2022年8月、チュニジアで国民投票が行われ、大統領に大幅な権限を与える法律が94.6%の支持を得て承認された[1]。2010年12月にチュニジアでジャスミン革命が起こり、これを契機に中東諸国に民主化運動「アラブの春」が広がったが、その後、各国の民主化は次々に挫折し、最後の拠点として残ったチュニジアでも民主化運動の幕が閉じる結果となった。

 サブサハラアフリカでは、西アフリカ諸国、ナイジェリア北部、ソマリア等で、イスラム過激派などの暴力的過激主義が猛威を振るっている。民主主義を掲げる先進諸国は、これを「民主主義の対する挑戦」と捉え、「テロとの闘い」を宣言、テロの撲滅のため多大な支援を行ってきた。しかし、なおも暴力的過激主義の猛威は衰えていない[2]。それどころか、2020年以降、マリをはじめ、ガバナンスに課題を抱える国々で、次々と軍事クーデターが発生し、混沌とした状況が生まれている[3]。

 1980年代末までの冷戦期には、社会主義陣営と自由民主主義陣営間でイデオロギーを巡る闘争があった。しかし、冷戦終結とともに、自由民主主義が世界を席巻するイデオロギーとなり、途上国でも自由民主主義を至上の価値として志向する動きが主流化した。それから30年を経た今、中東、アフリカでは自由民主主義の実現が途絶する現象が起こっている。中東・アフリカでは民主主義は適合しないのか。もしそうであれば、その原因は何か。中東・アフリカの現状と、今後の民主化の可能性につき、分析する。

「アラブの春」はなぜ失敗したのか?

 「アラブの春」で展開した民主化運動を振り返ると、この運動を通じて求められた「民主化」の内容に、先進諸国の見方と、中東諸国の人々の見方の間に認識ギャップがあることがわかる。多くの先進諸国では、「アラブの春」は、権威主義的体制からの「政治的自由」を求める運動と理解されがちであるが、中東諸国の人々が求めたものは、「政治的自由」よりも先に「経済的自由(経済的困窮状態からの解放)」であった。中東では人口増加に伴い若年層が次々と労働人口に参入するが、これらの労働人口の増加に社会が対応できず、失業が増加し、経済が悪化、社会の貧困化が進行した[4]。このような状況下で、国民は政治体制ヘの不満を募らせ、民主化要求に発展した。しかし、「アラブの春」の民衆革命を経験した多くの国で、その後誕生した民主政権は、適切な経済運営を行うことができず、国民は失望した。その後、民主化の勢いは衰え、権威主義的な政権を支持する声が高まってきた。中東地域で10年以上一般市民の意識調査を実施しているアラブ・バロメーターの世論調査では、「民主主義が最良の政治体制」との意見は、2010-2011年から2018-2019年にかけて後退している[5]。カダフィ政権を打倒したリビアでは、王政の復活を求める声も市民から上がっている[6]。

社会の分断を拡げ、民主化を抑制した「テロとの闘い」

 2001年にアメリカで発生した同時多発テロは、アメリカがテロを「民主主義に対する脅威」と位置づける転換点となった。その後、アメリカを中心に民主主義諸国の間では、「テロとの闘い」が重要な政治アジェンダとなり、テロの発生源とみなされた中東やアフリカの暴力的過激主義組織の拠点ヘの攻撃を強めることとなった。これらの暴力的過激主義組織への攻撃は、先進諸国による直接的な攻撃に加え、ローカルアクターによる攻撃が重視され、政府軍や地域の武装勢力への軍事支援(武器や資金の供与、軍事訓練の提供)が行われた。その結果、軍をはじめ、様々な勢力の軍事力の強化が図られることになった。一方、テロ組織の側も様々な外部ソースから武器、資金の供与を得て、戦闘能力が高度化している。対峙する双方が軍事力を強めた結果、調停、和解などの平和的手段で紛争解決を進めることが軽視され、軍事力により紛争を解決する方法が多用される傾向が生まれている。

 暴力的過激主義が生まれる一因に、社会の格差、不平等、政府等による抑圧があげられる。平和的に行われていた政府に対する不満、抗議が聞き入れられず、また抗議行動が暴力的に制圧される中で、社会に不満を抱える人々の行動が過激化する。またこれらの不満を代弁するテロ組織への支持が広がる。一方、テロ行為による被害を通じ、政権に近い市民はテロを撲滅する強権的な政府を求め、軍等によるテロ撲滅行動を支持する。このような制圧行動が抑圧されている側の不満をさらに高めることになる。また組織的に肥大化し、国民の支持を集めた軍部は自身の保全のためにクーデター等の政治行動を起こす可能性を高める[7]。すなわち、「テロとの闘い」で進められた多くの行動は、テロの根本原因の解消よりテロの封じ込めに重点が置かれ、それが社会の分断を拡大し、民主主義伸張の土壌を損ない、結果として権威主義化やクーデターの発生可能性を高めたとみることができる。

