スーダンでは2021年10月25日、国軍が民主的に選出されたハムドック首相を拘束する騒擾が発生した。国軍最高司令官であり、また主権評議会議長であったブルハン氏は緊急事態宣言を発動、そして主権評議会及び内閣の解散を発表した。その後ハムドック首相は11月に自宅軟禁から解放され、首相の座に復職したが、1月に辞任。以降、軍が政権の座を占拠したままであり、現在の軍を中心とした政治体制のアフリカ連合(AU)の会合等への参加資格を一時停止(suspend)された状態が続いている。

 歴史的に、スーダンは1956年の植民地支配からの独立以降、幾度もクーデターが繰り返された国である。1989年から30年間続いたバシール政権が2019年4月の民主革命で崩壊し、以降、民主化プロセスを進めてきた途上であった。

 スーダンの民主化プロセスは、消失するのか、あるいは復活するのか。2021年10月の騒擾から1年が経過した今、騒擾がもたらした社会経済への影響と課題につき、概観する。

騒擾から1年を経た今:危機的な政治経済状況と民族紛争

 昨年の騒擾から1年を迎えた2022年10月25日、スーダンでは、軍主導の政権に反対する大規模なデモが全国で発生した。インターネットが遮断されたものの、夜には復旧し、翌日には朝から人の往来も、車の往来も平常通りとなり、まるで前日に何もなかったかのように静かな日常が始まった。世界全体では、ロシアのウクライナ侵攻やエチオピアのティグライ紛争に注目が集まり、騒擾から1年を経たスーダンの情勢はさほど世界の耳目を集めるに至らなかったが、スーダン国民の生活環境は着実に悪化の一途をたどっている。

 昨年の騒擾以降の1年間、政治的には軍主導の政府と民主化勢力との間で様々な衝突があり、交渉も行われたが、軍主導の政治体制は変わらない状態が続いている。デモは今も週に1~2回のペースで行われているが、軍により排除された民主派の政党の連合組織“Forces of Freedom and Change(FFC)”は、求心力に欠け、分裂した状態にとどまっている[1]。地域単位での市民の集合体である「地域抵抗委員会(Resistance Committee)」は毎月デモを組織し、一部は民主プロセス復帰のための具体的な政権構成を発表しているが、具体的な状況変化には至っていない。

 スーダンの安定化に向けた国際社会の取組みという点においては、約600億ドルに積み上がったスーダンの累積債務の解消プロセスが、2021年1月以降、世銀・IMFおよび主要先進国との間で動き始め、2021年7月には債務解消プロセスのスタート地点であるDecision Pointが確定したところであった。その後、債務国であるスーダンと債権国双方が債務解消に向けた努力をし、成果が認められれば大幅な債務救済ができる予定であった。しかし、西側諸国を中心とした国際社会は民主派グループを武力で追放した現在の政治体制を認めず、この債務救済プロセスが中断した。西側諸国からのスーダン政府向けの開発援助も同様に、現在の政治体制の国家代表としての正統性を認めず、新規事業の形成が停止し、災害や紛争犠牲者等に対する直接的な人道支援と、スーダン政府を経由しない市民グループ等に対する支援を除き、新規事業形成を行わない状態が続いている。

 経済も停滞し、インフレ率は2021年に対前年比で380%を超えた(図1)。3桁のインフレを記録する国は世界ではほとんどなく、深刻な数値である。また、2022年の経済成長率はマイナス0.3%になると予測され[2]、一人当たりGDPは、2015年の1679ドルから2021年には772ドルへと過去6年間で半分以下に急落している[3]。

(図1 インフレ率(対前年比) 【出典】IMF、2022年)

 諸外国からの援助の停滞、経済の悪化に伴い政府財政は急速に悪化し、各省庁、州政府に配分される予算が枯渇し、インフラ、水等の公共サービスの質が劣化している。公務員による賃上げや職場環境改善を求めるストライキが頻繁に発生している。生活物資の価格高騰に加え、電気料金、道路の通行料、灌漑施設の使用料などの公共サービスの価格も引き上げられ[4]、中小の商店主による商店街の一斉閉鎖や農民による値上げ反対の陳情も発生している。このような事態に際し、2022年11月、国連は、世界全体に広がる食糧危機および、8月~9月に発生した豪雨、洪水災害の影響も受け、国民の3割に相当する1580万人に人道支援が必要と発表するに至った[5]。

