日本の岸田総理が3年連続してNATO首脳会合に招待されることとなった[1]。2024年7月に行われるワシントン首脳会合では、ウクライナ戦争を続けるロシアの脅威に対する同盟としてのさらなる支援のコミットメントに関心が集まる一方、地政学的な環境変化の中で将来的な防衛態勢の強化においても大きな進展が見られるであろう。では、NATOのグローバルパートナーとしての日本にとって、それはどのような意味を持つのであろうか。
360度全方位アプローチ
2022年のマドリッド首脳会合以降、NATOは360度全方位のアプローチによる抑止・防衛態勢、すなわち、東西南北の全方位に加えて、サイバー、宇宙、認知空間等の新領域からの脅威に対して、領域横断的でシームレスな統合抑止、防衛態勢の構築に着手している。既に、「東」へのアプローチについては、ウクライナへ武力侵攻したロシアの脅威に対して、多国籍の陸海空軍で構成される最大4万人規模のNATO即応部隊(NRF)を抑止と防衛の任務のために初めて配備し、NATO外縁の東方側面に位置するバルト三国やポーランドに「増強前方戦闘群(enhanced Forward Presence : eFP)」を展開するなどの抑止・防衛態勢が整えられている[2]。
また、新領域由来のハイブリッド脅威[3]がもたらす重要作戦事態については、2016年以降、その重大な攻撃が集団的自衛権(北大西洋条約第5条)の発動要件になり得るとして、NATOは、即応性、主導性、多様性をもって対応し得る態勢と併せて、社会や軍隊の回復力の強化に向けての努力を続けている[4]。その他にも、新型コロナウイルス感染症(COVID19)の世界的拡大やウクライナ戦争を通じて表面化した、エネルギーと食糧に関する安全保障や希少鉱物、半導体等のサプライチェーンに係る経済安全保障への対応についても抜かりはない[5]。さらに、NATOは、長期的かつ戦略的な目標として、気候変動の影響や大規模感染症への対処という人類の生存基盤に関するアプローチにも着手しており[6]、これらは、多元的で360度全方位アングルの抑止・防衛の実現へ向けての一つの重要なステップと言えよう。そして、今回のワシントン首脳会合において、新たな焦点が当たると見られるのが、「北」、「南」、「西」へのアプローチである。
北へのアプローチ
冷戦終結後、北極圏は「極北(ハイノース)」の一部として地政学的な緊張がほぼ存在しない地域として考えられてきた。しかし近年、北極圏においては、地球温暖化によって海氷融解が急速に進むことによって、天然資源の確保、航路の開発、海底ケーブルの保全などに関係した作戦領域化が急速に進んでいる[7]。既に、2019年、ロシアが北極圏における軍事力の増強や軍事活動を活発化していることに鑑み、NATOは米国の大西洋岸ノーフォークに統合軍司令部(JFCーNorfolk)を設置して、北方への警戒監視や指揮通信の保全に着手している。そして、フィンランド、スウェーデンのNATO新規加盟によって、北極圏8カ国のうちロシアを除く7カ国が加盟国となることで、バルト海を含む同地域における防衛態勢の強化は喫緊の課題となった。今後、北へのアプローチとして、加盟32カ国による新たな体制の下で、海空からの警戒監視体制の整備、機動展開部隊の配備、極寒地での相互運用性の強化などが図られると見られる。
南へのアプローチ
NATOによって南部近隣地域(Southern Neighborhood)と位置づけられる中東、北アフリカ、サヘル地域は、域内に構造的な脆弱性を内包しており、多くの犠牲者を生み出す不安定な治安状況が続いている。その不安定性は、大規模なテロ攻撃、大量の国内避難民や不法移民を招く一方で、地域秩序の空洞化に伴うロシアや中国の影響力増大に結びついている[8]。特に、西アフリカのサヘル地域は、気候変動の影響、脆弱な社会制度、衛生上の脆弱性、食糧不安、治安の悪化という安全保障上の負の連鎖に置かれ、人道・開発危機に拍車がかかり続けている。NATOは、2017年以来、インテリジェンス活動、対テロ活動、能力構築支援を調整する南方戦略拠点(NATO Strategy Direction South - Hub: NSDS-Hub)を設立し、関係国間で情報共有と事態対応の連携を強化する努力を続けている。しかし、南方の治安・安全状況が改善しないことに加えて、グローバルサウスの存在感が高まる中[9]、地域勢力の多極化や西側先進諸国弱体化のリスク[10]などへの懸念に鑑み、同盟として南部近隣地域へ更に踏み込んだ対応と関与が必要と判断していると見られる。2024年7月のワシントン首脳会合では、NATOは、2023年のヴィリニス首脳会合後に設置された独立専門家グループの提言を踏まえ[11]、NATOによる南方の抑止と防衛に関する具体的行動オプションについて新たな合意を得るであろう。