アフリカの特殊性と「パトロン・クライアント」システム

 アフリカの民主化を考える場合、かつての植民地支配がもたらした負の遺産も無視することができない[8]。多くのアフリカ諸国は、植民地支配により民族が分断されたり、多くの民族が一つの国にまとめられたりした経験を有している。多くのアフリカ諸国は、独立以降、それぞれの国のナショナルアイデンティティの形成に努めているが、民主主義の必須要件である「選挙」システムは、意識下に沈めていた「民族のアイデンティティ」を顕在化させる効果を持ち、国内の分断、対立を引き起こす誘因となる[9]。とりわけ少数民族等、マイノリティへの配慮や包摂的な政策を伴わない場合、社会の分断がより先鋭化する。

 政治システムの原初モデルとして「パトロン・クライアント」システムというものがある。これは、社会経済的に優位な「パトロン」が、劣位の「クライアント」に庇護や資源へのアクセス権を与え、見返りとして「クライアント」が「パトロン」に忠誠や労働を提供し、「パトロン」の地位を保障するシステムである。部族の長を統治システムのトップに置く酋長制はこの一形態であるが、「パトロン・クライアント」システムは、アフリカの部族等に固有のシステムではなく、紀元前から世界各地で広く存在した統治システムである。ヨーロッパや日本の封建制度もこのカテゴリーに属する。このシステムは、献金・賄賂の提供や縁故主義を容認するシステムであり、統治するリーダーの正統性、代表制についても時に疑念がつくシステムであることから、現在の民主主義はこの制度を否定する形で形成されてきた[10]。一方、「パトロン・クライアント」システムは、利害を共有する人々が集団となって外敵からの攻撃に対応し、自己の利益の保全・拡大を図るシステムであり、少数民族等が集団で自らの利害を守るのに一定の成果を有する。このため、自然発生的に世界各地で生まれてきた経緯がある。民主化は、これまで存在した「パトロン・クライアント」システムからの移行プロセスとみることができるが、民主化を成功させるには、多民族で構成されるアフリカ諸国で、いかにして少数民族や、社会的弱者層に対する配慮ができるかが重要なポイントである。

 欧州における民主主義誕生プロセスを振り返ると、国民が数百年にわたり民主主義獲得のために闘争し、多くの時間と犠牲を払ってきた。また民主主義実現の要因として、国民に安定した公共サービスを提供する行政制度と行政官の存在が、民主主義定着の不可欠の要因であった。中東・アフリカにおける民主化を考える場合、このような行政機構、行政官の存在も無視できない要因である。

民主主義は価値を失ったのか?

 それでは、民主主義は中東やアフリカの社会や風土になじまず、比較優位性がないのだろうか?「アラブの春」の失敗から、中東では民主主義への期待が幾分低下したのは事実であろう。しかしなおも、民主主義に対する期待がなくなったわけではない。

 「パトロン・クライアント」システムは、汚職が発生する可能性を高め、縁故主義により政治的リーダーに近い人々を要職に重用するなどにより行政システムが非効率になる[11]。政治的リーダーの決定過程も不透明であり、グループの代表制に疑念が呈されることもある。また政治的リーダーは配下の人々に資源を分配し続けるために、支配する領域の拡大欲求に駆られ、それが隣接する他グループの間で対立や紛争を招くことがあり、軍備や治安維持に多くの行政コストを払う必要に迫られる。

 アフリカでは多くの若者が、経済的理由や教育の機会を求めて、また自国の汚職、治安問題、自由の抑制などを理由に、海外への移住を希望している。Ichikowitz Family Foundationの調査では、3年以内に海外に移住したいと答えた若者は半数以上にのぼり、スーダンやナイジェリアでは、その数は70%以上となっている[12]。これは非常に不幸な結果であり、国の将来を憂慮すべき事態である。自由民主主義体制の下で保障される「経済的自由」や「政治的自由」に対する人々の期待がなくなったわけではない。問題は、どのようにして実体を伴った民主主義社会を実現するかである。

いかにして民主主義を実現するか?

