平時モードに戻るロシア?

国防費を大幅削減へ

 2014年以降、西側諸国との厳しい対立関係に陥っているロシアだが、このあたりでそろそろ平時モードに戻ろうとする兆候が見られる。最も顕著なのは、これまで右肩上がりだった国防費が抑制傾向に入ったことであろう。
ロシアの国防費は、2016年に3兆8889億ルーブル(2018年1月のレートで約7兆4700億円)、対GDP比では4.7%という史上空前の規模に達していた。ところが、2017年にはこれが2兆8400億ルーブル(同約5兆4500億円)と1兆ルーブル(同約1兆9200億円)以上も削減され、2018年以降もほぼ同水準で推移することが決まっている(ロシアの予算は次年度分に加えて続く2年度分が「計画予算」として策定される)。これにより、国防費の対GDP比は2020年までに2.5%に落ち着くことになるが、これは2008年のグルジア(現ジョージア)戦争前の水準である。

 重要なことは、この国防費の削減を主導したのがプーチン大統領だったという点である。かねてからプーチン大統領は過大な国防負担には批判的な傾向で知られ、「軍拡競争には陥らない」と再三述べてきた。韓国ほどのGDPしかないロシアが、米国を相手に冷戦期のような軍備競争を行うことはまず不可能であり、実際にそれをやろうとすれば経済の破たんを招くことは火を見るより明らかである。ただ、グルジア戦争、ウクライナ危機、シリア介入と戦争が続いたことで、国防費はずるずると膨張してきた。これをいよいよ巻き戻し始めたのが2017年であった。

出口戦略は機能するか

 平時モードへの旋回はウクライナとシリアでも見られる。

 前者においては、紛争地帯である東ウクライナのドンバス地方に平和維持部隊を導入することが米露間の議題として取り上げられるようになり、さらにプーチン大統領はクリミア半島を占拠した際に鹵獲(ろかく)したウクライナ軍の軍艦や兵器をウクライナ側に返却する可能性についても示唆し始めた。後者に関しては、アサド政権の軍事的優勢がほぼ固まったところで軍事介入の規模を縮小するとともに、紛争解決に向けた「国民対話会議」をロシア南部のソチで2月に開催する予定である。

 ただ、こちらのほうは予算の削減ほど簡単ではない。ドンバスへの平和維持部隊導入については、それを本来のウクライナ国境(つまりロシアとの隣接地域)に展開させるのか、実際の前線地帯に展開させるのかで米露間の見解が全く噛みあっていない。さらに米国がウクライナへの殺傷兵器供与を決定したことや、ウクライナ最高会議がドンバス再統合法(ロシアを侵略国家として認定した上で、親露派武装勢力が占拠している東部2州解放のための軍事作戦を行う権限を大統領に付与するもの)を可決したことも影を落としている。

 シリアではクルド勢力の扱いが最大のネックとなりそうだ。2018年1月、トルコはシリア北西部のクルド勢力に対して地上作戦を開始したが、これはロシアの黙認を取り付けたうえでのこととされる(作戦開始直前にロシア軍とトルコ軍の会合が持たれ、ロシア軍は作戦の焦点であったアフリンから撤退した)。一方、クルド勢力はこれをロシア側の裏切りと見なしており、2月の「国民対話会議」をボイコットする姿勢を見せている。軍事作戦のフェーズでは大きな成果を収めたロシアだが、内戦を収拾するための政治的フェーズではこうした板挟みに数多く遭遇せざるを得まい。  

 また、シリアに駐留するロシア軍は、2017年の年末から年明けに掛けて、ドローン、ロケット弾、迫撃砲による集中的な攻撃を受けた。多くはロシア軍の防空システムが撃退したものの(イスラエルのアイロン・ドームのようにロシアの短距離防空システムは今やロケット弾さえ撃ち落とせるようになっている)、2名の戦死者と(ロシア国防省は否定するが)若干の航空機に対する損害が出たようだ。攻撃を行った勢力は明らかでないが、ロシアの軍事的勝利に対する牽制球といったところであろう。

