を建造した(韓国名、張保臯型)。続くKSS-IIでは、同じくドイツの214型潜水艦をライセンス生産で9隻建造し(韓国名、孫元一型)、2018年まで18隻の潜水艦運用体制を整えた。その後、KSS-IIIでは、設計から生産までの全過程を韓国が独自的に行い、2021年以降、3隻毎に段階的に設計を改良し(Batch-1,2,3)、合計9隻を建造する予定である[4]。現在、韓国海軍は21隻の潜水艦を保有しているが[5]、老巧化した張保臯型潜水艦は、KSS-IIIの進行に伴い逐次退役する見込みである。

 KSS-IIからKSS-IIIに発展する際、特に3つの性能改善が注目される。1つ目は、船体大型化である。孫元一型と島山安昌浩型を比べると、船体の長さは約65mから83.5mに、水中最大排水量は1,800トンから3,700トンに、大きく増加した。船体大型化によって、乗務員居住環境、補給品積載能力が大幅に改善され、遠海での長期間広域作戦が可能になる[6]。逆に言えば、今なぜ、そのような点における運用上の制約を廃して長期間広域作戦能力を求めるようになったのか、その背景が論点になりうる。

 2つ目は、推進体系の発展による水中作戦能力の向上である。島山安昌浩型は孫元一型と同じくディーゼル・バッテリーと燃料電池(Fuel Cell)を採用したが、燃料電池の国産化と性能改良によって、最大連続潜航期間[7]が孫元一型より1週間以上伸び、20日以上になった[8]。この点は、前述の改善と相俟って、通常型潜水艦の運用範囲、期間を拡張する、重要な要素である。

 3つ目は、対地打撃能力の向上である。島山安昌浩型には、これまでの潜水艦と同様の魚雷発射菅に加え、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)用の垂直発射システム(VLS)が搭載され、大型通常弾頭による陸上施設打撃が可能になった。搭載されるSLBMは玄武2B型地対地弾道ミサイルの改良型の玄武4-4型であり、射距離約500㎞、弾頭重量は約1トンに及ぶ[9]。ところで、韓国のSLBMに関して冷戦期の核抑止戦略に似た文脈で議論されることがある。韓国が、敵の核攻撃(第一撃)を受けた後でも残存して報復攻撃を行うことができる、いわゆる第二撃能力を保有する数少ない国の一つになったという評価である。もちろん、核弾頭がないという根本的な限界を指摘した上でのことであるが、この点は、韓国の潜水艦運用目的の変化を示唆していると考えるべきであろう。

表1:韓国の潜水艦

KSS-I 張保臯型 KSS-II 孫元一型 KSS-III 島山安昌浩型(Batch-1)
船体の長さ 55.9m 65m 83.5m
水中排水量 1,350t 1,858t 3,705t
推進体系 Diesel- Battery Diesel- Battery + Fuel cell Diesel- Battery + Fuel cell
武装 魚雷、機雷、
7-9番艦は対艦巡航ミサイル
魚雷、機雷、
対艦・対地巡航ミサイル
魚雷、機雷、
対艦・対地巡航ミサイル,
対地弾道ミサイル(SLBM)
現在運用隻数 9隻
(1993年 – 2001年)
9隻
(2007年 – 2020年)
3隻
(2021年~ / 9隻建造予定)

出典:Janes Fighting Ships 2023-2024, pp.738-740をもとに筆者作成

島山安昌浩型潜水艦の運用目的

 潜水艦は、一般に海洋統制、偵察・監視、対水上艦、対潜水艦、地上攻撃、特殊戦、機雷敷設のような運用目的を有する[10]。が、これまで韓国の潜水艦は、偵察・監視、機雷敷設などの戦術的な運用に集中されていたと言われる[11]。北朝鮮の強大な地上軍、また脆弱な海軍を鑑みると、韓国海軍は大型、高性能の攻撃潜水艦を保有する必要性を欠いていたとも言える。北朝鮮の潜水艦を捜索する任務も、ハンターキラーの潜水艦ではなく、主に沿岸敷設ソーナー体系や、海軍航空部隊に与えられた[12]。2,000トンに満たない小型の、水中連続作戦期間の短い、魚雷・機雷などの武装を持つ潜水艦を配備したのは、韓国にとって合理的な資源配分であったかもしれない。そのため、島山安昌浩型で見られる技術的変化やそれに伴う多額の費用負担の背景には、運用上の新たな要請があったと考えられる。