西へのアプローチ
世界的な相互連携の動きを強めるロシア、中国、北朝鮮、イランは、ウクライナ戦争において経済・軍事的にロシアの戦力回復を支援するなど[12]、法による支配を歪め、力による現状変更も厭わない権威主義国家群として西側諸国は警戒感を強めている。NATOの西端を占める米国は、世界最大の軍事力を誇るが、これら権威主義国家は、米国本土への致命的な攻撃を可能とする[13]、核兵器が搭載可能な弾道・巡航・極超音速のミサイルや飛翔体の開発、配備を加速している[14]。米国は、これら長射程の経空脅威から北米地域を防衛するために独自のミサイル防衛システム[15]の配備を進めているが、NATOも新たな統合防空ミサイル防衛(IAMD)の大きな課題として、西からの脅威への措置対応の検討を進めているに違いない[16]。
また、東アジアにおいて懸念される台湾有事が生起した場合、同条約の適用地域や防衛義務の適用規定からNATOによる直接の関与は困難と考えられてきた。しかし、中国の接近阻止・領域拒否(A2/AD)戦略の下で、この地域に展開する米軍戦力が物理的被害を受け、日本などの米国の同盟国または米本土が弾道ミサイル等の攻撃対象となった場合、加盟国としての米国の働きかけ(第4条協議)などにより、北大西洋理事会(NAC)として、これらを同盟全体への脅威と認定し、NATOとしてインド太平洋に機動展開した後の在欧米軍戦力の補完や、米国の後方上の支援を目的とした間接的な関与に踏み切ることが予想される[17]。東アジア・太平洋地域における権威主義国間の軍事連携や力による現状変更の試みの可能性の高まりに鑑みれば、この西へのアプローチは、NATOにとって360度全方位アプローチの重要な抑止・防衛の要素となることは間違いなく、日韓豪ニュージーランド4国から成るNATOアジア太平洋パートナー(AP4)とのパートナーシップの強化を加速させることになろう[18]。
日本の選択
2024年4月、日米首脳共同声明において、日米の二国間同盟がグローバルなパートナーシップとしての性格を強めることが宣言された[19]。それは、日米同盟が地域的なものから、グローバルな安全保障枠組みへとアップグレードされることを示唆している。その背景には、世界の相互依存が進む中において、両国が直面する課題が地理的範囲を超えて複雑化していることがあろう。また、ロシア、中国、北朝鮮、イランなどの権威主義的な国々の連携や協力が進む中で、欧州・大西洋地域との安全保障上の結びつきの必要性が強くなっているという背景もある。それは、これまで直接交わることがなかった日米同盟とNATOが必然のパートナーとして接近し、一層、協力と連携の領域が重なりつつあることに他ならない。7月のワシントン首脳会合で、日本は、NATOの西へのアプローチへの協力として、2022年に発表された国家安全保障戦略を踏まえ[20]、日米同盟の維持・発展と共に、東アジア・太平洋地域における法の支配を通じた秩序維持という点において、一層積極的な役割を期待されるであろう。
人類に対する脅威や挑戦が多様化し、複雑化する中、グローバルな安全保障上の課題を単独で対処する時代は終わりを告げている。欧州・大西洋地域との関係が強まるインド太平洋地域の平和と安定という巨大なジグゾーパズルを完成し維持するには、一つ一つの様々なプレイヤーのピースを丁寧に噛み合わせてゆくことが重要であり、同盟国である米国だけでなく、重層的な貢献が期待される域内外のパートナー国やNATOを含む地域機構の積極的な関与が求められる。日本も一つの重要なピースとしてグローバルに期待されるコミットメントを確実に果たし、インド太平洋地域において他のピースと強く結びつき合いながら、安定かつ持続的な安全保障環境へのグローバルな貢献が求められている。
(2024/05/20)
*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
How should Japan respond to NATO’s 360-degree approach?