 スーダン国内では、チャドと国境を接する西部のダルフール(Darfur)や、南部の青ナイル州(Blue Nile)、西コルドファン州(West Kordofan)等で、民族間の対立が急増している(図2)。青ナイル州では、過去数十年にわたり、平和裏に共存してきたナイジェリア系のハウサ人と地元の民族間の対立がエスカレートした。同州では2022年7月以降、少なくとも359名が死亡[6]し、治安悪化への対応が後手に回った州政府に対する市民の非難の声が高まり、州庁舎が抗議に集まった群衆により放火された。このような事態の鎮静化を図るべく、州知事は夜間外出禁止令を発令した。また、西コルドファン州では、遊牧民族と農耕民族間の対立が激化し、新たに中央コルドファン州(Central Kordofan)を設置すべきとの要求が住民から出されている[7]。これらの地域的な衝突により避難を余儀なくされている人々は2022年9月現在で21万人を超える[8]。いずれも社会経済の悪化により人々の生活が苦しくなったことが、異なる民族への攻撃、嫌悪、排斥行動を増幅することとなり、民族間の分断を助長する結果を招いている。

(図2 スーダンのコミュニティ紛争(2022年1~9月) 【出典】UN Office for Humanitarian Affairs (OCHA)、2022年10月11日)

将来への懸念:人口問題と砂漠化の影響

 スーダンの社会経済情勢悪化は、現在にとどまらない。将来にわたって大きな禍根を残すことが懸念される。

 まずは、人口と雇用の問題である。スーダンは出生率が高く、人口の55%が20歳未満である(図3)。人口は現在の約4900万人から2050年には8100万人に増加すると見込まれている[9]。スーダンでは、1家族当たり4~5人の子供がいることは稀ではない。人口の約8割が農業セクターで就労している[10]が、子供の世代に分配する土地がないため、子供のうち数名は農業以外のセクターで就業する必要がある。失業率は2022年に30.6%(見込み)に達し、既に危機的な状況である[11]。今後、毎年増加する労働人口を吸収する産業の形成が不可欠である。

(図3 スーダンの人口構成 【出典】Sudan Humanitarian Needs Overview 2023 (UN))

 また、次世代を担う子供の発育、成長についての懸念がある。現在の食糧不足により、人口の4分の1に相当する1170万人がIPC緊急食糧危機(Acute Food Insecurity)フェーズ3「危機レベル」以上(IPCフェーズ3「危機(Crisis)レベル」860万人、IPCフェーズ4「緊急(Emergency)レベル」310万人)の状態に陥っている[12]。医療サービスも悪化しており、栄養失調のため400万人に支援が必要である[13]。乳幼児の栄養失調は子供の発育に大きな障害を発生させかねない問題である。教育セクターでは、就学年齢の子供の3分の1に相当する690万人が学校に行けない状態に陥っている。国際NGOのSave the Childrenが行ったサンプル調査では、小学3年生レベルの児童のうち8割が単純な文章が読めず、7割が1文字も読めないとの結果が出ている[14]。幼少期に発育障害を受け、また十分な教育を受けられなかった子供が今後20年のうちに成人になっていく。これは健全な社会の形成の上で大きな懸念材料となるであろう。この状況が改善されない限り、かかる劣悪な環境はその後の世代へと再生産されることになる。

 さらに大きな懸念は、中長期的な砂漠化の影響である。スーダンは国土の72%が乾燥地帯ないし半乾燥地地帯に属しているが、国連農業機関(FAO)の調査では、2005年から約10年間の間に25万~125万ヘクタールの森林が消失している[15]。1930年代以降、サハラ砂漠は50~200㎞南下しており、今後も年間約1.5㎞の速度でサハラ砂漠が南下してくると予測される[16](なお、スーダンの紛争のほとんどは、この砂漠化の縁で農耕民族と遊牧民族の間で発生している[17])。将来、農業に人口の8割が依存している[18]スーダン全土が砂漠化の波に呑み込まれ、ナイル川流域を除き、農耕ができない国になってしまうリスクがある。

スーダンが今、取り組むべきこと;民主化プロセスの復活と開発の推進

 スーダンでは2016年の時点で約450万人が海外で生活している[19]。昨今の政治経済状況の悪化を受けて、海外への移住を希望する声は高まっており、祖国を捨てる人々、捨てざるを得ない人々が今後も増える可能性がある。

 現在、スーダンでは軍側と民主派政党連合FFCの主流派との間で政治的合意に向けた調整が進んでおり、11月11日の報道では、調整を行う国連、AU、IGAD[20]の三者メカニズムは、「明るい兆し(A glimmer of political hope) 」があると表明している[21]。これまでの軍による市民への暴力に対する処罰の扱いが主要な争点であるが、前述の、市民による集合体である地域抵抗委員会は、軍側との協議には応じないとの姿勢を崩していない。諸外国からの介入、調整を忌み嫌う声もスーダン国内にはある。