 民主主義は万能ではない。自由民主主義を標榜する多くの先進国で、格差が拡大し、移民や難民を排斥するポピュリズムが広がり[13]、社会が分断の危機にさらされている[14]。民主主義の優位性はその公正性(fairness)にあるが、「公正さ」だけではすべての人々が満足する社会は作ることができない。人々の経済的困窮状態からの解放と、社会的弱者、少数者に対する配慮と支援が必要であり、社会的弱者、マイノリティを包摂する共存社会が必要である。「人間の安全保障」という概念があるが、これは個々の人々の生活レベルに視点を置き、「恐怖からの自由」、「欠乏からの自由」と「尊厳の遵守」を重視する考え方である。このような理念を人々が共有することなく、民主主義の制度のみが構築されても、望ましい民主主義体制は存続しえない。政治的自由と経済的自由を保障するとともに、マイノリティなどの社会的弱者を包摂する「共存」の理念の裏打ちが必要である。

 また経済的に人々が苦しむことのない社会を作り、人々が貧困や暴力などの脅威から解放されるために、強靱な行政システムが必要である。このために、かかる行政システムを担う有能な行政官(テクノクラート)の育成が必要である。

 中東やアフリカに民主主義が適合しないのではない。人々が祖国を捨てることなく、自国の将来に希望を持ち続けるために、民主主義はなおも価値を持つ。この実現のためには、理念および、これを支える行政システム作り、人材育成が併せて必要である。

(2022/10/05)

 本稿で示された見解は筆者個人のものであり、筆者の所属組織の公式見解ではない。

*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
Declining Democracy, Diffusing Authoritarianism: Is Democracy Compatible with the Middle East and Africa?

脚注

  1. 1 Frida Ghitis, “Tunisia’s Referendum Serves as a Requiem for the Arab Spring,” World Politics Review, August 4, 2022.
  2. 2 “Sahel and Somalia Drive Rise in Africa’s Militant Islamist Group Violence,” Africa Center for Strategic Studies, August 9, 2022; Lynne O’Donnell, “Terrorism Is Making a Comeback, and Africa Is the Hot Spot,” Foreign Policy, May 6, 2022; Global Peace Index 2022: Measuring peace in a complex world, Institute for Economic & Peace, June, 2022.
  3. 3 “Autocracy and Instability in Africa,” Africa Center for Strategic Studies, March 9, 2021.
  4. 4 Heba Saleh, “Dismal prospects shatter Tunisia’s democratic experiment,” Financial Times, August 26, 2022.
  5. 5 Amaney A. Jamal and Michael Robbins, “Why Democracy Stalled in the Middle East,” Foreign Affairs, March/April 2022, March 20, 2022.
  6. 6 Ashraf Boudouara, “A Country in need of a king?” Africa Arguments, July 12, 2022.
  7. 7 Nic Cheeseman, “Lessons from Africa: Is there such a thing as a ‘good coup’?” The Africa Report, September 20, 2021.
  8. 8 Dan Perry, “The Astounding Gluttony of Giants,” Newsweek, August 5, 2022; Tomiwa Owolade, “How Africa can rethink its relationship with the west,” Financial Times, July 20, 2022.
  9. 9 Bruce J. Berman, “Ethnicity and Democracy in Africa,” JICA-RI Working Paper, No. 22, November 2010, p.23.
  10. 10 “Patron-Client Systems: Observed,” Encyclopedia.com, August 27, 2022.
  11. 11 Towett Geofrey and John Ndungu Kungu, “The Implication Of Political Patron-Client Linkages On Democratic Governance In Developing Democracies,” International Journal of Innovative Research and Advanced Studies, Volume 7, Issue 4, April 2020, pp. 216-217.
  12. 12 Ichikowitz Family Foundation, African Youth Survey 2022.
  13. 13 Matthew J. Gibney, “The Global North is closing Its Doors to Migration,” World Politics Review, September 21, 2021;Annabelle Chapman, “Poland’s Democratic Erosion is as Worrying as Its Border Crisis”, World Politics Review, January 20, 2022; Giovanna De Maio, “Italy’s Political Drama Could Lead to a European Tragedy,” World Politics Review, August 2, 2022; Emily Hart, “Backsliding on freedom of expression around the world needs to end,” The New Humanitarian, August 25, 2022.
  14. 14 Daniel W. Drezner, “The Peril of Pessimism,” Foreign Affairs, July/August 2022, June 21, 2022; Martin Wolf, “Twelve propositions on the state of the world,” Financial Times, May 31, 2022; Janan Ganesh, “Anarchy is a likelier future for the west than tyranny,” Financial Times, June 21, 2022,; Bruce J. Berman, “Ethnicity and Democracy in Africa,” JICA-RI Working Paper, No. 22, November 2010, p. 32.