脚注
- 1 NATO, “Doorstep by NATO Secretary General Jens Stoltenberg ahead of the meetings of NATO Ministers of Foreign Affairs in Brussels,” April 3,2024.
- 2 NATO, “News: NATO’s defensive shield is strong'', says Chair of the NATO Military Committee,” February 28, 2022.
- 3 NATO, “Countering hybrid threats,” March 7, 2024.
- 4 NATO Allied Command Transformation, “The NATO Warfighting Capstone Concept,” June 5, 2023.
- 5 NATO, “Speech by NATO Secretary General Jens Stoltenberg at the Heritage Foundation followed by audience Q&A,” January 31, 2024.
- 6 NATO, “NATO’s Chemical, Biological, Radiological and Nuclear (CBRN) Defence Policy,” July 5, 2022.
- 7 NATO Allied Command Transformation, “The Future of the High North,” May 12, 2023.
- 8 Luis Simón and Pierre Morcos, “NATO and the South after Ukraine,” CSIS, May 9, 2022.
- 9 Shada Islam, “The Global South Is a Geopolitical Reality,” Internationale Politik Quartely, June 29, 2023.
- 10 Lucas Resende Carvalho, “BRICS: The Global South Challenging the Status Quo,” New Perspectives on Global & European Dynamics, September 21, 2023.
- 11 NATO, “Secretary General receives final report from group of experts on NATO’s southern neighbourhood,” March 20, 2024.
- 12 Henry Foy, Felicia Schwartz, Demetri Sevastopulo and Claire Jones, “Yellen warns China of ‘significant consequences’ if its companies support Russia’s war in Ukraine,” Financial Times, April 6, 2024.
- 13 Robert Soofer and Matthew Costlow, “US homeland missile defense: Room for expanded roles,” Atlantic Council, November 15, 2023.
- 14 CSIS, “Missiles of China,” Missile Threat, April 12, 2021; Reuters, “North Korean missile can reach anywhere in the US, Japan says,” Deccan Herald, December 18, 2023.
- 15 Director Operational Test and Evaluation, “Missile Defense System (MDS),” February 01, 2024.
- 16 NATO,” NATO Integrated Air and Missile Defence,” June 13, 2023.
- 17 James Lee, “NATO and a Taiwan contingency,” NDC Outlook 02-2024, April 15, 2024.
- 18 MOFA, “NATO Asia-Pacific partners (AP4) Leaders’ Meeting,” June 29, 2022. このパートナーシップはIP4(Indo-Pacific 4)と呼称されることもある。Hae-Won Jun, “NATO and its Indo-Pacific Partners Choose Practice over Rhetoric in 2023,” RUSI, December 5, 2023.
- 19 MOFA, “Japan-U.S. Joint Leaders’ Statement: Global Partners for the Future,” April 10, 2024.
- 20 Cabinet Secretariat, “National Security Strategy of Japan,” December 16, 2022.