 まず、船体大型化と水中連続作戦能力改善は、長期間潜伏する運用を意図すると推測される。韓国海軍の相対的に狭い作戦海域を考慮すると[13]、長期潜連続航能力は必須でもない。また、北朝鮮は潜水艦探知手段をほとんど持っていないため[14]、沿岸から離れていれば連続潜航を極端に強いられることはないと考えられる。しかし、北朝鮮のSLBM搭載潜水艦導入は[15]、韓国潜水艦の運用目的を変化させた。北朝鮮のSLBM搭載潜水艦の軍港の出入りを常に監視し、出港後は追跡、攻撃する必要が生じ、敵港の前で長い間待機する、長期作戦能力が要求されるようになったのである。

 SLBMの保有は、また別の目的のためであったと考えられる。その1つ目は、韓国の2022年度『国防白書』で明確になっている通り、北朝鮮の大規模攻撃に対抗する「韓国型3軸体系」及びその内「大量膺懲報復」である[16]。しかし、この目的だけでは疑問が残る。 韓国軍の戦時初期の打撃目標(「既計画空中任務命令書」による標的)は陸・空軍に割当されているので、SLBMの役割は少ないと予想される。最近の米軍との定期戦時演習においても、潜水艦による大量地上攻撃は想定されていなかった[17]。あえて言えば、限定的な規模であっても北朝鮮による攻撃から確実に生き残る打撃手段ということであろうか。また、北朝鮮のSLBM搭載潜水艦を攻撃するにもSLBMはいらない。「大量膺懲報復」の手段だけでSLBMの保有を説明するのは難しい。 

 だとすれば、2つ目のSLBM運用目的を推測するために『国防白書』の行間を読み取る必要がありそうだ。韓国の『国防白書』は依然として北朝鮮のみを「敵」として規定しているが、2020年と2022年の『国防白書』を比べると戦略認識の変化が見られる。2020年までは、国家戦略として「域内国家との協力の中で朝鮮半島問題での主導的解決」を掲げたが[18]、2022年では「朝鮮半島及び域内での(中略)自由・民主・人権等普遍的価値の拡大のため努力」が前面に出されたのである[19]。北朝鮮以外の「脅威」が存在し得るとした点、米中間の戦略的競争をその背景として明記した点は、特に重要である[20]。この点について、韓国のSLBM運用目的には、インド太平洋全般への戦力投射能力、パワーバランスがあると指摘する欧州の有識者がいることは興味深い[21]。朝鮮半島有事の際に韓国陸・空軍を縛る任務を考えると、潜在的脅威に対処するカードとして隠密性の高い潜水艦プラットフォームの弾道ミサイルが浮かぶのは当然でもある。

おわりにかえて

 戦略・作戦上の新たな目的や必要性は、新たな武器体系を生み出す。この場合、新しい能力の保有自体が他国の懸念を呼び、安全を求めるための軍備拡張競争を呼び起こす点を考慮する必要がある。いわゆるセキュリティジレンマである。韓国のSLBM運用が、北朝鮮の抑止を第1目的とするのは確かである。しかし、周辺国からすると他の意味をも持ち得る。中国は、米国が韓国のSLBM保有を許すことをダブルスタンダードとして批判した[22]。一方、台湾のシンクタンクは、韓国が中国の北方戦区を圧迫し、地域全体の均衡を図ると論じた[23]。また、韓国のSLBMを核兵器開発の前段階として米国に送ったシグナルと分析する研究もある[24]。韓国政府の真意は曖昧なままであるが、SLBM搭載潜水艦が近々9隻にまで増強されることによって、地域の安全保障環境に新たな考慮要素が加えられたことは確かである。

*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
Technical Features and Operational Implications of the ROK Navy’s New Class of Submarines

(2024/07/18)