 スーダンの未来はスーダンの人々が決めることであり、外部アクターが決めるものではない。しかし、現状のままでは国際社会からの開発支援は期待できない。現在、スーダンが抱える人道危機、今後大きな問題となる人口と雇用、人材育成の問題、そして将来さらに深刻になる砂漠化への対応を考えると、一刻も早くかかる開発の諸課題に取り組むことが必要である。そのためには、まずは、現在の政治的膠着状態を脱し、民主化プロセスを再開し、国際社会が「正統な政府」と認知できる政治体制を再構築することが必要である。そして、国民が生きるために最低限必要な食糧、水、電力、医療サービスなどの提供を保障し、さらによりよい生活が送れるよう教育やインフラの質を高めること、また人々が安心して生活ができるよう健全な司法制度、警察制度等の機能を形成することが求められる。農業支援、産業育成、雇用促進や、政府の財政制度の再建も必要である。このような公共サービスが運営できる行政システムを構築すること、またその制度の担う人材を育成することが必要である。国家が分裂、崩壊する危機を回避し、次世代、そしてその後の世代が安心して住める国を作るよう、今はスーダン国民同士で争っている場合ではない。政治交渉に関わる全てのステイクホルダーが、目の前の利益の温存確保に固執することなく、国の将来を担う世代の発展・繁栄を実現するため、すべての国民が納得できる合意形成を急ぐ必要がある[22]。

 本稿で示された見解は筆者個人のものであり、筆者の所属組織の公式見解ではない。

(2022/12/08)

*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
One year after Sudan’s political turmoil: democracy and development are urgently needed

脚注

  1. 1 Mohammed Amin, “Sudan’s opposition divided with political deal on transition imminent”, Middle East Eye, September 19, 2022.
  2. 2 Shoshana Kedem, “US balks at sanctions on Sudan’s military,” African Business, November 3, 2022.
  3. 3 International Monetary Fund, “World Economic Outlook Database (October 2022)”のデータによる。
  4. 4 Farouck Kamabreesi, “To save its economy, Sudan needs civilian rule,” Aljazeera, October 25, 2022; “Report: Dismal performance of Sudan economy will continue if military rule persists,” Dabanga, October 18, 2022.
  5. 5 UN OCHA, “Sudan Humanitarian Needs Overview 2023,” November 2022, p.6.
  6. 6 United Nations, “Resurgence of ethnic clashes in Sudan’s Blue Nile region triggers death and destruction,” November 3, 2022; Marc Espanol, “New Wave of Violence in Sudan puts Coup Generals in Spotlight,” Al-Monitor, November 6, 2022.
  7. 7 “Sudan’ s Hamar demand new state of Central Kordofan,” Dabanga, October 4, 2022.
  8. 8 UN OCHA, “Inter-communal Conflicts and Armed Attacks (January –September 2022) ,” October 11, 2022.
  9. 9 脚注5, p.16参照
  10. 10 “Climate, Peace and Security Fact Sheet; Sudan,” Norwegian Institute of International Affairs (NUPI) and Stockholm International Peace Research Institute (Sipri), May 2022.
  11. 11 International Monetary Fund, “World Economic Outlook Database (October 2022)”のデータによる。
  12. 12 脚注5, p.55参照
    IPCとは、食糧安全保障の状態を示す指標「総合的食糧安全保障レベル分類(Integrated Food Security Phase Classification)」のことであり、国連食糧農業機構(FAO)、国連世界食糧計画(WFP)、国際NGO Care International など15機関で構成されるIPC運営委員会メンバーにより認定される。IPCの緊急食糧危機(Acute Food Insecurity)は、食糧危機が人々の生命、生活に及ぼす影響度に応じ、フェーズ1「なし/最少(None/Minimal)」、フェーズ2「ストレス(Stressed)」、フェーズ3「危機(Crisis)」、フェーズ4「緊急(Emergency)」,フェーズ5「飢饉(Catastrophe/Famine)」と定義されている。
  13. 13 脚注5, p.62参照
  14. 14 脚注5, p.52参照
  15. 15 Sarra A.M. Saad et al, “Combating Desertification in Sudan: Experiences and Lessons Learned,” Conference Paper for “Public private partnerships for the implementation of the 2030 Agenda for Sustainable Development,” UN, April 2018.
  16. 16 “Climate Change Risk Profile: Sudan,” USAID, 31 August 31, 2016.
  17. 17 脚注10参照
  18. 18 脚注17参照
  19. 19 “Migration Profile: Sudan,” Migrant and Refugees Section, Vatican City, January 2021.
  20. 20 IGAD:正式名称はIntergovernmental Authority on Development。東アフリカ諸国で作られた地域機構。ケニア、エチオピア、スーダン、エリトリア、ジブチ、ソマリア、ウガンダの7か国で構成。
  21. 21 “A glimmer of Political Hope,” Dabanga, November 11, 2022.
  22. 22 2022年12月5日、軍側とFFC主流派間で「政治枠組み合意(Framework Agreement)」が成立した。国連や英米等は、歓迎の意を表明しているが、地域抵抗委員会をはじめ多くの市民、また一部の政治グループは同合意に反対しており、今後の成り行きについては依然として不透明である。
    “Sudan's long-awaited framework agreement signed between military and civilian bodies,” Dabanga, December 6, 2022.