騎士

ロシア軍の動向

定員拡大するも兵士は不足

 12月22日に定例の国防省拡大幹部会議が開催され、1年間の総括報告が行われた。
注目されるのは、契約軍人(志願兵)の数が前年と同じ38万4000人とされたことである。ロシア軍は兵士及び下士官に占める徴兵の割合を段階的に縮小しつつ、より練度の高い契約軍人を中心とする方針であり、これまでは毎年のように数万人ずつ契約軍人を増加させてきた。徴兵は年間30万人前後であるから、この数年に限って言えば、ロシア軍内ではすでに契約軍人が徴兵を上回っていたことになる(このほかに職業軍人の将校が22万人、各種学校生徒が3万人ほど居る)。[1] それが2017年に入って停滞へと転じたのは、前述した予算削減の影響であろう。今やロシアでもそれなりの給料を払わねば軍に人材が集まらなくなっており、人件費も馬鹿にならない負担となっている。

 ちなみにロシア軍の定員はこれまで100万人であったが、2017年にはこれが101万へと増加した。欧州正面に新たな師団が配備されつつあることなどが原因と見られるが、いずれにしても、定員を埋めるほどの兵士を雇えていないことは既に述べたとおりである。

新軍備計画を巡る混乱

 1月24日、プーチン大統領は2027年までの国家軍備プログラム(GPV-2027)を承認したと明らかにした。同計画は本来、2016年からスタートする筈だったが、予算をいくらにするかを巡って軍と財務省の間で折り合いが付かず、開始が2年ずれ込んだ。年末には一応の決着が付いたとされたが、プログラムを開始すべき年明けになっても大統領が承認したというニュースは伝わってこず、1月も終わろうかというところでようやく承認となった。緊縮財政の中でどこまで軍備に予算を回すのかをめぐり、最後まで相当の葛藤があったのではないかと思われる。最終的には10年間で19兆ルーブルから20兆ルーブル程度になるのではないかと見られているが、本稿を書いている時点ではまだ詳細が伝わってきていない。

 同計画で調達される装備のリストも明らかではないが、精密誘導兵器や通信ネットワークなどハイテク化に重点が置かれるようだ。このほか、第五世代戦闘機Su-57や無人砲塔を採用した新型戦車T-14アルマータなどの新型通常兵器ももちろん調達される。ただ、これらを以てしてもロシア軍が質量ともに米国(潜在的には中国)に対抗できないことは明らかである。このため、従来の軍備プログラムと同様、GPV-2027でも戦略核兵器の調達が重点項目の一つに入った。

核軍縮の展望

 戦略核兵器に関して付言しておくと、2018年2月には米露の核軍縮条約である新STARTの履行期限が来る。核運搬手段(弾道ミサイルと爆撃機)の配備数を700基/機(非配備状態にあるものも含めて800基/機)以下、それらに搭載される核弾頭を1550発以下に削減するというものであり、米露ともに履行できる見込みとされている。

同条約はオバマ政権の「リセット」政策が挙げた最大の成果の一つであるが、さらなる核軍縮の見通しは立っていない。米露関係の悪化に加え、ロシアによる中距離核戦力(INF)条約違反が大きな壁となっている。INF条約では射程500-5500kmの地上発射型ミサイルの配備を禁じているが、ロシアは近年、これに該当する地上発射巡航ミサイルを開発・実験・配備しているとされ、米露間の懸案となってきた。条約違反を認めようとしないロシアに業を煮やした米国は2017年、自国も地上発射巡航ミサイルを開発する方針を決定(開発だけならば条約違反とはならない)するなど、INF条約は危機に晒されている。新STARTの後継条約にも悪影響が出ることは避けられないだろう。

脚注

  1. 1ここでいう「契約軍人」と「徴兵」は兵士及び下士官であり、職業軍人である将校は含まれていない。現在の将校の22万人は西側の水準と比較するとかなり多いように思われるが、ロシア軍はもともと将校が多い軍隊であり10年前は35万人の規模だった。ちなみに米軍は130万人の定員に20万の将校がいる。