脚注

  1. 1 Tessa Wong, “Haikun: Taiwan unveils new submarine to fend off China,” BBC, September 28, 2023.
  2. 2 「国内最大級の潜水艦「らいげい」進水式 防衛省へ2025年引き渡し」『朝日新聞』2023年10月17日。
  3. 3 「취역기 단 ‘신채호함’, 연말 바다 수호 나선다(就役旗掲げたシンチェホ、海の守りに出る)」『国防日報』2024年4月5日。
  4. 4 Kym Bergmann, “South Korean Submarine Launch Milestone”, Asia Pacific Defence Reporter, April 4, 2024.
  5. 5 Alex Pape, ed., Janes Fighting Ships 2023-2024, IHS Jane's, 2023, p.738. この資料には申采浩艦の就役は反映されていない。
  6. 6 船体の大型化は、原理的に考えれば、ソーナー体系の性能も向上させる可能性がある。ただし、ソーナーの性能は公開資料だけでは客観的な比較ができないため、ここでは詳しく論じない。
  7. 7 通常型の潜水艦は、バッテリーの充電のためディーゼルエンジンを動かす際に外気の酸素を必要とするため、浮上するか水面に近くまで上がってシュノーケルで充電する。そのような充電なしにバッテリーだけで潜航できる期間を連続潜航期間という。
  8. 8 Eric Wertheim, “South Korea’s Sophisticated KSS-III Submarines”Proceedings, Vol. 149/6/1444, June 2023.
  9. 9 Alex Pape, ed., op. cit., pp.130-131.
  10. 10 大韓造船学会編纂委員会編『艦艇』大韓造船学会・海軍・国防科学研究所、2012年、318-329頁。
  11. 11 Kim Dongeun, “Analysis of the Balance of Underwater Military Forces around the Korean Peninsula using the Net Assessment Methodology: Focusing on Tangible and Intangible Variables for Submarine Forces,” The Korean Journal of Defense Analysis, 2020, Vol.36. No.4., p.190.
  12. 12 Fitore Fazliu Tahiri, et.al., eds., Janes C4ISR&Mission Systems –Maritime 2023-2024, IHS Jane's, 2023, p.601.
  13. 13 例えば、韓国のNLL(北方限界線)から北朝鮮のSLBM搭載潜水艦の母港(新浦)までは、わずか80nmで、通常型潜水艦の遅い航海速力(5kts程度)を考慮しても、往復に32時間した要しない。北朝鮮の最北端まで行くとしても、230nmにすぎない。
  14. 14 北朝鮮海軍には対潜用の駆逐艦も、ソーナーを装備した航空機も存在しない。Alex Pape, ed., op. cit., pp.551-556.
  15. 15 「北朝鮮、新造潜水艦で「戦術核」誇示、日米韓に対抗、SLBM搭載か―実戦能力に疑問符も」『時事ドットコム』2023年9月8日。
  16. 16 Ministry of National Defense, Republic of Korea, Defense White Paper 2022, February 2023, pp.60-61.「韓国型3軸体系」とは、「Kill-Chain(探知から反撃までの全ての指揮統制)」、「韓国型ミサイル防御(敵ミサイルの迎撃)」、「大量膺懲報復(敵基地への懲罰的報復攻撃)」の3つ要素から成る韓国の対北朝鮮核WMD抑止体系を意味する。この「韓国型3軸体系」という概念は保守の朴槿恵政権での2016年度『国防白書』で初登場したが、当時から2020年度まではその手段として潜水艦やSLBMの言及はない。特に、左派の文在寅政権時の2020年度の『国防白書』では、「韓国型3軸体系」の概念自体が姿を消していたが、保守の尹錫悦政権による2022年度『国防白書』ではさらに発展した形で復活した。
  17. 17 「既計画空中任務命令書」は機密指定文書であり全文公開されていない。しかし、2024年3月の韓米連合演習と連携した連合訓練(FTX)に関する報道が示すように陸・空軍のみによる敵基地攻撃訓練が行われ、潜水艦の参加はなかった。「한미훈련 종료 다음날에도, 공군 실탄사격, 육군 공중 강습(韓米訓練終了後、翌日から空軍の実弾射撃と陸軍の空中降襲)」『CBS NEWS』、2024年3月15日。
  18. 18 Ministry of National Defense, Republic of Korea, Defense White Paper2020, 2021, p.43.
  19. 19 Ministry of National Defense, Republic of Korea, Defense White Paper 2022, 2023, pp.36-37.
  20. 20 ibid, p.41.例えば、2020年版の国防白書(Defense White Paper 2020)では中国の軍事活動を中立的に記述していたが(p.20)、2022年版(Defense White Paper 2022)では中国の活動が周辺国の不安を呼び起こすと明記している(p.17)。具体的には、国防戦略目標の第1項目に、「複合的安保脅威の原因」として最初に挙げられたのが「米中戦略的競争の激化(intensifying U.S.-China strategic competition)」であり、また、第3項目では、韓米同盟をグローバル包括同盟(global comprehensive strategic alliance)に発展させる動因として「価値、規範に対する地政学的競争」を挙げたのである(p.41)。これらは朝鮮半島を超えた状況への介入を間接的に意図しているのであり、やはり以前の国防白書では見られない内容である。
  21. 21 Pawel Behrendt, “South Korean SLBM, Between Narratives and Broader Consequences”, Organization for Research on China and Asia, October 5, 2021.
  22. 22 「韩接连试射新型导弹惹争议(韓国の続く新型ミサイル試験発射が論争を誘発)」『中国军网』2021年9月27日。
  23. 23 「韩国试射潜射导弹、台湾却很兴奋(韓国のSLBM発射試験、台湾は興奮)」『环球时报』2021年9月9日。
  24. 24 Michael Cohen, “South Korea’s new SLBMs are a signal to North Korea and the US”, Australian National University/National Security College, July 3, 2024.